番外編

目次
[失せ物探し 中]

「んー、まあ色々だよね。まず男じゃないし、一人でもない」
「一人じゃない!?」
 ぎょっとして声を上げたのは亮だ。
「だってそうだろ? 同じ時間に、違う場所で、桜の私物がなくなることがあるわけだから」
「いやいやいや! なんでそんなことが分かるんだよ」
 何を見てるんだお前ら、と声を上げながら亮は二人の間に割ってはいる。それから「んん?」とうめき声を上げて、情けない表情をした。
「智帆ー静夜ー、なんだこれ」
「時間割だよ、白鳳学園のね」
「それくらいわかる!!」
「あれ、そうだった? ごめんごめん」
「静夜、かわいい顔して悪魔なやつめ。まあいいや、この時間割ってうちのクラスのだろ? でもこっちはなんだよ」
 文理合同クラスゆえ、二年A組の時間割はひどく特殊で特徴がある。まあ、特徴がなかったとしても、自分のクラスの時間割が分からない人間はいないだろうが。
 だが、もう一枚の時間割は高等部のものでもなかった。なにせ授業時間の長さが違う。
「中等部のだよ。久樹さんと爽子さんが、学生課に頼んでもらってきてくれたんだ」
「わざわざ学生課から? なんでそこまでして。……なあ、北条は何かわかるか?」
「え? ……そうね、ん……」
 呼ばれてひょい、と覗き込む。それからぱちりと目を見開いた。
「あ」
「桜は分かった?」
「分かった、気がする」
「お、俺だけかよ、わからないの」
 なぜか亮が目をむく。智帆はけらけらと笑いながら「で、北条はなにが分かったんだよ?」とたずねた。
「そのチェックの意味。それ、私の私物がなくなった時間でしょう?」
「そ。前に静夜が北条に聞いたろ? いつだったのか、なにがなくなったのか」
「日記につけておいたから、だいたいの時間とかは分かってたつもりだったんだけど。こうやってまとまると」
 失せ物がでた時間は、一週間でまとめて見ると、見事にかぶっているのが分かる。
 ――二年A組の生徒たちが移動教室でいない時間か、委員会のある日の放課後だ。
「パターンが見えるね」
「そ、分かりやすいパターンだろ。そして静夜の言ったとおり、一人でもない。パターンにのっとって行動する複数の人間がいるってわけだ」
「でも、なんでそこまでして、私の物をとるの?」
 なんだか悲しいよりも腹がたってきたのか、桜はむっと唇を引き結んで腕を組む。気丈な少女に、静夜は軽く笑いながら目を細めた。
「北条桜の持ち物は、知力をもたらす」
「な、なに、それ?」
 静夜くん?と言って、桜は目を白黒させる。
 噂を調べてるっていったよね、と答えて、静夜は智帆が座る椅子の背もたれに器用によりかかり、軽く白い手を持ち上げた。
「最近広まってる噂」
「ええ?」
「良くも悪くも、高等部二年A組ってのは目立つ存在だからね。そこの名物委員長ってことになっているんだ、桜はやっぱりかなり目立つよ。その上、桜がかなり頭がいいってことも、知られてるし」
「静夜君や智帆君ほどじゃないよ?」
「テストの点数稼ぎで、本当の頭脳のよしあしは分からないよ。さて僕らはどっちだろ」
 返答に困るようなことをわざと言って、自分たちがこれ以上ほめられるのを静夜は防いでしまう。――静夜たちは、あまり人に認められることに慣れていないのだ。
「……で、私が点数稼ぎに成功してるとして、それでどうなるの?」
「桜、失くし物が頻発する前に、なにか中等部で忘れ物をしなかった? 中等部と高等部の合同会議かなにかにいったときに」
 白鳳学園では、学年と学部をこえて、協力し合うことが多々ある。
 合同会議はその一環で行われていることの一つだ。
「そういえば、シャーペンを忘れたかも」
 しばし悩んでか桜は言う。
 静夜は智帆のパソコンを覗き込み、智帆は「これだな」と言ってまた別の画面を立ち上げた。
「ええっと、それは?」
