『原罪』


蒼の御子に祝福を。
空と大地と海を与えし御子に祝福を。
彼人<かのひと>の眠りが安らかである様に。
高貴な蒼を捧げよう。
空と大地と海の守護に感謝を捧げよう。
彼人<かのひと>の眠りが安らかである様に。

「あ〜おのみぃこぉに〜しゅーくふーくを〜〜♪」
何処からとも無く、歌声が聞こえる。
もう、そんな時期になったのだろうか。フィラーラの浄化能力によって、この地球がまた人が住める大地となった日が近づいていたのだ。
地球がまた人を抱き始め出した日。
それは、フィラーラの死んだ日を意味していた。

パタパタと廊下を走る音がする。惺はぼうっと考えていた頭を上げ、満面の笑顔で声をかけて来るだろう娘――フィーアが姿を見せるのを待っていた。
「お父さん!ねぇ、見てみて!私今年の"蒼の御子"に感謝を捧げる役に選ばれたんだよ!」
フィーアは嬉しそうに惺に言った。
毎年地球が蒼い光で包まれた日には、地球上の各地で祭が行われる。それは、その奇跡を起こしたと言われる御子に感謝を捧げる日なのである。
そして、祭の最大のイベントとして、御子に『幸せの知らせ』を伝える役がある。その祭を行う土地で、最も清らかな泉に入り「昨年で最も幸せだった子供」がその幸せを御子に伝えるのである。感謝と幸せを伝える役の子供は男子でも女子でも構わない。
調度、十四・五歳の子供が選ばれるのが、通例であった。

いつからその様な祭が始まったのかは、惺は知らなかった。
あの大戦の後、正気でなかった彼には分からない事だった。あの大戦に参加した者達は、あの「蒼い奇跡」を起こしたのは、フィラーラであると言う事に少なからず気がついている。
だが、一般の多くのものは知らないのである。
大戦後の政治的指導執行組織でもある「紺碧の炎」ですら、『何が奇跡を行ったか』については一切触れていない。だから、調子よく「神の奇跡」が起こったのだと思っていても、何ら咎める事は出来ない事だった。
だが、あの「蒼い奇跡」は人類に浄化された地球を再び与え、そして体に蓄積されていた毒物の浄化をしただけではなかったのだ。
「人類」と言う種族に、決定的な『本能』を植え付けた。

『母なる地球を汚そうとしたならば、根源的に拒否反応を起こす』

それが、人類達に新たに与えられた『本能』だった。いや、それがフィラーラが大切な仲間たちに残した贈り物だったと言えるだろう。あの、何も産み出さない、荒れ果てた大地に地球を戻さない為に覚えていて欲しかったのだろう。
そして、その本能が奇跡を行った者を思い出させているのだろう。地球が人類をまた抱き始めた日。それは「紺碧の炎」の執行部メンバーが密かにフィラーラの眠りに祈りを捧げる日でもある。確かに人類達は、過ちを二度と起こさせない為の儀式として、祈りを捧げているのである。

「ねぇねぇお父さんったら!見てるの?この蒼い衣装奇麗でしょう?」
フィーアは屈託なく笑う。その笑顔は、自分が殺してしまった少女――フィラーラを思い出させるようなものなのに、如何して自分はこんなに幸せなんだろう?
「ああ。綺麗だね。祭の当日、お父さんは見に行けないけど、ちゃんと見れて嬉しいよ」
惺がそう言うと、フィーアはちょっとがっかりした様に言った。
「はぁ。仕方がないけど…。お父さんとお母さんはフィラーラお姉ちゃんのお墓参りに行くんでしょう?だったらこの姿ユシェラお兄ちゃんにも見せたかったな…」
フィーアの言葉に胸がツクリと痛んだ。
朱金の翼の指導者であったユシェラはもう四年ほど前に死んでいる。
蒼い光に地球が包まれた時、正に地下にいた俺とユシェラは、奇跡の恩恵を受けていない。
そのままでいれば、重い病に倒れ、死んでしまうのは目に見えていた。
俺は体質改善を受け、皆と同じように生活をする事を勿論選んだのだが、ユシェラは選ばなかった。ただ一人、"フィラーラがいなくなる前と同じ体"を選んだのだ。
彼は時を待たずして、フィラーラが死んだその日、その場所で愛しい者を迎えに行った。
共に、新たな世界に向かう為に。

