耐えられない痛み
主人公の名前は”秋庭四朗”です





 通話の終了を告げる電子音がして、陽介は携帯電話を切った。
 はあ、と付いたため息に、彼以外のため息まで重なる。
「昼休み、なんかあっという間だよね〜」
 千枝がなにかを振り払うように、うーん、と背伸びをした。
 5月の連休、秋庭四郎は約束通り稲羽に遊びに来た。
 本当に旅館に予約をいれていた雪子のおかげで、菜々子も含めて全員で集まってすごした連休は、四郎がもう稲羽にいないなんて夢だったんでは? と思わせるくらいに、普通で、当然で、なくてはならないものだった。
 四郎が帰る日は、春に全員で見送った時よりもはるかに覚悟がなくなっていて、全員で泣きだして菜々子に慰められてしまったほど(さすがは秋庭の妹だと思う。可愛いだけでなく、すでに頼りがいが……)
「秋庭くん、今、なにしてるかな?」
 雪子が言えば、千枝が振り向く。
「移動教室だってさっき言ってたじゃん? だから、今はもう一旦教室に戻ってるとこ?」
「そうだよね。で、仲良しの誰かと合流して」
 そこまで言って、また、高校三年組が同時にため息をついた。
「先輩たち、しっかりして下さいよ。どーしたんスか」
 秋庭四郎との電話を切ってこのかた、まるでテンションのあがらない一同にぎょっとした完二が言えば、本当に悲しそうな顔を雪子がした。
「完二くんはどうも思わないんだ?」
「どうって。ナニがドウなんすか?」
 わけわからんと首をかしげる下級生に、三年組がまたため息を重ねる。
「今になってさ、『あっちの世界で、クマずっと一人だけど? むしろ寂しんボーイクマ』とか言ったクマの気持ちが分かっちまった……」
「あー、そだねえ。むしろ、それ以上の心境かも」
「秋庭くんが別の学校で、他のクラスメイトと楽しくすごしてるところを想像して」
「寂しさのあまり、嫉妬っすか」
「「「黙れっ!!!!」」」
 息ぴったりの殺気をぶつけられて(ペルソナまで出てる!!)完二は不覚にも恐怖を覚えてしまった。
 逃げ出そうかと思ったが、その前に三人のほうが迫力をなくした。
 めいめい頭を抱え込んで小さくなる。
 ちょっとおもしれぇかも、と完二は思った。
「あー、もう、どうするよ花村。こんなんじゃ、あたしたちもうダメだよ、かなりダメな人間だよ」
「他の人と一緒にいちゃ嫌だ、なんて思ったこと絶対に言えないよね。……ねえ、私たちのシャドウはペルソナになったけど。またシャドウ化しちゃうとか、ないよね? あっちに行ったときに」
「ひいッ。もし秋庭くんの前でまたシャドウが出ちゃったら!」
 千枝がいやいやと首を振る。
 心底げんなりとした顔で、陽介は肩を落とした。
「激しく泣きだすとか、しやがるんだろうな」
「いっちゃ嫌だとか、他の人と仲良くしないで、とか? 側にいてよとか……」
 あああ、寒い、寒いよ自分たち!とうめいて、三人はもう想像だけで気絶寸前だ。
「いつから俺らこんなんなっちまったんだよ。一年の頃なんて、四面楚歌でどうしようかって状態だったのに、一応平然としてたんだぜ?」
「あたしだって、別にさびしんガールじゃなかったよう」
「千枝、クマくんになってるから。……たしかに、千枝さえいれば私もよかったな」
 退化か、退化してるのか、と三人並んで地面にのの字を書き出す。
 完二は見ていて頭が痛かった。
 ボイストレーニングで学校を休んでるりせや、事件が起きたと出かけていった直斗がいれば、上級生たちを止めただろうか、からかっただろうか。そこまで考えて、一緒になって号泣する事態を想像してしまって、完二はどう慰めればいいだろうとワタワタし始める。
 他人の感情の機微にさといくせに、下級生の動揺を無視して、陽介は膝を抱えながら顔を上げた。
「俺らがこんなに情けなくなってんのは、俺らが悪ぃんじゃねえ。悪いのは6月だ」
「あ〜6月って梅雨だしね」
「連休もないよね」
「夏休みまで会えないって思って指折り数えるから、余計だよな」
「うん、悪いのは6月だね」
 壮大な八つ当たりをはじめた先輩たちに、想像の中で号泣するりせと直斗の慰め方法を考えて慌てていた完二は、現実に引き戻されて悲しくなる。
 目の前で、小さくなって膝を抱えている三人が、自分を助けてくれた先輩なのだ。
 戦闘じゃ恐ろしく強かったりするくせに。
「もう認めるしかねえ。シャドウに暴露されるなんてもう勘弁してくれだよ。そうだよ、寂しいんだよ!」
