-- ある冬の一情景 --

 ひょううっ。
その冷たい腕(かいな)で抱きしめようとするかのように、冬の風は音をたてて大江雄夜にまとわりついた。
「寒…」
コートの前をかきあわせながら、ぽつり。と、こぼした言葉は白い塊となって自らの口元に一瞬だけ姿をあらわす。 ただでさえ寒さを肌で感じているというのに、目でも自分を包む冷気を実感してしまい、雄夜はほんの少し眉根を寄せる。

「…ったく。雄夜と一緒だと連れの僕まで周りの人に怖がられているみたいだ」
そのすぐ後ろを歩きながら、雄夜の双子の兄弟である静夜が文句を言う。
「なんでだ?」
と、振り返りもしないで言葉少なく問い返す雄夜。
「…きづかないの?」
静夜は雄夜の隣に並び、人差し指を立てた手をを自分達の前で左右に大きく振って解説する。
「そんな風に肩をいからせて、ずんずんと歩いているから、下手に近づかないほうがいい。って思いっきり避けられていることに?」
両肩を鋭く上げて眉間にしわをよせているのは、虫の居所が悪いというわけではなく、ただ単に寒さに耐えるためにコートの中で縮こまっているだけなのだが。
背の高い雄夜がその姿勢のままでまっすぐ進んでくる姿は、知らない人間にしてみれば少々(いや、かなり)怖いに違いない。
「・・・・・・」
季節柄にぎわっている商店街への道のりのはずなのに、ずいぶんと進みやすいものだなと雄夜は思っていたのだが…。
向こうからやってくる人のほとんどが、前から歩いてくる背の高い不機嫌そうな男(=雄夜)を目にすると道を渡ってしまったり、距離を置いてすれ違うなどの回避行動(笑)にでていたからなのだ。
彼が極度の寒がりである事を通行人は知らないのだから、仕方の無いことであって。
雄夜は無言で首に巻きつけているマフラーにあご先をうずめた。
文句を言っている様にみえる静夜にしたところで、双子の片割れから別に返事が聞きたいわけではなく、ただ単にいつものからかいの一手でしかない。
しばらく、無言の早歩きが続く。
空は灰色に染め上げられて雨が降ってきそうな気配だ。もしかしたらこの空気の冷たさからゆくと雪になるかもしれない。
だから二人は急ぐ必要があったのだ。
「…店は近いのか?」
マフラーの向こうからくぐもった声で聞いてきたのは雄夜で。
「ちょっと待ってね、、、次の交差点を左に行ってすぐだ」
なにやら紙を片手に答えたのは静夜だった。

・・・・・・
話は10日程前にさかのぼる。
「なにが何でも、クリスマスパーティをやるからね」
と、最高の笑顔で宣言したのは、斎藤爽子。その隣は爽子の幼なじみである、織田久樹。
いつもの様に爽子による手作り料理をみんなで食べ終わり、ゆっくりとお茶をしていたときのことだった。
テーブルについているのは、雄夜と静夜とその同級生の秦智帆。年ははなれているが、雄夜たちと行動を共にすることの多い川中将斗とその同級生兼従兄弟兼同居人の中島巧。
将斗のガールフレンドである立花菊乃とその姉の幸恵と爽子との女性三人で話していて盛り上がった結果、立花家のリビングと台所を借りてパーティをやることに決まったらしいのだ。
智帆は、爽子が放った言葉の「なにが何でも」の『何』とは何であるのかという疑問を持ったようだが、いつも以上に迫力のある笑顔に、ただだまっていたし、パーティという単語だけで大喜びしていたのは、将斗と巧だった。
まぁ、みんなで騒ぐのは嫌いではないことだし。いいっか。と、高校生三人組も承諾し、それぞれの分担を決めて買出しなどすることになったのだ。
・・・・・・

今日はその決行日であるクリスマス・イブ。
爽子は前日より下ごしらえをしておいた料理の材料を久樹に手伝わせて幸恵の家に運び込み、料理の総仕上げに女性二人で取り掛かっていることだろう。
久樹だとてサボっているわけではなく、リビングの大掃除やテーブルセッティングなどの力仕事をさせられているはずだ。
智帆は、将斗と菊乃と巧をツリーを飾り付けるオーナメントやクラッカーなどを買う為に雑貨屋へ送り届けた後、予約しておいたケーキを引き取りに行っている。
双子の担当は、もみの木とその他色々。
それぞれの担当を決めるのにも、ひと悶着あったりもしたけれど、それはご想像にお任せする。

