「例えば、騎士と化学者の場合」小説&イラスト

眼鏡の奥の瞳が、少々細くなる。
そうはしこい視力があるわけでもないし、正義感が人より強いとも思わない。
だからといって、不愉快なモノを目にしてそのままにして平気、というわけでもない。
細まった瞳のまま、さっと視線を走らせる。
己の能力で、どうやら他人より少々上である、と思うのは記憶力と思考力。
身長、着ている物の特徴、そして、誰のカバンから『抜き取ったのか』。
一通り、必要なコトを頭に叩き込む。
秦智帆が目にしているのは、スリ、だ。
最近、学内で置き引きに注意するよう、アナウンスは流れていたが。
なるほど、これではいくら置き引きに注意しても、被害は減らないわけだ。
学園、という開かれたスペースである以上、悪意を持った人間を完全に遮断できるわけではない。
結果、時として集中して狙われる、というケースは往々にしてある。
にしても、今回のケースは、その中でも特殊な部類だろう。
学生が荷物を置いて離れてしまうロッカーを狙うわけでもなく、置き引きをするわけでもなく、スリ、とは。
などと冷静に考えるばかりで、即、行動に出ないのは、この距離では自分の足で追いかけても逃げ切られるのがわかっているから。
さてと、と周囲を見回したところで、軽く口元がすぼまる。
知っている人間が、視界に入る。
大学部の、織田久樹だ。
視線を送っていると、あちらも、智帆に気付いたらしい。
ぱ、と明るい笑顔を浮かべると、手を振ってみせる。
「よぉ、珍しいな」
智帆の口の端に、笑みが浮かぶ。
あえて、問題の方向を見ないようにしつつ、軽く手を振り返す。
「それって、俺が一人でいるから?それとも、大学部のあたりにいるから?」
「どっちもだな」
目前まで来て、あっさりと言ってのけてから、ひょい、と首を傾げつつ、軽く目を見開く。
「で、どうかしたのか?」
「なにがさ?」
「なんか、難しそうな顔してるじゃないか」
智帆は口の端に浮かべた笑みを大きくする。
「へぇ、そこそこ観察力がある、と誉めておこうかな」
「なんだよ、まるで俺が鈍いみたいだな」
「ま、ある一点においては明らかに」
さらり、と言ってのけられて、久樹は口を尖らせる。
「ある一点って、どういうことだよ?」
「さぁね、それを人に教えられるっていう時点で、鈍いってことのなによりの証拠になるんじゃないのかな」
「う」
正論に、久樹は返す言葉がない。
その間に、智帆は、ちらり、と何気なく遠ざかっていく人物へと、目をやる。
不自然な視線の動きに、久樹もつられるようにして視線をやる。
「変わったカッコだな」
素直な感想が口をつく。
大学部は私服可とはいえ、いかにもバンドやってます、という色付の髪にスタイリング、皮で作られたジャンパーにパンツ、といういでたちは珍しい。
「久樹さんでも、すぐに覚えられるだろ」
「どういう意味だよ」
「あまり、他人の格好には気をとられなさそう、という意味。俺もそうだけどね」
同類である、と言っているはずなのに、バンド野郎を追う視線は鋭い。
久樹が不思議そうな顔つきになってきた時、さらに智帆の目が細まる。
低いが、鋭い声が飛ぶ。
「久樹さん、手元、よく見てて」
「え・・・?」
視線をバンド野郎へと戻し、智帆に言われたとおりの場所へと注目する。
次の瞬間、久樹の目は大きく見開かれ、ついで、かっとした顔つきへと変じる。
「っくしょ」
あのヤロウ、という単語は、智帆の手の平の中へと押し込められる。
「なにすんだよ、いま、あのヤロウ、スリやがった」
「落ち着きなよ、この距離なら、すぐに逃げ切られるだろ?」
いたって冷静に返されて、返って久樹はむっとしたようだが、それでも大人しく留まる。
「じゃ、俺らの記憶力をあわせて、警備と警察に通報するっていうのか?」
「さてね、警備もいまは信頼に足るのかもしれないけど」
「いまは?」
皮肉な笑みが智帆の顔に浮かぶ。