「春のお別れのときに、距離関係ないなんてかっこつけてたけどさ。やっぱ距離は問題じゃんよ! 寂しいよお」
「うん、寂しい。時々、宅配便で自分を出したくなるもの」
 ついに八つ当たりをやめて開き直ってしまった。
 性質が悪い、悪すぎる。
「なに開きなおっちゃってんスか、しっかりして下さいよ! やせ我慢できなくなったら終わりっスよ!?」
「完二くんは、夏休みにちょっとテレビの中いっとこうか?って秋庭くんに言われていったら、やせ我慢のせいでペルソナがシャドウに戻ってもいいんだね。完二くんのシャドウ、泣くよ、絶対に」
 雪子の目が冷たい。
 しかも迫力が戻ってきてるしと震えながら、完二は首を振った。
「泣かねぇって! つかシャドウにも戻らねぇっての! 第一、俺は先輩たちほどすげぇこと考えてないんスよ。花村先輩みたいに、いっつも秋庭先輩に電話するネタさがしたりもしてねえし」
「毎日秋庭あての、出せない手紙かいてるくせに」
 陽介の目も雪子にまけないくらい冷たい。
「な、なんで知ってるんすか!?」
「今時メールじゃなくて手紙ってとこが完二くんらしいよね」
 千枝にはしみじみとした顔をされた。
 反論がまったく出来なくて、完二は沈黙する。それを横目でみながら、千枝は陽介に向き直った。
「ねえ、ホントにさ、どする花村?」
「もう、やるしかなくね?」
「だよね。距離があるから、連休がないと会えないから、その思い込みこそを排除しないと」
 うんうん、とうなずいて、千枝は雪子の手をとる。
「やっちゃおうよ、雪子」
「やっちゃおう、千枝」
 よし、と三人が決断してしまったのを見て、完二はそろそろと右手を上げた。
「はい、完二くん」
「……なにやる気なんスか」
 三人は午後の授業をサボりそうな勢いだ。
「あれ、分かんない?」
「なんか分かりたいような、分かりたくないような」
「決まってるだろ、行くんだよ」
「行く?」
「うん。俺らが、秋庭んトコに」
「……はあ!? ちょ、本気っスか!? ムリっすよ、俺、悪いけど金ねえッス!」
「大丈夫よ、みんな同じだから」
 雪子がきっぱりと言い切った。
 なに断言してんだよ、金なしでどうやって行くつもりだよこの人たちは、と完二が心の中でツッコム目の前で、千枝がなぜか胸をそらせる。
「やっぱ、徒歩とヒッチハイクだよね。それとも、とりあえずはお金が続く限りは電車を使う?」
「いや、ここから出るときに交通費つかっちまうのはナシだな。こっちだったらヒッチハイクも可能だろうけど、あっちついたら無理だぜ? 都会の奴らは冷たいんだからさ。知らない奴に話しかけたりはしないんだぜ?」
「ふーん? でもさ、花村も、秋庭くんも、最初から優しかったじゃんよ?」
「……里中、都会のやつらだってみんな同じってワケじゃねえよ。ただ、お人よしに出会いつつ、お人よしスキルが発動される確率が低いってコトだよ」
「なんか都会って怖いトコだね、雪子」
「うん。千枝、私たち、稲波に生まれてよかったよね」
 しみじみと語り合いながら、それでも三人はさらに話をまとめていってしまう。
 午後の授業が終わったら、すぐに帰宅して、用意して集まること。
 親には週末はとまりと説明してくること。
 歩きやすい格好に、靴を履いてくること。
 荷物はなるべく軽く、でも着替えは持ってくること。
 小さく、けれどちゃんと栄養が取れるチョコレートやキャラメルなどを持ってくること。
 おやつは500円までです、とか言い出すんじゃないか、旅のしおりが渡されるんじゃないかと、完二が思ってしまうほど細かく決まっていく。
「で、聞いてんのか、完二? お前はどうすんだよ?」
 作戦会議には参加できないままに終えた計画に乗るのかと、陽介に尋ねられた。
 いつの間にか、クマのことも呼びに行くことになっていて、今すぐにでも出発してしまいそうな勢いだ。――出席日数の関係で授業をさぼれない事情の完二がいなければ、本当に出てしまったかもしれない。
「そりゃあ、まあ。金がなくてもいいっつーなら」
 会いたい。そりゃあ完二だって会いたい。
 連休に会ったばかりだろと言われるかもしれないけれど、毎日、当たり前のように会っていた自分たちにしてみれば、会えない時間は長すぎて、会ってしまうと会えない時間がもう耐えられない。
 待ち合わせは、六時。
 どうなるかはわからないけれど、とりあえず前に進んでみよう、で動いてきた自分たちには。
 似合いの無謀な計画ではあるかも、と。
 なんとなく、全員思っていた。

「戻」