お土産

 ――大変なモノを拾っちまった。
 楽俊は歩きながら思っていた。
 左右の平衡を保つように、ふっさりとした尻尾がぱたりぱたりとゆれている。
 楽俊は大変なモノを拾いやすい。
 それはもう体質といっても良いのかもしれない。
 景王を拾い、芳国公主を拾い、ついに拾ってしまった。
「おいら、なんか変なのかな」
 拾ってしまったら、最後まで面倒を見るのが楽俊の主義だ。それに別に面倒を見るのは嫌いではない。だが拾って面倒をみる相手が”凄すぎ”る。
「あの、どうかなされましたか?」
 ぱたりぱたりと左右にゆれる楽俊の尻尾をひたすらに見つめて歩き続け、実はコッソリ眠くなりつつある”拾われたモノ”が囁きかけた。
 彼はうんと背をかがめていた。どちらかといえば無骨そうな手を下して、しっかりと楽俊の袍子を握り締めている。がっしりとした体格をしていて強そうにも見えるのだが、放たれた声はひどく気弱げだ。
「なんでもねぇ。いや、なんでもありません」
 答えた言葉が気安すぎたと反省して、途中で言葉遣いを改めると、人のよさそうな顔をした相手が困ったように首を傾げる。
「敬語などお使いにならずに。私がお手間を取らせているのですから」
「いや、普通なぁ。台輔には敬語をつかうもんなんだけどなぁ」
 耳の後ろを困ったように掻きながらも、もう言葉は普通になっている。
 使うなといわれれば、すぐに使わなくなるのは、貴人に対する耐性が付いてしまったからだとは、楽俊は気づいていなかった。
 楽俊が拾ってしまった貴人は、雑踏の中で右往左往していた。
 きっちりと巻きつけられた布地から僅かに覗く後れ毛は、赤銅色がかった金。――麒麟だ。
 既知の麒麟ではない。楽俊が知っているのは、硬質な雰囲気を漂わせる景国の麒麟と、楽俊の堂室に時折飛び込んでくる明るい雁国の麒麟だけだ。
 二人知っているだけでも充分なのに、また増えてしまったと楽俊は思う。彼が拾ったのは恭国の麒麟、供麒だった。
 人ごみの中、人を押さないようにと四苦八苦する慈悲の生き物は、楽俊の袍子を必死に掴んで着いて来ていた。なるべく道がすいている方を選んで歩いて、楽俊はようやく立ち止まる。
「あそこでよいのですか?」
「間違いねぇ。陽子が食べてみたなって言ったことがあって、前に買った事があるんだ」
 ふっさりと、楽俊は目を細める。
 雁国の麒麟六太に、楽俊は陽子を甘やかしすぎだとからかわれるとおり、彼はとても蓬莱からやってきた友人に甘い。景国女王である中嶋陽子が、自分自身のことは二の次に歯を食いしばって頑張っているのを見ていると、雁国の名物を食べてみたいとぽつりとこぼした小さな願いくらいは叶えてやりたいと思ってしまうのだ。
 小麦をひいて粉にし、甘くして揚げた食べ物は、蓬莱での”ドーナツ”に似てるらしい。陽子は楽俊の手土産に目を輝かせたものだ。
 六太に頼んで、蓬莱の料理の本でも取ってきて貰おうか、などと楽俊は考える。材料は違っても、似た物で代用すれば、案外陽子が食べていたものを再現できるのではないか?
