祈り
主人公の名前は”秋庭四朗”です





 ピコピコと音をたてて前を行く仲間たちを見守りながら歩く。
 クマは戦えないクマだから、出来るのは道案内だけ。戦闘で足手まといにならないように、定位置は最後尾だ。
 でも、時々。
 優しく頭を叩かれて、少し先に行っていて欲しいと言われることがある。
 ――どうしてそんなことを言うクマ?
 わからない。遅れてなんの意味があるのか、なにをするつもりなのか、さてはクマに隠してなんか楽しいことでもするクマか!?と思ったけれど、違うみたいだった。
 だから、遅れた仲間のほうを、振り向いてみた。
 
 泣きそうな顔だった。
 辛そうな顔だった。
 悔しそうな顔だった。

 胸が、クマの、空っぽのはずの胸が、きゅっと苦しくなる。
 やれることはもう全部やりつくして、センセイがあとはもう進むしかないと言うときに”少し先に行っていてほしい”と言うのだ。
 そうして、彼だったり、彼女だったり、その時その人によって仕草は違うけれど。
 両手をあわせたり。
 胸の前で手を重ねあわせたり。
 左胸の前に拳をおいたりして。
 決まって、なにかを呟いている。
 泣きそうで、辛そうで、悔しそうで、そしてなにかにすがるような顔で。


 ――なにをしてるクマか?
 クマは自分のこともわからない、空っぽのクマだから。だから分からないクマか?


 ポン、と頭を軽く叩かれた。
 その手が続けて優しく頭を撫でるので、見上げてセンセイの姿を見つける。
「どうした?」
 唇の端を少しだけもちあげるようにする、センセイの笑い方がクマは好きだ。
 なんでも許してくれるような気がしてしまう。
「センセー、教えて欲しいことがあるクマ」
「ん?」
「ヨースケたちは、時々なんで止まっちゃうクマ?」
 今も、そうだ。
 界隈のシャドウをなんとか普通に倒せるようになってきて、あとは救出すだけという所まできて。
 ――止まってしまった。
「あれはなにしてるクマ」
「祈ってるのさ」
「祈る。祈るって、なにクマ? 美味しいクマか?」
 わけわからんと頭を抱える。
 センセイはまた少し笑みを深めて、眼鏡の下の眼差しを細めた。
 優しい、目だった。
 見守るような、目。
「センセー?」
「難しいな、祈りってなに? か。そうだな」
 ちょっと休憩しようと回りに声をあげて、センセイは壁に背を預ける。
 今日、視界からは消えない程度に遅れているのはヨースケだ。それに気づかないわけがないのに、誰もが黙って指摘しようとはしない。
 チエちゃんが、探索メンバーに入っていない完二くんもよぶ方法があればいいのにねと笑った。
 休憩はいつも賑やかだ(こんな場所だというのに)。
 みんなリラックスしてるから、クマがここで待っているだけの時間を過ごしてる頃、センセイたちは今みたいな日常を過ごしているんだなと思う。
 クマさんにはこれね、とチョコレート菓子をユキちゃんがくれた。
 お菓子は甘くて美味しい。
 そんな当たり前のことも知らなかったクマに、それを教えてくれたのはセンセイたちだ。
 でもクマのサイズにはこれは小さすぎー!と言おうとしたら、センセイが「内緒な」と言って自分の分をくれた。
 センセイはクマに優しい。ホントにホントに優しい。
「基本的には、祈りは神様に捧げるものだろうな。純粋な感謝を伝えることもあれば、願い事を叶えてくれって頼むこともある」
「カミサマ? カミサマってなにクマ?」
「んー、まあ、凄い存在って思っとけばいい。存在を信じてる奴の中にだけいるものさ」
 イタズラをする子供みたいな顔になって、センセイは目を細めた。
 華やかな声が横で上がった。
 どうやらチエちゃんとユキちゃんが、戦闘でできた制服にほつれに気づいたらしく、どうやって繕おうかと相談しているようだ。
 ――こんなに明るくしているのに。
 今、遅れているのはヨースケだけど。チエちゃんもユキちゃんも、きっと近いうちに”少し先にいってて”と、クマに頼んでくるんだと思う。
 センセイは少し深く息を吐いた。ため息の、一つ前といった感じ。
「陽介や、千枝や、雪子や、完二がやる祈りは、自分でやれることがなくなってしまったから、行われる祈りなんだろうな」
「やれることがなくなるなんてあるクマか? センセイたちは、いつもいろいろやってるクマ。センセイたちがいつも必死にやってるの、クマは知ってるクマよー」
「そうだな」
「なのに、やれることがなくなったから”祈る”クマか??」
 難しいクマ、と頭を抱えてうなると、センセイは喉を鳴らすように笑う。
「どうかどうか無事でありますようにと、願わずにいられないんだよ」
「??? クマも、センセーたちが怪我しませんようにって思うクマよ。じゃあ、クマも祈ってることになるクマか?」
「そうだね」
「じゃあ、センセーも祈ってるクマか?」
「いや」
 ふっと、センセイが笑みを消した。
 最初にペルソナを呼び出した瞬間に似た、どこか精悍な表情で、センセイは目を細める。
「俺は祈らない」
「センセイは、みんなが無事でありますようにって、願わないってことクマか?」
「願わないよ。願うんじゃなくて、俺がさせないから。それに」
 センセイの目が、近くにいるチエちゃんとユキちゃんを見つめ、そして遅れているヨースケに向けられる。
「俺の分は、あいつらが祈っているから。だから、俺に祈りは必要ない」
 きっぱりと断言して、センセイは立ち上がった。
 ヨースケをきっと呼びに行くんだろう。
 無事でありますようにと、願っているのだとセンセイは言った。
 クマも願っている。いつも、いつも。
「祈りはカミサマにささげるもの。クマも祈ってるなら、カミサマって……??」
 カミサマというものが、よくわからない。
 でも、ひとつだけわかることあった。
 クマが祈っているというのなら、きっと。
 クマのカミサマは。
 センセイの顔をしているに違いない。
「戻」