カチェイ/アトゥール
[世暁]の桜みきひさ様から頂いたCG
暁の、カチェイとアトゥールの子供時代の絵を書いてくださいました(><)
もーう嬉しくて嬉しくて。特に、子供っぽいというよりも、どこか冷めた様子のあるアトゥールが、イメージしていた通りだったので、感激もひとしおなのです(><) というわけで、イメージ話は本編で二人の子供時代シーンを膨らませたものです(笑)
イメージ短編小説
信じられない思いで、喉元を捕らえている金属を、ちらりと見た。
目の前には肩に届く程度の髪を、風に静かに流している子供がいる。
あどけない顔立ちの子供だった。青緑色の双眸は澄み通って、透き通るような肌の色をしている。少女なら…将来どれほどの美女になるだろうか?
「―― 自分の命なんて、簡単に守れるものじゃない」
静かに、唇を開いて子供が囁いた。
手にしている刀。突き付けられているのは自分。
本能が危険だと叫んでいた。目の前の子供はどこか異常だ。多分―― 殺せる、という事実を証明する為ならば、喉元を捕らえる刃に無造作に力を込めかねない。
息を吸って、もう一度吐く。
返答を間違えたら―― 確実に殺されると、何故か思った。
「……お前、名前は?」
「名前?」
意表を付いたのかもしれない。きょとんと、大きな瞳を見開いて、首を傾げる。
抱きしめたくなるほど可憐な仕種だが、相手が動くたびに喉元に突き付けられた刃が肌の上をかすって行く。正直、わめき出してしまいたいほどの恐怖があった。
「アトゥール。アトゥール・カルディ・ティオス」
ゆっくりと、ひどく穏やかな口調で子供は言った。
冷笑を唇に浮かべている。まるで子供らしくない表情だ。
自分の名前など、覚えても意味が無いと主張しているかのように。
「俺はカチェイだ」
「……全てが敵だって思って、自分でなにもかもを守れると思ってるような相手の、名前なんて僕は覚えない」
冷たく言い切る。
名乗っただけで、ここまで唐突な拒絶の言葉を聞いたことはない。驚いて、目を見張った隙に、アトゥールは剣を払って鞘に収めた。
「自分自身を守る事だって、難しい事だって言うのに」
続けて呟いて、彼は踵を返し、走り出していった。
声をかけることも出来ずに、ただ見送る。
大気に溶け込んで行くような……髪の流れを見詰めたまま。
走り終えて、大木の前で足を止める。
途端に発作のように痛みが襲ってきて、眉を顰めた。
断続的に続くもの。―― これは多分全てを不幸にするものだ。
気付けば、父が泣いていた。抱き上げられたことがなかったから、一瞬自分がどこにいるのか分からなくて、何度も瞬きをする。
矢継ぎ早な質問に、答えきれずに首を振った。
それが何度か繰り返されて―― 誰もが同じ言葉を言うのだ。
『思い出さなくていい』と。
『もう大丈夫だから』とも。
なにがあったのかは覚えていない。ただ母に殺されかけたことは知らされた。結果、母は塔に幽閉されたという。弟は自ら望んで、母の側にいることを選んだという。
結果―― ティオス公国を離れてエイデガルにいる自分がいた。
息を整えて、顔を上げる。痛みが去ってきたのだ。
「変な奴だった」
ふと、思い出したので呟いてみた。
確かカチェイというのは、アデル公国の公子の一人のはずだ。近々、正式に公太子として立太子するはずだ。名乗るときには、カチェイ・ピリア・アデルと名乗ることになるだろう。
「あそこの公家は、特別だから」
なにかあったのかもしれない。
だからこそ、作り物の気味の悪い人懐こさで、他人に迎合してみせるのだろう。―― 全部偽者で、全てを敵だと思っているくせに。
「気持ち悪い」
嫌なら、敵なら、排除してしまえばいいのだ。
妙に人懐こくしていれば、近づいてくる誰かがいる。そこから人間同士の関係が生まれて、いつどこで恨みを買うか分からないというのに。
守りたいなら、守りたい人物と二人きりで篭りきってしまえばいいのだ。当然、街との交流とて立たねばならないだろう。―― 最終的には飢え死にしていくだけになるかもしれない。
「ああ、でも…」
後継者として定められれば、勝手に死ぬわけには行かないのだった。
「だったら、味方を作るべきなんだ。味方もいないで、守れるわけがない」
一番守りにくいもの。
それは―― 自分自身であることは間違いないのだから。