永久のはじまり NO.03
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「どうした?」
「ううん、なんでもないわ。でも、休めるところなんてあるかしら。もう察しはついてると思うけど、こういう場所を移動するのは慣れてないメンバーばかりなの」
「猟師たちとかだったらな。少しは手慣れてるところもあるんだが。どこかの村の人間なのか?」
「最近――あちこちで、村が離散しているのを知っている?」
 故意に話題を外してオデッサが言うと、フリックが考えるように僅かに首をかしげた。知っている情報を思い出しているような表情だ。
 多分、この人を解放軍に入れてしまうのは難しくはないはずだと、オデッサは表情をみて確信する。
 興味がなければ、助けにはこなかっただろう。解放軍の意味を唾棄するならば、取り方によれば帝国を非難する言動に眉をしかめただろう。
 けれど彼は、こうして真剣に考え込んでいる。
 そうしている間にもフリックは僅かに進んで、僅かに右側にそれる。今まで進んできた道よりもさらにひどく、獣道程度の後が僅かにある程度だった。
「フリック?」
「こっちに休める広場があるんだ」
「――ねえ、フリック。あなた、戦士の村の人間じゃないって言ったわよね?」
「いったよ」
「その割には詳しすぎやしない?」 
 普通の口調を装って、さり気なくとうてみる。
 一瞬きょとんとした顔をしたフリックは、振り返ってオデッサを見た。
「戦士の村だけが、この辺りの村じゃないだろ?」
 ひどく当たり前のことを、不思議そうに言って来る。
 確かに戦士の村以外にも村はある。ゆえに彼の言っている事は余りに正しいが、――戦闘能力が異常に高い村の人間でなければ入らないような場所だと、オデッサは思うのだ。
「――まあ、いいわ。まだ」
「なにが?」
「気にしないで。って……本当、いきなり広場だわ」
 流石に軽く目を見張って、周囲を見渡す。
 かなり古い切り株が点在する開けた空間は、確かに休息には打ってつけだった。
「そこを降りた場所に湧き水がある。各自、水をいれるものくらい持って来てるんだろう?渡してくれれば、取って来てやるよ」
「――一人で?」
「ちょっと慣れてない奴がいくと危険だからな。……別に、置き去りになんてしないさ」
 質問に不思議そうに答えた後、疑われたことに気付いて、ぶっきらぼうにフリックが答える。どうも大人びた部分と子供じみた部分の極端がはしばしに出ていて、ついつい、オデッサは笑った。
「――なんだよ」
「ごめんなさい、なんでもないのよ。なんだか……久しぶりにね、楽しい気持ちになれているだけ」
「……? 普段、楽しくないのか?」
「そんなことはない、と思うけど。でも……楽しいっていうよりは、やるべきことをしているっていう、充足感の方が大きいかもしれないわね」
「――少しは気を抜かないと、倒れると思うぞ、俺は」
 溜息をついて、手渡された容器を手に、水を持ってくるべく殆ど崖のような場所を降りていく。その姿をしばらく見送っていると、解放軍の仲間たちが、疲れきった様子でめいめい座り込みはじめていた。
「今回の行動で、こんなにも大変なことになるって思っていなかったわたしのミスだわ。ごめんね、みんな」
 いたって軽快に振り向いて、微笑みとともに短く言う。
 疲れきった顔をしていながら、彼女を心から信頼し敬愛している人々は、僅かに首を振って、大丈夫ですと答えていた。
 守ってやらなくてはならない者たちだと、オデッサは思う。
 たとえ共に戦っていても。彼等は守るべき相手であって――よりかかって良い同志では、ないのだ。
「オデッサも早く座ったほうがいいよ。休むっていったって、どれ位なのか分からないんだし」
 座り込んだ輪の中から飛び出して来て、子供がオデッサの手を掴む。
 ちゃんと立ったままフリックを待っていようと思っていた彼女だったが、半ば強引に座らせようとしてくる子供の気遣いに微笑して、素直に腰を下ろしていた。



「――あれが解放軍、ねぇ」
 預けられた容器を手に崖を降りながら、小さく呟く。
 想像していたものとはかなり異なっていた。
 巨大な赤月帝国に叛旗を翻し、不当な状態を強いられている民を救う。
 それを本気で行おうとしているのなら、強固な支持者と支配体制を保持している軍事的な組織か、理想を遂行することが我が使命だと信じ込む狂信的なところが或る集団の、どちらかと思っていたのだ。