「で、"蒼の御子"に感謝を捧げる役がお前なのは分かったが、"守人<もりびと>"役は誰になったんだい?」
"蒼の御子"に感謝を捧げる時、その傍らで感謝を捧げるものを守る"守人"がいる。
まるでそれは、フィラーラを守っていたユシェラの様であり、適確な配役に驚く事ではあるが。
父親の質問にフィーアはクスクスと笑いながら言った。
「それはね――。」

**************

「おーい!シン。レポート提出成功したかよ!」
友人が俺の頭を叩きながら、訪ねた。
「当たり前だ。提出成功しなけりゃ、俺は今ここにいないよ」
体調を崩して、単位が貰えるか危うい立場にいた俺は、一発大逆転のレポート提出をしたのだ。あの教授は、レポート提出で救済することは滅多になく、成功したら学校中のヒーローとなれるのである。――閑話休題。

「うっひゃー!って事はお前成功させたのか?ラッキー!オレお前が成功する方に一万も賭けてたんだぜ!これで懐が暖かくなる〜〜」
「じゃぁ、賭けの対象になって、お前の懐を暖かくさせた俺にも分け前はあるんだろうな」
俺は容赦なく切り捨てた。当然だ。苦学生はお金に困っているのだ。
その位の役得がなくては遣っていられない。
「えー!マジかよ!…っち。しょうがないかぁ。で、レポートの内容はどんなん書いたんだよ!あの教授にしてギャフンと言わしめたレポートってさ」
俺は笑いながら、コイツの質問に答えた。
 
三百年前の大戦に起こった「蒼の奇跡」とは、当時の化学技術の集大成だと言える。何らかの要因によって、大地浄化作用を持つその技術は、人の形をとった。
その浄化作用――いわゆる"蒼の御子"とは、人が作り出した唯一体の奇跡だったのである。その奇跡を生じさせるには、彼、または彼女に強い「思い」を抱かせねばならず、それを成功させたものは、正しく当時の地球を掌握できるものだったと想像できる。
だが、その「蒼の奇跡」を生じさせるには、御子の命を引き換えにする事だった。御子を大切に思う者達には、辛く厳しい現実であっただろう。我々が知っていることは、現在の地球は人を抱いていると言う事である。
つまり、御子の命と引き換えによって、新たな世界を我々は手に入れたのである。

と、このような感じのレポートを俺は提出し、なんとかクビが繋がったのである。
「だ〜〜!何ぃ!お前禁忌中の禁忌とも言える"蒼の御子"についてレポート書いたのかい!!何て無謀な事を!」
コイツは大変驚いている様だ。当然だ。今の時代、"蒼の御子"は一種の宗教だと言っても良いくらいだ。それも人類共通の唯一つの宗教と言って良い。
その"蒼の御子"について突っ込んだレポートを提出したとなると、大変周りからは辛い目線で迎えられる事となる。だが、俺はその"蒼の御子"が宗教のご神体のような扱われ方をする事を喜ぶとは思えないのだ。
自分がいない世界を望まれていると言うのに、その命を半ば奪われる様に生を諦めた少女。
恐らく、「朱金の翼」の指導者ユシェラ=レヴァンスの傍らにいつもそばにいた少年、フィラーラ=シェアリが御子なのだろうと考えてられている。
あの、奇跡が地球を包み込んだ日を最後に、彼らの姿を見るものはいなかった。恐らくそう言う事なのだろう。

