幸せはいつもひそやかで

「つまんない、つまんない、つまんないーーー!」
 頬っぺたというものは、そこまで膨れ上がるものだったのかと、妙な感心をするシタン・ウズキの目の前で、エメラダは両手を振り上げて暴れていた。
 あわただしいユグドラシル艦内だ。
 ただ艦は稼動していない。普段は砂に海に空にと、大忙しであったが、今は動力が落とされているのだ。
 故障したわけではない。
 長期戦のために蓄積した疲労は、戦闘員およびサポート要員全てにかなりのものになっていると判断し、街にしばらく逗留することが決まったのだ。
 久方ぶりの休息に沸き立つユグドラシル内で、むくれているのはエメラダぐらいだ。
「だからですね、エメラダ。フェイだって年頃の少年ですし、エリィのように可愛い彼が出来れば、たまには一緒に外出したいと考えるものなんですよ?」
「キムキムキム! フェイのキム!」
「エリィとフェイが先に二人で街に行ってしまったのが不満なのは分かりますけれど。偶には二人きりにしてあげないと、可哀相というものです」
 キムキムとしか言っていないエメラダの主張が何故わかるのかは謎だが、確かに彼の言葉は核心をついたらしい。むくれて、座り込んで小さくなっていたエメラダ肩をふるわせる。
「エメラダ?」
 少女の哀しげな仕種に、シタンが不思議に思ったのも束の間だった。いきなり立ち上がり、両肩を怒らせてエメラダはシタンを睨むと、
「シタンのばかーー!」
 と叫んで、駈け去っていく。
「誰でしょうねえ、エメラダにあんな言葉を教えたのは」
 少々見当違いの言葉を呟いて、シタンは腕を組んだ。



 不安、という感情がどういうものであるのか、エメラダは分からない。だから不安である自覚はないが、フェイが側にいないことは彼女の精神をひどく不安定にさせた。
 空虚とでもいうのだろうか。一人になると、カレルレンによって調べられた時間を思い出す。自分が「物」であるという事実の再確認が、心の中で行われるのだ。
 子供じみた言動と容姿に誤魔化され、人々は気付いていないが、エメラダはエメラダなりに、様々な思いに胸をいっぱいにさせている。それを忘れていられるのが、フェイの側だった。
 フェイはキムではないと否定するけれど、大切なキムと彼は同じだ。エメラダにはそれが分かる。なのに、フェイはいない。綺麗なエリィと一緒に、街に遊びに行ってしまった。
 ふと、エメラダは不審な人影に気づいた。
 不必要に周囲を覗い、こっそりとユグドラシルから外に出て行こうとしている人物がいる。陽光を封じ込めたような金色の髪、雄大な海と同じ色の瞳を持つ人物、バルトロメイ=ファティマだ。
「………? なに?」
 興味を覚えて、彼女は気配を消してバルトに近づく。
 隻眼で、視界のきかない死角を狙って動いた為か、バルトは近づくエメラダに全く気付いていなかった。
 いつになく、緊張しているような様子?
 理解して、エメラダは思い切りバルトに突撃をかけた。
「〜〜!!! ○×$%&!!!」
 言葉にならない悲鳴をもらして、ナノ群体九十四キロの突撃をくらったバルトは、そのまま倒れこんだ。エメラダは突っ込んで倒れた彼の反動のままに、バルトの上に馬乗りになって、にこにこと笑う。
「バルトーー、どこいくんだ?」
 きょとん、とした表情はこの上なく愛くるしい。が、しつこく記すがナノ群体九十四キロである。胸の上に乗られたバルトが、苦しくないわけがなかった。無邪気なエメラダの為に笑顔を作ろうとして、失敗しているのがよくわかる。
 それでも彼は頑張った。馬乗りになったのが楽しかったらしいエメラダが、バルトの三つ網を掴んだ事だって怒りはしなかったし、無理に振り落とす事もしなかった。ただ、
「えめらだーーー! おりろおおお!」
 と、情けなく叫んだだけだったのだから。
 それから恐らく一分ほどして、バルトはぜいぜいと肩で息をしながら、エメラダの前に座り込んでいた。
「ねーねー、どこ行くのー?」
 再び無邪気に叫びながら飛びついてきそうなエメラダの気配に、バルトは素晴らしい機敏さを見せて、相手の口を押さえつける。エメラダはきょん、と目を見張った。
「しーーー。エメラダ、頼むから静かにしてくれ!」
「むに〜むぐむぎむぐ!!!!」
