それでも戦闘は始まる

 陽射しがゆうるりと大地を照らしはじめていた。
 遥かなる黎明は眠りを貪る人々の精神にそっと囁きをもたらし、砂上をかける風達も、それを促す。
 静けさとざわめき。両者が交わる安らかな時刻。
「うっわぁぁぁぁ!!」
 だが。突如として響き渡った絶叫に、ゆるやかな朝のひとときは葬り去られた。


「なんだっ、敵襲か!?」
「な、な、な、なにっ?」
「――何事です? この声は」
「もしかして?」
「若ぁぁぁぁ!!!」
 絶叫が静かなユグドラシル艦内を駆け抜けた。それに呼応して次々と声が上がる。無論互いが互いの声を聞き取ったのではなく、返事をしたわけでもないが、フェイ、ビリー、シタン、マルー、そしてシグルドの順番で見事なリレー会話が成り立ち、続けて全員が外に飛び出す為に取った手荒い準備の音が響く。
 数分も経たずに、シグルド、ビリーの両名は完全な用意を整え出て来た。だが、他のメンバーは惨憺たるありさまだ。フェイは髪を結べずにワンレン状態で視界が利かず壁にぶつかり、シタンは腰に結ぶ紐を間違えて蝶々結びにし、マルーは殆ど寝間着のままで若い娘の素足を晒している。無論その中には、巧妙なリレー会話には参加し損なった残りのメンバーも含まれていた。
 押し合い圧し合い状態でユグドラシルの至る場所から集まってきた彼等は、ブリッジ近くの艦長室――ようするにバルトロメイ=ファティマの私室前に、絶叫からおよそ五分後に集結しおわった。
「若、若! どうされたんです! 若!」 
 口火をきって、シグルドが扉を叩き始める。
 どん、どん、と規則正しいリズムを刻むノック音に、常ならばすぐに「うっせーな」と悪態を付きながら出てくるだろう若い主君の姿は、待てど暮らせど現われない。
「若、どうしたの! ねぇ、あけてよ、若!」
 シグルドを押しのけるようにマルーも扉前に出てきて、ノックのかわりに声を上げた。
 けれど、扉が開く気配は全くない。
「おかしいですね。若くん、まさか…」
「なに? 先生」
 ドアの前はシグルドとマルーが占領しているので、少々離れた場所で手櫛で必死に髪をまとめようと苦戦していたフェイは、腰紐の蝶々結びに気付いていないシタンの声に小首を傾げる。
「いや、若くんは律義な性格をしていますからねぇ。わざと悲鳴を上げて全員を驚かせようと思ったとは考え難いですし。それにシグルドとマルーさんの必死の声を無視できる性格ではないでしょう?」
「うん。まあ、そうだね。バルトって結構良い奴だもんな。バルトと良く喧嘩してるみたいだけど、ビリーだってそう思うだろ?」
 いきなり邪気もなくフェイに会話を振られてぎょっと振り向いたビリーは、返答に窮したように少女のように整った眉をしかめた。
「悪い奴とは思ってないよ。僕だって。確かにバルトがシグルド兄ちゃんとマルーさんを無視できるとは思わないし。なんだったら」
 ちゃき、とそこで彼は愛用の銃を取り出す。
「取り敢えず鍵、壊します?」
 にっこりと、微笑みまで浮かべてのこの台詞に、一同は期せずして同時に理解した。――こいつは確かに、ジェサイアの息子なんだな、と。
「それはともかく」
 一つ咳払いをして、シグルドは眉をひそめた。
 あくまで冷静に見える彼であったが、心理の水面下では様々な想像が細波のように押し寄せていた。普段と変らず元気そうであった若い主君が、昨晩の間に病にでも侵されたのではないかとか、外から突如攻撃があって部屋の壁を破壊されたのではないか、とか。その種類は想像力に敬意を評したくなるほど多種多様に渡っている。
「とにかく、このまま扉の前で雁首揃えていても埒があきませんからね。提案通り、ビリー君の銃でも、私の剣でも、フェイの超武技でも、マリアさんのゼプツェンでも、扉をこじ開けてしまう案に賛成しますよ。私も」
 ビリーの銃以外、誰も提案していない…。
 一同、心で突っ込みをいれながらにこにこ笑うシタンを見やったが、彼の意見に一利あるのも事実だった。もし中で異変が起きているとすれば、助けに入るのは早ければ早い方がいい。