そんな事を考えている俺に、コイツは更にこんなことを言った。
「そう言えば、お前『聖地』近くの出身だったけな。あの泉の近くの人間って言うのはそんな事を考えやすいのかねぇ。おまえの名前と言い、良く分からねーよ」
「何言ってんだよ。当時の記録は映像も写真もちゃんと情報公開されてんだぜ。そう言う事を研究する奴だって、いたって可笑しくないだろ」
そう言う俺に、コイツはまた俺の頭を叩きながら俺を食堂へと引っ張っていった。


俺の名前は「シン」。
大戦前の世界で、英語と言う言葉を喋っていた者達には「原罪」という意味に取られる。
また、中国語と言う言葉を喋っていた者達には「悪魔」という意味に取られる。
それを象徴するような砂漠が"大陸"には現存している。『シン砂漠』と言う。

「蒼の奇跡」後、新たな生活を始めた人類達は、己が作るモノが大地を汚さない様にする事に、研究を重ねた。粗悪品を垂れ流そうとしても、本能的に出来ないから、その試みは人類にも地球にも良い事だった。
だが、人と言う生き物は、全てが同じなのではない。中には根本的に間違っている者が生まれるのである。
今から調度百年前、そう言うものが登場した。その者は、最悪な事に財力もカリスマ性も持ち合わせていた。自分の意にそぐわない者を武力や大地を汚す禁止兵器でもって、治めようとしたのだ。
勿論、周辺の住民や政治指導者はその様な行為を止めるように、交渉しようとした。だが、その意見を聞かず、着々と大地を汚す行為によって勢力を広げ様としていた彼の国に、「蒼い稲妻」が走った。
今でも語り継がれるその「蒼い稲妻」は、彼とその住居を直撃し、そのまま彼は絶命したと言われる。"言われる"と言う表現を使ったのは、その後彼の姿を見たものはいなかったからだ。否、見ることは出来なかった。
彼の住居部分ごと、根こそぎ消滅していたのだから。
その後、消滅部分から砂漠化が進んでいった。どんなに再生措置を企てても、その土地は元には戻らなかったのである。周辺20キロに渡って広がるその砂漠は、百年たった今でもそのままである。幸い、広がる事はないが、縮小する事もなかった。

その時の「蒼い稲妻」を起こしたのが、"蒼の御子"と"守人"だと言われている。確かな事は分からない。既に二百年も前に死んだものが、そんな奇跡を起こしたとは思わない。例えあったとしても、奇跡の残り火に過ぎないと思っている。たが、人々は見たと言う。彼らの姿を。
それだけで、人類と言う種族には十分だった。
けして、母なる大地が緑に戻そうとしない大地。それが重要なのである。"蒼の御子"と"守人"の守護が無くなった大地がどのようなモノになるかが分かれば良いのである。
我々には二度目がない。
我々が守護を失った日。それが今度こそ、母なる大地を失う日なのだから。


「おい!さっきから聞いていれば。調子こいて変な意味に取るなよ。言ってなかったか?俺の名前は『原罪』って言う意味でも『悪魔』って意味でもねーんだよ!」
俺の渾身の一撃と共に言った台詞に、コイツは尋ねた。どう言う意味があるんだ、と。
「『信頼』『信用』と言う意味の『信』だよ。親はそれに『真実』の『真』も引っ掛けたって言ってる。間違うんじゃね―ぞ!!!」

"蒼の御子"が人類に残した遺産。それは新たに与えられた本能だと言える。人々は、それを「原罪」だと言い、戒めと感じている。
だが、俺はそうは思わない。彼女の願いだと思っている。地球上の各地にある"蒼の御子"の姿見は、少女の姿であったり、少年の姿であったり様々である。
唯、共通しているのは、御子のすぐ側には、御子を守るように寄り添う"守人"の姿があること。命を賭して与えたこの地球の大地と引き換えに、彼女が得られたもの。それが、"守人" ユシェラ=レヴァンスと共にいられる事ではないだろうか。
俺はそんな気がしてならない。
俺の「シン」と言う名前は、彼女の夢――ユシェラや仲間たちと幸せに平和に過ごす事、そのささやかな夢を「信頼して受け継ぐ者」という意味が込められている。
あの彼女が眠ると言われる「聖地」を守っていた滝月家の長が与えてくれた名だ。