「するな? 静かにするな? だったら教えてやるから、叫ばないって約束しろよな!」
 慌ててこくこくとエメラダは肯く。バルトは周囲を神経質そうに確認して、自分の唇の前に人差し指をあてたまま、そっと少女を解放した。
 当然、エメラダはむくれているが、バルトにしてみればそれどころではない。
「ったく、見つかっちまったらどうするんだよ! 折角のチャンスだってのに!」
「なー、バルトぉ、チャンスって? ねえ、ねえ!」
 一応は小声にしている良い子のエメラダである。
 バルトは見上げてくる少女をちらとみやって、困って腕を組んだ。このまま彼女をやり過ごす為にはどうすればよいのか、それを必死に思案している顔である。
 当然、そんなふうに邪魔に思われているという感情は意外と簡単に伝達するもので、エメラダは思い切りむくれた。
「バルトのばかーー。ばか、ばか!」
 少しばかり声を張り上げて、思い切りバルトの足を叩く。
 フェイはいない、ビリーは妹のプリメーラと一緒に出かけてしまった。マルーは朝方から姿を見ないし、シグルド達はいるが仲良く話し掛けたい相手ではない。シタンには先程、フェイがいないと拗ねたら怒られてしまった。
 ようするにエメラダは淋しいのだ。
 理解できない己の感情の昂ぶりをもてあましながら、エメラダは更に大声をあげようとする。その時、バルトがぽんっと少女の頭に手をおいた。そっと撫でるように。
「どうしたんだよ? エメラダ。なんかあったのか?」
 覗き込んでくるバルトの隻眼には、先程と違い本当に自分を心配している色があったので、彼女は大声を飲み込む。それからぐっと唇を真一文字に結んで、相手を睨み付けた。
「わあるかったってば、怒んなよ、エメラダ。よし、んじゃこうしよう。エメラダは今ここでは静かにしてる、その変わり、俺と一緒にでかけよう。な?」
「……バルトと? 出かけるのか?」
「嫌かあ? こうみえても元王子のデートのお誘いなんだぞ?」
 そう言って、亡国の王子という過去にそぐわない明るい笑顔をみせて、バルトはエメラダに手を差し伸べた。
「なにー?」
「はぐれるとまずいから、手ぇつなぐの。わかった?」
 しばらくきょとんとしていたエメラダだったが、すぐに意図を理解して破顔した。きゅっと、伸ばされた手を掴む。
 それがひどく懐かしくて暖かいと、不意に少女は思った。


 活気に満ちる街の中は、セボイムでの長い眠りから目覚めた後、カレルレンの研究所に捕らわれ、フェイ等と合流してからも度重なる戦闘とユグドラシルでの移動のみを経験していたエメラダにとっては、驚きの連続の場であった。
 何もかも彼女には珍しく感じられる。売り子の声に驚いたり、ちょっとした芸を披露する人間の前で興味津々に立ち止まったり、先程から少女は楽しさで大忙しなのだ。
 バルトといえば、エメラダがしっかりと握った手を離さない為に自分の用事をすますことも出来ず一緒にいるが、別に嫌そうな様子はなかった。同じくはしゃいでいるのか、無邪気に友達と遊ぶ事など出来なかった自分の幼い頃をエメラダに見ているのかは謎だが、ごく普通にしている。
 散々バルトを引っ張りまわし遊んでから、唐突に思い出したようにエメラダは上を向いた。
「バルトー、でもどうしてこっそり出かけようとしてたの?」
 いきなりの核心をつく言葉に、バルトは当然ぎょっとする。
「そ、それは」
「どーして? どーして? どーして! 教えるのお!」
 狼狽して残された隻眼を何度もまばたかせるバルトに追い討ちをかけて、エメラダは同じ言葉を繰り返した。エメラルドグリーンの瞳は好奇心できらきらと輝いている。
 睨み合いに似た沈黙の戦いで、敗北宣言をしたのはバルトだ。
「わあったよ。そのかわり、他の奴にはいうんじゃねえぞ! かっこ悪いからな!」
「かっこ悪いことするのーー??」
「だぁ! そうじゃなくって、あー、もうなんて説明したらいいのか分かんねえぞ。かっこ悪いことはしねえが、ばれたらかなりかっこ悪いんだ。ようするにだなあ」
 バツが悪そうに彼は何度も前髪をかき上げて、
「た、誕生日プレゼント、買いにきたんだよ」
 珍しく消え入りそうな声で、そう言った。