「前に泥棒騒ぎがあった時の犯人はね、警備員だったよ。当然、全員入れ替えられたけどね」
警備員が泥棒とは、想像外であったのだろう、久樹は目を丸くしている。
「それに、俺たちが警察やら警備員にやら話してる間に、証拠なんてとっとと隠滅されてるよ」
それを聞いて、久樹はさきほどの腹立たしさが戻ってきたのだろう。
眉を、きっと寄せる。
「だったら、なんで止めたんだよ?俺が追いかけ始めたら、回りだって気付くだろ?」
「だから落ち着けって言ったんだよ、見てごらんよ、周囲は女の子ばっかりだ。返って怪我させられるって可能性の方が高い」
「・・・なるほど、な」
智帆が、実に冷静に周囲を観察していただけでなく、気も回っていたのがわかったようだ。久樹は素直に頭を下げる。
「悪い、周りまでは目に入ってなかった」
それから、もう一度、首を傾げる。
「でも、だったらどうする気だ?今追いかけるのはダメ、警察も警備員も頼りにならないってなら?」
にやり、と智帆は笑う。
「そりゃ、現行犯逮捕に決まってる」
「現行犯逮捕?」
「そ、久樹さん、腕っ節と足は自信あるんだろ?」
「人並みにはな?」
いきなりポケットをまさぐりだした智帆を不思議そうに眺めながら久樹が答える。
「そうかな?先ほどの張り切りよう、足には自信ありと見たけどねぇ」
「じゃ、腕っ節は、なにを根拠に?」
「爽子さんから聞いたよ、口喧嘩は爽子さんの担当、手が出たら久樹さんの担当」
「おいおい」
思わず、久樹は手を振る。
「そりゃ、ちっちゃいころの話だ」
「今度あの男が狙うのは、爽子さんかもしれない、と言ったら?」
ぴくり、と久樹の眉が上がる。
「当然、守るに決まってるだろ」
「その意気だよ、爽子さんが狙われる前に、俺らで押さえとくにこしたことないだろ?」
爽子が狙われる、というのは智帆の極論だとはわかっている。だが、いま、周囲を歩いている彼女たちのように、爽子が狙われる対象となる可能性は、ないわけではない。
スリ、というだけでも腹立たしいが、爽子が狙われるかもしれない、というのは久樹の中では一段上の問題だ。
ただ追いかけるのではダメ、と言われたのだから、久樹にだって智帆がなにを考えているかの察しくらいはつく。
「囮で誘い出す?」
「そういうこと」
言いながら、智帆はポケットから少々太いゴムを取り出して見せる。
「なにするんだ、ソレ?」
「ちょっとね、細工をするんだよ」
笑顔で、手を差し出す。
「というわけで、久樹さん、財布貸してくれる?」
「待て、なんで俺のなんだ」
「俺は制服だから、自然に後ろのポケットから財布覗かせるなんて、出来ないんだよ」
と、智帆は自分のブレザーを指してみせる。
「確かにそれはそうか」
久樹は、仕方なさそうに自分の財布を取り出す。
受け取った智帆は、折りたたまれた小ぶりの財布の折り目にゴムをかけ、器用にはずれないようにしてから、久樹の後ろへと回る。
「おい?」
「本当に盗られたら、元も子もないだろ?」
なにやらごそごそという感覚の後。
びよん、とベルトが引っ張られる。
「うわ」
いきなり腰が引けて、久樹はあせった声をあげる。
「うん、これで盗られた瞬間に、久樹さんにもわかるね」
智帆は満足げに頷いてみせてから、いかにも油断してそうな雰囲気で久樹の後ポケットに財布を入れる。
「出来あがり、と」
「へぇ、ゴムがつながってるようには見えないな」
自分の後ろを振り返りながら、久樹が感心する。
「そりゃね、見えたら意味ないし。女の子ばっかり狙ってるみたいだけど、これだけ隙だらけってふりしてたら、間違い無く狙ってくるよ」
「で、どこへ行きやがった?」
久樹は、周囲を見回す。
どうやら、ここらへんからは姿を消したようだ。
「大学部周辺からは離れないと思うよ。私服で目立たないって言ったら、ここくらいだから。寮の側は、返って知ってる人間しかいないから、目立つしね」
「ということは、少しすれば」
