ハイランドの事情

「ところで戦略は考えているのですか?」
 なんて事を言い出したのは、ハイランドの軍団長、キバの息子クラウスである。
豪勇でなるハイランド勢にしてはめずらしく、線の細い智将タイプで、軍師である。
 場所はどうやら軍議場らしい。
 ハイランドの者ならば、誰もが名をしっている層々たる顔ぶれが揃っている。
 狂皇子ルカは無論のこと、軍団長クラスが全員揃っていた。
 本日の話題は、都市同盟攻略について、である。
 アガレス・ブライトによって結ばれた休戦同盟を無効化させる為に、ルカは敵の急襲をうけたように見せかけて、自軍の少年兵を殺戮させた。
 その為に国内の世論は一気に戦へと傾き、軍が再編成されたわけである。
 各軍団長、ソロン・ジー、キバ、クルガン、シード等も、己が軍の錬兵に余念がない。
 その中、ふと唯一の智将肌のキバの息子クラウスが、宣戦布告後の戦略について疑問を述べたというわけだった。
「なんだそれは?」
 不機嫌ではないのだが、いつだって不機嫌か怒ってるかしているようなルカが短く答える。手は腰に下げた剣を弄んでいて、いつ「うらー」と切られるかどうかと、はらはらものだ。
「ですから、今後の作戦戦略を」
「作戦戦略?」
「はい。そうです、ルカ様」
 あいつ大人しそうな顔してんのにルカ様に意見するなんて勇気あるよなあー、などと考えているのは、最も軍議に興味のない男、シードである。
 なにせ彼の興味といえば、いつ戦えるのかと、ハイランドを守ることと、今日の晩御飯くらいしかない。耐えても耐えても出てくる欠伸をかみ殺すだけで精一杯だ。 
 ちなみに寝ないですんでいるのは、シードの努力ではなく、彼が寝始めると同時に足を踏むクルガンの努力の賜物である。
 クラウスは心の中に北極よりも寒い風を吹かせながらも、懸命に、作戦の方向を尋ねた。
 なにせアガレス・ブライトに忠誠を誓い、皇王の為ならば命をも惜しまぬ男が父である。戦は仕方ないとはいえ、彼にしてみれば、より有利な状況で作戦を推し進めていきたいと考えるのは当然のことだ。
 と、ぽむっと、ルカが手を叩いた。
「ああ、作戦か。ある」
(なんだ、考えてるんじゃないか)
 絶対に口にしない砕けた口調でクラウスが心で突っ込むと、ルカは笑う子を絶対に泣かせる無敵恐いよスマイルを浮かべた。
 う……恐い、なんて、思わず軍団長全員が考える。
 部下の心など興味がないルカは、勢いよく立ち上がり、
「進む。つっこむ。きる」
 明快に言い切る。
 はーーーーーーあ?
 とクラウスが呆気にとられている間に、目を輝かせたのはシードだ。
「騎馬、戦闘、壊滅、勝利!」
 なんともうきうきとした表情である。
(いいかげんにしろよ、この戦争好き)
 なーんて、大人しい顔で、激しい口調(心)のクラウスである。
「で、では…、クルガン殿はどうお思いなのですか?」 
 くじける心を叱咤激励。頼みの綱とばかりに沈着冷静なクルガンに話題をふると、銀髪の軍団長はゆっくり立ち上がる。たまねぎ頭の軍団長は、俺は?という顔に実は先程からなっていた(無視されてるらしい)
「そうだな。やはり戦線を開始するのだから、兵糧などの問題が生じるだろう。ゆえに」
「ゆえに?」
 思わず期待の眼差しになるクラウスを、誰が責めれよう。
「ことは迅速に。攻め込む、制圧する、追撃する、撃破する。これですな」
 ふっ、と笑みを浮かべ言い切り、クルガンは着席する。
(口調が丁寧になっただけだろーが!)