「なんかこう、近所の人間が集まっただけにしか見えなかったな」
 武器になれているものもいなければ、軍事行動になれている者もいない。
 ――どうみても、全てが素人だ。
「圧政に苦しめられすぎれば、弱い民衆だって立ち上がろうとする。それを導いたのが――オデッサ・シルバーバーグなわけか」
 ごくごく普通の娘だと思う。
 責任感がすこし強くて、行動力がすこしあって、すぐ無理をしてしまうタイプの人間にしか見えなかったのだ。
「なんか不思議なところだな、解放軍ってのは」
 一人呟きながら、目的の湧き水を容器に満たして来た道を戻る。
 これからどうするべきかと、考えないでもなかった。
 本当は解放軍が一体どういう組織なのか、調べてから接触するか否か判断しようと思っていたのだ。まさか村を出た瞬間、襲われているとは思わなかったから。
「――見捨てられない、よなぁ」
 無意識に腰にあるべき剣を手が探してしまって、苦笑する。
 剣がないのは――想像以上に、心もとない気分にさせられた。
「とはいえ、名前を付けれるとは思えないしな」
 諦めるように呟いて、ひらりと、広場に戻る。
 結局のところ、一度休んだ面々が再度動けるまでに、一夜の時間が必要だった。
 どうせそうなるだろうと踏んでいたらしいフリックが、手早く野宿の準備を指示し、オデッサも休養を取ることを強制された。――解放軍を組織して以来初めて、見詰めているだけで用意が整い人々が動く様子に、ひどく安心した気持ちを覚える。
「フリック。貴方、これからなにか予定はあるの?」
 彼が解放軍に不可欠な人材だと、短い時間にオデッサは認識していた。
 最初に見せた戦闘能力や、普段の冷静な判断能力も当然高く評価している。 
 けれどそれ以上にオデッサが驚いたのは、解放軍という閉ざされた閉鎖性と仲間意識の強さから、余所者を無意識に排除してしまう傾向をもつ人々たちに、あっさりと受け入れられているフリックの人柄だった。
 命令をせずとも、自然と人々はフリックに質問をして、それに彼が答えている。
 だから、彼は一切命令はせずに、人々を動かしている。
 指導者であるオデッサの立場を侵害する印象を与えない理由がそれだった。
「これから? いや、別に決めてないけどな。とにかく、森から出るまでは案内するけど」
 なぜか焦ったように答えたフリックを、オデッサは悪戯のように見上げる。
「じゃあ、予定は空白のままなのね。――よかったわ」
「よかった、って何が?」
 やっぱりまだいいわとと言ってから、質問をなげられて答えている彼を静かに見詰めた。
「フリックって、不思議ね」
「なにが?」
「だって、全然偉そうじゃないもの」
「それを言うなら、オデッサの方が不思議だ。普通組織の指導者っていうのは、もっと偉そうなんじゃないのか?」
 首を傾げ笑いながらフリックに言われて、オデッサは苦笑した。
 どうも彼は、今まで言われたこともないような言葉を、次々と自分に与えてくる。――やっぱり不思議よと、今度は心の中だけで呟いてみた。
 フリックならば、確実に解放軍の力になるだけの能力を持っている。
 ――だからどんなことをしてでも、仲間にしたいと思った。
 力が及ばず、悲劇の前で空しい抵抗しか出来なかった過去と同じ思いなどしたくないのだ。
 次々と叔父レオンと、兄マッシュが帝国から姿を消してしまった為、急遽婿養子をとってシルバーバーグ家を存続させねばならなくなった。
 ようするに、珍しくもない貴族間の政略結婚だったわけだが、折り合いを付けて静かで穏やかな生活を帝国が守る時代の中、築いていこうと思っていたのだ。
 あの――不当な罪を押し付けられ。
 婚約者が公開処刑された、あの瞬間を目撃するまでは。
「オデッサ?」
 声を掛けられて、息が詰まったようにオデッサは顔を上げた。
「……フリック」
 ――ようするに自分は、私怨を果たしたいが為に。他人を利用しようとしているだけなのかもしれない。
 なぜかそんなことを、青く澄み通るような眼差しを前に、思う。
「疲れたのなら、休んだほうがいいかもしれない」
「フリック、森はあとどれくらいで抜ける?」
「もうすぐだ。昼前には抜けられる。――この時間なら、街道を哨戒する帝国兵を避けれるから、大丈夫だろうさ」