「戻ってくる」
と言っているそばから、ターゲットの登場だ。
久樹と智帆は、にやり、と笑みを交わす。
「久樹さん、あいつに背を向けて流してよ、あっちに向かってね」
「わかった」
本当のところを言えば、久樹は智帆はどうするつもりなのか聞きたかったが、そんな時間はなさそうだ。
つい、と何気なく、二人は距離を取る。
背中が緊張していては意味がないことくらいは、久樹だってわかっている。
欠伸をなまころしたようなふりをして、のらりくらりと歩き出す。
ほどなくして、後ろに誰かが近付いてくる気配がする。
知っているモノではないから、狙いの人物が来た、と見ていいだろう。
と、思った瞬間。
ぐん、と勢い良く腰が引ける。
「あ?!」
相手は、びよん、と手にしたものが引き戻されたので、戸惑った声を上げる。
何が起こったのか、瞬間だが判断しかねたようだ。
久樹は、腰が引けるのを利用してかがみこみ、振り向きざまに思い切り足払いを喰らわせる。
さきほど、智帆が一回、引いといてくれたおかげで、感覚は掴めているし、隙は十分。
「うわ!」
相手は、悲鳴に近い声と共に地面に叩きつけられる。
ついでに、先ほど稼いだとおぼしき財布が、二つ、三つ、飛び出すように散らばる。
転ぶ勢いで放した財布を、右手で受け止めながら、左手は相手の右手をひねり上げる。
「いてぇっ!なにしやがるんだよ!」
抗議の声に、久樹は声を尖らせる。
「なにしやがるはこっちの台詞だ、俺の財布、すろうとしやがって!」
騒ぎに、周囲の人がなにごとか、と視線を集めてきている。
「あ!私のお財布!」
女の子の一人が、驚いた声を上げる。
久樹は、彼女のほうへと視線をやる。
「警備員、呼んできてくれ、こいつ、スリなんだ」
が、その手間はいらなかったようだ。
もうすでに、こちらへと警備員が走りよってきている。
智帆が周到に手を回したのだろう。
が、肝心の智帆の姿は無い。
事情を話して、警備員にスリ犯を受け渡してから、もう一度、あたりを見回す。
が、やはり、智帆の姿はない。
「・・・?」
首を傾げてみたところで、いないものはいない。
財布を取り戻してもらって、感謝感激の同級生の一人であろう彼女のお礼を照れ臭そうに聞き終えてから、久樹はあたりを見回しながら歩き始める。
「久樹さん」
声のほうを見ると、なにやら物陰から智帆が手招いている。
「なんだ、こんなところにいたのか?」
普通の声で話しかけつつ、近寄る久樹に、智帆は静かに、というように指を立てる。
慌てて口をつぐみ、思い切り傍に行ってから、首を傾げる。
「隠れてるのか?」
「そういうわけじゃないけどさ、あんまり目立つのは好きじゃないんだ」
「ふぅん?どうしてだ?」
不思議そうな顔つきのままの久樹に、智帆は苦笑を浮かべる。
「ヒーローってガラじゃあないってことにしといてよ。それより、ゴム、返してくれる?」
手を差し出されて、思い出す。
「ああ、そっか」
振り返って、財布を取り出して。
びよん、とひっぱられて、自分がバランスを崩す。
「げげげ」
「ああ、そのままでいてくれていいよ、俺が外すから」
苦笑を浮かべたまま、智帆は久樹の後ろへとまわり、自分が止めたゴムを外す。
「はい、お財布ね」
「おう、ありがとう」
お礼を言う久樹を無視しているわけではないようだが、智帆の意識は返ってきたゴムの方に行っているようだ。
びよん、びよん、と伸ばしてみて、具合を確かめているらしい。
「あのさ」
久樹の声に、我に返ったように智帆は顔を上げる。
「いったい、どこへ行ってたんだ?」
「俺?ひとまずは、犯人が逃げてくる方に先回りしてたよ。さすがに、コレ食らったら、一瞬はひるむだろうと思ってさ」
ポケットから小瓶を取り出してみせる。
中に入っているのは、綿のようだ。
「なんだ、そりゃ?」
「ん?こういうモノ」
小瓶のフタをひねりあけると、反対のポケットからピンセットを取り出す。
