暁がきらめく場所
NO.02 屍の都
……私は、お前など知らない
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「なるほど」
 空に佇む彼は、一人一人の対応を楽しむように見つめた。最後に呆然とするリーレンを眺めて、ひどく冷たい笑みを唇にはく。
 それはまぎれもない嘲笑だ。
「エイデガルが作りだした呪縛の糸が、こうまでも高度なものであるとは思ってもいなかったよ。流石はもう何百年と魔力者と共にいただけはある。敬意を評するよ、僕は」
「呪縛の糸?」
 リーレンがぽつりと声を出す。少年はくすりと笑い、そんなことも知らないのかと低く声を出した。
「牙を失い、爪は丸め、ただただ皇国に飼われ続けた魔力者たち。君を見ていたよ、僕は。拷問に似た苦痛をぶつけてやったというのに、側から離れられなかった君をね!」
「――っ!?」
 リーレンの目が驚きに見開かれる。アトゥールの隣に立つアティーファが、ひどく心配げに幼馴染みの魔力者を見つめた。
「リーレンっ! 惑わされては駄目だ!」
「アティーファ様……」
 助けを求めて皇女を見やって、安心しようとする。けれども投げられた言葉が胸を刺し、疑問が心から消えようとしなかった。
 ――凄まじい苦痛を与えられて、それでも皇女の側に居たいのは何故なのか?
 ――魔力者は牙と爪を削がれていたのか?
 ――呪縛とは一体なんなのか!?
「お前は何を知っているっ!」
 心が飽和して叫ぶと、少年の笑みは更に冷たさを増す。全てを知っているのかと詰問しようと前に飛びだそうとして、リーレンは思いきり強く襟首を掴まれた。
「え!?」
「リーレン!」
 引きずられて斜めになった身体を、カチェイが真上から見下ろしている。背が伸びてからは、誰かに見下ろされることなど殆どなかったので、リーレンは純粋に恐怖した。
「カチェイ公子?」
「十歳のガキに、こんなところで思春期真っ只中の悩み合戦をはじめられたら困るんだよ!」
「じゅ、十歳!?」
「お前の精神年齢だ。鑑定はアトゥールな。文句を言いたいなら生き延びろ。いいか、お前が何を疑問に思い不審を抱こうとそれは自由だ。だがな、今俺らがするべきなのは一つだ。もう一度合流しこの事態に対処する。これが先だっ!」
「は、はいっ」
 気圧されて、まるで教師に指導された生徒のような声を出す。ぱちぱちと乾いた音が空から落ちた。
「お見事。ここで一人を減らしておきたかったのに出来なかったな。それにしても面白い人達だね、エイデガルの皇公族に属する者達というのはさ。ごまかし上手で口がたつ。いっそ、公族なんてやめて芸人にでもなるってどうだい?」
「わざわざ職を探していただいたけれど、それを受けるわけにはいかないね」
 リーレンに駆け寄ろうと無理をしようとするアティーファを留めながら、アトゥールが冷ややかに答える。
「ああ、それは残念だ。折角の生き延びる提案でもあったのに」
「残念ながらね、カチェイが芸人になったって、体力だけが自慢だから長続きなんてしないさ」
 さらりと言いきる。混乱するリーレンを庇うカチェイが、からからと笑いだした。
「俺と違ってアトゥールなら成功するかもな! 無論女の格好でもすればの話しだが。あいにく、それをやるなら死んだほうがましだと考える奴でね」
「それは本当に残念なことだね。君達みたいに、おどけながらも、合流出来るチャンスを窺うしたたかさを持つ人間は僕は好きなんだけど」
 二人を牽制し、するりと動いてアティーファを見つめる。
