桜&静夜


草笛館のともみちゃんから、静夜と桜のイラストを頂いちゃいました!
桜がかわいい、腕をひかれている静夜が美少年だっ!と大喜びな私です。ああ、もう、やっぱりこの制服にしてよかった!と再び拳で喜びをあらわにする私なのでした。
閉鎖第三話のゲストキャラの桜は、実は書き直し前の時から存在していたキャラなので、思い入れは強かったりするんです。今回は高校生組の会話をかくのをすごく楽しんでいたので、こういうふうに生き生きとした二人を想像してもらえてめちゃくちゃ幸せなのでした。
ともみちゃん、ありがとう!! 果報にするよ(喜)
以下は、イメージの小説でございます。
少女と猫と少年


 静夜が無人のはずの放課後の教室に北条桜をみつけたのは、部活を適当に切り上げて教室に忘れ物を取りに来た時のことだった。
 三つ編に眼鏡がトレードマークの勝気な委員長の桜は、彼女の席にすわって、じっと日誌を見つめている。時々呟かれる独り言から察するに、何かを検討している様子だった。
 あまりに真剣な様子で、静夜は声をかけられなかった。けれどそのまま放置するのも気がとがめて、自分の席に座ってみる。
 静夜の席は桜と同じく窓に近い。目の悪い桜の席は前から二番目だったが、静夜は後ろのほうだった。だから、今の静夜の位置からは、首をかしげるたびにゆれる三つ編の動きがよく見える。
 忘れ物の文庫本を取り出した。そのまま頬杖をして、気だるげに読み始めてみる。三十分。桜はまだまだ動かなかった。
「ねえ、北条さあ」
 流石に気になって、ついに声をかけてみる。
「ん? なに、静夜くん」
 桜は驚いた様子もなく、くるりと振り向いた。それで初めて、教室内に誰もいないことに気づいたのだろう。あれ?という顔で首をかしげる。
「みんなは?」
「もうとっくに全員帰ったか、部活にいってるよ」
「ええ? あ、もう五時! 部活……さぼっちゃったよ」
 まずっと唇に手をあてて、桜は失敗したという表情になる。それがおかしくて静夜は笑い出し、立ち上がると委員長の隣まで歩いた。
「なに考え込んでたの?」
「ん? あのね、日誌のここなのよ」
 ずいっと黒い表紙のついた日誌を開いて、桜はついっとある箇所を示す。昨日の当番の所見がかいている場所には、”近所の女の子が、飼い猫のミィが白鳳学園の塀を越えていったあと見ないので、どこかいないですかと、校門で泣いてました”とあった。同時に連絡先の電話番号もあったので、本格的にお願いされていたらしいと把握できる。
「迷い猫なんだ」
「そうなのよ。かわいそうだよね、猫が帰ってこないなんて」
「今日も帰ってきてないの?」
「うん。電話してみたら、まだ帰ってないって。お姉ちゃんが探してくれる?って言われてね。思わずうんって答えちゃった」
 引き受けたなら絶対に見つけなくっちゃ!と拳を握った少女を前に、静夜は半分苦笑、半分微笑ましげな表情になる。
「でもさ、どうやって見つける?」
「方法ずっと考えてたんだけど、浮かばなくって。物知り静夜くんは、なにかいい案ない?」
「うーん。ないこともないけど」
「え!? 本当?」
 ぱっと顔を輝かせると、勢いよく桜は立ち上がる。すっと静夜は一歩下がって接触事故を防ぐと、軽く腕を組んで見せた。
 二年A組の女生徒たちに、見かけの可憐さゆえに同性扱いされている静夜がみせた、ふとした仕草の鋭さに桜は目を細める。
「かっこいいよね、静夜君って」
「は?」
 言われなれていない言葉に、静夜は目を丸くする。わずかに赤くなってもいたのだが、桜はそれに気づかずに、少年の腕をたたいた。
「静夜くんのいい案ってなに?」
「僕」
「え?」
 今度は桜がぽかんとした。
 大江兄弟はそれぞれ不思議な特性をもっている。
 雄夜は犬に無条件に愛され、静夜はなぜか猫に仲間扱いされていたのだ。
「前もね、ちょっと寝れなかったから夜に散歩したら猫に誘われてさ。公園のベンチまで誘導されて、猫の集会に何度か参加したことあるんだよね」
「それって、結構凄いことじゃない?」
「どうなんだろ。お昼に外で座ってたら、膝で猫が寝てることもよくあるしね。でもエサをねだられた事はないから、あれはやっぱり仲間だと思ってるんじゃないかなあ」
 不思議なんだけど、小さい頃からずっとそうなんだと静夜は締めくくる。桜は悪戯っぽく瞳を動かして「ということは」と手をたたいた。
「静夜くんと一緒にミィちゃんの名前を呼んで歩いたら、出てくる可能性大ってことよね!」
「多分ね。でも確証はないよ、北条」
「大丈夫、大丈夫! よし、気合を入れて、ブチ進むわよ!」
「ブチ進む……?」
 ぐいっと桜は静夜の腕をつかんだ。体格的にはほとんど変わらない男子生徒を引き連れて、桜は勢いよく歩き出す。
「ミィちゃんっ。どこにいるの?」
「にゃあ」
「ええ!?」
 二年A組の廊下に出て、まだ三歩しか歩いていない。
 桜と静夜は流石にぎょっとして周りを見渡した。特に猫の影はない……と思いきや。
「あ、ああっ!! 静夜くん、外、外!」
「え? うわぁ!」
 白鳳学園高等部風鳳館、二年A組の廊下側の窓から伺える木の枝に、小さな猫が震えていた。いったい何時からそこにいたのか、つぶらな眼差しで必死にこちらを見つめている。
「にゃあ、にゃあ!」
「み、ミィちゃん! 動かないで!!