 そう決意し、シグルドはビリーに視線をやった。
「すまないがビリー、鍵の部分だけを壊してくれないか?」
 大好きなお兄ちゃんのシグルドの言葉をビリーが拒否するわけがなく、華奢な手に愛用の銃を構えて、一寸も違わず鍵の部分だけを打ち抜く。
 すぐさま中に飛び込んで、シグルドは見た。。

 バルトの姿はなかった。
 けれど異変もなかった。
 持ち物を増やすのを好まない部屋主の性格ゆえか、シンプルな部屋には異常はないし、人が争ったような痕跡も、殺人事件現場のような血痕もない。
「若?」
 絶叫が聞こえた以上、手がかりとなる異変が残されているほうがましだった。絶叫は別の場所からであったのかと悩むシグルドの横をひょいと避けて、マルーは部屋の中に入る。
「………?」
 入り口からは死角になる寝台の反対側に、元は人の眠りを優しく包み込んでいた鮮やかな藍色の掛け布団がずり落ちてた。だが床に広がったそれの一部分が奇妙な形に盛り上がっている。
 しかもそもそと蠢いていた。
「??」
 ぱちくりと大きな目をまばたかせ、後ろでシタンと相談しあうシグルドを傍目に、マルーはそおっと布団を剥ぎ。
「……う、うっそおおおおおお!!!」
 本日朝の静寂を打ち破った絶叫に優るとも劣らない凄絶な悲鳴を、今度はマルーが上げた。


 全員で視線を一箇所に集め、同時に溜息をつく。
 ガンルームのテーブルの上で、溜息をつきながら見下ろしてくる人々を不満そうに見上げて、彼は小さな足をぷらぷらさせて遊んでいた。
 ミニだ。
 しかもかなり小さい。比較論を用いれば、チュチュが長身に見える。
「これって……なんと評すればいいんでしょうね?」
 全員が溜息だけをつく中、バルトを見つめたまま、マリアが訪ねる。無論、それはメンバーの知恵袋シタンに向けられていた。自然、視線がシタンに集まる。
 困った時の神頼み、ならぬシタン頼みだ。
 頼られた青年は、指で顎を押さえながら悩んでいた。
「判断にとても難しい事態ですね。一体全体、これはどういう事なのでしょう? 若くん、本当に心当たりはないんですか?」
 マルーが発見した当時、布団から出られなくなってもがき暴れる羽目になったのは、体が小さくなってしまったためだ。早いところ元に戻りたいバルトは、真剣な表情で小首を傾げて思案する。
 が、可愛い。あまりに可愛らしすぎる。
 普段のサイズの彼がやったなら、別に可愛くはない。どちらかといえば凛々しく見えたろう。が、今の彼はいかんせん小さく、ついでに声まで高い。
 可愛いものを見て喜ぶのは、女の子の性質だ。エリィとマリアはバルトに手を伸ばしかけて理性を取り戻し、自身の手を叩いている。
 そんな周囲の葛藤など知らず、バルトは散々考えた後に首を振った。
「わっかんねぇなあ。朝、なんかひどく嫌な感じがして、目が覚めたんだ。そしたら突然すごい激痛が走って、気付いた時にはこうだった」
「激痛ですか。若?」
「ああ。ま、怪我はしてねえみたいだけど」
 激痛という言葉に反応して口を挿んできたシグルドを見上げ、別に大丈夫だとバルトが手を振りながら言う。
「そうか! わかりましたよ、若くん!」
 いきなりここでシタンが手をぽんと叩いた。
「さっすが先生! で、なに?」
「ええ。これはですねえ、若くん。子供返りではないのですよ。かといって、縮小したのでもない。ようするにですね!」
 興奮覚めやらぬ様子でシタンはバルトを立たせ、
「これを見てください! さあ、若くん、歩いて!」
 いきなり彼はバルトをせかす。
 解決方法を期待したバルトは一瞬「は?」という表情になったが、そこは言われた通りにしようと思い、
 一歩。二歩。三……三――ごけっ。派手な音だ。
「わ、若! 大丈夫ですか!」
「これで立証できました。皆さんも見ましたね?」
 慌てて叫んだシグルドを捨て置き、シタンはしてやったりと顎を撫でながら嬉しそうに何度も肯いた。
 見守る人々はただただ呆気に取られている。
 それでも誰もシタンの頭を疑わないのだから、彼の人徳とでも言うべきか、盲信の恐ろしさと言うべきか。
