[最終話 閉鎖領域]

前頁 | 目次 | 次頁
魔、来たりて No.03


 開けた道を全員で走る。
 振り返ってみると、背後にしてきた人々は、熱のない火の粉を放ちながらキラキラと存在するかがり火に守られて、互いに励ましあっているようだった。
「ねえ久樹、かがり火はどれくらい持つの?」
「実は虫除け程度の効果なんだよ、だから結構持つな」
「虫除けって……」
「爽子、このあたりに邪気の気配はないって言ったろ?」
「うん、そうなの。逆に怖くもあるわ。邪気が活性化しているのに、どうして静かなの? 火災が起きたっていう炎鳳館や、煙があがってる風鳳館に集まっているってこと? それって………」
 不吉な予感に爽子は言葉を詰まらせる。
 久樹は幼馴染を見やって、同じようにこちらに視線を向けてきた静夜と目が合った。
「爽子さんが感じている不安って、邪気が集まっている場所が僕らに関係する人たちがいる場所だってことでしょ」
「俺らの関係者? 考えすぎって言いたいとこだなあ」
 楽観的な希望はことごとく現実に否定されてきたので、久樹は眉を寄せる。
「久樹さんから奪われた炎の異能力はかなりの量だったって思っているけど、あっている?」
「脱力感が半端なかったしな」
「将斗は次々に邪気が形を持つ光景を見たよね」
「見たー! 凄い数だったから、そこら辺にごろごろしてると思ってたー」
 走りながらだというのに、将斗は器用に挙手をする。
「意識していない状態で危機の光景を見るとしたら、近しい人たちの側だよね?」
「うー? ええ、だったら俺が見た場所って、菊乃とか静夜兄ちゃんの友達の近く限定ってことー!? それって心配すぎるよ!」
「それだけじゃなくて、もっと嫌な計画がある気もしてる」
「計画ってー?」
 将斗がうなりながら、沈黙を保ったままの智帆に視線をやった。
「……? 性格が悪そうな計画立案なら俺とでも言いたいのか将斗」
 軽口を返すと将斗が首を引っ込めたので、智帆は追撃せずに引く。
「静夜が気になっているのはあれだろ、俺らの関係者の側に邪気が配置されたわりに、本格的な危機の光景の追加がこないって現実だ。その癖、炎鳳館では火災が、風鳳館でも煙があがっている」
「やっぱり僕らが桜たちに近づいた時にこそ、本物の危険がみんなの身に起きるってことになっちゃうのか」
「はあ!? 久しぶりにつっこむけど、許せ、なんでそうなるんだよ智帆、静夜!」
 答えを待つだけではいたくないと決めた久樹と爽子だが、突飛すぎる二人の答えに仰天して声を上げる。
「邪気の活性化のトリガーになったのが久樹さんの炎だからだろ」
「智帆さーん、智帆さん、意味が分かりません。説明してくれる気があるなら、もう少し優しくお願いします」
「なんでそこでへりくだる。そうだな、俺らが死力を出さざるを得ない状況が、お膳立てされていくって思わないか?」
「智帆にぃ、それって、俺たちに関係ある人が巻き込まれたら、ほっとけないってバレてるってこと?」
 巧が悔しそうな声を落とす。
 またもや状況把握能力で小学生に劣ってしまったと、へこみそうになる気持ちを久樹と爽子は抑え込んで年下の仲間たちを見やった。
「まるで俺たちを弄んでいる首謀者がいるみたいに聞こえてくるぞ。どうなんだ、智帆」
「首謀者がいてくれた方が楽だな。人間が関わるなら、予測も出来る。今回に限ってはどうなんだか」
 吐き捨てて、智帆はさらに厳しい眼差しになる。
「首謀者がいるにしろ、いないにしろ。あの神社って罠だったことになるのか」
 久樹のやるせない呟きを「だろうな」と智帆があっさり肯定した。
「だからこそ、ここからは各自が最善だと思うことをやるのが一番だ。今までのやり方が間違っていた可能性がある以上、やりたいことをやった方が後悔は残らない」
「今までやってきたことを全否定するなって」
 全てを背負いこむ言葉に久樹は胸が痛くなる。
「……はあ? なんでいきなり久樹さんと爽子さんがへこむんだ? 別に俺も静夜も、今までしてきたことが重すぎるから、これからは考えないって言ってるわけじゃない、そうだろ静夜?」
「うん。与えられた知識を元にした判断は考え直すけど、今までの経験則に基づいた判断はするし。ここから先は、個人個人で判断しなくちゃいけなくなる可能性が高いから、心構えをしておくようにってだけなんだけど」
「──へ?」
「ねえ、静夜くん」
 久樹の発言に同意するばかりだった爽子が声を挟む。
「仕組まれてここにいて、だから私たちは狙われているんだよね。だったら朱色の鳥居に呼ばれた久樹は、特に狙われているって可能性もあるのかな」
「狙われているのが僕らの中の誰かなのか、それとも全員なのかは分からない。でも一応、ちゃんと言っておく」
「大丈夫だって」
 久樹がいきなり断言する。
「僕、最後まで言ってないんだけど」
「やたらと遠まわしな説明だったけど分かるって。俺らを狙ってるかもしれない何かが、俺らをここに呼びつけた。それが俺らの分断を企んでるってことだろ?」
「そうだけど……」