 バルトは似合わないと笑われることを予感していたが、不思議に少女は沈黙して彼を見上げたまま目をぱちくりし、
「………??? バルトー」
「あん?」
「それ、なーに?」
 大きく首を傾げる。バルトは脱力した。
「ようするにだなぁ」


 いくら説明しても、誕生日どころかプレゼントの心など理解できないエメラダは、頭上に大きなクエスチョンマークを三つ以上は掲げたまま、今度はバルトに手を引っ張られていた。
「誕生日、エメラダないーー。プレゼントって、プレゼントって何をあげるものぉ?」
 と、こんな感じの質問を繰り返しバルトにぶつけている。
「プレゼントは何あげるかなんて決まってないさ。相手が喜んでくれるんなら、なんでもいいんだよ!」
「でもどうしてわざわざあげる? どして?」
「そりゃ、喜ぶ顔が見たいから」
「なんで顔赤くなるーー?  誰にあげようって考えた? バルトーーーーーーーーっ」
「だぁぁーーーーーーー!!!! しょーがねえ、分かった。教えてやる。教えてやるよ! 今日はマルーの誕生日なんだよっ。だからなんか買ってやりてぇんだ!」
 やけっぱちに大声でそれだけいうと、今度こそはっきりとバルトは赤くなった。見ていたエメラダが驚くほど。
「バルトはマルーに喜んで欲しいの?」
「欲しいさ」
「なんでーー?」
「なんでって、あのなぁ」
 がっくりと力を落として、バルトは握っている手とは逆の手を少女の肩にかける。そうして、視線を同じ位置にあわせた。
「誰だって、喜んで欲しい相手ってのはいるんだよ。友達だったり、仲間だったり、家族だったりさ、色んな理由はあるけど、こいつが笑ってくれたら嬉しいよなーって思う奴はいるはずなんだ。エメラダだって、フェイが喜んでたら嬉しいだろ?」
「うん。だから、キムのフェイがおばさんと一緒にいるの、邪魔はしなかったよ」
「おばさん……」
「だって、キムのフェイ、おばさん一緒だと喜ぶ」
 ぽつんと言って、エメラダは小さな唇をかんで俯いた。まるで小さな子供が、親を取られることを恐れているような仕種。
 そういえば、とバルトは少し自分のことを思い出してみる。
 まだ小さかった頃。
国は滅び、両親は殺され、幽閉された日々が終わったばかりの頃は、爺やシグルドがほんの少し側からいなくなることすらもが恐かったのだ。彼等もまた、二度と帰ってこないのではないかと思えて。
 小さなエメラダが、唇を噛み締め俯いている姿は、泣きたい時にも泣けなかった自分の幼い頃に似ているようで、バルトはちくりと胸が痛むのを感じた。
 エメラダがすがれる人間は、フェイしかいないのだろうか。
 それは随分と、仲間としては淋しいことではないか?
「なあ、エメラダ」
 いきなり言って、乱暴にバルトはエメラダの頭をなでた。
 吃驚して、エメラダは首を可愛く傾げる。
「なにーー?」
「フェイは、エメラダと一緒にいることだって嬉しいんだぜ? 人は欲張りだからな、大切な人間って一人に絞れねえの。んで、比べられるもんでもない。みんな大事だからな」
「エメラダ、人じゃない」
 流石に自分は物にすぎない、という言葉は飲み込む。見つめてくるバルトの碧眼が、初めて怒りを宿してエメラダを睨み付けていたから。
 けれどそれは不思議と、不快ではなかった。
 バルトはしばらくそうやってエメラダを睨み付けてから、小さく吐息をはき、今度は優しく彼女を見つめた。
「ばっか! エメラダ、それは考えちゃいけねえことだぞ。エメラダはエメラダなんだ、それでいいじゃねえか、別にナノだろうかなんだろうが、大切なのは、たった一つだ」
「なに?」
「エメラダが生きてるって事さ。それだけが現実なら、ほかの事実なんてどうでもいいんだ。俺はエメラダが死んだら哀しいぞ。エメラダは俺が死んだらどうする?」
「いやーーーーー! いやっ」
 突然激しく首を振って、エメラダは顔をしかめて前で膝をついているバルトにしがみついた。
 そして。なぜだか光景がフラッシュバックされる。
 紅が散って、誰かが叫んで、誰かが倒れて。急速な完全なる眠りに落とされる前にも又紅が散った…そんな光景。
『エメラダ。無事で。エリィ…おれたちの…む…す……』
 彼は誰だったのだろう?
 大切なこと。忘れてはいけないこと。
 言っていた言葉はなんだったのか?