「僕がひろってきた噂のログ。ここに桜のシャーペンを持ったままテストに望んだ子が、苦手科目さえも軽くクリアしたって話がのってるだろ? それ以来、噂が広まったんだよ。すなわち」
 軽く、両手を広げる。
「北条桜の持ち物をテスト前に手に入れて、みにつけておけば、簡単にテストを乗り越えることが出来る」
 静夜と智帆以外の面々が、ぽかん、口を開けるする。
「あれ、びっくりした?」
「びっくりっていうよりも、あまりに単純すぎるっていうか。……でもまって、それってテスト前に、なの?」
 形の良い眉を桜が寄せる。「むしろ、テスト前にってのが重要らしい」と、顎に手でふれながら考え込んでいた智帆が声を上げた。
「でも、だったら変でしょう? 今の時期って、テスト期間中でもないよ」
「だからこそ、絞りやすいんだよ。一つだけあてはまる、面倒そうな教師がいる」
 ほら、と言って智帆は初めてノートパソコンを持ち上げて全員が見えるようにする。
 中等部のとあるクラスの行動予定表がなのだが、そこにはなんと、毎週のようにテストの予定がびっしりと書き連ねてあった。
「な、なにこれ」
「なんつー息苦しい先生だよ」
 桜と亮はぽかんとする。
 智帆は後頭部に、組んだ両手をそえてのけぞった。
「白鳳の教師にしては珍しいだろ? なんでも、自分が教えていることがちゃんと生徒に伝わっているのかが不安で仕方ないらしい。……教師の不安を解消するために、行われるテストってとこだ。そのおかげで、遅々として授業は進まないらしいな」
「本末転倒だよね」
 静夜が低く感想を述べる。必死に中等部の教師陣を思い出していた亮が「そんな横暴な奴、中等部にいたっけ?」と、器用に憤慨しながらきょとんとしていた。
「僕らは編入組だから、中等部の教師陣はしらないけど、どうなの?」
「基本的にいい先生ばっかりだったよ? そんな不安の塊のような教師、いたかな?」
「その疑問には、ひねりもない回答が用意されてるだけさ。ようするに、白鳳にきたばっかりの奴ってとこだな」
 問題の教師の顔を、智帆は画面に表示させる。
 白鳳学園は生徒に厳しいが、教えてである教師にだって厳しい。むしろ教師の査定システムのほうが、泣きたくなるほどに恐ろしいという噂なのだ。
「さすがは智帆、抜かりないね」
「お褒めに預かり光栄至極。でもって、こいつが受け持ってるクラスの時間割が」
 タッチパットに指を滑らせる。「これな」と呟いて、智帆は問題の中等部の時間割と、桜の私物が無くなった時間がチェックされた二年A組の時間割を重ねあわせた。
「あ」
 ぽかんと桜が声を上げたところで、がらりと教室の扉が開く。
「なにか分かった?」
「俺はなにをすればいい?」
 最初に秋山梓、続いて大江雄夜が入ってくる。
 亮は振り向きながら、にやーと笑う。
「なんか、もうあとは解決だけになってるって口ぶりだな」
「違うの? なんだかみんなの様子がそう見えたんだけど」
 間違ったかな?と梓が背伸びをして桜をみやる。長い三つ編をゆらせて、くすくすと桜はわらって目を細めた。
「違わない、かな」
「まあな。実働部隊、出動!ってとこか。お」
 ぽんっ、と手をたたく。
「今回、俺の許可がほしいって言わなかったっけ、静夜」
「言ったよ」
「悪巧みするときだけ、許可をっていうよな。それに、なんで北条じゃなくって俺?」
「当事者はそんなの言いにくいと思うんだけど。亮は相変わらず、繊細さってものにかけるねぇ」
「がーん。少女漫画をこよなく愛する、この俺に繊細さがないと!?」
「愛してたんだ」
「あれはあれで面白い。うん。少女小説のなかなか」
「……それについては、後ほど、気が向いたら聞くよ」
 軽くいなされて、亮は「つまらん」と腰に手をあてた。梓が真顔で「面白いの、貸そうか?」と友人の肩をたたく。それにいい、と答えるだろうと思ったが「うん」と答えたので、どうやら本気のようだった。
「というわけで、本当に出動といこうか」
 細い手を伸ばして、静夜は智帆の肩をたたく。
