カチェイとアトゥール





育海さんから頂いたカチェイとアトゥール
剣を手にしている二人が本当に勇ましくて(><)
それでも綺麗さを失っていないアトゥールがすごーく嬉しかったです(><) カチェイは本当に強そうだし。
この二人を敵に回したくは無いな、なんて。素敵な二人をありがとうです〜〜〜。


イメージ短編小説
「御前試合だって?」
 とんでもない言葉を聞いたと顔を上げて、アトゥールは随分ときらきらした眼差しと目があった。
「なんだか楽しそうだな」
「ええ、勿論です。こんな機会、滅多に有りませんから」
 好奇心に満ちた眼差しのまま断言されて、アトゥールは嫌そうに息を付く。
 ティオス公子アトゥールは、本来エイデガルではなくティオス公国で生活せねばならない義務を持つ。だが、周囲の特異な環境が考慮され、特例としてエイデガル皇都で生活して何年にもなっていた。
 当然、公太子が皇都に留まるなら、自分達も側に置いてくれと雁首揃えて皇王に直訴した騎士団員達が、許され皇都に住み始めてからも何年も経過してしている。
 特例中の特例である、ティオス公家の風鳥騎士団。
 不機嫌な表情をするアトゥールの前で、期待に溢れた眼差しをしているのは、もう一つの特例、アデル公国の金狼騎士団員の一人だ。
「光栄なことだけれど、私は辞退する」
 断言して、アトゥールは先ほどまでしていたように本に視線を落とした。睫が影を落とす雅な風情を前に、騎士団員は大袈裟に息を付く。
「またですか?」
「また、ってどういう意味か分からないね」
 身分の差というものがなければ、恐らくアトゥールが持つ本を奪い取って力説している所だっただろう。だが、如何に使えるべき公子ではないとはいえ、目の前の人物も五公国公族の一人。そうそう、無礼な態度は取れない。
「我々は、随分と自慢を聞かされているのです」
 大きく何度も息を付いた後、団員は静かに告げた。
 アトゥールは僅かに視線をあげて、それで?と無言で促す。
「アトゥール公子は、中々人前で剣を振るって下さいません。我が主君、カチェイ公子に匹敵する唯一のお方、という噂だけが流れております」
「勝手に噂だけにしないでくれるかな」
 静かに言って、ようやく本を閉じ顔を上げる。
 少女のような容貌はあどけないのだが、眼差しが笑っていない。慌てて取り繕って、騎士団員は手を振り訂正した。カチェイに仕える金狼騎士団員は、アトゥールが意外と負けず嫌いであることを知っている。―― 怒らせるのはまずい。
「ええ、噂ではなくって、事実だけを知らされていて」
 実際、事実なのだ。
 なにせ皇王フォイスが明言したほどであるのだから、噂だけであるはずがない。
「けれど、我々は見たことがありませんので。風鳥騎士団員たちが、自慢するのです。いかに剣捌きが美しいか、などを…その、事細かに」
「……剣を振るう様が美しいっていうの、誉め言葉だろうか…」
 大きく溜息を吐いた金狼騎士団員に、どこかズレた返事をして、アトゥールは息を付いた。
 各騎士団員は、主君である人物に絶対の忠誠と敬愛の念を抱くことが多い。おかげで、お国自慢ならぬ主君自慢で喧嘩になることもあるのだから、情けないやら可愛いやらで、複雑な心境だった。
「―― なにを自慢しているのやら…」
 ぽつりと、熱烈に自慢しそうな配下の騎士団員の顔を脳裏に並べて、アトゥールは呟く。
「ですから! 我々も是非、拝見したいのですっ!」
「それで、御前試合に出ろっていう言葉になるわけだ」
「ええ! その通りです!」
「御免被るよ」
「な、何故ですか!?」
「意味なく剣を使うのは好きじゃないし。御前試合っていうのは、もっと好きじゃない」
 呟いて、目を細める。
 ティオス公子が負けず嫌いであることを、金狼騎士団は僅かに知っている。けれど、どの程度のものであるかまでは流石に知らないのだ。
 負けず嫌いではなければ生きてこられなかっただけあって、アトゥールの場合は真実”敗北”を嫌う。その為、他人を無闇に敗北に追い込むのも嫌うのだ。
 ―― 特に御前試合などのように、周知の中勝敗を付けることは厭うのだ。
 負けが受け入れられないのだから、つくづく自分自身というのは弱いのかもしれないとアトゥールも自覚はしているが、こればかりは性格に関わるのでどうしようもない。
「なに、お前はそこで落ち込んでいるんだ?」
 唐突に晴れやかな声が響いて、打たれたように騎士団員は顔を上げた。
「カチェイ公子!」
「よお、今日も元気そうだな。で、何をアトゥールにせがんでんだ?」
「私に御前試合に出て欲しいそうだよ」
「そりゃあまた、望みの薄いことをねだるな、お前」
 呆れたように配下の騎士団員に声を掛ける。やはり望みは薄いですか、と肩を落とすのを見て、カチェイは考えるような眼差しをした。
「時にアトゥール、相談なんだけどな」
「いくらカチェイの相談でも、御前試合にでる、っていうのは願い下げだね」
「……おまえ、そんな実も蓋もない」
 大仰に言いながら、カチェイはおもむろに背負う大剣の束に手をかけた。
 はっと眼差しに鋭さを加えて、アトゥールは振り向く。
「一体、どういう意味なのか分からないな」
 短く言って、一歩下がった。カチェイは表情を変えぬまま、別にと答える。
 突然の展開に驚いた騎士団員の目の前で、親友である二人の公子は静かに睨み合った。
「御前試合に出ろ、て言われて断って。カチェイに剣を向けられる謂れはないね」
「ま、俺の可愛い騎士団員の他愛ない望みだしな」
「優しいのはいいことだと思うけれど」
「どうせ暇だろ?」
 ニヤリと笑ったカチェイに、アトゥールはふと近衛兵団が練兵の為に皇城を離れていることを思い出す。世界でも五本の指に入るほどの剣豪であるカチェイにとって、普段互角な手合わせをする相手を確保するのは大変に難しい。
 唯一気軽に応じていた相手が、現在不在の近衛兵団長、キッシュ・シューシャなのだ。―― ようするに今、カチェイは手合わせの相手がいなくて不満たらたらな状態なのだろう。
「だったらカチェイが御前試合に出ればいい。相手は、どっかの王の自慢の武将だっていうからね」
「ああ、ダメだ、あんなん」
「なんで知ってる?」
 ちらりと視線を向けてくる親友に、カチェイはしみじみと肯く。
「なにせ、俺が投げた石ごとき避けれなかったからな」
「……投げるなよ…」
「そうとも言うな。だから、相手にする必要もなしだ。あんなの、ダルチェで楽勝だ」
「……まったく…仕方ないか」
 心底仕方なさそうに息を付きながらも、先程とは異なり眼差しに強い光がある。剣よりは本を読んでいるのを好むアトゥールだが、彼とて最強の一人に数えられるほどの剣豪なのだ。後々面倒になる懸念のない相手とならば、剣を交えるのも嫌いではない。
「そう来ないとな。そうそう」
 成り行きに驚いている金狼騎士団員にカチェイは視線をやる。
「お前の手柄だからな。お前だけ、じっくり見とけよ。確かに早いぜ、あいつの剣は」
 そう言って、軽やかに抜刀して踏み込んだ。
 アトゥールも即座に剣を抜き去る。


 後日、当然ながら自慢に走る団員の姿が―― エイデガル皇城下で見られた。