智帆&緑子さん
※ある意味第三話のネタバレでしょうか※
六周年記念で、ひいろさんから頂いてしまいました。(先行で六十万もお祝いしてもらっちゃいましたよ〜♪<嬉)
知的な智帆のイメージで、とおっしゃってくださいまして。智帆ポーズきめていてかっこいい!と思いつつも、私の目は緑子さんに釘付けでした。
み、緑子さんと智帆のツーショット!!
というわけで、ノリノリで小話を書いてしまいました〜(笑)
素敵なイラストをありがとうございましたーーっ。

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 玄関の扉をあけた瞬間、智帆は違和感に眉をひそめた。
 垂れぎみの目を眼鏡の下で細め、急いで靴を脱ぐと、広くもない部屋の中に入っていく。窓を締め切った部屋には、普段は気にもしていない、彼の生活の匂いが感じられる。
 彼は迷わずに、水槽のおいてあるテーブルの前に立った。
 しばし沈黙し、まばたきを繰り返し、それから低く呟く。
「いない」
 緑子さんがいない。
 普段ならば、智帆が帰ってきた気配をさっすると、大喜びで水槽の中で外に出せと暴れ始める緑子さんがいないのだ!!
 深呼吸を繰り返し、智帆はおもむろに水槽を確認した。外に出て怪我をしないようにと、柔らかい素材でつくられた網状の蓋に異変はない。周囲に水滴が零れた様子もなく、窓も締め切られたままだった。
 急ぎ足でベッドサイドにおもむいて、緑子さんと外出するさいに使用している籐の籠を確認すると、指定の位置に変わらず存在している。
「……緑子さんが脱出した形跡はなし。泥棒が入った痕跡もなし。俺が連れ出した形跡もなし。……んん?」
 真剣に眉を寄せる。無意識に奥歯を噛み締めるようにしながら、彼は冷静に昨晩から朝、それから学校に行って帰ってくるまでの行動を反芻していた。
「あ」
 ポンッと手を打つ。
 そのまま急いで携帯電話を取り出し、友人の名前を呼び出してかけた。


 最近、秦智帆の家に、すぐに転がり込んでくる人物が存在する。
 親とケンカした、姉にバカにされた、妹に笑われた、そんな理由を作っては飛び込んでくる人物の名は、宇都宮亮という。
 もっとも智帆のほうは頻繁に家をあけるので、亮は智帆の部屋で一人好き勝手していることの方がいい。亮は自分の部屋をもっておらず、大きめの部屋にロールスクリーンを引いて兄弟三人で使っている。
 智帆は亮に、たまには一人で好き勝手にテレビを見て、ゲームをして、パソコンをしたいと思うことがあるのだと、涙ながらに語られたことがある。
「俺は一人っ子だから、良くわからんね」
 さらりと答えれば、亮は涙を目にいっぱいためたまま、拳を握り締めたのだ。
「それはそれで羨ましいよっ! 姉貴と妹がいつも側にいるんだぜ。本棚もCDもDVDもゲームもぜーーんぶチェックされるんだっ。変なもんなんて、絶対に置けない」
「そりゃ、大変だな」
「棒読みするなーっ!」
 興奮した亮が、智帆の胸倉をつかんでがくがくと揺さぶる。
 目を細めて溜息をつくと、智帆は軽く友人の手を払って、肩をすくめた。
「別に俺の部屋にきて、使っててもいいぞ」
「――へ? ち、智帆くん? 今なんてった!?」
「いや、俺が適当に組み立てて使ってないパソコンがあるし。ゲームとかも別に使っててもいいし。ああ、でもな、亮」
 目をすうっと智帆は細める。
「リビングだけだから。ほかを使ったら、あとで俺は怖いよ?」
 すごまれて、亮はかくかくと頷いた。それからひとしきり嬉しいだとか、ありがとうだとかまくしたてた後、真顔になって首を傾げる。
「智帆って、家に誰もいれたくない方なのかと思ってたよ」
「どうだっていいさ、家なんてもんは利用しやすいければいいだけだろ」
「そんなもんか? 智帆にとってはさ」
「そんなもんだな」
 冷たい印象を与えるかのように言い放ち、智帆は席を立った。
 以来、亮はよく智帆の家に来る。
 智帆がいても、彼はすぐに寝室の方に消えてしまうので、亮は一人でいるようなものだった。実際のところ、智帆は大江家のほうに行っているときのほうが多かったけれど。


 というわけで、智帆は今、亮に電話をかけている。
 昨晩の遅くに亮はやってきて、智帆が部屋に戻ってきたときにはリビングのテーブルに頭をのせて眠りこけていた。別に気にもせずに緑子さんの水槽に近づくと、いつものように出たがった。そこで智帆はエサをやってから、緑子さんを外に出したのだ。
「よう、智帆。珍しいな、電話してくるなんて」
 コールを三つ数えることもなく、すぐに亮の明るい声がする。背後でクラスメイトたちの声が響いたので、彼がまだ高等部にいることが分かった。
「亮、あのな、朝に家をでるときに、水槽の蓋しめなかったか?」
「へ? ……ああ、締めたよ。なんか微妙にあいてたからさ、気になって。もしかして、いじっちゃダメなもんだったか!?」
「別にソレはかまわないんだけどな。亮、鞄の中に、いないか?」
「いる……なにが」
「緑子さん」
「カメがあ!? いるわけないよ、俺の鞄になんて。ああ、怒るなって。確認するから。……。……い、いたーーーーっ!!」
 電話口で亮の絶叫が響き渡る。
 智帆は深い息を落とし「クラスにいるのか?」と尋ねた。焦りまくっている亮が、「いるいる、静夜たちも一緒だよっ」と叫ぶように答えた。
 緑子さんは智帆の大事なカメだ。
 智帆の緑子さんは、外に出るのが大好きで、溢れんばかりの好奇心に満ちている。
 彼女はいつも脱走の機会をうかがっている、困ったカメなのだ。
 智帆が高等部の教室に戻ると、緑子さんは大江静夜の肩にのって首を伸ばしていた。その前でなぜか謝罪をくりかえす亮がいて、秋山梓がリボンを手にしてどこに結ぼうかと悩んでいる。
「智帆、今度からうちにくるときも、緑子さんつれてくる?」
 最初に智帆に気付いた静夜が、明るい声を投げてきた。
 そうしようかな、と智帆が答えた声を聞きとめたのか、緑子さんが大反応を示してくる。受け取って肩に乗せたところで、亮がまた謝りながら聞いた。
「なんで俺の鞄にいるってわかったんだ?」
 いわくありげに智帆は振り向く。
 それから唇の端をゆがめるようにして、笑った。
「そりゃあ、いろんな推理の上、かな」