…と云うわけで。
雄夜と静夜の双子の兄弟は、花屋の前にいた。
「いや、だから俺は外でいいって…」
入口の前で突っ立ったままで、中に入ろうとしない雄夜とその手をひく静夜。
「あのね。これからポインセチアとリースの材料を選ばなくちゃならないんだから、いいかげんあきらめたら?」
ガラス越しに見えるのは、店頭には色とりどりの花。足元には名前はわからないが白や黄色の小さな花を、けなげに咲かせている小さな鉢植えたちがずらりと並んでいる。
少し視線を転じると細い枝を丸く輪の形にしているリースの原形。
そのリースを飾るためのさまざまな色のリボンやヒイラギの葉、赤や金や銀に染められた木の実。粘土で作られたサンタやトナカイ、雪だるま。プレゼント満載のソリまでもある。
ようするに、雄夜にとって苦手なかわいらしいものだらけなのだ。
「店の外で『寒いよー。早く出てこないと噛み付いてやる』って目で訴えられると、僕がいたたまれないし、もみの木の引換証持っているのは雄夜だろっ!」
と、結局、押し切られるというか静夜に引っ張り込まれるように花屋の中へ雄夜は入り込んだ。
周りにディスプレイされているものをなるべく視界に入れないようにしながら、雄夜は店員に声をかけた。
「あの…もみの木を注文した…」
「はい。ご予約票はございますか?」
黒のエプロンを身につけた男性の店員は、にっこりと笑みを浮かべている。
その一言を受け、先ほど静夜に指摘された引換証を財布から取り出そうとしたときに、何故か雄夜の目に付いたのは、自らの側に常にいる炎の力の化身――朱花をよび出す為の札だった。
(朱花をよんだら、温かい…よなぁ、きっと…)
と、ぼんやりと思いながら店員に引換証を手渡すと外の寒気よりもさらに冷たさを感じる声が背中に投げつけられた。
「ゆ・う・や」
買ってゆくものを選び終えた静夜は、片眉を上げて双子の片割れを睨み、(朱花で『暖』をとろうなんてするなよ!)と、表情だけで伝えてくる。
「…わかっている」声を立てず、唇を動かすだけで返答した雄夜はなんとも居心地の悪いここから早く逃げ出したくて仕方がなかった。

 店の奥からやって来たもみの木は、菊乃の背丈位はあるだろうか。枝ぶりが少々細いのはまだ若い木だからだろう。葉は生き生きとしてキレイに形を整えられているその姿は飾り付けられるのを待っているかのようだ。
「どうやって、お持ち帰りに?」
「カートが…」
云われて初めて思い出し、出掛けに爽子から手渡された小さなカートを取り出す。
なんでそんなものを持っているのか?と静夜が訊ねたところ、「育ち盛り食べ盛りの子達の食材買ったらすごい量なんだもの」との答えが返ってきて、二人は頭の下がる思いをしたのだが。
「これらの会計も一緒にお願いします」
ポインセチア一つとリースの材料をレジに持ち込んだ静夜が会計を済ませている間に、雄夜は男性店員ともみの木をカートに固定し、担当分の買い物は無事に終了したのだった。
「ありがとうございました」
出口まで雄夜たちを送り出しながらの店員の挨拶は寒そうに震える。
雄夜はもみの木の乗ったカートを引きながら静夜からもぎ取ったポインセチアの袋を手に歩き出す。
これからリースに変身するモノたちの入った袋を片手に、「別にそんなに重くもないのに…」とブツブツ文句を云っていた静夜は頬に何かが触れるのを感じて視線を上げた。
「…うっわ。とうとう降ってきちゃった…」
空から白くて小さくて冷たいものが、ふわりふわりと降ってくる。
いくら寒いとはいえ、この伏巳区は雪がそうそう降り積もるような土地ではないから、あっと言う間に消えてしまうだろう。
「…キレイだけれど、向こうに着く頃には濡れちゃいそうだな」
雪ならまだ何とかなるだろうが、霙(みぞれ)になったら目も当てられない。ましてやこの足で他人の家に向かうのだから…。
そして二人ともそれなりに荷物をもっているので、傘を差すのも億劫だ。
「と、云うわけでさ。頼むよ、雄夜」
「さっきは、『ダメだ』って云ったくせに…」
といいながら雄夜はポインセチアを静夜に手渡して、財布から朱花を呼び出すための札を取り出して命ずる。
「朱花、雪から俺達を守れ」
口にしている言葉はカッコいいものだが、要は傘代わりだったりするのだが(笑)。
――承知
雄夜を始めとした異能力を持った仲間達だけに知覚できる炎をまとった鳥――朱花は了承の意思と共に現れ、ふわりと双子の兄弟をその朱鷺色の翼の下に囲い込む。
心なしか、自分達二人を包む冷気も和らいだように感じて、雄夜はほっとひとつ息をつく。
「さて。これで心置きなくパーティ会場へっと。クリスマスだからチキンとケーキは外せないよなぁ…」
朗らかに自分達を待っているであろう料理の名前を、指折り数え始める静夜のあとをもみの木を乗せたカートをひきつつ追う雄夜は
「炊き込み御飯…」
ぽつり。とつぶやいた。


