番外編

目次
[サンタクロースの魔法]


 重い静寂が横たわる部屋から、キーを鳴らす微かな音が響いていた。
 部屋の色は赤い。閉められていないブラインドから、差し込んでくる夕日の色だった。
 時刻は五時過ぎで、季節は冬。そろそろ、明かりをつけなければならない時刻を迎えようとしていた。
 赤い日差しの落ちる部屋で、少年は一人机に向かってキーボードをうっている。サイドテーブルにはマグカップが一つ置いてあるが、中身はかなり前に空になっているようだった。乾いた紅茶が茶渋のようになっている。
「……」
 少年は無言で、モニターを睨んでいた。
 彼の手が動くたびに、凄まじい勢いで文字が並んでいく。並び終えたと思えば、今度は勝手に画面に並んだ文字が増えていく。


 ――それで、その学校は?
 ――白鳳学園だよ。
 ――変なことばっかり起きてるのは間違いない?
 ――間違いないない。俺の知り合いが、白鳳学園が出した学校新聞入手してたんだ。それを見せてもらったら、ここ最近でおきた変なことがずらーっと並んでたし。
 ――なるほど。面白そうだ。
 ――だろだろ? 知り合いにまた聞いてみるよ。また面白いの期待してるからさー。
 ――昨日更新したばかりだぞ。
 ――そういうなって。お前の更新楽しみにしてるヤツ多いんだ。あ、俺これから用事あるんだ。落ちるよ。
 ――ああ、また。
 ――またな。


 キーボードの上を流れていた手が、止まった。
 からりと足元の床を蹴って椅子ごと後方に流れ、両手を持ち上げて頭の上で組む。
「白鳳学園か」
 呟いたところで、外が暗くなり始めていることに気づいてブラインドをきっちりとしめる。リモコンで電気をつけて、部屋を後にした。吹き抜けになっている二階の通路から見下ろす部屋は、がらんとしている。
「人がいなけりゃ、閑散とするのが当たり前ってね」
 別段気にする様子もなく呟くと、階段を下りてキッチンに向かう。ついでとばかりに暗い部屋の電気を手当たり次第につけていって、最後に目的の冷蔵庫の前に立った。
 少年――秦智帆の両親は共働きをしていて、双方共に部下を持つ身の上だった。智帆が小学生の頃から、十一時前に家に帰って来ることなど有り得ない。小さな頃から、昼間にきてくれるヘルパーさんの作った夕食を温めて、食べるのが彼の日課だった。
「ま、帰って来たくない気持ちも分かるけどな」
 呟くと、ポットからお湯を注いで紅茶を入れる。冷め切ったマグカップが温まり、湯気を放つ。暖かい飲み物は、どこか人肌のぬくもりを持っているので、彼は好きだった。
 意味もなく、リビングのテレビをつけて音量を大きくする。暖めたばかりの夕食を、つけたテレビを軽く眺めながら口に運び、智帆は先ほどの事を考えていた。
 智帆は、ウェブ上にサイトを持っている。情報が欲しくてネットを巡っている最中、”その情報が集まるような場所”を作ってしまえばよいのではと思い立ち、作ったのがきっかけだった。
 不思議な体験談を集めて、それを記事調にしたててのせている。
 語り口調が面白かったのか、不思議な話やら怪談話のニーズが高いのか、智帆が作ったサイトは瞬く間に大きくなっていった。今では、智帆が探さないまでも、不思議な話を集めてくるネット上の友人が何人もいる。
「作り話が多いのが事実だけど、本当のことだってどこかにはあるはず。そう思ってはじめたけど、今まで当たりに出会ったためしはなし。――さて、白鳳学園とやらはどうなんだろうな」
 一人で食べると、食事のスピードはどんどん速くなる。とりあえず栄養さえ取れればいいやと考えるようにもなるので、食べ終わってから、はて今なにを食べたろうかと考えることがあるほどだった。けれどそれを気にする様子もなく、智帆は食器を適当に流しにおいて、部屋に戻る。
 マウスに触れると、スリープモードに入っていたパソコンが再び明かりを戻した。白鳳学園で検索をかけ、出てきた情報を片っ端から見ていく。
「ふーん、初等部から大学部までの一貫教育ってやつか。ん? なんだぁ、学部が上がるたびに試験があって、約半数はここで落とされる? シビアなのな。――あれ」
 読み進む視線が、ふととまった。
「白鳳学園の寮を設立を予定。設備を整えるべく、モニターとして学園の指定するマンションで生活する生徒を募集? 編入生も可、か……」
 視線が鋭くなる。
 智帆は不思議な出来事を探している。
 何もおきていない場所で物が破壊されることであり、突風が吹くことであり、地震が起きたりするようなことを探していた。――そして、確かに白鳳学園では、謎の出来事が多く発生している。
 学園祭の準備期間に、怪我人が多発して演劇部が上演中止になっている。
 犯人の見つかっていない謎の発火事件も多発している。
 ――他にも、不思議なことが山ほど起きていた。
 突然に、つけっぱなしにした下のテレビが、クリスマスソングを流しだした。
 びくっと体を震わせて、慌てて智帆は振り向いた。――誰か帰ってきたのかと、一瞬思ってしまったのだ。けれどこんな時間に両親が帰宅するわけがない。自分の行動を後悔するように舌打ちをすると、テレビを消そうと立ち上がった。
 ふと、窓にかけたブラインドを指で下す。
 智帆の家は、一戸建ての雰囲気を味わうことの出来る、高層マンションにあった。だから、マンションながらも二階がある。
 夜の闇に抱かれた街の中で、イルミネーションが煌びやかに光っていた。
「サンタね」
 智帆は、小学生のときにサンタクロースを信じなくなった。
 それは、彼の周囲にだけ”風が発生する”とわかった日であり、両親が働いていることを口実に頻繁に家を空けるようになった日でもある。
 悲しいかな智帆は頭のよい子供だったので、両親が自分を”愛する”と同時に”恐れて”いることに気づいていた。
 何故、風が自分の側によるのか。
 何故、自分の声に風が耳を貸すのか。
 その理由を、一つも智帆は知らない。――親が怯えるこの力は、自分ひとりが持つものなのだろうかと、毎日考えるようになって今に至る。
「サンタがいるってのなら、俺に仲間をプレゼントしてよってね」
 軽く言って、ふと思いついて椅子に戻った。
 両親が外でも見れるからと智帆に教えたメールアドレスに、短いメールを打ち始める。



 件名:今年のプレゼント


  拝啓 両親へ
   今年はプレゼントに学校を変わる許可を頂きたい次第。
   関東の白鳳学園というところ。許可をもらえればあとは全部
   自分でやるので、問題なし。
   よろしく。



 智帆の願いは、翌年にかなうことになる。
 さて、サンタクロースはいるのか、いないのか。

[完]

本編開始前の智帆の話。クリスマス話です。ちょっと暗めですが。
第三話でもこのあたりのことは出てくる予定です。
なので詳しく書くのはやめました。白鳳に来る前はこんなんだったんだ、という雰囲気が伝わればいいなと思います。ちなみにこの智帆が作ったサイト、静夜たちも見ていた裏設定になっています。

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