菊乃の「未来予想図」、DreamComeTure。


未来は遠くない。
ほんの瞬きをしたら、そこはもうさっきまでとは違う世界。
呼吸をするように未来に歩いて。
背伸びするように未来を夢見る。
いつか、それが叶うと信じて。


夕暮れの街はクリスマス一色だ。
いつもはあまり飾り気のない通りも、流石にこの時期は綺麗に彩られていてぴかぴかと明るい。
賑やかな人の波、きらめく翠と赤の装飾たち。
はく息さえもその装飾の一部のようで、菊乃はちょっと嬉しくなった。
足元には薄く雪が積もっている。数日前に降り積もった雪は、確かに通りでぐしゃぐしゃに溶けてちょっといただけないが、それでもやっぱり冬というものを顕著に現していた。
今日はクリスマスイブだ。周りはみんな老若男女のカップル達。嬉しそうな顔を隠しもしないで幸せそうに歩いている。
自分だって、これからその中の一組になるんだと思うと、自然に心が躍った。待ち合わせの場所に向かう足も自然と速くなる。大好きな彼は、もうあの場所に来ているだろうか。多分恐らく、まだ来ていないだろう。
もしかしたらついさっきまで寝ていて、イトコに起こされて今頃大急ぎで仕度をしているかもしれない。
その光景がありありと頭にうかんで、菊乃はくすりと笑った。隣を歩いていた老年の夫婦が不思議そうに首をかしげてこちらを見たので少し恥ずかしくなってさらに足を速める。
それでも、すぐに心は弾んでくる。
クリスマスに二人きりで会うのは、初めてだから。
いつもは、イトコが一緒か、それでなければ彼らの友人の家でパーティを開くかだった。去年に至っては、彼が受験だったのでそれすらもなかったのである。
まぁその代わり、菊乃はずっと彼に夜食をつくってあげていたのだから結局のところプラスマイナス0なのだけれども。
そして、今年はいつもクリスマスパーティを開く夫婦の家がはじめて家族「三人」で祝うクリスマスだったので他の仲間が遠慮して、各自ばらばらに行う、ということになったのである。
皆には悪いが、菊乃はそれを聞いて思わず小躍りしたくなった。ついに彼と二人きりでクリスマスを過ごせるのだと思うと、仕方がない。
だが彼は恥ずかしがってか、何か他に理由があってかなかなか承諾してくれず、やっとやっと今日の約束にこぎつけたのである。
街は本当にきらびやかだ。思わず、スキップをしたくなるくらいに。
わくわくどきどきが止まらない。それは、急いでいる心臓のせいだけじゃないはずだ。
さぁ今日はクリスマスイブ。一体どんな日になるんだろう。

待ち合わせ場所の大きなクリスマスツリーの下には、やはりと言うか彼の姿はなかった。代わりに、同じように待ち合わせをしている男女がたくさん立っている。腕時計をみたり、暇そうにぶらぶらしたり、ツリーをじっと見つめていたり、皆様々だけれど、一様に嬉しそうな顔をしていることだけは共通している。
菊乃は近くのベンチに腰掛けてマフラーをはずした。急いできたので少し体温が上がっていて、熱い。
胸を押さえてほうっと一つ息を吐いて、体の力を抜いた。きらきらと一際眩しいクリスマスツリーを見上げる。天辺には大きな星の形のライト(つけるのにどれだけ苦労したのだろう)、そこから伸びるように赤白紫黄色ときらめく沢山のライトと、それを反射する丸いぴかぴかの球。ツリーの下ではサンタとトナカイが、子どもらにお菓子を配っている。
広場に立っている時計の示す時間は、五時五十三分。待ち合わせは六時だ。
菊乃は携帯している鏡を開いてどこか可笑しいところはないか確かめた。小走りに来たせいでどこかくずれているかもしれない。
今日は特に念入りに身だしなみを整えてきたのだ。ここまで来て失敗をしたらあとで後悔するかも知れない。最も、姉には「そんなに念入りにしなくても、十分に可愛いわよ」と笑われてしまったが。
だけど、それでは駄目なのだ。今日この日、彼に少しでも驚いて欲しい。いつも一緒にいるせいか、最近では服装やお化粧をしても何も言ってくれないことが多い(友人にそれを話したら、のろけないでとうんざりされてしまった)
だから今日は、もっとステキな自分になりたかった。すごく良質の香水や高価なアクセサリなんてなくても良い。いつもよりも少し新鮮な目で、彼に見て欲しいのだ。
「わがままかなぁ」
ちょっと意気消沈してつぶやく。
