暁がきらめく場所
NO.02 魔力者
調査隊って言ってもな。相手は気位だけがやたらと高いザノスヴィアだぞ
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「何ですかっ!」
 さらにリーレンは声を張り上げる。「驚いたんだ」と言って、カチェイは低く言葉を続けた。
「皇女に相応しい男になるべく、日夜努力を続ける奴は、俺らのようないい加減な人間とは違うもんだなぁと思ってな。いや驚いた」
「尊敬に値するよ。私たちを一喝する者など、皇王陛下しかいないと思っていたからね」
「一介の魔力者が俺たちを、だぞ」
 演技がかった二人の言葉に、リーレンは眉を上げる。
 救われて来た魔力者の子供が、皇女の学友として認められたのを妬む者は多い。この手の言葉は聞き慣れており、リーレンは負けずと睨み付けた。
 アティーファの為ならば、どこまでもリーレンは強くあろうとする。それが心地よくて、公子達は澄んだ笑い声をあげた。
「悪かったね、心にもないことを言ってからかって。ところで、誰かを探していたんじゃないのか?」
 さりげなくアトゥールが話題を逸らすと、リーレンが「あっ」と声を漏らす。
「実はアティーファ皇女をお探ししています。今日は朝からお部屋にいらしたはずだったのに、侍女がお茶を持っていった時、部屋はもぬけの殻でした。一体どこに行かれてしまったのか。皇女の部屋を警護していた者は、出入りはなかったと断言しますし」
 困惑よりは、心配で胸が張り裂けそうだといわんばかりのリーレンの悲痛な態度に、二人の公子は顔を見合わせた。
「アティーファか。うーん、そうだなぁ」
 飄々とした態度を消して、カチェイは深刻な顔をした。真剣になると雰囲気が突然に変わり、彼は凛となる。続けて彼は首を振った。
「な、なにかご存じなのですか!?」
 嫌な予感にリーレンは声を震わせた。アデル公子は目を細めると、複雑な表情で親友のアトゥールを見やる。
「話さない方が良いことも、人にはあるってもんだよな」
「そうだね。真実は時に人に冷たいもの。知らねば良かったと思うことは多いだろうし」
 深刻な言葉をアトゥールが返すので、リーレンの心臓は強く跳ね上がった。恐ろしい想像が一気に心を駆けめぐり、冷や汗が噴き出す。
「皇女の身に何かあったとおっしゃるのですか!? なにかご存じであるのなら教えて下さいっ!」
 リーレンの声が切羽詰まる。二人の公子は高い空を見上げた。
「ちょっと位置が悪いね」
「だな。リーレン、五歩下がって空を見上げてみろ」
 突然の言葉にリーレンは困惑する。 けれど重ねて下がれと言われ五歩後退し、彼は高い空を見上げた。
 光るものがある。
 空から差し込んできた光を、何かが反射したのだ。
「ま……さか」
 リーレンの声がうわずる。木の上の二人の公子はおかしそうに笑って、続く言葉を待った。
「こ、皇女ーーっ!!」
 声を裏返して、全身でリーレンは叫んだ。
「あれ?」
 高い位置から降りてくる、のんびりとした声。
 わなわなと体を震わせるリーレンの視線の先で、光を反射させた翡翠の髪留めで身を飾った少女が、枝の上で両足を振って遊んでいた。
「皇女! アティーファ様っ! お願いですから、そんなところで足を振らないで下さいっ!」
 リーレンは顔を上げ、高い木の上にいる少女にむかって哀願の声を投げる。亜麻色の髪をゆるやかに流す彼女は不思議そうな顔をし、振っていた足を止め、首を傾げた。
「どうしたんだ、リーレン? そんなに焦って。血相を変えないといけないようなことがおきたのか? とはいっても、エイデガル皇国を揺るがすほどの出来事が、そう簡単に起こるとは思えないけど」
 見当違いの言葉をアティーファは生真面目に返す。風にそよぐ髪を押さえようと手を離し、再びリーレンの絶叫を受けて、彼女は目を丸くした。
「リーレン?」
