「珠晶は寂しくはないのかい?」 
「なにがよ?」 
 窓から飛び込んできた言葉に、ぶっきらぼうに少女が答える。 
 ふっくらとした頬の線の丸みがあどけない、まだ幼い――少女。 
「だから、寂しくはないのかいと聞いたんだよ」 
 人が良よさそうな顔で、人の悪そうな言葉を口にして利広が微笑む。 
 ふいっ、と髪を揺らし窓から現れた客人に背を向けて、珠晶はことさら冷たい声を出した。 
「別に寂しくなんてないわ」 
「本当に?」 
「本当よ!」 
 しつこいという気持ちを言葉に込めて、ぴしゃりと言い切る。 
 気が強く、怒らせると恐いと知られた女王であるから、普通ならば彼女の機嫌を損ねてまで口を挟んでこようとする人間はいない。 
 ――利広以外は。 
「珠晶、花見にでも行こう」 
「はあ!? 花見ぃぃ!?」 
「珠晶には桜が似合うよ、きっと」 
 にこにこと、反論を封じ込めるように長閑に笑って、ほらと外を指差した。恭国はどちらかといえば寒い国柄だが、春になれば花が咲きほころぶ。 
「ごめんよ、やることが沢山あるんだもの。これ以上馬鹿にされたらたまらないわ。まだまだ遊びたい年頃なんですよね、なんて笑われたらどうしてくれるの!」 
「笑わせたい奴には、笑わせておやりよ」 
「りーこーう! そんなの、わたしの性格が許さないって知ってるでしょ!?」 
「知ってるよ」 
「だったら馬鹿なこと言わないで。三年。三年は――意地でも頑張って完璧であり続けなくっちゃ、だれもついてなんて来やしないわ。大体わたしが国民だったら付いてこないわよ。こんな、子供の王だなんて!」 
「大丈夫だよ、珠晶」 
「なんの保証があって大丈夫、っていうのよ、利広!」 
 ぐいと、手にした書類を高く掲げ握り潰して珠晶が叫ぶ。 
「乾いてなかったから、墨が移って使えないな、それはもう」 
「あああ!! しまったぁ!」 
「というわけで、花見に行こう」 
「……なんでそんなにしつこいわけ?」 
「たまには、珠晶も楽しそうにしてないとね。ま、卓郎君利広に攫われた、ってことにしとけば問題ないさ。ほらほら、供麒もそんな扉の奥でいじけてないで、一緒にくればいいよ」 
 にこにこと笑いながら、まだ文句を言っている珠晶の小さな身体を担ぎ上げると、利広は手招きをする。 
 おずおずと扉が開いて、おずおずと入ってきたがっちりとした体型の麒麟は、一緒に行ってもよろしいのでしょうか??という無言の問いを顔いっぱいに浮かべていた。 
「あー、もう! どうしてうちの麒麟はそんなに気が弱いの! お涙頂戴なの! わかった、わかったわよ、恭国女王および台輔、攫われてあげるわよ、利広!!」 
「これは光栄至極」 
 小脇に抱えた少女を、今度はきちんと抱き上げて、窓辺に寄る。 
 空駆ける騎獣がそこには控えていて、蒼天がまぶしかった。 
「珠晶」 
「なによ、利広」 
「珠晶が歯を食いしばるように頑張ってるのを知ってるのは、頑丘だけじゃないってことは、分かっていてほしいな」 
「どういう意味よ?」 
「なにせ私は珠晶を気に入っているからね」 
「……そんなことを言うなら、責任もって、しばらくうちの国を支えていなさいよね」 
「珠晶と同じ部屋にずっと一緒にいていいのなら、考えてあげるよ?」 
「お断りだわ!」 
 少女らしい頬を膨らませて、珠晶が一言で否定する。 
 くすりと笑って、利広こっそりと少女の顔を見詰めた。 
 ――夜は一人で泣いているんだろうから。 
 子供ながらに、昇山してみせ、それを成し遂げた子供。 
 恭国女王――珠晶。 
「――恭はいい国になるだろうね」 
「当たり前よ!私と供麒とで、いい国にしてみせるわ!」 
「頼もしいよ、珠晶」 
 くすくすと笑って、思う。 
 ――せめて泣き付いてくらい欲しいものなんだけどな。 
 などと、僅かに思いながら、恭国に訪れる回数を増やすことを利広は決めた。 
「戻」