夢を、見る。
視界を染めたあの色。
「ナナミ!!!」
幼なじみであり、親友でもある少年の叫び声に我にかえって、ジョウイは凍り付いた瞼を二度ばかり、またたかせる。
目の前が、塗り替えられるあの感覚が。
夢ではなく。現実で広がっていた。
「な・・・ナナミ?」
大切な、幼なじみ。
誰よりも普通で。誰よりも優しくて。
多分、動乱の後に訪れるだろう平和な世界で、一番幸せにならなくてはいけなかった、少女が。
目の前で、あの・・・・・独特の色に染められていく。
黒に最も近い赤。鮮血の、赤。
心臓が、はねていた。
信じられなくて、夢だと思いたくて。
調子がいいと笑うかもしれない。でも、二つの組織のぶつかりあいとなった戦いの中でも。なぜか、信じていたのだ。
ナナミと、大切な親友である少年。
この二人だけは、生き延びて、きっと幸せになるのだと。
親友同志が戦うという非情で、過酷な現実を押し付けたのは、そう。自分以外の何者でもないのに。
胸が、痛んだ。
信じたくない思いでいっぱいの心が、悲鳴を上げる。
もう、見慣れてしまった鮮血の光景。
でも。彼女だけは。たとえ自分が血と屍の中に倒れることがあっても。
決して血に濡れる光景の中心になってはいけなかった少女が、そこに、いた。
倒れていく、ナナミ。
優しい心のまま。親友と、自分の名前も呼んでくれて、庇ってくれた、優しい少女。
「やっと・・・優しい顔に戻ったね、ジョウイ・・・」
死を。色濃く宿しているのに、そういって、ナナミは笑う。
一番変わりやすくて、一番変わらないもの。
感情と優しさの永遠を、一人、世界に知らしめてくれている少女。
裏切っても裏切っても、決して変わることなく、帰って来てと、訴えてくれる少女。
許されるのなら、ナナミを抱きしめたかった。
抱きしめて、泣いて、死んではいやだと叫びたかった。
なのに、それをする権利が、今の自分にはない。
一番失いたくないものは少なくて、それが目の前の二人だといいきることが出来るのに、それを手放してしまった自分。
知っていたの手放した自分。
大切にするものを決して手放さなかったナナミ。
なのに。なんで自分が生き残って、ナナミが倒れなくちゃいけない?
一番。ごくごく普通の未来を望んでいたナナミ。野心からは最も遠くて、手を伸ばして届く範囲の人間たちを大切にしようとしていた優しい少女。
ナナミを抱きしめて、親友と二人泣く権利を、どこで手放してきたんだろう?
思っていた。
本当に正しい道を選び取れているのかと。
考えて、唇をかんだ。
親友を見るたびに。
ナナミの叫びを聞くたびに。
そして。今。
たった一つ。何故か永遠に変わらないで、そこに有りつづけてくれるのだと、勝手に思って勝手に安心していた少女の命が、消え逝こうとするこの現実に。
「ナナミを、頼む」
だから、いったいどこで捨てて来てしまったんだ?
自答に帰る答えはない。
いっそ責められたら楽なのに、罵倒する声もない。
ナナミは静かに微笑むだけ。親友は、唇を噛み締めてナナミの名を呼ぶだけ。
取り縋るでもなく、言葉を肯定することも出来ない自分に。与えられているのは、優しい沈黙。
ただ。死に逝こうとする瞳が、言っている。
(ジョウイは、帰って来ていいんだよ)
ナナミ。
組織の指導者として、ぶつからなくてはいけなくなった僕たちをつなげていた、たった一つの光。
たった一つの、希望。
死なないで、ナナミ。
万の軍を指揮する自分も、軍師と共に戦場に立つ親友も。輝きの盾の紋章も黒き刃の紋章も。
死神の前であまりに無力だ。
無力を痛感させられて、力を望んだ自分たちが今一番無力で、それが余りに滑稽だ。
(死なないで、ナナミ)
言えない言葉を、心で呟く。
ナナミはそれさえも分かってくれて、微笑みを浮かべたまま、肯いてくれる。
親友は、去っていく自分を、ただ静かな眼差しで見つめている。
なんでこんなにも胸が痛いのか。
なんでこんなにも優しい気持ちが心を傷付けるのか。
何度過去に戻ったとしても。
自分にはこの選択しか出来なかったことを知っているけれど。
でも、胸が痛い。
ナナミが、死んでしまう。
神様。
自分が入り込んでしまったこの迷路に、出口がなくてもいいから。
どうかナナミを救ってください。
王国軍を撤退させるために。
ナナミを安心させる言葉を告げることも、親友を元気付ける言葉を言うこともできないで。
ただ、去っていくことしか出来ない、あまりに無力な自分なんて救わなくてもいいから。
ナナミを救って。
たった一つの希望を。
「ねえ…………お姉ちゃんって……呼んで」
背後で。
命の力を失いつつある声が、あまりに哀しい。
ボクは本当に。
正しい道を……。