「お願いですから、皇女、降りてきて下さいっ! そんな危険なことばかりされて、もし皇女の身に何かあったら、私は……っ!」
「私は?」
 傍観を決め込んで沈黙していた二人の公子が、突然声をそろえてリーレンの揚げ足を取った。
「学友として、側近として、心配でなりません! 皇女の身になにかあれば、エイデガル皇国全土が悲嘆の嵐に巻き込まれることにもなりますっ!!」
 二人の公子につっこまれて赤くなりながら、リーレンは言葉をなんとか取り繕う。心に思う人を心配せぬ者などいないと言えれば気が利くのだが、それが出来ないのがリーレンの純情さだった。
 うまく逃げたリーレンに、二人の公子は「素直じゃない」だの「独創性にかける」だのと好き勝手な言葉を向ける。アティーファは「大袈裟だよ」と言ってころころと笑った。
「父上が怪我をして国政を取れなくなったとすれば、悲嘆の嵐が吹き荒れるかもしれないけど。皇位を継いでいない皇女の怪我で、全ての民が悲しむわけないさ」
 違うか?と可愛らしく訪ねる。リーレンはがっくりと肩を落とし、少なくとも自分は悲嘆に明け暮れますと心で答えて首を振った。
 落ち込む幼なじみに、アティーファは首を傾げる。考え込むように瞳をくるりと動かし、決断した。
「今から降りるよ」
 軽く言って、アティーファはいきなり身体を後方に倒した。枝がしなり、木の葉がさざめき、羽ばたいた鳥の羽音を従えて、彼女は空に飛び立つ。
「アティーファ!?」
 あまりのことに絶叫し、リーレンはアティーファの落下地点目指して走り出た。枝にまだ座っている二人の公子はのんびりと構え、お互いの顔を見合わせている。
「今、どさくさに紛れてアティーファを呼び捨てにしたな」
「リーレンの夢だからね」
 エイデガル皇女の地位は、ティオス・アデルの公太子の位と比べても、遥かに高い。本来ならば二人の公子も敬語で接するべきだった。だがアティーファ本人たっての願いで、公式の場以外では、二人は敬語を使っていなかった。
 リーレンもまた、アティーファから敬語は止めてくれと頼まれている。けれど今の自分は皇女を呼び捨てることなど出来ないと、リーレンはかたくなに拒否していた。
 ――いつかきっと、敬語を使わずに接するに相応しい人間になる。それが、黒髪の魔力者の夢だ。
 二人の公子はリーレンの必死さを肴に、盛り上がっている。
 アティーファは空を舞っていた。
 亜麻色の巻き毛が空に広がり、光を放つ翼のように美しくきらめいている。伸びやかな四肢は巧みに枝をつかみ、時にはひっかけて、器用に降りてくる。
 それはひどく美しくて、リーレンは目的を忘れて見惚れてしまった。
「リーレン! なんで私が降りる先で立ち尽くす!? ……あっ!」
 降り立つ先に惚けたリーレンを見つけて叫ぶ。反動のついた身体は止まらず、激突を覚悟した。
「やれやれ」とのんびりとした声をカチェイがあげる「詰めが甘いんだよね」とアトゥールは言った。
 二人は同時にひらりと枝から飛び降りる。アトゥールはリーレンの手を取って後ろに引いた。あいた空間にカチェイが滑り込み、アティーファを待ちかまえる。
「空から妹が降ってきた、と」
 少女の身体を抱き取って、カチェイはふざけた声をあげた。固く閉じた瞼を、アティーファは勢い良く見開く。
「カチェイっ!!」
 驚きと、安心感に、アティーファは高い声を上げてカチェイに抱きついた。「妹を守るのは、まだ兄の役目らしい」と悪戯っぽく鋼色の髪を持つ青年は言う。
 アトゥールに腕を取られたまま、リーレンは二人の様子に唇を噛みしめた。
 自分が出来ない事を、年上の公子たちは簡単にしてのける。役に立っていない実感は、どんな罵詈雑言よりも胸にこたえた。
 いきなり思い詰めた眼差しになったリーレンをアトゥールは見やり、彼の背に軽く手を置く。