それで綿をつまみ出して小瓶をしまい、今度はライターが出てくる。
「?????」
目が丸くなっている久樹の前で、しゅ、と慣れた調子で智帆はライターの火をつける。
「あ?!」
目前の綿は、通常よりもずっと明るい光を発して、思わず久樹は目を細める。
綿は、あっという間に燃え尽き、灰になって風に舞っていってしまう。
「ってわけ。目くらましくらいには、なるだろ?」
くすり、と笑うと、ピンセットとライターをポケットに収め直して背を向ける。
「じゃ、そろそろ行かないと」
「あ、ちょい、待てって」
智帆は、ひらひら、と肩の辺りで手を振って行ってしまう。
残された久樹は、首を大きく傾げたままだ。
「あいつのポケットは・・・四次元空間に繋がってるのか・・・?」

久樹が、智帆の所属する部活が科学部で、更に進路希望候補である化学科の研究室に出入りしている、と知るのはしばらく後のこと。
もちろん、智帆のポケットが四次元空間に繋がってることなどあるはずもなく、出てきた道具はすべて化学実験に使われるモノであったとさ。



イラストbyスイナサネさま 小説by月亮さま
はうあーっ!(喜) ムーントレイスのスイナサネちゃんと、月光楽園の月亮ちゃんが、コラボでイラスト&小説を書いてくださいました! 二人のそれぞれ好きキャラってことで、久樹と智帆だそうです。この小説の久樹のかっこいいこと! 智帆の機転のきくことっ! 実際に理系だった方が書いてくださったので、すごーーくリアリティがありますよね。そうか、理系ってこういう人たちなんだ!と目からうろこでした。弟子入りさせてください。
とにかくこの小説、久樹がかっこいいですよね。しかも目の色変わるのが爽子のことってあたりがらしくって。もうあまりにらしい久樹と、常に冷静で、でもちょっぴりテレ屋な智帆がステキで、めろめろでした〜。いやもう、あんなかっこいい久樹が見れたんですものね、ドクロな彼に万歳!ですわ(さあ皆さんご一緒に!)
そしてイラスト。
イラストがーーっ(絶叫)この久樹の捕り物のかっこよさを見てください。ステキ、あまりにステキすぎます。取り押さえている躍動感と、様子をうかがう静の部分の智帆の緊張感がステキで。私、今回ほど、この制服にしてよかった!と思ったことはありませんでしたよう。私がかくと別段かっこよくもなかった制服ですが、サネちゃんの手にかかると、すっごいかっこよくなってるんですもの! 個人的には、ワイシャツからのぞく胸元のあたりと、ちょっとほどけたネクタイがこのみです(マニアな)
50万HITありがとう! 私に幸せをありがとう!!なのでした。
さあ、他のみなさんも一緒に掲示板で喜びをかたりましょう〜。
でもって以下は、せっかくなので勝手にコラボに乱入してしまおうかと。同時刻の、爽子たちです。
その頃の姫と探索者の場合


「あら……?」
 背後でのざわめきに、爽子は緊張の面持ちで振り向いた。
「騒ぎだな」
 雄夜は自を細め、ざわめきに耳をすませる。
 人々のざわめきは、なにかしらの興奮をどうやら伴っている。近づいてみると、「スリがつかまったらしい」という言葉が耳に入って、二人は同時に顔を見合わせた。
「スリってもしかして!」
 爽子の驚きに、雄夜は肯く。


 立花幸恵が、財布をすられたのは、今から三時間ほど前のことだった。
 大学部二限目の授業が終わった直後の昼休みに、二人して学食へと赴いた際に、スリの被害にあったのだ。気付いて幸恵は振り向いたが、相手はすばしっこく、あっという間に逃げてしまった。
 慌てて追いかけて外に出て、二人は大江兄弟に出くわした。
「スリなの!」
 爽子が上ずった声をあげると、二人は瞳に緊張を走らせる。紅茶色の目を伏せて、静夜はすっと周りを見渡した。
 人が多く、誰がスリであったのかは全く分からない。あまりに事に呆然としている幸恵をみやって、静夜は眉を寄せた。