「どうしたんだよ? エメラダ」
「……ばるとぉ、分かんない。でも、誰か、いたよ」
「誰か?」
「うん。誰か」
 分からなくて、悔しくて、首を振ろうとエメラダがした時、不意に暖かい温もりにつつまれた。まるで慰めるように、守るように、バルトが抱きしめて背中を撫でてくれているのだ。
 それがなんだか嬉しい。エメラダは少し笑った。
「いつか、思い出せるって。思い出さなくっちゃなんねえことって、その時がくれば、絶対に戻ってくるんだからさ。悲しむことなんて、ねえよ」
「エメラダ、哀しくないよ?」
「自分が哀しいってこと、知らねえだけさ」
「????????」
 クエスチョンマークが派手に飛び交うエメラダの表情にバルトは笑って、ゆっくり立ち上がった。つないだ手は離さずに。
「んじゃ、遅くなってもまずいからな。買いに行くのちゃんと付き合ってくれよ? エメラダにもなんか買ってやるから」
「ぷれぜんと!? エメラダに、ぷれぜんと!?」
「そーだよ。誕生日がいつか分かったら、ちゃんとその日に祝ってやるからさ。とりあえず、今日って事にしておけよな」
「なんで今日? どしてーー?」
「今日だったら俺が忘れねえから」
「なんで忘れないーー?」
「それは。ま、ま、マルーの誕生日だから」
「なんでマルーの誕生日だと忘れないーー?」
「………、エメラダ…、頼む。もう許してくれ……」
 がっくりと息を吐き、バルトは再び真っ赤になった顔を片手で押さえた。まさかこんな所で、自分の感情の形がいかなるものかを追求されるとは思っていなかった。
 そんなバルトを不思議そうに見上げて、エメラダは、はっと目を見開く。その変化に驚いたバルトも少女が見ていた方向に視線をやると、フェイとエリィの姿が飛び込んできた。と。
「バルトーー、向こう、行くーー!」
「え? あ、おい! どうしてフェイたちを避けるんだ!?」
「だって、楽しそうなのーー、邪魔しちゃ駄目――!」
「あ、なるほど、了解!」
 淋しそうではなく、悪戯な笑顔を満面に浮かべたエメラダの返事に、バルトは表情を明るくする。そしてそのまま、人込みの中を器用に駆け去っていった。
 フェイとエリィは、不思議そうに顔を見合わせている。
「ねえ、今、バルトがいなかった?」
「いたと思ったんだけど、なんか、逃げてったような?」
 そう言ってフェイはバルトが去っていった方向に視線をやる。と、くすっとエリィが笑った。
「もしかして、気を利かせてくれたのかもね」
「そうかも……って、え?? え、エリィ?」
「だって。フェイ、私たちがいつまでも一緒にいられるっていう保証なんて、どこにもないのよ? もしかしたら、今日が一緒にいられる最後かもしれない。だから」
 長い睫毛を伏せて、エリィは万感の思いを、フェイの腕を掴んでいる手に込める。そして、彼を見上げ、
「二人きりの時間が増えるのは、凄く嬉しいわ」
 そう言ったエリィに返す言葉が見つからなくて、フェイはただ、か細い少女の体を抱きしめた。
「大丈夫だよ、俺達は、今度は大丈夫だよ」
 なぜ「今度」といってしまったのか。それは分からなかったけれど……。大丈夫だと、フェイはただ言い続けた。



「それでーー、バルトーー、どうやってマルーに渡すのお?」
「良くぞ聞いてくれたな、エメラダ。それがむっつかしいんだよ。周りに人がいるなんて嫌だしなあ、俺がマルーを呼び出した、なんてばれたらいかにもすぎるしな。ずええったい、シグの奴、にやりって笑うんだぜー」
「エメラダーー、お手伝いしてもいーーよーー!」
 やけに少女が協力的なのは、マルーにプレゼントを渡す時に、一緒に自分の分もくれるとバルトが約束したからだ。なので、エメラダにしても早くチャンスを作りたい。
 というわけで、使者の役はエメラダが仰せつかったのである。



「で、誰がボクに用なの? エメラダ?」
「もうちょっと、向こうに行ったら分かるよー!」
 にこにことご満悦に笑いながら、バルトがしてくれたようにマルーとも手を繋いで、エメラダは走っている。その小さな後ろ姿に、妹がいればこんな感じかなと、少し思った。
 町外れの門の所、丁度休息の場としてかりた宿舎に向かう人々からは見えない所まで辿り着くと、エメラダは繋いでいた手を離して、そこに立っていた人間に飛びついた。
 心構えが最初からあった為か、ぐらりと揺れながらも飛びついたエメラダをなんとか支える。それから、照れくさそうに少し笑った。