長い間一緒にいると、そういう気分はなくなるものだろうか。そういえば姉の友人(いつもパーティを開く家の奥さんだ)とその旦那さんは幼馴染で、けれど今の菊乃みたいに浮ついたりしてることはなかったような気がする。
やっぱり、いつも通りが一番いいのだろうか。
「でもそれじゃ駄目なんだもん」
そう言って、菊乃は少し下唇を噛んだ。今日はクリスマスイブ。いつもより少しでも少しでも素敵な日にしたい。彼が大好きだからこそ、そんな風に思うのだ。それは間違ってないとは思う。思うけれど、どうにも自信がわかない。
ちょっとしたジレンマ。もしかしたら彼はあきれるかもしれない。何をそんなに気を入れてるんだ、と。
けど今更もどっていつも通りにすることは出来ないから、このままで行くしかない。
はぁ、と菊乃はため息をついた。
彼と一緒なら、どんなときでもこんなに悩むことはないのに、どうして一人でいると悩んでしまうのだろう。最近は特にそうだ。
どうしてだろう。自分ひとりでいると、たくさんのことが後悔や不安になって押し寄せてくる。姉は、思春期にはよくあることだと言うが、そうだとしてもやっぱり辛い。
もしかしたら、自分は彼に嫌われているのではないだろうか、迷惑がられているのではないだろうか。自分は、彼に依存しすぎているのではないか。人に嫌われるのは好きではないけど、まだ諦めることが出来る。けど、彼にそう思われるのだけは嫌だった。もしも、もしも本当にそう思われているのなら自分はどうするだろう。
すっぱりと身を引くことが出来るだろうか、それでも彼のそばにいるだろうか。それとも、そんな世界にいるのならいっそのこと…。
「ああ、もう。またこんなこと考えてる」
せっかくのクリスマスだというのに。だけれども一度始まった思考は、なかなか止まってくれることはない。
今日、もしかしたら彼はこないのではないだろうか。そんなことさえ思ってしまう。彼は絶対に約束を破ることがないくらいは判っているのに。だれか他の人と約束をしていて、自分のことなど気にもかけずにその人とでかけてしまうかもしれない。
今日の約束を渋ったのはそういう理由からかもしれない。そういえば最近、彼は妙に人気があるようだった。それも主に女子に。
昔は、もっと活発で明るい彼のイトコの方に人気が集中していたのに、年を重ねるとどちらかというと落ち着いていて優しげに微笑む彼のようなタイプが人気になるようだ。
小学生のころは、彼の魅力は自分だけが知っていると安心できていたが最近はそうもいかない。彼が誰かほかの女性と話しているだけで胸の辺りが不思議な感じになってくる。そんなときにはいつも自分だけを見て!と言いたかったが、それはただのわがままで彼が困ることが判りきっていたから、言ったことはない。言えない。
こんな胸の痛みを、彼は知っていてくれているのだろうか。そんなことは、判らない。もし知っていないのなら、知って欲しい。彼のことで、自分はこんなに悩んでいるのだと。
はぁ、と菊乃は空を見上げてため息をついた。
「駄目。今の私すっごい嫌な女の子だ、きっと…」
目をつむって、かくんと首と肩をおとした。こんなはずではないのだ。今日はクリスマスイブ。楽しくてワクワクしていた気分は、どこにいってしまったのだろう。
と。不意に菊乃の上に影が落ちた。
彼かと思って急いで顔を上げると、そこに居たのは彼ではなく、大きなサンタの着ぐるみだった。その大きさに、思わず菊乃は気おされて後ず去ってしまう。だがサンタは特に何をするでもなく、じっと菊乃を見つめていた。それが、余計に怖かったりもする。
そのまま数秒。一体なんなんだろうと菊乃が思った時、ふとサンタが手をのばした。反射的に菊乃は目をつむって身を硬くする。
そんな菊乃の頭に、ふわりと柔らかい感触が触れた。
「え…?」
恐る恐る目を開けると、サンタがぽんぽんと菊乃の頭をなでている。四、五回それを繰り返すとサンタは呆っとしている菊乃から手をはなして、代わりに背中に背負ったこれもまた大きな袋から、サンタと袋からは考えられないくらい小さい飴玉を一つ取り出して菊乃の手のひらに握らせた。
菊乃がサンタを見上げると、シーと人差し指で口を押さえ、くいっと首をかしげてからサンタは去っていった。
後に残された菊乃は、ぼんやりとその背中を見送って、それから手のひらに置かれた飴玉を見つめた。もしかして、自分はあのサンタになぐさめられたのだろうか…?
