こだわり
主人公の名前は”秋庭四朗”です





 秋庭四朗は文化祭で女装をすることになった。
 掲示板の前でうめく陽介に「おまえの名前もあんじゃん!!」と叫ばれて、現実を知った。
 むむ、さすがはやられたままにはしないな、と思って千枝と雪子の顔を脳裏に浮かべる。
 ミスコンに仲間の女子が全員参加するようにたくらんだのは陽介だが、陽介がやることは男子全員の共同責任ということになっているらしかった。
 ――まあ、ミスコンに出ればいいのにと思っていたのは事実だったから、共犯扱いは別にかまわない。
 ただ問題がある。
 とりあえずうめきつづける陽介をひっぱって教室に戻り、午後の授業を終える。
 雪子は旅館の手伝いがあるからとすでに帰り、あたしも先に戻るねーと笑顔を残して千枝も消えた。
 白鐘直斗を救出したことで、事件は終わっておらず、犯人はまだ他にいることを知ったが、奇妙な平穏がここのところは続いている。無論、準備は怠らない主義だから、それなりの用意はすでにしていた。――なにせ新しく加わった仲間がいれば、その特性を知らねばならないし、どういう戦い方をするのかも肌で知っておいてもらわなくては困る。自分以外の仲間を戦場で信頼する方法も。
 やれることはやっているから、最近は全員結構自由に時間をすごしているのだ。
「それにしても難儀なことだな」
 低く呟くと、わかりやすい傷心を見せつけて、机につっぷしていた陽介が顔をあげた。
「どうするよ、秋庭ぁ。ヤだよな、ぜーーったいに!」
 いっそ一緒に逃げっか?なんて言ってから、でも拒否権ないんだよなあ、と続けてまた机につっぷす。
 ――問題はこいつと。
「ちーっス。せんぱーい」
 がらっと教室のドアを開ける音と共に、目つきの鋭い後輩が姿をあらわした。
 長身を少し前傾させて、かつかつと近寄ってくる。札つきの不良として恐れられていた巽完二がよく訪れることに、クラスメイトたちは最初こそ怯えてもいたのだが、最近では『なんだカワイイ奴なんだ』とわかってしまったく、また秋庭を慕う下級性のワンコ1号がきたぜーとしか思わなくなったようだ。
 かつかつと勢いよく近づいてきたと思ったら、いきなり座っている四朗と陽介の前で完二は腰を落とした。
 あごを机の端につけ、若いくせに眉間に縦の皺をくっきりと浮かべてこちらを見上げてくる。
 長身の完二と、同じく長身の四朗とは、普段の視線はそれほどずれないので、上目づかいをされるのは新鮮だった。
 つっぷしたまま、陽介が首を横に向けたと思ったら、いきなり腕を持ち上げて完二の頭をグリグリとしだした。
「こうなったらやるっきゃない!とか言ってたくせに、なんて顔してんだよ完二ー」
「ちょ! 花村先輩やめろってッ! 痛いってぇの!」
 きー!となりながら、これでひどく律儀な後輩は、反撃もせずに撫でられつづけている。
 ペルソナ能力の差というより、元から武断派の完二にしてみれば、陽介の撃退なんて簡単だろうに素直なことだよなと四朗は思いながら、腕を組んだ。
 ――こいつが問題。
 すっくと立ち上がる。
「あれ、秋庭、帰んの?」
「今日は菜々子と約束してる。陽介たちもくるか? 傷心を慰めてほしいんだろ?」
 ニヤリとしてみせたら、机と親友になっている二人は同時に唇の端を下げて膨れっ面になった。
「なんでそんなに冷静なんだよッ」
「秋庭先輩は違うっスよねえ」
 めいめいにうなる二人に軽く手を振って背を向けると、慌てて立ち上がる気配がした。
 こんなんだから、クラスメイトたちにこっそりと、秋庭と花村たちって、なんか飼い主とそのワンコとニャンコたちって雰囲気だよなあなんて言われるんだぞ? と四朗は思うが面白いのでなにも告げなかった。
 とにかく、だ。
 秋庭四朗は女装をすることになった。
 そして文化祭には堂島遼太郎と菜々子がくる。
 花村先輩のせいっスよ!と完二が声をあげ、直斗くんに出てほしかった癖になにいってんだよ!と返す陽介の声をバックミュージックにしながら、四朗は思う。
 ――勝負には全て勝たなければならない。
 
