シュフランとロキシィの土産





フリーク堂の茉莉花さんから頂いた画像。
10歳の女の子らしい可愛さと元気さが、凄く大好きです。
背後に書いてくださったのは、ロキシィがシュフランにやる、っていったのならいいな、と考えてくださって書いていただいたとか。
あまりに嬉しかったので、早速小噺に登場させてしまいました(笑)
勝気そうで、可愛くて。本当に嬉しいのです。


イメージ短編小説
「……あら」
 菜の花の色をした、ふんわりとした髪を揺らせて、女が声を上げる。
 左手には果実を持ち、そしてかつて刃物を持っていたらしい右手をゆるやかに揺らせた。
「手が滑ったみたいだわ」
 独り言のようにごちると、佇む彼女から向かって右手の扉を開けた場所に現れた男が、大袈裟にのけぞる。
「……起用に滑るな、おい」
「私は昔から器用でしてよ」
「そういやぁ、そうだったっな」
 今初めて思い出したぜ、と頭を掻く男に向かって、女は無言で右手を伸ばした。
「なんだ、俺と一曲踊りたかったのか」
 ちょっとこの場じゃ楽しくねぇな、と呟く男を女は横目で睨む。
「踊りたいのなら、優雅に踊れるようになってからして下さいね。山賊勝利の舞なんて、付き合いませんわ」
「失礼だな。俺は山賊じゃないぞ」
「では海賊。今度バンダナでも縫って差し上げます」
「お、それはいいな。ロキシィ海賊風。今年のミレナの流行決定ってところだな」
「あなたの真似なんて」
 一旦言葉を切る。そして大股で男の目の前まで進み、扉に突き立った包丁をおもむろに引き抜いた。
「誰もいたしませんわ」
 そして完璧に貴婦人の笑みを浮かべ、
「おかえりなさい、あなた」
 手を伸ばして、夫の頬に妻は触れた。



