ずっとずっと、抱きしめられていた。
『大丈夫だよ、大丈夫だよ。じいちゃんは眠っちゃったけど、お姉ちゃんがついているから』
ナナミ。ボクね。
全然寂しくなんてなかったよ。
絶対にナナミが側にいてくれたから。
『君だけは、ボクが守るから! 恐いかもしれないけど、でも、戦おう!』
恐くなんてなかったよ。
ジョウイが側にいてくれたから。
あの頃は何もかもが輝いていて。
恐いことも出来ないことも何一つないって思っていた。
それが子供じみた確信だったとしても。
幸せだったんだ。
ずっと。
「ナナミ!!!」
声が、聞こえる。
心の奥底で、ジョウイが絶叫する声を。
抱きしめたナナミが微笑みを浮かべている。
薄い、なんだか影のようなものをまとわせながら。
―― なんで、ナナミ?
手の平に、べったりとしがみついてくるこの液体はなに?
なんでジョウイは真っ青な顔で、こっちを見ている。
分かっていた。
本当は分かっていた。
ナナミが、殺されてしまう。
怒りが、憎しみが、初めて胸をつく。
許せなかった。今まで、散々な悲劇を目の当たりにして、これ以上はないという程の怒りを覚えてきたけれど。今感じている怒り以上のものを、感じたことはなかった。
何が礼節を重んじる騎士だ。
弓で狙って、ナナミを傷つけた。ジョウイを殺そうとした。
隣に、ジョウイが立っている。
ナナミが信じつづけ、ボクもまた信じつづけているジョウイ。
こうやって、一緒に敵に立ち向かっていくのを。
夢見ていた。そして現実になった。なのにこの悲惨さはなんだ?
「許さない!! お前だけは許さない! ゴルドー!!!」
明確な意思で、初めて人を殺した。
ジョウイも、ボクも。運命ではない果たさねばならない使命に操られて人を殺してきたのに、今は違う。個人として、この男が憎い。
一番、こんな苦痛を与えられてはいけなかったナナミを、傷つけ踏みにじった男など許せない。
早く、早く、早く。
倒さなければ、ナナミが死んでしまう。
急がなくては。
ジョウイがナナミの側に駆け寄る時間がなくなってしまう。
きっと。
ジョウイはナナミに駆けよって、ナナミを抱きしめて、ボクがするように取り縋って泣きたいんだ。
昔だったら出来たこと。
なんのしがらみもなく、ただ三人、お互いの幸せだけを祈っていればよかったあの頃なら。
どうしてボクは、ジョウイの手を放してしまったんだろう?
どこですれ違ってしまったんだろう?
ジョウイは何度も、「逃げてくれ」と言った。
なんでジョウイ。「逃げてくれ」じゃなくって、「ナナミと一緒に来てくれ」って言ってくれなかった?
ボクはみんなが思ってくれているような、優しい人間じゃない。
ただ、自分の大切な人の幸せと自分の幸せだけを祈っている子供にすぎないのに。
「一緒に来てくれ」っていわれたら。
きっと一緒にいった。ナナミと、ジョウイと、三人なら。なんでも出来る、なんでも耐えられるって知っていたから。
逆にいえば。一人でもかければ、何もかも、耐えれなくなるんだ、ボク達は。
ナナミが笑って、ジョウイが苦笑して、ボクはそんな二人を見ている。
そんな未来が欲しかっただけなのに。
どうして、引き裂かれなければいけなかった?
こんな未来。こんな現実。
傷ついたナナミをジョウイが抱きしめることも出来ないような現実!!!
「やっと、、、優しい顔に戻ったね、ジョウイ」
ナナミ。誰よりも優しくって、誰よりも強くって。誰よりも望みを強く持っていた、ボクの姉さん。
自分の優しさと生真面目さに、潰されて、殺されていってしまいそうなジョウイ。
ボクは余りに無力で、泣くことしか、出来ないでいる。
「・・・・・ナナミを、頼む」
ああ。やっぱり。
ジョウイは去ってしまう。ナナミを抱きしめたいのに、それを耐えて。王国軍を撤退させる為に、行ってしまう。
ボクが、言えば良かったんだろうか。
「一緒に行くよ。ナナミと一緒なら、どんなところまでおちても恐くない」と。
入り口さえ見えない迷路。
ジョウイを捕らえて、離さないそれ。
入り口を見つけれれば。
ナナミと二人、飛び込んでいって、ジョウイをひっぱりだすのに。
なんで、ボクには、迷路の入り口さえ見つけることができない?
ジョウイになにもいえずに、ただ。ナナミにすがり付いていることしか、出来ないんだ?
「ねえ、お姉ちゃん、って呼んで・・・・」
ナナミ!
大切な、ナナミ。
死なないで。死なないで。死なないで。
ジョウイもナナミもいなくなったら。
ボクはこの世で生きていく理由がないよ?
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん!!!!!!」
死なないで。
力なんて、欲さなければよかった。
こんなものがなかったら、ジョウイもナナミも失わないですんだかもしれないのに。
―― 力は、人を、運命を、狂わせる。
流されているだけのボクが、一番卑怯だ。
ジョウイは責任を取ろうとしている。得た力、なした行為。その責任を取って、身を切るような思いで、ナナミを抱きしめる権利を手放した。ナナミは、ボクとジョウイのすれ違った何かをもう一度繋ぎ止める為だけに、必死になった。
なのに。
ボクは手を伸ばしすぎて、なにもかもを、失おうとしている。
「世界なんて、いらないのに! ナナミがいてくれれば、ジョウイがいてくれれば!
それだけで幸せなんだよ、ボクは!! なのに、ナナミ! ナナミーー!」
ナナミが、微笑んでいる。
優しい、微笑み。大好きだった、お姉ちゃんの優しさ。
「大丈夫だよ、だいじょうぶ」
なにが、大丈夫なの? ナナミ。
分からないよ、分からない。
迷路の入り口が見えれば良かったね。
ナナミと二人、ジョウイを助ける為に、飛び込めば良かったね。
何もかもが暗いよ。
ナナミとジョウイが幸せになれるなら。
ボクは、なんだって出来るって思っていたのに。
何も出来なかったんだ。
何も。
ナナミ…………