Written by 月乃樹さま

以下作者様コメント。
と、云うわけで。
イラストのシーンは「静夜にせがまれて(自分も結構乗り気になって)朱花を呼び出す雄夜」ですね。
ごめん、雄夜くんカッコよく書かなくて…(苦笑)

(オマケ)買出し担当を決める為のひと悶着。
 爽子「もみの木は、注文してきちゃったから誰か受け取ってきてね」
 久樹「ほんっと、段取りのいい…」
 雄夜「俺が行く…」
 智帆「(渡されたもみの木の引換証を見て)雄夜、行く店は『花屋』だけど…」
 雄夜「……えっ?(明らかに動揺している)」
 静夜「あと買うのって、ケーキとツリーの飾り?」
 智帆「ケーキ屋と雑貨屋は同じ通りだから、セットで行くかなぁ」
 将斗「じゃあ、巧とで行ってくるよ」
 巧 「ええーっ!? 俺、爽子さんの手伝いしようかと思ったのに!」
 将斗「おまえはいても邪魔なだけだろう?」
 爽子「料理は私と幸恵に任せてくれればいいんだし、テーブルのセッティングも久樹がいれば十分だもの…」
 久樹「…十分って、俺だけに力仕事させる気か?」
 爽子「食べる分だけは仕事してもらわないと(笑顔)」
 久樹「だって、飲み物も俺が買ってくるんだろぉ?」
 智帆「じゃあ、俺がケーキ受け取っている間に将斗と巧で色々と選んでおいてよ」
 巧 「りょーかーいっ(不承不承)」
 静夜「将斗、菊乃ちゃんも一緒に連れて行ってやれば?」
 将斗「わ、わかったよ。(顔を真っ赤にしている)」
 雄夜「(花屋以外には何かないのか?と、目で訴えてる)」
 智帆「雄夜は…ケーキ屋も雑貨屋も入れないもん…な?(苦笑)」
 爽子「リースとポインセチアもあると、益々クリスマス気分よね」
 静夜「じゃあ、それを買いながら僕と雄夜でもみの木受け取ってくる」
 雄夜「…えぇっ!?」
 智帆「『働かざるもの、食うべからず』だよ、雄夜(にやり)」
以上、いらない(オマケ)でございました。

リースを実際に作るのは誰だろう?とか、もみの木まで買っちゃってクリスマスが終わったらどうするんだ?などなどの細かいネタもありますが。
とにもかくにも、Merry Christmas!!
樹ちゃんから頂いたクリスマス話。か、可愛い(>_<)
ちゃんと炊き込みご飯は作ってもらえたんでしょうか。ちなみに炊き込みご飯の元ネタは、ハーボットのシズクに”秘密部屋”ときいていくことが出来る裏の質問コーナーに答えがあります。
ネタは、樹ちゃんのリクを貰ってかいた雄夜と朱花の図だそうです。
あれ、雨対策に出していたわけだったんですね♪
いきいきとしているキャラがとっても素敵でした。是非、また、よろしくです〜。