どの国 麒麟は大変でちゅう

「主上〜」
 恭国の麒麟は供麒という。
 すんなりとした華奢な容姿を持つ者が多い中で、この供麒は珍しくがっしりとした体格の持ち主であった。
 とはいえ。性格といえば……。
「暑い」
 ぴしゃり、といわれて、びくりと彼は手を引いた。
 いっそ麒麟ではなく犬に職種変えしたほうが良さそうな愛らしい眼差しで、じっと言い放った椅子の上の人を見詰める。 
「まだ何もしておりませんが……」
 しゅーーんと身体を縮めて、上目遣いで見上げる様子は、可愛い少女か子供がやっていれば最高の愛らしさだ。当然頭をなでるなり、抱きしめてやるなり、しただろう。
 だが供麒は「がっしりとした体躯」を持つ麒麟である。
 小動物系の可愛さなどが似合うはずもない。
 それでも哀しい眼差しを向けられれば、苛めているような気持ちにはなる。ふうと溜息を一つ吐いて、可哀相な麒麟を王は見やった。
「お馬鹿さん。毎日抱きしめようとしてくるのは、誰なの?」 
 唇の前で指を振ってみせる仕種は愛らしく、唇から発せられた声もあどけない。年の頃は十二、三才くらいの、それはそれは可愛らしい少女だった。
 だがしかし、その眼光の強さがただの子供ではない。
 恭国女王、珠晶。それが彼女の名前だった。
「ですが、主上」
 さらに哀しげな瞳で、悲しそうに、永遠に幼いままの主を見つめる。
 供麒は麒麟であるのだから主上が大好きだ。もう大好きで大好きで、殴られたって叩かれたって、冷たく(延麒みたいな小さな台輔が欲しかったと言われた時は、それはそれは、大地がひっくり返るくらい哀しかったけれど)されても、関係ないくらい大好きなのである。
 そんな供麒が一日、せめて一回(本当はずっと)やりたいのが。
 小さくて可愛い主上を抱きしめることだった。
 つれない主上は、中々させてくれない。
 実を言うと、ここ三日もさせて貰えていない。
 ――しゅーーーん。
 流石に今日は抱き着いてもいいかなーーと、思うのである。
 なので哀願の、供麒であった。



「主上、卓郎君がお見えです」 
 卓郎君は、十二国の中で最も栄える奏国の次男坊のこと。
「利広?」
 そういうと珠晶はぱっと笑顔になって、そのまま外へと飛び出して行く。その嬉しげな姿に、供麒はひたすら、がーーーんとするばかりだった。
(主上ぉ〜〜)
「やあ、珠晶。元気だった?」
「当たり前でしょ。ねぇ、利広。新しい騎獣はどこ?」
 珠玉のような頬を興奮に紅にそめて、あどけなく珠晶が尋ねると、利広は人が良いのか悪いのか判断のつかない中途半端な笑みを浮かべて、連れてきた騎獣を呼び寄せる。
 途端満面の笑顔になって、珠晶は騎獣に手を伸ばした。
(う、う、羨ましい!!)
 と内心叫ぶのは、もちろん利広ではなくて供麒だ。
 大好きな珠晶が、嬉しそうに手を伸ばし、騎獣を撫でている。珊瑚色のあでやかな唇を、おしげもなく騎獣に与えてさえいる!
 今の供麒は、嫉妬爆裂(するなよ)で脳天玉砕でもう大変だ。
 羨ましい。羨ましいったら、羨ましい。
(主上ーーー)
 ほとんど半泣き状態で、よよよと座り込んだ。そして不意に、ぽんと供麒は手を叩く。
 主上は騎獣が好きである。ならば……?
 供麒は走り出した。それはもう、必死に。
「珠晶、供麒がいじけているようだよ」
「え? 供麒?」
 騎獣の首に両腕をかけ、抱き着くような形で珠晶は振り向く。利広も供麒が走り去った方向を見た。
 そして。
 二人は見てしまった。
 嬉しそうに誇り高い麒麟が手綱をかけて、いそいそと、騎獣のフリをして戻ってくるのを。
 さすがに珠晶も絶句した。
「供麒」
(わくわくわく)嬉しそう。
「お前」
(わくわくわくわく)期待している。
「お馬鹿?」
(ガーーーーーーーン!)落胆している。
 ぐったりと頭を垂れて傷心の麒麟に、珠晶はしみじみと己の半身を見つめる。
「まったく。麒麟っていうのは」
 そう言って、仕方なさそうに手を伸ばして麒麟をなでた。
 横でひたすらおかしそうに、利広が腹を抱えて笑い出していた。
 

 余談。
 ちなみに供麒。今回の出来事に味をしめ、頻繁に麒麟の姿で珠晶の横に座るようになったので、最近、「ブラッシング」に余念がないらしい。
 その誼であるのかどうかは不明だが、ブラッシングについて慶国台輔、景麒と、熱い文通をかわしているという、もっぱらの噂だった。

「戻」