「無茶苦茶だ」
少年が小さく呟くと、それが聞こえたらしく、少女は振り向いた。
「なにが?」
「君の存在そのものが」
呟いて、冷たさをはらむ風を受けて、少年は整った眼差しを伏せる。
少女は小走りになって少年の隣に立つと、同じように目を細めた。
「風が強いねぇ。感じる?」
「なんで」
無愛想に答えると、少女がなにが可笑しいのか、いきなり大袈裟に笑い出して、彼の肩を叩く。
「だって、風の申し子なんでしょ? ルックは」
「別に違う。ただ」
――真なる風の紋章を持っているだけさ。
答えは口には出さなかった。
だから、隣に立つ少女は興味深そうにしたまま。
呆れる様子もなく。怒る様子もなく。
自分の隣で楽しそうにする人間など、はじめて見た。だから。
「不可解だよ」
呟いてみる。
まるで自分は子供のようだ。分からないことがあるのが苛立って、こんな意味のないことを言っている。
(らしくない)
そう、非常にらしくない。
唯一自分を慈しみ、育んでくれるレックナートにさえ、「もう少し、安心して感情を出しても良いものですよ?」と諭されているというのに。
無表情で。
きつい事ばかりをいって。
煙たがられる、嫌な奴。
(それが一番らしい自分だ)
ころころと、また笑い声。
なにが楽しいのか、また笑っている。
「だから」
「なにが楽しいのか、分からない〜〜って言いたそうなんだもん。ルック、顔に全部考えが出るねぇ」
「僕が!?」
「うん。暇だからさ、ぼーっと立ってる場所から周りを見てると、ルックが見えるのね。あ!覗きじゃないよ。だって仕方ないでしょ。あんな所なんだもん。ね、ね、可哀相だって思わない? こんな美少女が、一日、立ちっぱなしだよ」
「僕だって立ちっぱなしだ」
「うーん。豪華だねぇ。この城は。入り口に入ったら、美少女と美少年で、お出迎え〜だよ」
なんでこんな話になるんだ?
分からなくて、ルックは頭を抱える。
大体だ。この少女と頻繁に話すようになった理由も分からない。
たしか、そう……なにがきっかけだった?
「暇じゃないの〜?って。言ったんだよ。私が」
ぴたりと、ルックの考えごとの内容を当ててみせて、少女が頬杖を付く。
風がゆるやかに流れていて、彼女の長い黒髪をゆるやかに舞い上げ、そよがせる。
見上げると、天井ではなく、青空が見える。
当然だ。
ここは、彼らが戦いの本拠地とする城の屋上なのだから。
少年と少女が。お互い納得し合って、二人きりで屋上で空を見上げていれば。それなりに、優しい関係なのではないかと推理することも可能だろうが。
納得してきたわけではない。
いつも同じ景色じゃあきちゃうよ。えいっ!……などと冗談のように言うなり杖を振り上げて。
気が付けば、ここにいたというわけだ。
「ねぇ、ルック」
「なんだよ」
「あれから、たしかに三年、たってるんだね」
「はぁ?」
なにを当たり前なことを一々言うんだ、と憎まれ口を叩こうとして、やめた。
そういえば。この少女は、年を取っていないように見える。
言動もおかしくて、トラン共和国の立国パーティ会場にいたんだ、などと言っていたらしい。
「……ビッキー?」
「お!やっと名前を呼んだ!なんだ、覚えてたんじゃない」
「108星の名前を、忘れるわけがないだろ。馬鹿じゃあるまいし」
「そんなのルックだけだと思うな。私、知ってるよ。リーダーねぇ、顔と名前が一致してないんだよ。みんなの」
くすくすと笑いながら、彼女は指差して、雲の形が何かに似てる、とたあいもないことで首をかしげる。
不可解だ。
三年もの時間を超えてしまったのかもしれないとか。三年前当時にしてみても。何処から来たのか、とか。
普通は考えないものか?
「考えても答え、でないもん。仕方ないよ」
「仕方ないですませるか?普通」
「すませるの。だって、ルック。じゃあルックはどうして真の風の紋章を持ってるの?」
「……持っていたからさ」
「それって事実だよね?事実の羅列」
「まあね」
「同じだよ。事実の羅列。テレポートに失敗した。そしたら知らない場所にいた。時間はすぎてた。でも知ってる顔はあった。あ、良かったな。それで終わり」
「………」
あまりに能天気な言葉に、反論する気力もわかない。
己のテンポを崩されるのはなにより嫌いだから、ルックはそのまま踵を返そうとする。
「戻るなら、私も戻るよ」
だから、お前といるとテンポが崩されると思っているんだよ。
という言葉を。何故か飲み込んで。
変だ。と、ルックは思った。
手厳しさと、皮肉と、相手が傷つく言葉を選び取るのは得意中の得意。
にも関わらず、なぜ、それをしていない?
「………」
「黙り込んでるのは、体によくないよ?」
「うるさい」
「わーーわーーーわーーー!!!」
わざとらしく大声をあげて、ルックが耳を押さえると、得たりとばかりにビッキーは笑う。
「うるさいってのは、こういう事だもん」
「……不可解だよ」
「同感。私も私が不可解だよ。ルックは、ルック自身が不可解じゃない?」
「……不可解だね」
「じゃあ、おそろいだ」
こんな思考回路が理解不能な奴と同じにしないでくれ、と文句を口の中でかみ殺しながら。
ルックは溜息を吐いた。
「一緒に戻りたいなら、勝手にしろよ」
「うん。勝手にする」
約束の石版に集まってくる108星。
くだらない。レックナートに頼まれなければ、即座に去りたいところなのだが。
ひらひらと、揺れる白い色がみえて目を上げれば。
今日もビッキーがそこに立っている。
目が合えば。
必ず彼女は笑って手を振った。
無視されることは知ってるだろうに。馬鹿にされるだけだと知っているはずなのに。
ビッキーは必ずそうする。
「やっぱり不可解すぎる」
そんな事を呟いて。不機嫌に肩を竦めてみたけれど。
実はその顔が、僅かに、微笑んでいるのを実はビッキーは知っていたから。
「ルックって、可愛い性格だよねっ」
と、小さく小さく呟いて。
今日も顔を上げた。
本当にささいな。日常の優しさに触れ合う為に。