「これは三頭身化。いや、二頭身化と言うべきですね! 証拠にほら、頭から転んだでしょう! 頭が大きいからバランスが取れないのです! 子供になったのではなく、そのままの縮小率で小さくなったのでもない。ようするにSD化ですね!」
 沈黙。
「……で? それがなんだヒュウガ?」
「え? だから、「どう評するか」って言ったでしょう? だから二頭身化だと。いけませんでした?」
「そうか。ヒュウガ。お前、そんなに一度あの世を見てきたかったのか。喜んで引き受けてやるぞ」
 危険な殺気を瞳にたたえて、シグルドが鞭を手にする。シタンは己の危機を察知した。
 シタンも強いが、今のシグルドの怒りが攻撃力にプラスされれば、真実「極楽浄土への片道切符」を渡され、守護天使どころか天使そのものになってしまうかもしれない。
 ぴーんと場を支配する緊張感。
 まさにシタン絶体絶命――と、思いきや。
「せんせー。これって、治るの?」
 あっけらかんと明るい口調で、フェイが唐突に頭を押さえて泣きそうになっているバルトの両脇に手をいれて、ひょいと持ち上げた。
 フェイの膝頭までしか大きさがなくなってしまったバルトにしてみれば、フェイの顔の位置というのはかなり高い。足をじたばたさせている。
「ふぇーいーーー!  降ろせぇ!!」
 シグルドは慌てて鞭をしまい、フェイから若き主君を取り戻し、テーブルに座らせた。すぐ横からマルーが飛び出てきて、今後の事態に備える。
 中々良いコンビネーションだ。
「ヒュウガ! お前一体フェイ君にどういう教育をしたんだ!」
「優しく、人に思いやりの有る子に、ですよ。いやあ、本当、フェイはいい子ですねぇ」
 しみじみと言うシタンに、シグルドは再び血管が何本か切れた気がしたが、そこはじっと堪らえる。
 悔しかろうが、むかつこうが、残念なことにこうも珍妙な事件の対処方法を考えられるのは、シタンしかいないのも事実だ。
「とにかく、若を治す方法を考えて。――おや?」
 はっと、全ての瞳に緊張が走った。
「この音。まさか敵襲か!?」
 ユグドラシルの巨艦を揺るがす衝撃に、一同は戦闘態勢に入る。
「とにかく全員散れ!」
 この時。戦闘メンバーを変更して下さい、という画面が出ていた事には誰も、気付いていなかった。


 で、ギアドックである。
「ソラリスの敵襲! 数が多くないか!?」
「こんな楽しい時に! まったく!」
 ビリーの鋭い声に、フェイがとんでもない言葉を返す。楽しいという言葉をばっちり聞いてしまった良識派のマリアは、意図的にその台詞を忘却の彼方に葬り去って理性を保った。
「ビリーさん、出撃でしょう? 気を付けて」
「ああ、うん。ありがとう。でも」
「でも?」
「おかしいな。僕が入るんじゃないみたいだ」
「? じゃあ、エリィさん?」
 マリアが振り向いて尋ねると、ヴィエルジェから離れた場所にいたエリィがきょとんと首を振る。
「いいえ。お呼びかかってないわ」
「僕でもマリアでもエリィでもない。シタン先生はもう出てるし。じゃあ、リコ?」
「――違う」
 首を振ってリコは静かに否定した。
「え? じゃあ、チュチュなの?」
「違うでしゅ。でかでか命令きてないでしゅ」
 ちく。たく。ちく。たく。ちく。たく。
 ――数秒経過。
「えええ! っていうことはまさか!」
 ばっとビリーがマリアの顔を見やって叫ぶ。
「そんな! だって遠隔操作はゼプツェンしか!」
 驚愕の視線に驚愕の視線で受け答え、マリアも叫ぶ。
「ば、ば、バルトぉ――――!?」
 ぎょっと全員が振り向く視界の先で、バルトは小さな体で大きなギアを睨んでいた。
 せーの、と掛け声を出し、ギアとデッキの間に広がる隙間を(彼に取っては天文学レベルに大きな隙間だが)ジャンプで飛び越えようと助走しかけて、バランスを崩し、こけっ、と転ぶ。
「戦闘メンバーの変更、忘れてたんだ」
 呆然と呟いたビリーの前で、バルトは両手をついて立ち上がった。再度E・アンドヴァリを睨み付ける。
 が。ごけっ!
