アティーファ、リーレン、アトゥール、カチェイ





外伝時のイメージで羽月さんがかいて下さった四人。
勉強をしているリーレンと、教えているアトゥールと、様子をみにきたカチェイとアティーファ。
なんだか、こういう凄くほんわかした四人を見ていると、すごく嬉しいのです。
平和だったんだなぁとか思ってみたり。四人の表情が凄く柔らかくて、本当に幸せで。
ありがとうございますっ!!


イメージ短編小説

 両手に持った本を前に伸ばし、手元のノートを見るようにしながら、その実眠気をごまかす為の背伸びをする。
 眠いことを、気づかれなための小さな動き。けれど敏感なアトゥールはリーレンの動作の意味に気づいたらしく、伏せていた睫を上げる。
「そういえば、全然休憩を取っていなかったかな」
 穏やかに言って、左指に持っていたペンを置いた。彼が怒ったわけではないと知っているのに、一瞬リーレンは脅えた表情を走らせる。
「怒っているわけではないのだから、そう焦らなくていいよ。こんな陽気では眠くなるのも当然だし、休憩を取らなかった私が悪い」
「そ、そんなことはないです!」
 勢い込んで否定するリーレンに、珍しく悪戯っぽい視線をアトゥールは向けた。
「私には、己の非を認める権利もないかな?」
「え? いえ、そんな、そんなことはありませんけれど」
 でも、公子のせいではないんです、と口の中で続ける少年の髪を撫でる。
「優しいのは良いことだけれどね。非がないことまで、非があると落ち込んでいては人生疲れるよ。少しは他人のせいにすることも覚えたほうがいい」
「―― でも、そうおっしゃるアトゥール公子は、他人のせいには絶対にしないです」
「………それは…」
 思いがけない反論に、一瞬少女のような風貌の公子は言葉を詰まらせる。
 途端、外から両手を叩く音が聞こえて、二人は振り向いた。
「カチェイか」
「一本取られたな、アトゥール」
「まあね、否定はしないかな」
 微笑みを浮かべた親友を見やりながら、カチェイは部屋に入り、リーレンの額を小突く。
「お前、こいつに遠慮する必要はねぇからな? ちゃんと、疲れたら休みたいっていえよ? 人間そうそう、長い時間同じことはしてられねぇからな」
「は、はい。でも、僕は大丈夫です」
「遠慮されるほうが寂しいって事もあるんだぜ? ま、すぐには出来ないだろうから、覚えとけ」
「すみま…」
「だから」
 唐突に細い指を伸ばして、リーレンの口をアトゥールが押さえる。
「それをやめろ、って言ってるんだよ」
「お前、時々穏やかな顔で他人を脅迫するな」
「同意見のカチェイに、批判する権利はないと思うよ?」
「それもそうだ。よし、リーレン。今日一日、すみません、ごめんなさい、申し訳ありません、は禁句な」
 情けなさそうな目で見つめてくるリーレンに、カチェイは断言する。
「――!? うう〜」
「分かった、っていってるみたいだよね、カチェイ」
「そうだな。俺にはそう聞こえたぜ?」
「うむ〜〜〜!!」
 口を押さえられているので、リーレンがろくに返事も出来ないのをいいことに、勝手に二人は約束事を取り決めていってしまう。
 さらに情けない眼差しになりかけた時、外から軽やかな足音が響いた。
「カチェイ、ちゃんとリーレンの様子見にいってくれているのか?」
 ひょい、と顔を覗かせたのは、エイデガル皇女アティーファ。
「この通り、見に来てるぞ。アティーファ」
「………見に来てるって……二人で、なにをやっているんだ?」
 カチェイが腕を組み、アトゥールはリーレンの口を押さえ、リーレンは悲しそうに一同を見つめている。
 どんなに頭を働かせても、勉強をしているようには見えなかった。
「気にするな、アティーファ。ちょっとしたスキンシップだ」
 飄々と答えるカチェイに、アティーファはかなり怪訝な視線を投げつける。
「まあ、なにもないなら、いいんだけれどな。ずっと勉強したまま部屋から出てこないから、心配していたんだ。リーレン、大丈夫か?」
 アトゥールの手を両手で掴んでリーレンの口から引き離させ、アティーファは尋ねる。ようやく解放されて深呼吸をしながら、リーレンは何度も肯いた。
「大丈夫です。ご心配をかけてしまって、すみま…」
「ペナルティ1な」
「―― うっ」
 カチェイの鋭い指摘にリーレンは言葉を詰まらせ、アティーファは軽やかに笑い出した。
「確かに、リーレンは謝りすぎだから、禁止される日があるほうがいいかもしれない。アトゥール、少し、外にいかないか? 気分転換はしたほうがいい」
「そうだね。それもいいかもしれない」
 答えながら、アトゥールは机の上を軽く整理する。慌てたリーレンに、アティーファは手を伸ばした。
「勿論、リーレンも一緒に。いくだろう?」
「え、は、はい!」
「じゃあ、リーレンと先にいってる。カチェイとアトゥールは、なにかお菓子でも持って来てくれ」
「なに? 俺らに厨房にいけってか?」
 質問するカチェイに、リーレンの手を掴んで走り出したアティーファは振り向いて、悪戯に声を張り上げた。
「二人して、リーレンを困らせた罰! エミナに言うんじゃなくて、二人でちゃんと貰ってくるんだぞ」
「―― やられた」
 呟いて、カチェイはひどく楽しそうに親友を見やった。
 同じように楽しそうな表情で、アトゥールは肩を竦める。
「さて、なんといって貰いにいくかな。また噂になるだろうね。実は甘党が講じて、最近料理を習いはじめただとか」
「俺等が生クリームを溺愛しているとか、な」
「―― 大量は遠慮したいものだけどね」
「確かに。ま、仕方ねぇな。二人の好きそうなもん、街から、買ってくるとしよう」
「そうだね。エミナに頼んではいけないとは言われたが、街で買ってきてはいけないとは、言われてないからね」
 そう言って、部屋を後にした。
 

「ところで、遅いな、カチェイとアトゥールは」
 律義に己の侍女、エミナに頼んでいれてもらった紅茶を口に運びながら、アティーファは首を傾げる。
 ひどく幸せそうに皇女の隣に座っているリーレンも、そうですね、と小さく呟いた。
「まさか、街にまで行ったのかな?」
「……お二人なら、可能性高そうです」
「だな。んー、ならしばらく時間がかかるかもしれないな。まあ、休憩には丁度いいって思おう。リーレン、勉強はどうなんだ? やっぱり、難しいのか?」
「え、ええ。大丈夫です。アトゥール公子が教えて下さるから」
「ふーん。でも、大変なときは大変っていったほうがいいぞ? アトゥールって、なんでも出来る分、なんで出来ないのかが分からない、っていう所があるから」
「ええ、そうですね。頑張ります」
「リーレンの場合は、頑張りすぎだから、もうちょっと気を抜いてもいいと思うんだけどなぁ」
 
 
 結局、二人の公子が戻ってくるまで、青空の下でずっとアティーファとリーレンは、喋り続けていた。