「なんて残念なんだろう。はじめましてと言うのが正しいだなんて。君のことは、随分と昔から聞かされ続けてきたから、旧知のように思っていたんだ」
 楽しげな声だが、異常なほどの威圧感がそこに渦巻いていていた。
「……私は、お前など知らない」
 見下ろしてくる相手をアティーファが睨み返す。さもありなんと、少年は肯いた。
「そうだね。君は僕という存在など知らなかっただろうよ。知る必要のないことだったろうから!」
 蒼褪めた双眸と、揺れる青みのある黒髪が、あどけない少年の面差しに影を落とす。彼はひたすらに、清々しい命の躍動を拒絶する忌々しい暗さを抱き込んでいた。
「でも、それは今日で終わる」
 少年が広げた青白い両手が、不意に力を宿した。魔力者であるリーレンが気付いて、目を見開く。
「アティーファ様!! 攻撃がきます!! 伏せて!」
 叫んで、リーレンは必死に集中した。少年が繰り出すだろう攻撃に対し、魔力で防御を張ろうと試みる。
「警戒が遅いよ」
 あざ笑った少年の両手が、空に差し伸べられた。直後に、全員の視界が白い閃光に飲み込まれる。
「そうそう、自己紹介がまだだったよ!! 僕の名前はエアルローダ・レシリス。覚えておく必要、今後はあると思うよ!」
 次々と白刃を放りながら、歌うようにエアルローダは声を張った。
 カチェイが剣を頭上に掲げる。アティーファを抱きしめてアトゥールは身を盾とした。僅かに遅れて、リーレンが魔力を解放しようとする。
 アティーファ・レシル・エイデガルが持つ、第一皇位継承権を意味する”レシル”と同じ”レシリス”を名に持つ少年は、狂乱の中でただアティーファを見つめていた。



 危急を知らせる狼煙があがったと報を受けて、皇王フォイスは難しい顔をしていた。彼の周りにはエイデガル皇国を支える最高幹部たちの姿があり、主君の決断を待っている。
 ふむ、とフォイスが表情を緩ませた。
「中止だな、近衛兵団を援軍に向かわせるのは」
 あっさりと言って、フォイスは目を閉じた。
 狼煙はフォイスの一人娘であるアティーファの危機を知らせており、魔力者の出現も知らせている。すぐにでも助けを向かわせるべき状態であるというのに「中止だ」とフォイスは言う。
 当然臣下は慌てて、フォイスに詰め寄った。
「そろそろ落ち着いてくれんものかな」 
 困惑気にフォイスが言うと、臣下は目を剥いた。
「これが落ち着けることですか! ただ一人の後継ぎの姫君を独断で危地にやり、急を告げていらっしゃるというのに助けもやらないなどと言われて!」
 口付けも出来そうな距離に迫ってくるのは、前皇王でありフォイスの母であるマリアーナの親友であり宰相でもある男だった。どうも幼い頃のフォイスの尻を叩いて叱ってきたせいなのか、今一つ皇王に対して遠慮が足りない。
 フォイスはやれやれと肩をすくめ、迫り来る老人の肩をおして距離を稼いだ。
「我が国は専制国家であり、私が独断で決めてよいはずなのだが」
「建前はそうですな」
「建前だったのか。それは知らなかったな。百年後くらいには覚えることにしよう」
「今覚えて頂きたいですな」
「無理だ」
 宰相を軽くいなして、フォイスはしかめっ面をしているもう一人を見やる。こちらは皇王お気に入りの近衛兵団長で、彼が自分で見つけてきた市井の青年だった。
「陛下、口を挟んでよろしいでしょうか」
「許可する」
「皇女殿下があげられた狼煙は、レキスの異変に魔力者が関与していることと、隣国ザノスヴィアの動きに注意せよともことであったとか。これは、レキスにおかれている皇女殿下が甚だしく危機にあると考えてよろしいのではないでしょうか?」