「ロキシィ父様っっ!!」
 当たり前のような顔をして、ちゃっかりと椅子に座って夕飯を食べている父親を、勢いよく娘は指差した。
「一体どこから沸いて出たの!?」
「今日は、私が調理しているときに現れたわ、シュフラン」
 指を差すのは行儀が悪いからやめなさいね、と付け加えながら料理をテーブルに運ぶ母親の元に、娘は駆け寄る。
「折角トラップしかけておいたのにっ!」
 当たり前のように渡された皿をテーブルに並べながら、シュフランは料理が並び終えるのも待たずに、片端から料理を平らげて行く父親を、睨み付けた。
「なんだ、あれはシュフランがやったのか? 結構腕をあげたが、まだまだだな。あれじゃあ、グラディールは釣れても、お前が見とれてるガキどもは捕まれんぞ」
「ガキって言わないのっ! 失礼よ、ロキシィ父様!」
「俺は公王。あいつらは公子。ガキだ、ガキ」
 はははは、といかにも作った笑みを浮かべる夫の胸元に、手早くネレイル婦人はナプキンを掛ける。
「……俺は子供か? ネレイル」
「あら、私はシュフランしか生んだ覚えはなくてよ。貴方、私の子供でした?」
 知りませんでしたわ、と笑みを浮かべる婦人をじろりと睨むが、すぐにロキシィは笑い出した。
「たしかに、俺もネレイルから生まれた覚えはねぇな。口説くのが大変だった記憶が有るが」
「そうですわね。毎日通って下さいましたものね」
「ロキシィ父様が!? そんなマメなこと、出来たの!? しかも…一個所にそんなに長いこと留まっていること、出来たなんてっ!」
 大袈裟に驚く一人娘シュフランを、膝の上にあげてロキシィは指を揺る。
「シュフラン、こいつとなら一生だ、と思う相手を口説くなら、俺は労力は惜しまないぜ。惜しんだら、勿体ないだろう」
「確かに、ネレイル母様は、ロキシィ父様には勿体ないわ」
「そうかそうか。俺達ほど釣り合いの取れた夫婦はいないか」
「釣り合いは取れてると思うけど。で、ロキシィ父様、今日はなんのご用で戻っていらしたの?」
「いや、どうしてもネレイルの作ったメシが食いたくなってな。居ても立ってもいられなくなったんだ」
 世界各国渡り歩くが、やっぱ嫁さんの手料理が一番さ、と父親にのろけられて、シュフランは眼を細める。
「だったら、いつも家にいればいいのよっ!」
「そりゃあ無理な質問だ。さて、そろそろいくかな」
「いく!? 行くって、本当にご飯食べに来ただけなの!?」
「だから、そうだって言ったろ」
 いけしゃあしゃあと答えながら、まがりなりにも公家の宝である魔弓天雷を大雑把に担ぎ上げて、歩いて行こうとする。 
 慌てて大きな父親にタックルをかけて、シュフランは眉をしかめた。
「せめて一週間くらい、いればいいじゃない!!」
「うーむ、可愛い一人娘の頼みはきいてやりたいところだが」
「きいてよ!」
「今日中に出ないと、東で一年に一度だけ咲く花が見れないんだ」
「―― はあ!?」
「その為の旅だったからな。ま、我慢してくれ、シュフラン。三ヶ月後には戻る。あ、ネレイル、今日のメシはうまかった。またよろしくな」
 颯爽と手をあげて、呆気に取られた娘を軽々と抱き上げて妻に渡し、器用に別れの口付けまでして、ロキシィは去って行く。
 シュフランが慌てて窓辺に走ったときには、その特徴的な金髪が僅かに見えるのみだった。
「に、逃げ足が速いっ!!」
「また磨きをかけたみたいね、あの人」
 あらあら、と言うにとどめた後、母親のネレイルはふと視線を床におろした。
「シュフラン、あれなんだと思う?」
「え? なあに、ネレイル母様」
 言われて振り向けば、シュフラン一人は入ることも可能に思える大きさの袋が、ぽつんと置かれている。しかも……激しく中で何かが、動いているのだ。
「まさかっ!! これ、お土産!?」
 慌てて走りよって、シュフランは袋の側に置かれている手紙を引ったくるようにして、持ち上げた。
 ―― ま、面倒みてやってくれや。
 一言。どこをどう読んでみても、その一言しか書いていない。
「またっ! もう! どうして、いらないっていうのに、土産持ってくるのよ!! ロキシィ父様はっ!」
「気に入って買ったのはいいけど、持ち歩くのは面倒だからでしょ」
 愛ゆえよ、などとは言わない母親に強く同意して、シュフランはおそるおそる袋に手を伸ばした。
 奇妙なものを送ってくることが多い父親だ。
 今回は動いているから、生首ではないだろうが。動く生首だったら、二度と生きてミレナ公国に帰ってこれないようにせねばならないと、強くシュフランは思う。
「――― きゅ?」
 意を決して開けた袋から、きょとりとした眼が覗いた。
 薄く青みがかった色をした動物……いや、動物?
「なに……これ?」
「あら、みたことないわ、こんな動物。かわってるわね、この子」
「変わりすぎよ…なにかこう、生態系を無視してない?」
「大きなトカゲ、でもないでしょうしね。ねえ、シュフラン。なに食べるかしら?」
「はっ! どうしよう、ネレイル母様! 昆虫だったら!!」
「…最悪だわ……」
「きゅ、きゅ、きゅうう〜?」
 見つめてくる女二人を交互にみやって、巨大トカゲを愛らしくしたような生き物は、満足そうに彼女たちに擦り寄った。
「お、女好きよ、ネレイル母様っ!」
「確か、アティーファ皇女殿下にお土産、って持って帰った山猫も女好きだったわね」
「類は友を呼ぶだわ!! もう! ロキシィ父様の、馬鹿っ!」
「きゅーーう?」
「…………か…可愛い…」
 がっくりと肩を落として、観念したようにシュフランは生き物を抱き上げる。
「お願いだから、普通のものを食べてね。出来るなら、草食希望よ」
「きゅっきゅー!」
 結局、色々と装身具を貰って、常にシュフランの後を付いて回るようになったのは、後日のこと。ついでにいうなら、仕返しのように、父親の名前を付けているという噂もあるが、定かではない。