特別な日を
主人公の名前は”秋庭四朗”です





「ねえねえ、誕生日いつだか知ってる?」
 いつもの放課後、千枝は雪子の肩を叩いて、顔をよせた。
「千枝の誕生日?忘れるわけないよ」
「あ、雪子の誕生日は忘れてないよっ。そうじゃなくてね」
 ちら、と視線を横になげて、背もたれを肘掛けがわりにして、花村陽介と盛り上がっている少年へと注意をうながした。
「ああ! ……あれ、知らない、かも」
 春先に転校してきた千枝の隣人の秋庭四朗は、どこか年齢にそぐわない頼りがいと、年齢通りのバカ騒ぎをやってのける明るさを同居させている少年だ。
 彼が来てからこのかた、田舎であるだけが特徴だった町で異変がおきつづけている。
 人が殺され、それによって誰かが傷つき泣いて、そして誰かがテレビにうつって、誘拐されてしまう。
「千枝?」
 考えこんでいたのを心配したのか、雪子が艶やかな黒髪を揺らせて覗き込んでくる。
 雪子は、千枝の自慢の友達だ。
 美人だから、優しいから、それだけではなくて、心の奥底にしまいこんだ気持ちを互いにさらけだしてなお、手を取りあうことができた大事な親友だ。
 誘拐された人間は、テレビに放り込まれ、霧が出た日にここではない場所で死んでしまう。それを防ぐためにずっと奔走し続け、雪子を救うこともできた。それが改めてうれしくて、えへへと笑って友人の手をとる。
「雪子の手はつるっつるだね」
「どしたの、千枝?」
 なにか悲しかったの?と言って、雪子が握ってないほうの手で頭を撫でてきた。
 くすぐったくてまた笑っていたら、視線を感じた。
 雪子と二人、ちょっと固まって横を見れば、男子二人がなにやら会話を止めてこちらを見ているのがわかる。
 雪子の手はまだ頭に乗ったままだ。ベタベタしすぎだったかなと思ったが、それは口には出さずに唇の両端を持ち上げた。
「雪子一人じめで、羨ましい?」
 いいでしょ、とわざと言えば、千枝ったら!と雪子が華やかな声をあげる。
 こうやって、大切な人の声をきいて、触れることが出来る自分はやっぱり幸せだとしみじみと思った。そしたら。
「羨ましいよ」
 何故か四朗がやけにきっぱりと言いきった。
「うわっ、はっきり言うねお前」
 陽介がびっくりした顔をする。
 うん、自慢したあたしも驚いたと胸のうちで千枝は返事をした。
 つい、といきなり顔が寄せられる。
 灰色がかった四朗の髪が揺れて、そこまで近かったわけではかいが、なぜか頬に触れた気がしてびっくりする。
 春先にきた転校生は、千枝の驚きをきれいに無視して、千枝の机に肘をおいて頬杖をしてみせた。
「でも、まあいいよ。千枝も雪子も陽介も、今後は俺が一人じめにする予定だからさ」
 さらっと言い放つと、にこりと笑う。
 全員が一瞬で反応不可能に陥って、固まってしまった。それをただにこにこと見つめられて、どうしていいか分からなくなる。
「ちょ、お前、突然凄い発言すんな!」
 なんとか復活した陽介がそう返せば、刺激が強かったか?なんて四朗は答えた。
 まったく、読めない。この男は。
 独占されたとしても、まあいっか、なんてうっかり思ってしまいそうになるし。
「千枝、顔、赤いよ?大丈夫?」
 雪子に言われて、びっくりした。
「え!?ええ!?だ、大丈夫、なんかちょっと暑いかも。あれ、雪子も赤くない?」
「うそ!?あ、た、たしかに暑いね」
 二人で乾いた笑いを浮かべていたら、いつの間にか隣の男子二人が立ち上がっていた。
「あれ、帰るの?それとも」
 目を細めて曖昧に尋ねれば、衝撃発言なんてしてなかったと言わんばかりの冷静な顔で、リーダーは肩をすくめる。
「いざというときに、力負けするようじゃ情けないだろ?」