「背伸びをする必要はないよ。私から見れば、リーレンは大切な人間であるのだし。アティーファから見れば、とても大事な友人であるだろう。君が自分は役に立たないと考えることなどないよ。もっと色々なことが出来るように、ゆっくりと努力していけばいいだけだろう? リーレンにはその時間があるのだし」
 心を読まれたような言葉に、リーレンは驚いて顔を上げた。アトゥールは白い長衣についた枝葉を払う仕草をして、何でもないような顔をしている。
「アトゥール公子……すみません」
「なにを謝る? そんな必要はないよ」
 穏やかにアトゥールは目を細めた。
 丁度カチェイの腕から降りたアティーファが、二人の様子に不思議そうにする。
「一体二人とも、どうしたんだ?」
「なにも。それよりも、そろそろ隣国からの使者がくる時間だよ。見に行くとのではなかったかい?」
 話題を逸らされた事に気付かずアティーファは「あっ」と声をあげた。
「そうだった! 冬の援助物資の礼を言いに来たはず。でもあれは礼じゃなくて、単なる受け取り報告? 物資を与えられるのは当然の権利くらいに思ってるみたいなんだから」
「貰ってやっているんだと、考えているかもなあ」
 少女らしい潔癖な怒りに、カチェイは笑いながら答える。余裕の窺える態度にすねて、皇女は「だって」と唇を尖らせた。
「こんなのって変だと思うべきじゃないのか? 二十年以上も援助物資を貸してきてるのに、返されたことなんて一度もないし。それにさ……」
 睫毛をふと伏せて、柔らかな唇を軽く噛んだ。
「援助が必要な民の手元には行き渡ってないって噂があるんだ」
 それこそが腹立たしいと、アティーファは怒りを露にする。そうしていると、木登りをして遊んでいたお転婆娘は消え果てて、気高く聡明な皇女の一面が強く前に出て来ていた。
 隣で見守っていたリーレンが、アティーファが見せる多面性に見とれる中で、皇女は言葉を続ける。
「もう我慢できないから、物資を送ったきりにするのではなく、調査隊を出すべきだって、父上に直接お願いしてしまった」
「調査隊なぁ。いくら貧乏大国とはいえ、相手は気位の高さならどの国にも負けないザノスヴィアだ。エイデガルの調査隊を受け入れるとは思えないな」
 カチェイが肩をすくめ、アトゥールは若い怒りに燃える少女を見やった。
「過去の調査などは意地でもさせないだろうね。陛下は、次回からはエイデガル皇国の人間が監督者として付き従うことを承認しなければ、物資は送らない事にするおつもりらしい」
「え? 本当!?」
 アティーファの目が輝いた。二人の公子はうんうんと肯く。
「愛娘に、”父上は忙しいとばかり言って、何もしてくれない”なんて思われたらたまらないだろうからね。大慌てで策を練っていらっしゃったよ」
「大慌てだったよな。あれを見ると、皇王陛下も世間一般の親馬鹿と変わらないってのが良く分かる」
「エイデガル皇国と五公国が併せ持つ、巨大な版図を治世するのは並大抵の労力じゃないからね。多忙すぎるほどであるはずなのに、アティーファの為には時間を割いてごらんになる」
「親心だなぁ」
「女の子は可愛いらしいしね」
 ひどく真剣に肯きあう二人の公子を、不審そうな眼差しでアティーファは見つめた。
「なあ」
「なんだ?」
「気のせいかな。父上を馬鹿にしてない?」
 細い首を傾いで尋ねる。リーレンも疑惑の眼差しを浮かベていた。
 風変わりな公子たちは「尊敬してるよ」と声をあわせる。
 嘘っぽいとアティーファは沈黙した。それでも会話に意味を見つけたらしく、ぽんっと手を打つ。
「王であることが大変なのは事実だと思う。カチェイとアトゥールだっていつかは公王になるんだから、時間は取れなくなっていくよね。だからこそリーレン」
「はい?」
 アティーファは鮮やかに笑った。
「私の側に、ずっといてくれなくちゃ困るからな」
「……勿論! ええ、お約束いたしますっ」
 リーレンは頬を紅潮させる。