 楽俊が大事な友人のために考え込んだので、供麒はしゃがみ込んだ。袍子を掴んだまま、体を斜めにして顔を覗きこむ。
 突然目の前に顔が現れて、あわあわと楽俊は慌てた。
「きょ、供台輔!?」
「お腹でも痛いのですか?」
「おなか?」
「主上がよく、お腹が痛いときには動きを止めてしまわれるので」
 にこりと人懐こく笑うと、供麒は麒麟のわりにがっしりとした腕を伸ばして楽俊の脇の下を掬い取った。そのまま立ち上がる。
「供台輔〜!?」
 視界が突然に高くなって、楽俊はかなり慌てた。半獣を腕に抱えあげた高貴な麒麟は、微笑をたやさずに、目指す店へと歩き出す。
「楽俊殿も食べてご覧になりましたか?」
「いや、そういう問題じゃなくって」
「どうかされました?」
 不思議そうな顔をする。これは当たり前に誰かを抱えなれている者の態度だ。
 そういえばと楽俊は思い出した。すでに百年を越す王朝を築く恭国女王は、まだ幼い少女であったことを。ならば、珍しくがっしりした体つきをした麒麟は、いつもこうやって幼い主を抱えているのだろうと見当をつけて、楽俊は溜息をついた。
「おいらの腹は正常だから大丈夫だよ。それに、おいらは人型になれば背だってちゃんとあるから、問題ねぇんだ」
「あ、さようですか」
 優しげに笑って、ゆるゆると供麒は楽俊をおろす。このままでは目的の店を目前にしつつも、何も買えなさそうで、楽俊は供麒に尋ねた。
「何個買うんだ?」
「ええっと、主上はそれほど沢山は召し上がらないでしょうから、三つもあれば足りるかと」
「油つかってるから、供台輔には辛い菓子だもんなぁ」
 一人分だと見当をつけて、楽俊は手早く店の主に注文を入れる。すぐさま威勢のよい返事がきて、その活気に供麒は微笑んだ。
「麒麟ってのは、みなが元気そうだと嬉しいもんなんだな。他国であっても」
「はい。それは勿論」
「恭国の民は、今凄く幸せなんだなぁ」
 そよそよと髭をそよがせて、感慨深く楽俊が呟く。供麒は不思議そうに子供の背丈ほどしかない半獣を見やった。
 不思議そうな目に、楽俊はすこし笑う。
「台輔が、ひどく幸せそうに笑える国の民は幸せなんだろうなぁって思うんだ。いつか、景台輔もそうやって笑えるようになればいいなぁ」
「楽俊殿は、景台輔とお知り合いなのですか?」
「直接の知り合いって分けじゃねぇ。ただ、ちょっとな」
 大切な友達が王で、その半身が麒麟である景麒で、今はまだ二人ともただ難しい顔をしている。
「きっと、大丈夫ですよ。景国には勢いがあるみたいだと、主上がおっしゃっていましたし」
「供王が? そりゃあ、聞いたら喜ぶ」
「はい。主上がおっしゃるんです、間違いありません。――あっ」
 出来上がったよと声をかけられて、渡された菓子の入った袋を受け取る。大事そうに抱きしめる仕草がまるで子供のようで、楽俊はさらに笑いを深めた。
「そうだ。楽俊殿、お礼にこれを持ち帰りになりませんか?」
「礼なんて、おいら別に欲しくねぇよ」
「いえ、丁度、これは余分に買ってしまったものなんです。二つ買わないと、売らないと言われてしまって」
「花鈿?」
「楽俊殿のご友人は、女性でいらっしゃるのでしょう?」
「まあ、うん、そうだ」
 差し出された花鈿は、ひどく緻密な細工が施されたもので、楽俊の手に届くような品には見えない。供麒が手にした二本のうち、差し出されたのは見事な翠色の玉が飾られていて、一見は全く派手さのない品の良い品だった。
「主上には色が合わないと思いましたから。是非」
「でもなぁ、供台輔。これはおいらが買えるような品じゃないんだ。そんなものを貰うわけにはいかねぇよ」
「大丈夫ですよ、これはそれほど高いという品ではないのです。元々、主上が霜楓宮を降りて王であることを隠す際に、身を飾るものはないかと思って私が探した品ですから」
「ううん、供台輔の高くないと、おいらの高くないは全く違うような気が」
 かなり焦る楽俊に、供麒はさらに穏やかな笑みを浮かべる。
「私が貰っていただきたいんです。こんなに良くして頂きましたし」
「よくって、別においらは」
「では、私はこれで」
 さりげなく、けれど意外と強引に楽俊の手に花鈿を押し付けて、供麒はいきなり姿を消し去った。――転変したのだ。
「派手……」
 とにかく手に入れた菓子を、冷めないうちに主の下に運びたかったのだろうか?
「麒麟ってのは、本当に王が大好きなんだなぁ」
 しみじみと呟いて、手の中に残された花鈿を見やる。
 翠色と白銀色の花鈿は、女性らしい服装をしない陽子にも確かに似合いそうだった。
 さてどうするかと呟いて、楽俊は再びほたほたと歩き出していた。
「戻」