 さらに突っ込み脱力するクラウスである。
「お兄様、昼食のお時間ですわ」
 唐突に場違いな声が響いたと同時に、天幕が開いて少女が現れる。つややかな黒髪に、涼しげな眼差しが麗しい、ルカの妹ジル・ブライトである。
「…………」
 なぜか黙り込んだ兄を横目に、ジルはしずしずと中に入って来る。すぐ後ろに、ありがちな銀の蓋がしてあるトレイを両手に捧げた侍女が続いた。
 ああ、あの中身がもし本当に。
 なんていきなり独白するルカである。
 兄の想いをよそに妹は中央に進み、テーブルにトレイをおかせた。ちなみにそのトレイに、目が釘付けになっているのはシードと…キバだった。
(父上……ちょっと、いじきたない)
 今日はつっこみばかりしている、クラウスである。
「さ、召し上がってくださいな。みな様の分もありますから」
 と天女もかくやの笑顔を共に、ジルは銀の蓋をあける。
 もわーーーん。
 とひとしきり出た後、そこに姿を現したのは。
 ブタの丸焼き……!!!!もどき、だった。
「……ジル」
「はい? お兄様」
「今日ももどきなのか……」
「お兄様。我が侭をいってはいけませんわ。ブタは貴重なんですから」
「とはいえ、お前。昨日も、その前も、その前の前も、いやそれどころか一ヶ月くらい前から、もどきじゃないか」
 もどきブタとは!!
 かつて肉を食してはいけなかった日本人が考え出した伝説(?)のがんもどきに似ている、ブタの味と姿を似せた料理である。
 無論材料に高価なものは一切使用していない。
 粗食である。粗食。
 ハイランド皇国は実はそれほど大きくない。山に囲まれて、地の利もよくない。実は……結構貧乏だったりする。
「そういえば……」
 顎に人差し指を触れさせて、クラウスが思い出すようにする。
 都市同盟に攻め込む以上情報は必要だろうと考え、入手した資料の一部が、頭に浮かぶ。
「都市同盟側では、ブタは簡単な食材らしいですね。簡単に売ってているとか」
「なに!?」
 つまらなさそーに、箸でブタもどきをツンツンしていたルカは、そこでカッと目を見開いた。
「今、なんといった!! クラウス!!」
「え!? 都市同盟の食事事情、ですか!?」
「そうだ! 貴様いま、ブタといったろう!」
「ええ。都市同盟ではブタが珍しくないので、簡単に食事の材料になるとか。ありふれていて、誰も喜ばないらしいですが」
「ブタを!! 喜ばないだと!!!!!」
「……ウシやニワトリも豊富だそうで」
「な……! なんだってぇぇーーー!!!!!!」
 最後に叫んだのは、シードである。
 唖然とルカとクラウスの会話を聞いていたシードである。
(ブタ!! というか、ニク!!!! ニクが簡単に手に入るだって、な、なんてスバラシイ!!!! た、た、食べ放題!?)
 小さなころから、ニクを腹いっぱい食べたことなどない。 
 ニクと騙されて、モドキを何度食べてきたことか!!
 なのに、なのにだ! 都市同盟ではブタが珍しくなくて、しかもありがたがらないという!!
 これが許せなくてなんだろうかっ!!!!!
 今、ルカとシードの心は一つだった。
「ええい!! ソロン・ジー! クルガン、シード! 作戦会議なんてとりやめだ!! 行くぞ!」
(最初から、作戦なんて会議してないだろー) 
 まだまだつっこみを忘れない律義なクラウスである。
「ああ、お兄様! ひどい、わたくしの料理を食べてくださらないの!」
「許せ、ジル。俺にはやらねばならないことがあるのだ! ブタを獲得し、ブタを侮辱する都市同盟の奴等を、ブタ以下にせねば気が済まん!! いくぞ、出陣!!!!」
「おーーーーー!!!」
 わらわらと軍議場を飛び出していくルカと、それを追いかけるジルを横目に、クラウスは溜息を吐く。
「父上……これで、私たちの未来は大丈夫なのでしょうか…」
「………ぶた…」
「父上ぇ?」
「……、出陣だ、クラウス!」
(ああああ、父上までぇぇぇーー!) 
 がっしりと肩をつかまれて、最後の理性派軍団も、ハイランドを後にする。
 

 そんなハイランドの事情など知らずに、今日も傭兵砦でおつかいを申し渡されている、後に輝きの盾の紋章を宿す少年は、「悪いなこんなのしかなくて」といわれて出された食事に感動していた。
「わーー、お肉だよー。ナナミやジョウイにも食べさせてあげたかったなあ」
 不憫なり。合掌。