「じゃあ。時間――もうあまり残されてないっていうことね」
「時間?」
 なにが、と続けようとしてフリックは眉をひそめる。
 何よりも殺気や攻撃に移ろうとする気配には敏感なのだ。
「一体なんの冗談なんだ?」
 ひんやりと、低く言葉を口にする。
 一歩足を下がらせて、オデッサが彼女の体格にはつりあわぬ剣に手を置いたのだ。
「………解放軍の実情を知り過ぎた、と思わない?」
 やはり思っていた通り、気配を察するのが早い。
 オデッサは急速に緊張が支配し始めた空間を感じながら、切に思う。
「そう、かもしれないけどな。俺を――オデッサ達が殺せるとは思えない」
「多分、ね」
「このまま切りかかられたら、俺は反撃するだろうし」
「完全に戦士として育てられた人間は、友人を相手にしていようとも、殺気を持って切りかかってきた相手は排除してしまう、ときいた事があるものね。――当然だわ」
「じゃあ――なんだって、剣を抜こうとしている?」
 さり気なく、言葉を続けながらも雷撃の気配を手に集め始めている。
 すぐ側にいるはずの仲間たちは、誰一人として突如として訪れた緊迫に気付く気配がない。――彼等は戦士ではないのだ。当たり前、かもしれない。
 だからこそ。解放軍の旗の下に集まってくる人々を守っていく力を得る為に。
「わたしは、解放軍を共に支える同志がほしいわ」
 静かに。忍び寄る気配のあまりの鋭さに、冷や汗を浮かべながら、囁く。
 信頼してくれて、全ての命を預けてくる守るべき人々ではなく。
 死線をくぐりぬけ行動を思案し、共に動く――本当の意味での仲間が欲しいと。
「このまま、解放軍に命を預けて諾々と従おうとする人間だけが増えてしまっても。決して解放運動はものにならないわ。力による暴力は悪だけど、力ない正義はもっと悪よ。期待させるだけさせて――結局敗北して全てが殺される結果を生み出すわけにはいかない」
「だからってなんで、俺に剣をむけることになるのか分からない」
「貴方を仲間にしたいわ。私」
「―――それで?」
「簡単には納得してくれないでしょう。仲間になってくれ、っていっても。だから、わたしの意地をみせているの。貴方が断るのなら、このまま切り掛かるわ。だって、事実解放軍の実状を言いふらされては困るのだから」
「切り掛かってきたって、返り討ちにあうだけだろう?」
「そう。だから――これが私の、決意の現われ」
 必要な人材が目の前にありながら。
 仲間にも出来ず逃がしてしまう程度の解放軍に、解放軍の指導者ならば。
 これ以上大きくなる前に――潰れてしまったほうが、正しい。
 心臓の音がやけに高鳴っている。
 多分緊張しているのだ。
 彼が納得するか、しないか。その程度のことに――なぜか自分は解放軍の未来を占おうとしている。
 不安に思ってはいたのだ。
 解放運動を起こし、少しずつ仲間を増やしてはいった。けれど仲間になるのは、帝国に実害を与えられ行き場を失った人々ばかりで、まだ被害をうけていない人々は動こうともしてくれない。当然ながら援助してくれる者もおらず、能力に長けた人間もいない。
 ――このまま進んでいって、果たしていいのか。
 そう、思い始めていたからこそ。危険を承知で戦士の村に赴いたのだ。
 能力或る人間を、自分のとなえる理想に――巻き込めるかを判断したくて。
「………オデッサ」
 溜息を、はいた気配があった。
 静かにあげていた手を、彼が下ろす。そして空を見上げた。
「時々、進むべき道のほうが――無理矢理人間にむかって突進してくることも、あるもんなんだな」
「……フリック?」
「いつまで剣に手を置こうとしている? それとも、解放軍のリーダーは、仲間に向かって剣をむけるのか?」
 完全にからかうような声でいって、フリックはゆっくりと振り向いた。
「オデッサの役に、俺がたつとは限らないんだぜ?」
「立つわ。――だって、首根っこ掴んでもいいから仲間にしたい、って私が思ったのよ」
「首根っこ?」
「そう」
 よく分からないと不思議そうな顔をするフリックに笑顔を向けてから、オデッサは走り出す。とりあえず、解放運動を続けることに運命が味方したような気がした。
「オデッサ、どうせこっちまで来たんだ。危険は承知で、足を伸ばすつもりはないか?」
「――なぜ?」
「カレッカの戦いの際に帝国軍の隊長を務めた男が、隠棲してる場所を聞いたことがあるんだ」
「え?」