「よ、マルー」
 呼びかける声にも照れが感じられる。
 まさか四六時中ユグドラシル内で顔を合わせる事が出来るバルトが、わざわざ自分を呼び出した張本人だとは思っていなかったマルーは、ぽかんと目を見張った。
「若? ボクに用事があるって、若だったの!?」
「まあ、な。ちょっと、渡したいものがあってさ」
「渡したいもの? なに、若」
 故意にではないが、小首を傾げたマルーの仕種は可愛らしくて、思わずバルトは赤面した。こんな時、従妹としてではなく、一人の少女としてマルーを見てしまう自分自身に、少しだけ彼も気付いていたから。
 だがそれを意識してしまうと、さらに気恥ずかしくなってどう渡して良いものかわからなくなる。というわけで、
「やる」
 結局ぶっきらぼうに短く言って、マルーに包みを渡すだけで終わったバルトだった。
「え? なに、若?」
「だから、誕生日だろうが、マルー」
「うん。そうだけど。あ、もしかして、若! これ、誕生日プレゼント!? ボクにっ?」
「あったり前だろー。わざわざ呼び出して、別の奴に渡してくれなんていうかよっ!」
 手渡された小さな包みをじっと見つめて、今度はマルーが照れくさそうに笑う。毎年プレゼントは貰っているが、いつもは送られてきたり、頼まれて爺が持ってきたりだった。二人が大きくなってから手渡ししてもらったのは初めてだ。
「……若…」
 なんだか少しだけいい雰囲気である。が
「バルトーーー!! エメラダの、エメラダのわああ!」
 如何せん、バルトとマルーは二人きりではないのだ。
 邪魔者、もとい可愛い妹分が、元気に笑っている。
 バルトとマルーは顔を見合わせて、それからくすくすと笑いあった。
「あ、ああ。悪かったな、ほら、エメラダのは、これだ」
「あれ? エメラダの誕生日って、今日?」
 両手を胸の前に伸ばしたエメラダに、可愛らしい小箱を載せてやるバルトに向かって何気なくマルーが聞いた。
「んー? ま、仮ってことだけどな。エメラダの本当の誕生日が分かるまでは、今日を誕生日にするって決めたんだ」
「うん! きょーはエメラダもたんじょーび! 今日だったら、バルト、忘れないからだって!」
「わっ、馬鹿、いらんことまで言うんじゃない!」
 慌ててバルトが口止めをしようとするが、遅い。
「きょーはね、マルーの誕生日だから、バルト、忘れないんだって!」
 はっきり、きっぱり、見事にエメラダは断言した。
 顔を押さえて天をあおぐバルト、吃驚するマルー。
「若」
「あんだよ……」
「………ありがとう、ね」
 一瞬、本当に一瞬だけ、マルーは恋をする少女の眼差しでバルトをみつめる。けれど雄弁な眼差しはすぐに従妹としての元気な笑顔にそれは取って代わられて消えた。けれど。
「二人とも顔あかーーい! 変なのーー!」
 無邪気なエメラダの言葉に笑って、少年と少女はとりあえず変化しつつある自分達の感情に気付かないふりをし、二人でエメラダの小さな(重い)体を抱き上げた。
「おめでとう、エメラダ。明日になったら、ボクがケーキやいてあげるよ」
「よかったな。マルーのケーキはすっげーうまいからな」
 そう交互に言って、仲の良い兄弟のように見える三人は、楽しそうに笑った。
 視界の先では夕日が沈みつつあり、その美しさは自分たちが戦いを続けているのだという事実を忘れさせてくれる。
「来年も、こうやって無事に誕生日が迎えられればいいね」
 と言ったマルーの言葉には、もしかしたら万感の想いがこめられていたのかもしれない。


 一方。
「若が、マルー様も、エメラダ様まで! い、い、一体どいずこに行かれてしまったのか!?」
 三人でささやかでひそやかな幸せにひたっているころ、ユグドラシルの過激な保護者の皆様がたは、真っ青になって彼等の行方を必死に探し回っていたのである。
「まったく、過保護な奴等だぜ。なあ、ビリー」
「僕だってプリムがいなくなったら、地獄の底にだって探しに行くよ」
「お前、いくらなんでも、若さん達とプリムを同レベルに扱うってのは失礼だと思うがなあ。一応はもう分別ある年頃だろうによ」
 しみじみ息を吐くジェサイアの前で、捜索隊をどこに派遣するかと、シグルドおよび爺以下の面々は、休息を放り出して議論していた。
 幸せは、もしかしたらひそやかであるからこそ、優しいものであるのかもしれない。

「戻」