 近頃、このあたりでスリの被害が横行している。被害者は近隣の住人だけでなく、白鳳学園の生徒たちにも及んでいた。
 学生は、もちろんだが裕福というわけでもない。なんとか必死にバイトをこなして、自由になる金銭を得ている者も多く、それを奪うなどといった行為は正直許せるものではなかった。 
 雄夜はなにやら強いまなざしで、静夜の肩に手をおく。うなずいて、一見は美少女のような少年は考え込んだ。
「幸恵さん、そのスリって制服だった?」
「ううん。私服だったわ。赤い髪をしていた。さっちゃんは他に覚えていること、ある?」
「えっと、派手だったよね。で、なんか変な指輪してたわ」
「変な指輪、ね」
 かなり目立つ相手であることは間違いないわけだと呟いて、さらに静夜は考えこむ。一度顔をあげ、ぐるりと周囲を見渡してから、「あのね」とロ火を切った。
「このあたりを見合せば分かると思うんだけど、学校の中での私服って結構目立つよね」
「うん。私服って、教員と大学部の生徒くらいだから」
 落ち込んでいる幸恵を慰めながら、爽子はうなずいた。
「私服だと目立つのに、私服で中に入ってきたってことは、間違いなく狙いは大学生と教員たちなんだよね。狙いは限られてる。同時に私服姿でうろついておかしくない場所だって限られてる」
「学生課や学食のある白鳳館か、寮か、大学部水鳳館か?」
 片割れの問いに、静夜は首を振った。
「寮は除外していいよ。あそこは監視カメラが多いし、第一管理人さんは住んでる生徒を全員把握してる。変な奴がうろついたら、一発で見つけるだろうね。だから白鳳館と水鳳館が危ない」
 二つ指を立ててみせて、静夜は爽子と幸恵の顔を見つめた。
「犯人は間違いなく、まだスリを行うつもりだと思うよ。しかも、多くが給料を貰うことが多い今日にね。そいつがまたやるとしたら、多分大学部の最後の授業が終わった後じゃないかな」
「四限目のあと?」
「みんながどっと帰るし、遊んでいくための軍資金を下ろす生徒も多いかもしれない。キャッシュディスペンサー、大学部と白梅館にはあるしね。だから、ちょっと張ってみるのがいいかなって思うんだけど」
 一旦言葉を切る。爽子が不思議そうに首を傾げた。
「静夜くん?」
「二手に分かれる必要があるんだよね。水鳳館と、白鳳館」
「じゃあ、私と幸恵で水鳳館を警戒しておくわ」
「いや、それはちょっと。相手が危害を加えてこないとはいいきれないから、女性同士で見張らせるわけにはいかないよ。悪いけど、僕と幸恵さん、雄夜と爽子さんで組ませてもらえないかな」
「え?」
 ふわりと幸恵が驚いたように目を丸くする。少々居心地が悪そうにすると、静夜は「ダメかな?」と首をかしいだ。
「ううん、心配してくれてとってもうれしい。でも、どうしてそこまでしてくれるの?」
 大江兄弟と立花幸恵は、仲がよくなり始めた友達未満の知り合いに過ぎない。妹の菊乃や、爽子が被害に受けたならば真剣になるのも分かるのだが、自分のために真剣になってくれる理由がわからなかった。
 幸恵の困惑に、双子は顔を見合わせる。それから二人は同時に優しげに笑った。
「だって、幸恵さんはとっても優しい人だから。その幸恵さんの財布と盗ったなんて、ちょっと許せることじゃないよ。ねえ、雄夜」
「後悔させてやる」
「そうそう。第一、前々からスリの存在は気になってたんだ」
 言って、四人は大学部の四時限終了後の待ち合わせを決めた。
 
  
 爽子と雄夜が騒ぎを聞いたのは、こうやってスリを探して警戒している最中だった。 
 もちろん、二人はまだ知らない。スリの発見者は智帆で、捕らえたのが久樹であるということを。――久樹が、爽子に危害を与える可能性のある奴は許さない!とばかりに、奮闘したことも。 
 二人は携帯電話で静夜と幸恵に連絡をとって、走りだす。
 

 久樹の姫はどうやら、ただ一方的に守らせてくれるような姫では、どうやらないようだった。