サンタは、またツリーの下に戻って子供たちにお菓子を配り始めていた。幾人かの子供達が歓声をあげてその周りに集まっていく。
ふと、その中の二人の子供に目が行った。サンタにお菓子を貰いたそうにしている小学校低学年くらいの女の子と、両手に沢山お菓子を抱えて、そこに走りよってきた男の子。
男の子は、自分の持っていた菓子の半分を少女に半ば無理矢理に押し付けて、何かを言っている。ああ、あれはきっと「お前はちょっととろいんだから、俺が代わりに持ってきてやったんだよ」とでも言っているのだろう、と菊乃は思った。女の子が、男の子の言葉を聞いて嬉しそうににっこりと笑うのが見えた。照れくさそうに、男の子は頬をかいている。
昔よくあった風景だ。自分と彼は、多分あんな感じだったのだろう。
それは昔だけでない。今も彼はよく「菊乃はすこし間の抜けたところがあるから大変だ」と冗談交じりに言いながら、代わりに仕事などをやってくれることがある。
ふっと、心が軽くなった気がした。なんて優柔不断な心だろう。ほんのあれだけのことでこんなに簡単に悩みが消えるなんて。
考えすぎることはないのだ。彼が自分を嫌ってしまっているのなら、しょうがない。自分に魅力がなかったのだろう。自分にできることは、なるべくだけ彼に自分を見てもらえるよう努力するだけのことだ。だから今日の気合の入れ方も、決して間違ってはいないと思い直せた。
大胆に、彼が自分にめろめろになって他の誰かを見ることができないようにしてしまえばいいのだっ。
うんうん、と頷いて菊乃は飴玉を口に放り込んだ。味はとてもとても甘いピーチ。口の中であっと言う間に解けるそれは、先ほどまでの菊乃の悩みのようだった。
男の子と女の子は菊乃が飴玉を食べ終わる前に、恥ずかしそうに手をつないで(どちらかというと女の子の方が積極的に)クリスマスの街に消えていった。
心の中で手を振る。ありがとね、ばいばい、と。
二人の子供が消えていた方角を見つめていると、またふっと影がおちてきた。
今度は見なくてもわかった。影の形や、荒い息がなによりの証拠だ。
「遅いよ、将斗くんっ」
ぷうっと頬を膨らませて見上げると、案の定彼は申し訳なさそうな顔でそこに立って、菊乃を見下ろしていた。気のせいだろうか、彼の格好もいつもよりいくらか手が込んでいる気がする。
「ごめん菊乃。巧が久樹さんちにいりびたってて、起こしてくれなかった…ってだめだよな、本当は自分で起きなきゃいけなかったのに。なんていうか、本当ごめん!」
時計を見ると、もう待ち合わせの時間を三十分もすぎていた。悩んでいる間に、随分と時間は進んでいたらしい。そう思うと、あの時間もまぁ悪いものではなかったのかもしれない。
「もう、しょうがないなぁ将斗くんは。でもなんで巧くん、久樹さんの家にそんなに長い間いたの?」
彼は、何度か深呼吸をして心臓を落ち着かせてから、まったくだ、と顔をしかめた。
「久樹さんちの子がさ、なんだかもう可愛くて仕方ないみたいなんだ。なにかあるたびに『爽子さんに似てるよな?』って聞いて来るんだよな。全く、光源氏にでもなるつもりなのかな、あいつは」
「あははっ。でもうん、わかる気がするなー。織田さんところが結婚するとき、巧くんひとりでトイレで泣いてたんでしょう?やっぱり爽子さんのこと好きだったんだねー」
「あいつの場合は、いきすぎ。もう少し遠慮すべきなんだよ」
むー、と眉にしわを寄せて彼はイトコの悪態をついた。
そんな彼を、菊乃は静かにみつめる。今日、今この時にどうしても聴いておきたいことがあったから、少し真面目な顔で。その視線に気がついて、彼は首がかしげた。
「どうした?菊乃」
「あのね、将斗くん。聞きたいことがあるの」
菊乃の真面目な雰囲気を感じ取ったのか、彼はちょっと身を固くして、菊乃を見つめてきた。
大事な言葉。今言わなければ、聞かなければ多分ずるずるとあとまで自分は引きずってしまうだろう。