「だな。あとは実地でどうとでもなるさ。雄夜、先頭な」
「ん? どこに行けば?」
「中等部。秋山、雄夜を先導してやってよ」
「うん! 喜んでっ!」
 わーい、と言い出しそうな勢いで顔をかがやかせ、梓は雄夜の腕をつかむ。
「雄夜君、梓に腕とかとられても、ぜんぜん動じないね」
「精神的に秋山は強い、って雄夜が思ったんじゃないかな。それにさ」
「うん?」
「雄夜には秋山くらいにつっぱしるタイプのほうが、いいよ」
「わ、双子の公認っ」
 桜が手をたたく。パソコンをかばんにしまって立ち上がった智帆が「雄夜も北条ならいいだろって言ってたぞ」と、いきなり言った。
「……ち、ちちち、智帆くん!?」
「おや、俺は失言したか、静夜?」
「さあ。僕に智帆の失言度を図ることなんて出来ないよ。ただ一ついえるのは」
「いえるのは?」
 ここで、なぜか智帆と桜と亮の声がそろう。
「智帆の夕飯のおかずが、一品減ったってとこかな」
「うわ、強烈。でもまあ、確かにな。誰かに公認されりゃいいってもんでもないか」
「そうそう。全ては本人次第ってね」
 さらりと受け流し、静夜はさっさと歩き出す。智帆は軽く振り向いて「ま、頑張れ」と桜にむけて軽く笑って見せた。
「……。……。宇都宮、私、そんなにわかりやすい?」
「うん」
「そ、そう」
 恥ずかしいなぁ、と桜は額を押さえた。
 最初に教室から出て行った梓が「早くおいでよー」と声をあげてくる。「ごめん」と返し走り出して、桜は相棒をみやった。
「なんだか思うんだけど、私たちって緊張感持続させられないよね」
「それがA組らしいってとこじゃね?」
「そうね。そうやって、ずっと行きたいね」
「ああ。これから、なにが、起きてもな」
 これは、先に言っている梓も含めた、三人の願い。
 自分たちはきっと何が起きても笑って、そして全員で乗り越えていくんだという、誓いにも似た祈りだ。
「さて、出動!」
 今更のように、亮が声を上げた。


 中等部の一室。
 初等部からずっと白鳳学園に在籍している桜、亮、梓の三人にとって、ここはかって知ったるかつての学び舎だった。
「といっても、なんかこう、卒業しちゃうと突然疎外感を感じるね」
 くるりと周囲を見渡しながら、雄夜の二の腕をつかんだまま秋山梓が声を上げる。雄夜は不思議そうに「そういうものか?」と首をかしげた。
「うん。ずっといた場所だからこそ、自分たちの場所じゃなくなったら、ギャップがあるのかも。ちょっとだけ、寂しいのかなあ?」
「秋山と共に過ごした奴らは、中等部ではなく高等部にいるだろ?」
 校舎などより、同じ時間をすごす奴らは変わらず存在するからいいだろ、と暗に雄夜はいっている。梓は驚いて目を見開き、ぱちり、とまばたいて少年を見上げた。
「え? あ、うん。雄夜君、もしかして慰めてくれた?」
「慰める?」
 なぜ、と。たずねた梓よりもさらに不思議そうにして、雄夜は眉を寄せる。
 二人をすぐ背後にしている宇都宮亮は「な、なんかラブコメきかされてる気分だ」と言って、相棒である北条桜の腕をつかんだ。
 梓の片思いは絶対に成就しないだろう、と最初は誰もが思っていたというのに。誰よりも先に、想いを叶えていっているようではないか?
「宇都宮、なんで私の腕をつかむの」
「いや、秋山の真似。そうだよな、普通だったらその反応だよな。じゃあやっぱり」
「亮はあれだ、雄夜の恋愛事情が気になるわけ?」
「雄夜のってより、A組の奴だったらみんな気になる」
「亮、ゴシップ誌の記者を目指せば」
「いきなりそこまで飛ぶなよ」
 失礼な奴らだなお前ら!と、亮がビシッと指差す。
 居残っていた中等部の生徒たちは、突然に入ってきた高等部のグループに驚いて目を見張っている。その一人に顔見知りがいたのか、桜が「あ」と声を上げた。
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