[最終話 閉鎖領域]

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魔、来たりて No.04


「支配する?」
「夏の事件の時、雄夜が暴走して式神が敵になったんだ。あの時、智帆は同属性であることを利用して、風の白花を支配下に置いたよ」
 炎を一部でも支配下におさめることが出来れば、将斗たちの進む先の障害を取り除いてやれるはず。
「ちくしょう、智帆たちに大丈夫だって約束したのはついさっきだってのに。速攻で守れていない」
「久樹、大丈夫、大丈夫よ。巧くんたちは絶対に負けたりしない」
 自分自身も言い聞かせながら、繋いでいない方の手で久樹の頬を包む。
「ここから正門までは私が先導する。久樹は炎の制御に集中をしていて」
 正門に向き直った爽子の視界で、赤黒い雲がなにか嫌なものを巻き込んでどんどん大きくなっている。
 久樹は集中を開始し、炎鳳館にある炎を支配下に置こうとし始めた。
「あれの対処は私がするしかない。でも、どうやれば……」
 能力の支配者といえば万能感があるが、実際は支配する相手がいなければ発動しようにもない。――一人ではなにも出来ないのだ。
 出来ないことを上げていってもダメだと自分自身に言い聞かせ、久樹の手を引いて正門へと進む。とにかく集まっている人々を避難させることからやるしかない。
 とにかく気持ちだけでもしっかりしなければ、そう思っている間に距離は縮まり、ただの壁となった正門がはっきりと見えてくる。
 多くの生徒や教職員が集まり、かなりの喧騒が生み出されていた。
「落ち着いてください! ここからは出られないんです!!」
 群衆に冷静さを促すのは、聞き覚えのある声。
 声を頼りに探して、人々の中心にいる本田里奈と、長身の丹羽教授を見つける。
「本田さんっ」
 呼びかけた爽子の声に被って,低くよく通る声が群衆へと響いた。
「とにかく騒いでも事態は変わらん。此処にいても無駄なのだから、放送にあったように白鳳館に移動をすることだ」
 パニックを起こさせないように苦心している二人は、春の事件の当事者と関係者だ。そして冬の事件を経験しても久樹と爽子を拒絶しないでくれていた人物でもある。
 合流がしたくて人々の間に隙間を探して視線をあげて、爽子はハッとした。
「な、に……?」
 空を覆う禍々しい赤と黒が回転を始めている。中心に光が生まれ、それが周囲の邪気を吸い込んで、禍つ太陽を生み出そうとしているようだった。
 良くないことが起きる。
「逃げて!」
 必死に大声をあげたものの、里奈たちどころか、彼女たちに詰め寄る人々の耳にも届かなかった。
 防ぎたいのに、守りたいのに、出来ることが何一つ浮かばなくて首を振る。
「どうしてわたしは一人ではなにも出来ないの!? わたしだって、守りたいのに!」
 ジレンマに叫んでもなにも起きず、頭上から来ると思われる襲撃をおそれ、意識を別に飛ばしている久樹を胸の中に庇いこむしか出来ない。
 久樹が意識をこちらに戻したが、もう遅い。
 赤黒き太陽が鼓動をうつ。点滅し、脈動し、光を放ってくる!!
 それを──。
 唐突に喰らうものが現れた。
 はかないもの、美しいもの、無数の桜の花びらが、天を覆い尽くす勢いであふれたのだ。
「──え?」
 久樹と爽子を庇う位置に、緋色の娘が桜の花びらと共にふわりと降り立った。
『間に合いました』
 脳に直接に響かせる音を告げて、娘は微笑んだ。
『わたくしは貴方に浄化されたモノ。邪気ではなく、けれど人間でもない存在』
 白蛇を思わせる手にある舞扇を、娘は久樹の頭上に向けてくる。
『この身は炎で構成され、貴方さまを慕う心で成り立っております。貴方さまがお困りであれば、わたくしはご助力いたします』
 言葉とともに舞扇から花びらがこぼれ、きらきらと光を反射させながら久樹の身体に吸い込まれていく。
 久樹は優しい暖かさに目を細め、そうして当然のように炎鳳館の炎が制御権が自分にあることに気づいて目を見張る。
「これ、は?」
『わたくしの力ではありませんよ。ただ、使い方を貴方さまに囁いただけ、それだけ』