「私のこと、好き?」
「…え?」
ぽかん、と彼は間抜けに口をあけた。
「好き?」
「あ。う、うんそれは勿論そうだけど…」
「それは、どれ位か言うことが出来る?」
そう聞いて、菊乃はぎゅっと目を瞑った。なんでそんなこと聞くんだ、といわれないことを祈る。
彼は、一つ息をついて頭をかいた。少しの沈黙だったが、菊乃にはもっともっと長いように感じられた。そして、ややあってから彼が口を開く。
「そうだな。今日菊乃に、いつもより少し違って見て欲しくて着こなしなんかにいつもの倍手間をかけて巧に笑われてきた位、かな。…駄目?」
その言葉を理解するのに数瞬かかった。それから、不意に笑いがこみ上げてきて、それを抑えきれずに笑ってしまう。
「き、菊乃?」
「あははっ…ねぇ将斗くん。ひょっとして、ひとりで悩むこと、多い?」
いきなり笑ったまま質問されて、彼はきょとんとしてたが、照れくさそうに鼻の頭をかいてうん、とうなずいた。
「俺ってぶっきらぼうなところあるから、菊乃に愛想尽かされてるんじゃないかとか、菊乃に頼りすぎてないかとか、悩むことはあるよ。でもどうして?」
菊乃はもう嬉しくて嬉しくてくすくす笑いが止まらなくなっていた。どうしよう、どうしよう。このキモチを、どうしたらいいんだろう。
結局どうするのが一番いいのかわからなかったので、菊乃はいつも通りに彼の腕をとって自分の腕と絡め合わせて、彼を見上げてその耳元でささやいた。
「それはね、私たちが似たものカップルってことなの」
「えぇ?」
「さっ、行こう!将斗くん。今日はもう、とことん私につきあってねっ。私も、とことん将斗くんにつきあってあげるからっ」
「うわっちょっ、菊乃速い、速いって!」
そういいながらも、苦笑しつつ付いてきてくれる彼がとても愛しい。
やっぱり他のなににも変えがたい、大事な大事な人だ。
だから菊乃はもう一度彼の耳元に寄って、小さな声でささやいた。
「将斗くん、大好きっ!」




…。
……。
「ふー、お疲れさん、雄夜。僕の方はもうお菓子なくなっちゃったけど、雄夜は?」
「沢山、子供が喜んでた」
「うんそうだね。まぁ、こんなクリスマスイブもいいかなーとか思ったり。トナカイとサンタは、やっぱりクリスマスの人気者だしね」
「菊乃も、喜んでた」
「え、菊乃ちゃんいたの?どこに?」
「……」
「わ、雄夜が微笑んでる。さすが聖夜」
「帰ろう静夜。あの子にお土産がある」
「うん…って雄夜?赤ん坊はお菓子たべれないよ」
「……」
「そうだったのか、って顔しないでよ。あたりまえだろ?まったく」
「…(がっくり)」




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菊「っていう夢を見たの!ステキでしょ?」
将「うーん、なんていうかベタすぎだよ菊乃」
菊「いいの!ステキだもん!」
将「いいのかなぁ」
菊「いーいーのっ♪あー将斗くんとあんな風にクリスマスを過ごせたらすてきだろうなぁ」
将「俺、今年のクリスマスは爽子さんの手料理が…」
菊「……」
将「あ!うそうそ!菊乃と一緒にいたい!」
菊「本当っ!?(ぱぁぁぁ)」
将「(弱いよなぁ、俺…)」


巧「俺は!光源氏なんて!しないぞぉぉぉっ!!(滝泣逃げ)」
灰さんから頂いたクリスマス話。
菊乃がっ! 菊乃が乙女だっ! とか、読みながらなにやらもだえていたのは私です。
しかも巧光源氏計画がっ!
本当にやりそうだとか思うんですが、皆様はいかがでしょうか。
久樹と爽子に子供が生まれれば、女の子だと思うのでばっちりではないかと。
ぐるぐる考える菊乃と、ぐるぐる考えてた将斗が本当に可愛かったです。そしてなにげにサンタな雄夜がっ。
本当に可愛いかったです。灰さんは、イラストも小説もとっても素敵なものをかかれるんですよね。私は灰さんの書く絵が大好きだったりします。また気が向いたらかいてくださいね〜。