「そうだな」
「アデル・ティオスの公太子殿下も同行しております。援軍を送らなければ、両公国から抗議が来ることにもなりませんか? 見捨てるのかと」
「それはないな。安心しろ」
「皇王陛下……。確かに両公子の心配はいらぬやもしれません。ですが、数で攻められれば事情は変わります。援軍の派遣を許されない我々に、落ち着けというのは無理な話しです」
「なぜだ?」
「なぜと申されますか……」
 エイデガル近衛兵団長、キッシュ・シューシャは、心底困った顔をした。
「からかっているわけではない。本当に分からんな。なぜに落着けない? やることは明白であり、焦ることは一つとてない。行うべきことに、近衛兵団を援軍に送る事項はないのだ」
 反論を許さぬ厳しさにキッシュは沈黙し、変わりに老齢の宰相が口を挟む。
「姫君の危機に動揺せぬ皇王陛下の胆力に感歎いたしましょう。けれど焦ることはないという言葉には納得できませぬな」
「そうか」
「納得しろと言われましても無理です」
 頑なな返事に、フォイスは頬杖をした。
「アティーファが狼煙を上げさせたのは、事態が深刻であったからだろう」
「そうでしょうな」
「派遣した人員で、レキス公国の動乱を収めることは難しくなっている」
「おっしゃる通りです。だからこそっ!!」
 援軍を送るのが当然だと宰相は白い眉をあげる。フォイスは珍しく辟易した顔をした。
「近衛兵団は差し向けない」
「――は!?」
 数が少ないと同意したくせに、フォイスの決定は一つも覆っていない。宰相は手を震わせ、皇王は溜息をついた。
「良く聞け」
 広げた地図にフォイスは手を伸ばす。エイデガルと五公国とに隣り合う、ザノスヴィアおよび双子国と呼ばれるエイヴェルとフェアナ両国が詳細に記されていた。
「我が娘には、アデル公国、ティオス公国の選りすぐりの精鋭が同行している。狼煙の上げ方はアデル金狼騎士団であり、ティオス風鳥騎士団は国境のアポロスから到着を知らせる狼煙を上げている。ようするにレキス公城内に入れていないのだ」
「確かにそうですが、それが何故レキス派兵を中止に繋がるのですか?」
 近衛兵団長キッシュの無骨な声が問いをむける。
「まだ分からんか?」
「残念ながら」
「ようするにな、故意に戦力を遠ざけたのは、レキスでの異変解決に騎士団が役立たぬと判断したからであろうよ。判断はアトゥールであっただろうな。ならば何故役立たない? 魔力者がいたからか? 違うな。それは居た魔力者の能力の質による」
「魔力の質? それはもしや……」
「ちと遅いが理解したようだな。かつてのエイデガル建国戦争の際、覇煌姫レリシュの軍勢は、非人道的な手段で集め構成させた魔力者たちの軍勢と幾度も戦火を交えている。魔力の中で最も恐ろしく、かつ厄介であったのが、他人の精神を軽々と操る能力であった」
 レリシュと鬼才の軍師ガルテの策を持ってしてもなお、圧倒することは出来なかった魔力部隊の攻撃。
 炎をおこされ、風をおこされ、大地を割られた。軍兵を退けても、魔力者は屍人を操って起きあがらせてしまう。
「近衛兵団が赴いても、精神を操られて敵の兵力を増やすだけだと?」
「私が側近くに居るならばともかくな。レキスでは近衛兵団も良い屍人兵の材料にすぎまい」
 丁寧な説明にようやく納得し、キッシュは自国の皇王を尊敬の眼差しで見やった。
 魔力が恐ろしい力を持ち、それが戦を支配することがあるのは、過去の歴史を見れば一目瞭然であった。