 久樹はまじまじと、柔らかく佇む娘をみつめる。
「君は……どうして、ここにいるんだ? 消えたはずだろ?」
 終わらない物語に泣いていた舞姫を、炎で終わらせたのは久樹自身なのだ。
「本当に君は舞姫なのか?」
『ええ。申し上げたように、わたくしは炎で浄化され、この事態に再生を果たしました』
「この事態にって、もしなにか知ってるなら教えて欲し──!?」
 最後まで告げることが出来ず、久樹は何度目かの衝撃に身を強ばらせる。
 響いたのは学園を圧する轟音。
 恐る恐る音の方向を振り向いて、天を貫いてそびえたつ光の柱を見つけた。
「なんだ、あれ……?」
 驚くばかりの久樹の隣で、いきなり爽子が柱に向かって必死に手を伸ばす。
「いやよ、なんで? あの色って、あの力って!!」
 爽子には光の柱を染める色がみえている。
 取り戻したくて手を伸ばしたのに、なにも掴めずに爽子の声は悲鳴になった。
 久樹は奪取した炎の支配権を再び失ったことに、嫌な予感を覚えて拳を握る。
 緋色の娘だけが冷静を保ち、朱の隈取りが施された目を剣呑に細めた。
『どうぞお気を確かに』
「……舞姫?」
『ここにいる貴方さまと縁のある人々はわたくしが守りましょう。急ぎ、炎の学び舎にむかうがよろしいかと』
 緋色の肌襦袢の藻裾を揺らせて、舞姫は久樹に背を向けた。
 対応を促す凛とした動きに我に返り、久樹は爽子を支えながら娘の後ろ姿を見た。
 邪気だったものではあるけれど、娘が邪悪なだけではなかったことを久樹は知っている。
「……なあ、舞姫。俺は本当に、君に慕って貰えるようなヤツじゃないんだ」
『いいえ、いいえ。わたくしにとっては、憎いだけの永遠に終わりをもたらして下さった方。あれはわたくしが得たはじめての安らぎ。貴方さまはわたくしにとっての特別。だからおっしゃって下さいまし、わたくしに。任せたと一言』
 これはまるで契約だ。
 特別な絆を結ぶために、存在をかける気持ちを受け取る為の誓い。
「……舞姫、ありがとう。──ここは任せた」
『嬉しゅうございます』
 華やかな声を上げた舞姫に頭を下げ、久樹は爽子の手を引いて光の柱の方向に走り出した。
 あれは尋常なものではない。
 初等部の子供たちが曲がっていった道に入り、距離が近くなった光に久樹は眉を寄せる。
「爽子、あれが何色に見えている?」
「久、樹……?」
「さっき言いかけてやめただろ。教えてくれ、一人で抱え込んだりするなって」
「橙色なの……巧くんの、色よ」
「巧──?」
 なにがあった?と心で問いかけるが、もちろん答えが返ることはない。出来るのはとにかく駆けつけることで、ついに二人は炎鳳館を視認した。
 初等部の子供たちの学び舎は、ごく穏やかな様子を見せつけるように佇んでいる。
「畜生、またか」
 何も起きていないと見せかけるのを、何回やって来たら気が済むのか。
 風鳳館と炎鳳館での火災を知らせるサイレンも、巧の異能力の色に染め抜かれているという光の柱も、なかったことにするなど出来るわけがないのに。
「俺たちが見ているこれは偽りだ。炎の名残がなくていいわけがない」
 火災を知らせるサイレンを聞いたからではない、久樹は実際に炎鳳館を襲う炎の制御もしている。あれは人的被害すら出るほどの規模だったのだ。
 嫌な想像をしてしまって、久樹の口の中が干上がった。爽子も同じだったようで、互いに見つめ合い、行動を起こすための意思を必死に振り絞る。
「……俺たちに出来るのは行動だけ、そうだよな?」
「うん、それしかない」
「静夜が言ってたよな。打つ手も浮かばないのに飛び込むのは、ただの無謀だって」
「それでも、それしかないよね。わたしたちに出来るのはそれくらい、だから一緒にやってみようよ」
 震える手を、震える手で握り締めあう。
 閉鎖領域となった白鳳学園に来てから、二人は手を握ってばかりだ。
 二人が頼る唯一のよすがであり、自分たちを信じるための、これはおまじないだ。


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