 今度は思いっきり後頭部を殴打した。
「――あつぅ!」
 目から火花が出るほどに痛かったらしく、普段の彼なら信じられない事に、涙目になって頭を抱え込む。
 コックピットまでの道のりは、遥か遠く、高かった。
「なぁんで、こんなに、遠いんだよぉぉ」
 ぜえぜえと息を切らしながらも、尚もバルトは立ち上がる。眉をつりあげ、むーと唇を噛み締めて、E・アンドヴァリへの道を模索する。
「か、か、可愛い…」
 真剣なバルトの行動は、第三者からみればそのビリーの一言に凝縮されてしまっていた。
 だが。
「若ぁああああ!」
 いきなりの絶叫。
 操舵室に行ったはずのシグルドがドッグに飛び込んできたのだ。
「大丈夫です、この私が!」
 涙目おまま振り向いたバルトを、シグルドが抱っこしようとする。刹那。
「メテオストライクーーーーーーーっ!」
 唐突に、エーテル攻撃が展開された。
 閃光が煌き渡り、ギアドックを華麗に彩る。 
 器用にバルトのみ外された攻撃を、振り向きざま愛用の鞭で切り裂き、シグルドは眼差しを強めつつ一歩退いた。
「何奴!?」
「残念だけど、シグルド! その役、ボクが貰った!」
 オレンジ色の可愛い帽子に、海よりも尚深い鮮やかな碧玉色のリボン。颯爽と構えられたロッド。
 説明など不要だろう。従兄に似た好戦的な光を双眸に灯したマルグレーテ=ファティマ嬢だ。
「マルー様かっ! そのような危険な目に貴方を合わせるわけには参りません! 」
 叫んで、シグルドは鞭を横に一閃し、
「違う! 敵襲時のユグドラの操縦を、へっぽこクルーに任せちゃうほうがよっぽど危険なんだ! 若からユグドラを任されているシグルドが、それを放棄しちゃいけないんだよ!」
 健気な台詞を返しつつも、閃光のような鋭い鞭を跳躍して避け、マルーも集中する。
 両者まさに互角である。
「とにかくマルー様はおさがりを!」
(邪魔をしないでもらおう!!)
「シグルドこそ、気を使わないでよ!」
(そんなに若、若ってべったりだから、変な誤解を生むんだよ!)
「マルー様!」
「シグルド!!」
(誰が若を抱っこする権利を渡すかーー!!)
 心中の罵声は見事にはもっていた。
 じりじりと互いを牽制しあい、双方間合いを計る。
 永遠とも思える緊張感の後、マルーが先に動いた。
「それにE・アンドヴァリは精神同調によって動く機体なんだよ! シグルドのその腹だしルックじゃ、肌と肌がふれあっちゃって、若が気持ち悪い思いするじゃないか!」
「それをいうなら、マルー様の胸部を覆うプレート。それに頭が当たり若が怪我をしたらどうするのだ」
「ふっ。甘いね、シグルド。これを外してしまえば」
 珍しく艶麗な笑みを唇に浮かべ、マルーは胸部を覆うプレートを外し、若い娘らしいほっそりとしながらも、優美に描かれた曲線が露にして、ロッドを構えてシグルドの懐に飛び込む。
「頭がおっきくなった若が後ろに倒れても、ボクがちゃーーーんと、胸で支えて上げられるよ! 君のように筋肉で引き締まった身体じゃ、痛いじゃないか!」
 あられもない言葉でシグルドの意表をつき、まんまと彼の胸元に飛び込んだ彼女は、そのまま溜め続けたエーテルをロッドと共に解き放つ。
「そこだーー!」
 だが。この攻撃を避けるためにバルトから離れた位置に飛び退ったシグルド以上に、ショックを受けていたのは。
 バルトロメイ=ファティマ。その人だった。
「……ま、ま、マルーの……む……む…」
 真っ赤になりながらそこまで言って、ふらぁ、と倒れかける。その後ろは、ギアとドックを隔てる隙間…ようするにドック下層部まで続く暗黒の淵だ。
「しまった!」「若ぁ!?」
 戦闘に意識の大半を裂きつつも、バルトの危機には仲良く反応する。が、シグルドは後方に下がった為に余りに遠すぎた。マルーは遠距離までとどく得物を持っていない。
 ―― どうしたら!