「なあ。そろそろ『祭』の季節じゃないか?今年の"捧げ役"は誰かな〜〜。お前どう思う?また俺、賭けようかなぁ!…つーか、お前まだ15だったよな?お前でもよくねーか?おまえ可愛らしいーしぃ」
コイツはまだ、こんな事を言っている。いい加減にくびり殺してやろうか?
「命が今すぐ要らないのなら、御子には悪いが、アチラに逝かせてやろうか?」
俺の言葉にコイツは慌てて、前言撤回をした。そして
「なぁ、なんで御子が入っていた組織名は『蒼』に関係するものじゃなかったんだろう」
コイツは今更ながらに、突っ込んだ質問をする。その答えとして俺はこういった。

「"蒼"は確かに御子の色だが、彼女が"死んだ後"に包まれた世界の色でもある。寧ろ"朱金"は…"守人"の色なんじゃないかな」
空も海も「青色」で表される。日本という国では大地の「緑」ですら「あお」と呼んでいた時期があったという。御子の色でもあるのに、何故こんなに寂しいのだろうか。
そして少しだけしんみりしている俺達は、笑いながら歌い始めた。御子に捧げる歌を。

「「あ〜おのみぃこぉに〜しゅーくふーくを〜〜♪」」


蒼の御子に祝福を。
空と大地と海を与えし御子に祝福を。
彼人<かのひと>の眠りが安らかである様に。
高貴な蒼を捧げよう。
空と大地と海の守護に感謝を捧げよう。
彼人<かのひと>の眠りが安らかである様に。
御子を助ける守人<もりびと>よ。
蒼の御子と大地と我らをお守り下さい。
我らが夢を紡ぎます。
彼人<かのひと>が見た夢の様に。
蒼の御子と守人よ。
迷いし我らを導きください。
我ら迷いし子供だが
彼人<かのひと>の夢を紡がんが為。


作者:りょくさま
以下、メールで頂いた作品についてのコメント。

結構書かなかった所もありました。
第二の本能「地球を汚すことは根源的に不可能」とは、「地球の浄化作用が及ばないほどの事は出来ない」と言う事です。
勿論、ヒトというののは闘争本能を忘れる事は出来ないと思います。
彼らが無くなった後でも、大なり小なり戦争と言うもの、紛争などはあったのではないかと思います。
でも、戦うにしても「地球の浄化作用」が追いつかない兵器を使用した戦争は出来なくなった。と言う事です。

ヒト以外の生き物は食物連鎖の中で、大地を汚すほどの事はしていません。人だけがしていることです。
なので、その辺を少しだけ自粛する本能にしたんです。

所詮は、物語です。夢を見させてくれよ!という動機でもありますがね。
“シン砂漠”は…砂漠化縮小の為に、「聖地の泉」の水と「苗」でもって防砂林などを作って対抗してます。
地球が、愚かな子供たる人類が「創った」フィラーラを愛していて、それを奪ったモノに仕方なく、彼女の願いを残してやったと思いこんでいます。(笑)
だからこそ、あの砂漠はどうしようもないんですね。

で、あの「蒼い稲妻」は…素晴らしいほど偶然起こった直下型局地的稲妻です。ええ。偶然です。
砂漠が進行したのは、あの地が細っていたから。
あの人物の家の地下でも何かヤバイ事して、砂漠化進行に関っていると、睨んでます。

タネはタネのまま闇に頬無理去るべきですかね(笑)
「二人」を見たのは…蒼い稲妻が起こったから、集団幻想でも見たんだと思ってます。
幾らなんでも、彼らを縛り過ぎですから。
最後の最後に。イメージイラストで、フィーアとシンです。