 忙しい王になることを約束されている二人は、肩をすくめた。
「あれって、リーレンを餌付けしてるのに間違いないよね」
「しかも無意識の餌付け。なんて恐ろしい、弄ばれるのは少年の純情な恋心だ」
「なんだかちょっと同情してしまうね」
「たしかに。初恋の相手がアティーファじゃな。乗りかえる相手に苦労するぞ」
「不幸なことだよね」
「ああ、間違いない。不幸だ」
 二人、好き勝手なことを言って重く肯きあう。
 ザノスヴィアからの使者を迎えるべく皇城内に戻る皇女を追いかけるリーレンは、二人がこんな会話をしていることに全く気付いていなかった。 
 


 招かざる客。
 隣国ザノスヴィアからの使者は、幾度となく唇を湿しながら時を待っていた。
 エイデガル皇国は不必要の華美を嫌う。謁見の間は重厚だが、派手さはなかった。唯一の華美は、玉座の背後にかかるエイデガル皇国紋章「水竜」の緞帳だけだ。
「待たせたようだな使者殿。ザノスヴィア王、ノイル殿は息災でおられるか?」
 快く響く低音と共に、フォイス・アーティ・エイデガルは姿を現した。彼こそがエイデガルと五つの公国――レキス、アデル、ティオス、ミレナ、ガルテ――を束ねる主なのだ。
 年齢はまだ三十九歳と若い。きびきびとした動作と、生気に富んだ眼差しの為に、より若く見られる程だった。
 外見の若さと一人娘を溺愛する事実は、彼を甘くみるに相応しい事柄だったが、フォイスを侮れる者は殆ど存在しない。
 彼の凄まじさは、即位から一度も治世を誤ったことがない手腕にあるのだ。
 波乱がなかったわけでもない。
 幾年か前に、他大陸にて興隆を極めた帝国が、海を超えて大戦隊で攻めこんできたこともあったのだ。
 彼は自ら剣を取り、配下の者を引き連れて、勇壮な姿を見せつけている。皇国を守る五公国の働きぶりも目覚しく、最強の属国たる事実を見せつけたものだった。
 隣国の使者は、畏怖か尊敬か親愛のいずれかを誰からも捧げられる名君に、どこかだらしなさを感じさせる視先を向けている。
「我が国の王は、健やかに日々をすごしております。毎年の贈り物にいたく満足し、苦労をかけるなと申しておりました」
「贈った覚えはないのだが。さても奇妙なことだな。我が国も、貴国も、外交では大陸公用語を使用しているはずだったが」
「いえいえ、フォイス陛下のお言葉は、誤りなく伝わっておりますとも」
「贈り物であって援助でないのなら、打ち切ることに支障はないであろうな。そろそろ属国でもない国の面倒を無償でみるのを辞めるべきだとの意見が多いゆえ、助かるよ」
「これはこれは。手厳しくていらっしゃる」
 突然の鋭い言葉に、使者は動揺つつも優雅に微笑んだ。打ちきりを本気で検討しているかを確かめようと、狡猾な表情を浮かベる。
「皇王陛下のお怒りは至極ごもっとも。我が主君も、贈り物を頂いているだけの現状を憂いております。されどエイデガルにあってザノスヴィアにないものはあれど、ザノスヴィアにあってエイデガルにないものは、悲しいかな存在しません。ただ一つを除けば、ですが」
「一つを除く?」
「財力も権力も、これを作りだすことは不可能。名工が魂を吹き込み磨いた宝珠でさえ、神の至福を一身に受けて輝く美には適いますまい。さあ、ご紹介いたしましょう!」 
 芝居がかった大きな動きで、使者は立ちあがって両手を広げた。扉が左右に開き、偶然にも天窓からまばゆい光が差し込んできらめく。
 光の粒子が大気を舞う中、麗しの人形が佇んでいた。
 瞳は黒曜石を宿すがごとき。しなだれて揺れる絹の光沢を持つ漆黒の髪は腰で結ばれ、ゆらゆらとたゆたっている。肌は白く陶磁器のような滑らかさを見せつけて、触れられるのを待つがごとき風情だった。
 人形は――いや少女だ。
 少女は糸に手繰られたように、ゆっくりと歩き出す。足首を覆う赤い裳裾と、胸元で布を交差させて帯で結びとめた衣装が揺れた。