 普段はトラブルに冷静に対処する桜が混乱している。静夜はすばやく教室に戻ると、机を一つ持ち出して廊下の壁につけた。
「北条、机、押さえてて」
「なにするの!?」
「机に乗って、窓枠に片足をかけて、手を伸ばしてミィを呼ぶ」
「――え?」
 冷静な静夜の言葉を、そのまま素早く想像したらしい。桜はさあっと顔色を青くして、勢いよく首を振った。
「危ないよ! そんなの、危なすぎっ!」
「でもあの高さまで伸びるハシゴなんてないしさ。ミィだって体力の限界が近いと思うから、早く助けてやらないと」
「そうなんだけど! 危ないよっ!」
「大丈夫だよ。だったらさ、僕は窓枠に足をおいて体を乗り出すから、残った足を北条がつかんでてよ」
「そんなことしたって、静夜くんがバランス崩したら、私支えられないよ!」
 やっぱりダメ、他の方法!と首を振る桜の肩に、静夜はそっと手を置く。
「大丈夫だって。北条が僕の足をつかんでたら、ますます落ちれないなって思えるからさ」
「どうして?」
「北条を巻き込むことになるだろ。大丈夫だから、僕を信じて」
「――分かった。でも、せめて命綱くらいっ!」
「綱って?」
「縄跳びあったから。それと、えっと……窓枠を結ぼうよ」
「了解。じゃあそうしてよ」
 静夜はくすりと笑う。
 大慌ての準備が終わると、静夜はいとも簡単そうに高い窓枠に足をかけて体を半分外に乗り出させた。左手が窓枠をつかみ、右手を危なげもなく猫に向かって差し伸べる。
 距離は遠くはない。猫がおびえていなければ、静夜の手に飛び移るのは容易な距離だ。
「おいで、ミィ」
 優しく、そっと静夜はささやく。
 猫はみゃあ、と一声なくと、じっと伸ばされる手と、静夜の瞳を見つめていた。本当の所は、猫と静夜の間には、桜の目には見えないが、かなりの水圧で固められた水がクッションのように横たわっていた。もし猫のジャンプが失敗しても、地面にたたきつけられることはない。
 猫は悩んでいるようだった。
 けれど静夜が促すように微笑んだのをきっかけに、とんだ。
 桜は廊下側に残った静夜の足を押さえながら、それを見ていた。
 ジャンプした猫を器用に胸元に引き寄せた静夜が、ひどく優しそうに笑うのを。それから彼はすぐに桜の方に猫を見せて、もう一度明るく笑った。
「ほら、北条。ミィだよ」
「う、うん。ありがとう、静夜くん」
「どう致しまして。役に立ってよかったよ。もっと雄夜みたいに身長があればね、ミィを直接抱き取るのも出来たのかもしれないけど」
「雄夜くんは雄夜くんだよ。今ここに居てくれたのは静夜くんで、私に手助けしてくれたのも、ミィちゃんを助けたのも、静夜くんでしょ。関係ないよ、身長なんて」
「……そう、かな?」
「そうよっ。私、ミィちゃんの飼い主に電話してくるね!」
「あ、北条!」
「なに?」
 猫を両手で抱きしめたまま、桜は幸せそうなまま首をかしぐ。
 静夜は少し首をかしげ、
「ありがとう」
 そう言って、くるりと桜に背を向けた。