 だが魔力の恐怖を”今”も持つものは殆どいない。エイデガルの魔力者保護政策が成功して以来、魔力を目にすることも少なくなっていたからだ。
 操りの術を持つ魔力者を即座に警戒出来る者など、そうはいなかった。
「我々皇公族には、獣魂の加護があるので操られることはない。騎士団にも加護はあるが、今のレキスはそれが弱い。ゆえに騎士団を向けるのが危険だと判断される場所に、私がのこのこと近衛兵団を向けてみろ。無能な父、無能な皇王だと一生のネタにされてしまうよ」
「はい」
「我々は別の行動を起こす。各公家に伝令を。アデル、ティオスは隣国のエイヴェル・およびフェアナの双子国に備えよ。天領地を挟んでレキスと隣接するガルテ・ミレナ公家は、レキスに派兵できるように備えを厚くするように伝えよ。近衛兵団は臨戦体勢のまま、皇都で待機だ」
「……陛下?」
「建国以来大きな戦を他国に仕掛けぬ隣国フェアナとエイヴェルだが、彼等は平和主義者ではない。好機と見れば攻め込んでこよう。魔力者との直接対峙が出来ぬ通常の兵力は、他国の軍事行動に備える。レキスは捨て置け。アティーファが、当主たるダルチェとグラディールを救い出せば、魔力者に対する対処方法は戻る」
 言い切ると、初めてフォイスは椅子を立った。羽織っていた長い衣を脱ぎ捨て、凛々しい軍装を見せつける。有事には最前線に出るという意志表示に、人々は改めて非常事態を自覚した。
 緊張の面持ちで人々は散ってゆく。
 なにゆえレキス公王を救いだせば、魔力者の対処方法が取り戻せるのか。それを追求する者はいなかった。
 慌ただしく散る一同を老宰相は見送って、静かに佇むフォイスを見やる。
「陛下」
「心配するな。エイデガルは潰させん」
「国の行く末など、最初から懸念しておりません。私が懸念するのは、親としてのフォイス様の心痛のほうです」
「これだから年寄りはやりにくい。だが、まあ大丈夫だろう。最悪の事態を想定して覇煌姫をあれには持たせてある。同行した二人もまた氷華と紅蓮を持ち出しておるからな。リーレンも役立とう。例え屍人の大軍がこようと、なんとかするだろうさ」
「まあ、あの二人はアティーファ皇女殿下が後を継がれたあかつきには、片腕と頼む人材でしょうからな」
「敵はどういう手を次に打ってくるかな」
 フォイスは窓辺から広がる遥かなる空を見やる。そのずっと先にはレキスがあり、異変の一端を担うザノスヴィア王国があるはずだった。――すでに動き出していると考えられる、隣国が。
 
 
 閃光だった。
 リーレン・ファナスは、エアルローダ・レシリスと名乗った敵対者が攻撃を仕掛けようとしていることに、寸前に気付いていた。
 魔力集中に入り、来るべき攻撃に備える。対してエアルローダの方は、歌うような声で一行を愚弄しており、まだ魔力集中に入っていなかった。
 攻撃に防御は間に合うはずだとリーレンが思った瞬間、少年魔力者は薄く笑むとおもむろに白き閃光の刃を放つ。
 一瞬何が起きたのか分からなかった。
 魔力を集中の時間なしに形成出来る者をリーレンは知らない。しかも少年がまとった魔力は、彼のソレを遥かに圧倒していた。
 しかも異変が起きた。
 紡ぎ上げた自らの魔力が、突如消えた――いや、根こそぎ奪われた感じだった。身体中が脱力している。
 なにが起きたか確認が取れる前に、視界の端に翠色の光が生まれた。魔力の光と思われるソレが、閃光を発して白き刃に襲いかかり、食らっていく。
 ――では、それはどこで生まれた?