 
 というわけで。
 当日、誰が誰のメイクと衣装を担当をするのかを、口調と態度で把握して行動に出た。
 全員女装でのミスコンテストに優勝する障害となるのは、間違いなく陽介と完二だ。
 陽介は元々が無駄に美形なので、少年っぽさを強調する頬から首筋にかけてのラインが隠される程度のかつらをつけ、あくまで薄化粧にしか見えないようにしながら肌の質感や目許口元を少女っぽく作り上げ、膝上くらいまでのワンピースでも着せてしまえば――細細と考えていたら完成形がリアルに思い浮かんでしまって強制終了する。
 完二は本人も周囲も気づいていないだろうがかなりきりっとした美形で、和服だとかチャイナ服だとかを着せて、どうみても男性です!とアピールしてしまう腰から下のラインを隠し、きりっとした目許を強調させるメイクをし、長い髪を上げつつもおくれ毛を多めにすれば、やたらと妖艶な――またリアルな想像をしてしまって四朗は沈黙する。
 ――ともかく。
 それはそれで機会があったらやらせるとして、とにかくだ。
 徹底的に想像とは逆にさせねばならない。ありえないだろソレ!というような化粧もさせて、衣装も微妙にさせて、それから歩くときに注意なんて絶対にさせないようにして。
 フフフ。
 千枝とりせの買い物につきあって、実際に使用する口紅とチークは決めさせてある。衣装に関しても激しく誘導をしておいた。最初こそ困惑していたが、それも笑顔で押しきってある。
 ――準備は完璧、優勝はもらった。
 拳を握っていたら、なぜかクラスメイトたちがぎょっとした顔で迂回していった。
 計画はある部分まで完璧だったと思う。
 雪子にまで千枝とりせに吹き込んだ話しが伝わっていて、「秋庭くん、そういうのがいいんだ」と納得されているとは思っていなかったし。
 まさか飛びいり参加が認められているとは思わなかった。
 陽介と完二のあまりの微妙さは完璧だったというのに。
 優勝したクマがきらきらとスキップをするのを背後にして、壇上を降りる。水着審査発言に場がどよめいたが、それにも反応はせずに壇上を降りきった。ちょ、待てよ!と陽介と完二がすぐについてきた。
 遼太郎の手を引っ張って、菜々子が飛び込んでくる。
 頬が上気して、ひどく機嫌はいいようだった。まあ、確かにクマの美少女っぷりは圧巻だったから、楽しかったのだろうと四朗は思う。
「お兄ちゃん!」
 普段ならすぐに菜々子に笑顔を返して近づこうとする陽介が、己がしている格好がひっかかるのかおとなしい。完二も同じくで、四朗だけがかがんだ。
 遼太郎は何を言ったらいいのかわからない様子で、ばつが悪そうに頭をかいている。
「菜々子、楽しめてる?」
「うん! 菜々子、楽しいよ。お兄ちゃんたち、かわいかったねえ」
「そう?」
「お兄ちゃんたちがお姉ちゃんたちになっちゃって、菜々子、びっくりしたよ! ねえねえ、今度は、菜々子も一緒のお洋服が着てみたい!」
 楽しくてしかたないと言った様子で菜々子が笑う。
「菜々子が一緒にやりたいの、おれだけ?」
「ううん、菜々子、陽介おにいちゃんも、完二お兄ちゃんも一緒がいい!」
「そっか」
 背後の二人がそろそろと後退しようとしている。
 それを「逃げるな」と背中で威圧して凍らせて。
「じゃあ、洋服は、完二に作ってもらおうな」
「え!? 完二お兄ちゃん、すごーい! わあ、奈々子すっごく楽しみ。ね、陽介おにいちゃんも、完二おにいちゃんも楽しみでしょ?」
 四朗の追撃に、菜々子がとどめ。
 これでもう陽介も完二も逃げられない。
 まったく恐ろしい兄妹ッスね、と完二がぼやいて深いため息をついた。

「戻」