 最悪の想像を必死に蹴飛ばした瞬間、ある考えが電撃のように脳裏を走る。同時に彼は走った。
「え? きゃあああああ!」
 ひゅっ、と鞭が空をしなう。それがシグルドと同じく駆け出そうとしたマルーの足に絡んだ。
 足に絡み付いたものはシグルドの鞭。それが超人的な力を顕現し、奈落の底へと今にも落ちようとするバルトの元にふっとばしたのだと!
「うそおおお!」
 信じられぬ現実に悲鳴を発しながら、マルーは手を伸ばし、目をくるくる回しているバルトをキャッチした。瞬間ビンッ――という衝撃が走り、マルーとバルトの身体が宙づりの状態で落下がとまる。
「良かったああああ。若になにかあったら、ボク、ボク!」
 空を飛ばされた事と、バルトを失うという二つの恐怖に子供返りでもしたのか、しっかと胸に小さな従兄を抱きしめて、彼女は子供のように泣きじゃくった。
 その泣き声に気付いて一瞬バルトは目を覚まし、
 眼前一杯に広がった光景と、皮膚感覚が捕えた、柔らかなくせに弾力があって、その上心地よく暖かな感触に。
「……げ!」
 と、奇妙な声をあげて、倒れた。
「ああああ! 若!?」 
 動揺するマルーに、頭を抱えたのは二人もの人間を鞭で支えてみせたシグルドである。
 ――やはりE・アンドヴァリに一緒に乗るのは私だ。
 ついでに自己を正当化するのも忘れない。
 だが。ここでふいに視界を何かがよぎった。
 かつ、かつ、という規則正しい靴音。ぴしっと伸ばされた背筋。いかにも紳士、という雰囲気。
「若。フェイ様やシタン様をあまり待たせてはなりませんぞ。わたくし、及ばずながら、ネジリ、ハチマキで若にご尽力致します! 」
 未だ動揺して泣きじゃくるマルー。鞭を手に戻しきれずに動けないシグルド。その両名を傍目に、
 ちゃっかりと彼…ローレンス=メイソン卿は、気を失ったバルトを抱っこして、颯爽とギアに乗り込む。
「あーーうーーー。爺?」
「さあ。若。いざ、いざいざ、出陣―――!」
 漁夫の利。そう。これぞまさしく漁夫の利だ。
「あーーーー!」
「メイソン卿!?」
(ずるいーーー!)
 出撃したギアを見送る二人の叫びも、後の祭りだった。


「で、結局、シタンせんせー。これって直らないのかなあ?」 
 と、フェイが言ったのはあれから三日後のこと。
「そうですねえ。難しい問題だと思いますよ。あれから懸命に考えたのですが、おそらくこれはですね」
「うん?」
「カレルレンの仕業です」
 人差し指を、ね、という形にシタンは振る。
 フェイはきょとんと目を開き、丁度近くに座っていたビリーは胡散臭そうに眉をひそめた。
「ええ。これはきっと、ソラリスの新兵器ですよ。ナノテクノロジーによって、人を拡大縮小してしまう。恐ろしい武器です。味方は拡大し、敵は縮小。兵力の差、ばっちりになりますからね!」 
 しみじみ恐ろしそうにシタンは首を振った。
 通りかかって会話を聞いたエリィは、ふと想像した。
 巨大化したトロネとセラフィータが漫才をしている所を。縮小したシグルドとシタンが、ジェサイアともども噂の「腹ダンス」を踊っている所を。
「ぷぷ!」
 思わず噴き出したエリィに、罪はない。
「そっかあ。カレルレンかあ。だったら直させるの、結構大変だよなあ。面白い事は面白いけど、今後もあれ、続くんだ」
「あれ? あれとはなんです? フェイ?」
「だから。あれだよ、先生」
 そっとフェイが指差した先で。
『次の戦闘で若を膝に抱っこする権利争奪大会!』
 とかかれた幔幕の下で、本日もユグドラシルメンバーが、必死の形相だからこそ滑稽で壮絶な、じゃんけん大会を展開していたのである。
 その時ぶーたれて座りこんでいるバルトが、何を考えていたのか、知る由はなかった…。
「戻」