 胸元からのぞく娘の白い素肌は、あくまで艶めかしかった。
「ザノスヴィア王国の一の姫。リィスアーダ・マルチナ・イル・ザノスヴィア王女殿下にございます」
 響く使者の声には、野卑た色がはっきりとある。
 現れた美しすぎる王女は、ひどく唐突に礼をした。
「お目にかかれて光栄に存じます」
 吐息をふっと耳元に吹きかけられたような、湿った声。フォイスは眉をしかめたが、王女は気にせずさらに声を募った。
「フォイス・アーティ・エイデガル皇王陛下。わたくしに、どうだお言葉を賜る幸運をお与え下さい」
 声は、しっとりと絡みついてくる。
 自国の姫君を性的な魅力で他国に売ろうというのは、フォイスの好みではない。少し悼ましげに彼は目を細めた。
「遠路遥々ようこそおいでになられた。リィスアーダ姫。ザノスヴィアにかように美しい姫君がおられたとは存じなかったな。我がエイデガルには視察にいらしたのかな?」
「いえ。視察ではございません」
「ではなんの為に?」
「わたくしと、婚儀をあげて頂くために」
 淡々とリィスアーダは言葉を述べている。まるで用意された脚本を読んでいるかのようだった。
「無理であろうな、麗しき姫君。使者殿がなにをリィスアーダ姫に吹き込んだのかは知らぬが、我が国に姫と釣り合う皇子はおらぬよ。五公国の世継ぎの公子に申し込むのが妥当であろう」
「五公国の公子方には失礼とは存じますが、姫は皇王陛下にこそ相応しいお方です。世界を手にする者のみが、姫を手に入れる権利を持ちます」
 使者はしたり顔でロを挟んでくる。
「正気の沙汰とは思えんな」
 からかうフォイスに、使者は真剣な言葉を募った。
「戯れ言を申す気などございませぬ。おそれながら、皇王陛下の自慢の姫君が、皇子殿下であるとの噂が立っていることをご存知でいらっしゃいますか? エイデガルでは、身体の弱い子供を逆の性別として育てると、丈夫に育つ言い伝えがあるとか。姫君を人前にお出しにならないのは、皇子と発表する際を考え、女装された姿を晒さぬ為の手段でありましょう?」
「いやはや。城下ではやっている舞台でも、もう少しましな話しを考えているようだが。一体なんの作り話で貴国は盛り上がっているのか」
 せめてもう少し信憑性を持たせよと、フォイスは揶揄する。けれど使者はめげなかった。
「戯れ言など申しませぬ。せめて一目皇女殿下のご尊顔を拝する機会をお与え下さい。そうでなければ、我が姫の面目が保ちませぬ」
 強く言いきると、使者は不遜にも皇王を睨みつけた。強気な使者を面白そうにフォイスは眺めた。
「強要される筋合いはないが?」
「ザノスヴィアの第二王位継承権を保持するリィスアーダ様が、アティーファ殿下との面会を拒絶される理由もあるとも思えませぬ。――拒否されるならば、拒否されるだけの理由もお話願えませぬでしょうか?」
「はて。理由もなければ、拒否した覚えもないが」
「理由がないと!」
 唐突に声を張り上げ、使者は粘着質な舌で唇を何度も湿した。
「王位第二継承権を保持する我が姫を、理由なくむげに扱うとおっしゃるのですな! そのような事、許されるわけがありますまい」
 使者は二ヤリとする。
 今にも蛇の舌が出てきそうで、フォイスは馬鹿らしさがすぎて面白くなっていた。とりあえず最後まで聞く気にはなっている。
「皇女との面会を拒否された理由を当方で判断し、正式に公表させて頂きます」
「勝手に公表されてもな」
「お嫌でございますか?」
「好みはせんよ」
「では」
 再び使者の顔を野卑た色が占める。彼はするりと手を持ち上げると、虚ろな眼差しのままのリィスアーダ姫を見やった。
「我が姫の対面を守るため、リィスアーダ姫を皇王陛下が妻に迎えることをお願い申し上げます」

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