そして幻に咲く花
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「ジョウイ、どうしたの?」
「いや……外がさ」
「なに?」
 ゆうるりと風が舞いこんでくる、静かな窓辺。
 なにやら大量に買い込んできたものを詰めている袋を机に置いて、金髪の後姿に寄った。
「……別に、なにも特別なこと、ないみたいだけど?」
首を傾げながらの声には困惑の色がはっきりと見えて、ジョウイは笑った。
「ああ、そうか。この山並みは、キャロからみえたものじゃ……ないかもしれない」
 答えながらも振り向かずに言って、目を細める。声をかけた黒髪の少年は思い当たる節があったのか、ジョウイの肩を軽く叩いて快活に笑った。
「ジョウイ、先にご飯の準備しちゃおうよ」
「もうそんな時間?」
「早くしないと、ナナミが帰って来て”今日はご馳走つくってあげる!”って言い出すに違いないからさ」
「ああ、確かに、そうか」
 ナナミは好きだけど、ナナミの料理は確かにね、と続けていってジョウイは立ち上がった。
 窓の向こうに、山並みが続いている。
 かつてルルノイエに与えられた部屋から見えた景色に、よく似た山並みを宿して。



 結局、生き延びたのだ。
 当て身を食らって意識を失い、無理矢理ルルノイエを脱出させられた。慟哭の後に、国の今後を考える。
(ハイランドを併合した後……あの国は…)
 恐らく統一王国を作り出すことだろう。
 自分が、ハイランドと都市同盟を統一しようと考えたように。理由は異なるだろうが、国と国との勝敗を完全に付けた以上は、完全統一する方向で動くとしか思えない。
(でも…一体誰が、統一した国を支配できる?)
 親友が居る。敵対する組織の指導者同士になってしまった幼馴染が。運命などという言葉は好きではないが、手に入れてしまった紋章の導くままに、戦乱を収集する術を、方法は厭わずに探そうとした自分たち。
 彼が、新たなる国の王になるのだろうか?
(似合わなさそうだな…)
 そんなことをふと思った。皇王の位についた自分のことも、多分”似合わない”と彼らは思ったことだろう。幼い頃をよくしる友人同士というのは、そういった感慨を抱くものであるのかもしれない。
 だが、彼が王になるしか術は残って居なさそうだった。
 なにせ、旧都市同盟で唯一盟主になれたろう人物を暗殺したのは、他でもない自分なのだ。
 ―― 失わないために、戦うといった。
 今、その言葉の重みを実感する。
 失わないために、戦うべきだったのだ。手に入れるために戦ったから、気づけば多くを失ってしまった。
「それでも……」
 力が抜けようとする体に鞭打って、立ち上がる。
 新たなる国の支配者に、親友が成るのならば。
 理想の為に何をしようとしたのか、何を考えていたのか、それをわざとらしい言葉に飾り立てて、訴えておく必要があるかもしれない。
 ハイランドの民は、都市同盟の民に憎まれている。
 だからこそ、新たに誕生する王自身はハイランドの民に同情的であっていてくれなければ困る。
 ―― この戦いに、意味があったのだと思わせねばならないのだ。
「馬鹿だ…僕は…」
 この後に及んで、素直にハイランドの民を頼むといえないのは、意地を張っているからかもしれない。
 親友の死という現実が、どれほどに彼の心に痛みを与えるのかを知っている。
 けれど―― この選択を取るしかなかった。
 死んで楽になりたいと思ったわけではない。
 僅か、先に逝ってしまっただろうクルガンやシードのところに行きたいと、思ったのも……真実かもしれなかったけれども。



 ふ、と目を上げた。
 回想していたことに気づいて、ジョウイは苦笑する。
 早く料理を手伝ってくれよと話しかけてくる親友の声がする。
 ―― あれは、もう過去の話だった。
 死のうと思った。死んで、親友に殺されて、ハイランドという国の重みを刻みつけようと思った。
 けれど彼は自分を殺そうとはせず、黒き刃の紋章を引きうけようともしなかった。
 ただ、親友という立場を崩さずに。生きろと、共に居ようと叫んでくれた。
 それはまるで、かつて小さな幸せの場所を―― 約束の場所 ――に最初から気づくことが出来ていた少女、ナナミの必死さにあまりに似通っていたて。久しぶりに思いだした、過去の安らぎに、涙がこぼれそうになったのだ。
「あれ、あれれ!? 二人とも、もう食事の用意はじめちゃったの!?」
 勢いの良い音と共に扉が開けば、ナナミの顔がそこにはあった。
「うん、お腹すいちゃってね。ナナミの分も勿論有るんだから、座っていてよ」
 彼女の料理を食べさせられるのが嫌だったから、などという理由で作り出したことなど片鱗も出さないタヌキな様子に、もしかしたら親友には結構指導者の素質があったのかもしれないと思って、ジョウイは笑う。
「ねえ、二人とも。聞いてくれるかな」
 ほんの少し神妙な声をジョウイが出す。二人、驚いた眼差しになって、少し笑った。
「なに? ジョウイ」
「この旅が終って。もう少ししたら……もう一度ね―― ハルモニアに行きたいって思うんだ」
 ハルモニア。
 あの苦しい戦いの日々の中、唯一ジョウイの心を癒し、守り、抱きしめていた少女が今も住んでいる場所。
 三人で、逃亡するように旅をはじめた。その時には遠目から見守るしか出来なかった少女ジルの元に、もう一度ジョウイは行きたいと、言う。
 ナナミと、元反ハイランド同盟軍の指導者である少年は顔を見合わせ、砕笑した。
「そっか」
「うん、それが良いと思うよ」
「―― ありがとう」
 答えて、笑う。



 かつて、幻の中に咲いている花があった。
 それは夢であったり、抱いた希望であったり、儚い人の命であったりもした。
 ―― 花は、現実に咲くものしか、手に入れることは出来ないというのに。
 もしかしたら。
 幻の中で生きていたのかもしれない。
 拒絶されることが怖くて、拒絶されることの無い”理想”という花を求めて、そして迷子になっていたのかもしれない。
 あれほどに愛した国が、今はもう……遠い。
「これが……僕の、罪なんだ…」
 罪を背負って。かつて、共に居た人々の記憶を手放さないようにして。
 抱きしめて、心にとめて。
 ―― 生きていこうと思った。





 
―― 幻に咲く花  完――


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