 この場に在る魔力者は、エアルローダとリーレンだ。敵対する少年魔力者に仲間はいるかもしれぬが、姫君の一行を守る魔力者はリーレンしかいない。
 けれど救ったのはリーレンではないのだ。
 悔しかった。リーレンは今、悔しさと屈辱とで胸が潰れそうだった。もうどうすればいいのかも分からない。
「リーレンっ!」
 声が響いて、リーレンはハッと目を見張った。
 乾いた風の音がひゅうと耳を掠めていく。頬には冷たい白砂の感触。――眠っていた?と思って、彼は手を動かした。
「この怠け者の朝寝坊め。俺より若いくせに、より長く伸びてるたぁどういうことだよ」
 呆れた声は高い位置から落ちてくる。
 リーレンを覚醒させたのは、アデル公国第一公子カチェイ・ピリア・アデルだった。倒れたリーレンの傍らに佇み、起きあがらない黒髪の魔力者の脇腹を軽く蹴る。
「あ、あの……。困るんですけれど」
 立ちあがれずに固まるリーレンに、カチェイは溜息を落とす。
「当たり前だろう。困らせてんだから」
「困らせているんですか」
「変に納得すな! 俺の足くらい跳ねのけて立ちあがれよ。そんでもって、俺たちが置かれている現状を認識しろ」
「現状?」
「のんびりと寝転がってる場合じゃないのは確かだな」
 皮肉な笑みを浮かべるカチェイを見上げようと上体を起こし、リーレンは無残な光景を目撃した。
「――なっ!」
 巨大な穴が地面に幾つも穿たれている。意識を失う前は原型をとどめていた建物が、元の形がなにであったのかも分からぬほどに破壊されていた。
「これが、あの……」
「エアルローダの力だろうな」
 絶句したリーレンの語尾を引き取り、カチェイは首を振った。
「私達が無事なことのほうが奇跡みたいで……あ! カチェイ様、怪我してるんですか!?」
「今ごろ気付いたのかよ」
「すみません。あの……」
 手当てをと言おうとしたリーレンの目の前で、カチェイは肩にはおる布地をナイフで切り裂いて包帯を作っていった。作業を行う彼の手は血に濡れていて、赤い滴をぽたぽたと地面に落としていく。
 慌ててリーレンが自分の身体を確認すると、かすり傷と打撲が一つずつ見つかった。
 雨のごとく降り注ぐ白き刃が無力化するまで、カチェイはソレを防ぎ、言葉とは裏腹にリーレンを庇って怪我をしたのだ。
 己の手当てを己でこなすカチェイに、リーレンがもう一度声をふり絞る。
「カチェイ公子、私に手当てをさせてください!」
「触るな」
 伸ばしかけた手は、凍るように冷たい声に拒絶される。そこには剥き出しの殺気までが含まれていて、リーレンは愕然とした。
 これは誰だ?と、思う。殺気を向けてくるカチェイなど、彼は知らない。
「カチェイ、さま?」
 リーレンの震える声に、怖がらせたことに気付いて、カチェイは淡く苦笑した。
「悪かったな驚かせて。別に手当てして貰うほどの傷じゃないんだ。あるだろ、一見派手に怪我したように見えるってことが」
「――はい……」
「俺の軽傷より、気にせにゃならんこともあるしな」
「あの、それは?」
「分からんか?」
 逆に問われて、リーレンは返事に窮す。カチェイはニヤリと笑った。
「お前の大事な大事な姫君は、一体どこだよ」
「アティーファ様!?」
 打たれたように跳ねあがり、リーレンは周囲を見渡した。あるのは無残に破壊された建物と、応急処置を終えたばかりのカチェイだけで、アティーファもアトゥールも向かってきた屍人の姿までもがない。
「そんなっ……」
「俺らはあのガキの思惑に、まんまと嵌められたわけだよ」
 吐き捨てると、乱暴に至宝の剣を握って歩き出した。先程僅かな戸惑いをアデル公子に抱いたにも関わらず、リーレンは迷わずカチェイの後を追う。
 リーレンは他人に対する依存心を強く持つ。
 幼い日々を地獄のような苦痛の中ですごし、そこから突然に救われたことが、依存心を高める一因になっていた。
 彼を救ったのはアデルとティオスの公子で、彼等は他人を導くことに秀でていたのだ。
 導かれること。従うこと。自分の行動を他人に決めてもらうこと。――自分のことを自分で決めないことに、リーレンは慣れていった。
 おとなしく付いて来るリーレンを見て、カチェイは息を落とした。親友のティオス公子アトゥールが、リーレンを精神年齢十歳だと言いきった真意が良く分かる。
 リーレンはアティーファを好いており、常に彼女の後を追っている。けれどアティーファがリーレンに振り向いて対等に接しようとすると、彼は一歩引いてしまうのだ。
 アティーファを好きでいれば、自動的に皇女の側という位置を確保することが出来る。自分の居場所の確保を、アティーファの存在に依存しているのではなかろうかとも、かつてアトゥールは言葉を重ねた。
「リーレンが真剣にアティーファが好きだってのは疑うことでもないが。どうもなあ。恋人にしたいっていう”好き”には見えんのも確かだな。ありゃあ家族にむける”好き”に近い」
 一人ちいさくごちる。
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