「ん、そだね。待って、一緒に行くから。雪子は?」
「うん、行く」
 手際よく荷物をまとめて立ち上がる。入口のところで待っていた二人は、今日は荷物が多かった自分たちに気づいて、当たり前のように半分を手から奪いとっていった。
 こんな‘女の子扱い’は、千枝にはちょっと照れくさかった。幼なじみの男友達に、女扱いされないできたのが身にしみているから、気恥ずかしくもある。
 だから、きっと、調子が狂ってしまって、あまり気にしたことのない”男の子の誕生日”が知りたくなったのかな、と千枝は思った。
 でも、四朗の誕生日は、本当に素敵な日だと思う。
 だって生まれてきてくれた日だ。生まれてきてくれなければ、四朗がこの町に来ることもなかったのだし。
「千枝」
 いつの間に隣を歩いていたのか。いや、違う。いつの間にか千枝が遅れていたのだ。前を見れば、雪子と陽介の後ろ姿が少し遠のがわかる。
 誰のことも精神的に一人に孤独にさせない四朗のことだから、きっとすぐに気づいて歩調を落としたのだろう。
「あーごめん、遅れてたよね。えっと、さ」
 これは誕生日を直接聞く、チャンスかもしれないと千枝は思った。
 隣を見上げると、真っ直ぐに見つめてくる目と正面衝突をしてしまって、思わず前を向きなおってしまう。
「千枝」
 低く、囁くように名を呼ばれてしまった。
 な、なんでこんな呼び方をするかなー!と思っていたら。
「誕生日教えて」
「え?」
「千枝が生まれてきてくれた日、教えてよ」
「え、えと、いいけど。その」
「知りたい」
 優しい目で笑う。
 言わない理由なんてどこにもないから、慌てて告げて、思いきってまた口をあけた。
「じゃあさ、えと、あたしにも四朗の誕生日を教えてよ! その、やっぱ、特別な日だから知りたいし」
 友達に誕生日を教えたり、教えて貰ったりするのが、こんなに恥ずかしいなんて思ったこともなかった。顔が赤くなっているような気がして、隠せるわけでもないが少しうつむいてしまう。
 四朗が笑って答えてくれた日付にびっくりして、一緒に頭に叩き込んで、千枝はいきなり駆け出した。せっかく自分にだけ教えてくれたのだから、独り占めしておきたいような気がするけれど、ばれた時が恥ずかしい気がする。
 だから。
「千枝?」
 いきなり走り出した千枝に驚いて、四朗は少し少し驚いたようだった。
 雪子と陽介は、足をとめ、振り返って千枝と四朗を待っている。
 二人とも笑っていた。
 ――四人、いつも一緒が当たり前で当然だから、歩調をあわせるのだというように。
 軽やかに路面を蹴って駆け寄ってくる音が、千枝の背後で響く。
 いたずらっぽく、千枝は笑って手を上げた。
「ねえねえ! 誕生日、一番近いのダレよー!?」
「ええ!? 里中も天城もまだだろ? 俺もまだだぜ?」
 なんの誘いだよと不思議そうに首をかしげた陽介が、え?と目を見開く。
「なんだよ、お前誕生日もうすぐなのかよ!?」
 陽介が不満そうな声を上げたので、千枝の背後で四朗は応えて手をあげたようだ。
「んだよ、早く言えよな!」
「ほんと、うっかりすぎちゃうところだったね。お祝いしなくちゃ」
 雪子が嬉しそうに笑う。
「ね! これからは、誕生日は絶対にちゃんとお祝いしよッ」
 大事な人が生まれた日だから、とは言えなかった。
 けれど追いついてきた四郎は、全部分かってるよといいたげな目で、柔らかに笑って千枝の頭を撫でてくる。
「菜々子ちゃんによくやってるんでしょ、秋庭くん」
 それそれ、と雪子が頭を撫でている手を指差して笑った。
 当たり前の、けれど毎日が特別な。
 四人一緒にいる、時間。

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