「本当の意味での解放軍にしたいなら、そういう男も仲間にしたほうがいいって思うぜ?」
 さり気なく、フリックが言う。
 仲間に出来るかもしれないと、調べてきた男のことを言っているに違いない。
 確実に解放軍という一つの組織が歩き出したことを、オデッサは感じていた。
「―――いくわ。勿論」
 だから答えた声は、僅かに震えていたかもしれない。
 離散した村が数多く存在している。
 税金を払えず、餓死していくしかない状態に追いやられた村人たちが流民となり、他国にでも逃げ出そうとするのが原因だった。
 フリックが口にした場所も、かつて村があった廃村の一つだ。
「グレッグミンスターの辺りは、義賊をなのる集団が結構いるらしくてね。村が離散してしまうまでの事は少ないらしいだけどな。帝都から離れていると――殺さずにじわざわ生かして絞り取ろうと考える奴等よりも、一気に全部奪い尽くしてやろうと考える輩の方が多いって話だ」
 同伴していた解放軍の面々に、オデッサの帰りが遅れることをアジトに連絡にさせると共に、動かすことの出来る兵力を動員させ、廃村の近くに配置出来るようにもさせた。
「でも……こんなに動かしてしまって、帝国が動かないかしら?」
 無鉄砲にすぎると暗に非難して、オデッサが周囲を見渡す。
 街道から特に離れておらず、身を隠せるような場所もない。こんな所で戦闘を仕掛けられれば、数の少ない自分達は確実に負けてしまう。
「帝国は動かないよ」
「――どうして?」
「来るのは馬鹿だけだと思うしな」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 馬鹿だけ、と言い切られてしまったら、こうして出て来ている自分達はどうなるのか。思わず眉を釣り上げた彼女に、フリックがなぜか驚く。
「オデッサ、調べてはいたっていってたよな? その――今から話をしに行く男のこと」
「勿論だわ。カレッカの戦いは――私、痛いほど知っているのよ?」
「ああ。そうか、カレッカの戦いの正軍師と副軍師は、オデッサの叔父と兄貴だったもんな」
「――そうよ。だから、知っているわ」
 両手で持ち上げることも出来ないような大刀を軽々と操り、どんな作戦でも部下を死なせずに返ってこさせる男――ハンフリー。
「二人、言っていたわ。貴族の子弟ばかり叙勲される国でなかったら、必ず相応しい地位を用意されただろう器だったろうって」
「知ってるよ」
「――ねえ、フリック。私不思議なんだけど」
 ふいと指を持ち上げて、端正な顔立ちの青年の額あたりを指差す。
「貴方、随分と情勢に詳しすぎやしない?」
「――なんだ、疑ってるのか」
「疑っているわよ。貴方やっぱり、戦士の村の人間でしょう」
 帝国のスパイかと疑われるのは当然かもしれないと考えたフリックは、威張ったように断言したオデッサが口にしたが戦士の村に関することだったので思わず絶句する。
「……なあ」
「なに。やっぱり白状するの? 戦士の村の人間だって」
「そうじゃない。そうじゃなくって、俺が疑わしいとか、怪しいとか、もしかしたら帝国のスパイなんじゃないかとか――考えないのか?」
「あら、疑って欲しいの?」
「欲しいの、じゃない。ちょっとお人好しすぎやしないか? そんなに簡単に人を信じていいものなのか? 指導者が、さ」
「私こうみえても人を見る目だけはあるのよ?」
「――なんか…オデッサを補佐する人間って大変そうだ…」
 呆れて溜息を吐いた青年を、オデッサは意地悪な表情で睨みあげる。
「人の事、言える?」
「――なにがだよ」
「フリック、貴方、私たちが帝国に攻められているのをみて。しかも私たちだけじゃ全滅するか捕まえられるかしそうなのを見て、思わず助けに飛び込んできたでしょ? 殆ど衝動的に」
「―――うっ」
「恰好つけても無駄よ。私、そういうの分かるんだから」
 言い切って、オデッサは得意げに笑った。
 どうやら反論できなくなったらしいフリックが、ふてくされたように彼女を見やる。
「なんか――解放軍の指導者って肩書きに騙された気がするぜ」
「勝手に想像するからよ」
「――だからって、まさかこんなに子供っぽいほどの感情豊かなに奴とは、思わないぞ、普通」
「感情豊か?――え、私が?」
「そうだよ。随分と指導者らしい顔をしてると思ったら、悪戯っぽくなったり、笑ったり、怒ったり。さっきは拗ねてたろ?」
 ――驚いた。