 どこか自信なさげな表情になると、静夜は可憐な美少女にしか見えなくなる。久樹は元気づけたくて、無駄に強く頷いて見せた。
「狙いが分かってるから乗らないようにしてきたのが今までだろ。でも今回に限っては、それぞれが優先したいことをした方がいい。そうじゃないと誰かが後悔することになるって智帆も静夜も言ってる……だよな?」 
 時間がないと分かっているけれど、久樹は爽子と共に足を止めた。
 当たり前のように静夜と智帆、巧と将斗、そして殿の雄夜も立ち止まる。
「だから、俺は巧たちと炎鳳館に行く。三人は風鳳館に行けよ」
「なんかもう、久樹さんの思考回路ってわけがわからないよ」
「俺も同意見だ、静夜」
 智帆は頭痛を抑えるのに似た仕草をした。
「そりゃあな、静夜と智帆のどっちかがついてきてくれれば嬉しいよ。嬉しいけど、そんなこと言って甘えてる場合じゃないだろ」
 否定されるだけだと頑なだった少年たちを、まるごと受け止めた高校生たちを思い出す。彼らがいなければ、三人の心は傷ついていることすら認めないままだったはずだ。
 自分たちをおびき寄せる罠があり、風鳳館でもなにかが起きているのなら、彼らはそこにいるはずだ。まったく同じ理由で、炎鳳館には立花姉妹がいる。
「炎鳳館にいるサチと菊乃ちゃんを助けるのは、俺らの役目だ。風鳳館にいるお前たちの友達を助ける役割は、やっぱり智帆たちの役目だよ。それを一人でも諦めさせたら、そこに後悔が残る」
「たしかに、そうなんだけど」
 どこか一線を引いた態度を取ってきながら、その実は誰のことも見捨てられないでいる二人の肩をいきなり雄夜が掴んで、風鳳館の方角に身体を回転させた。
「雄夜?」
「行くぞ、秋山たちが待ってる」
「感情に従えっていったらいきなりそうなるのかよ。待てって。不測の事態が起きたらどうするつもりなのかは聞かせろ」
 ぐいぐいと背を押してくる雄夜に抗いながら、智帆が振り向いて問うてくる。
 久樹は照れたように笑った。
「そうだな、いざとなったら全員を連れて風鳳館まで逃げるよ」
「はあ?」
「だってそうだろ、どうしようもなくなったらそうするしかない。ようはみんなが無事ならいいんだ、雄夜の判断基準に俺は全力で乗る!」
「私も、そうするね!」
 ひどく晴れやかな大学生二人に、智帆と静夜は互いを見やって息を落とすしかなかった。
「まったく、ああ、もう分かった。巧、将斗!」
 今は口を挟むところではないと、黙って状況を見守っていた子供たちを呼ぶ。
「久樹さんと爽子さんのお守りは任せるからな」
「はーい!」
「わかった、大丈夫」
 迷いない初等部の子供たちの返答に、久樹がぽかんとする。
「そこで了解するのかよ、巧、将斗〜」
 肩を落とした久樹に、爽子は笑った。
「仕方ないかも、巧くんと将斗くんは異能力者として先輩だからね」
「爽子、割り切るの早すぎないか? 俺らってかなり年上だぜ?」
「情けない年上、でしかないけれどね」
「──よし。じゃあ、全員、行くか」
 続く道を久樹は見つめる。
 このまま進めばすぐに白鳳館につく。そこで正面道路に入り、最初の曲がり道を折れれば高等部風鳳館、曲がらずに進んで次の曲がり角を進めば初等部炎鳳館、そこも曲がらなければ白鳳学園正門だ。
 いきなり高等部の生徒たちが駈け出した。
「智帆、静夜、雄夜!」
 背を押したのは久樹だというのに、つい大声で呼んでしまう。
 けれど彼らは立ち止まらなかった。
「ぼーとなんてしてられないからな、久樹にぃ!」
 爽子と繋いでいない方の手を引かれて視線をやれば、智帆や静夜によく似た厳しい表情をした巧が炎鳳館の方角を指さす。
「分かってる」
 久樹が返事をすると同時に、将斗と巧が走り出した。慌てて爽子と共に走り出す。
 高等部風鳳館へと続く曲道を通り過ぎるとき、久樹は智帆たちの後ろ姿を求めて視線をついやってしまった。
 それで、おや?と思った。
「なあ、風鳳館では煙があがっているんだよな」
「そうね、放送でそう言ってたから」
「煙、今は見えないぞ。消し止められたのかもしれないけど、きな臭さもないのはなんでだ? それに炎鳳館も煙でてないだろ」
「──え? あ、それはそうね」
「夏の事件の時は、炎にまかれている感覚はあったのに、実際は違ってたよな。あれと同じだとしたら、煙にまかれる被害とかないから助かるな。煙はまずい」
 答えは出せなくても考えながら、炎鳳館を目指して走り続ける。
 はっと息をのんだのは爽子だった。
「待って、おかしいわ。巧くん、将斗くん、止まって!!」
 炎鳳館に曲がる道に入る少し手前、白鳳学園の正門のある方角の空に、赤黒いなにかが急速に集まりつつある。
「あれを見て! なに、あれ……!!」
「爽子さん? あれって、え、なにか見えるの?」
 失恋はしたものの、巧にとっての爽子は特別な人のままだ。必死の訴えを無視できるはずがなく、けれど意味が分からずに困惑する。
「巧くんにはアレが見えていないの? あ、だったら!」
 爽子は異能力や邪気を、色や物の変化という形としてとらえることが出来る。だから爽子にだけ見えるアレは、邪気がなにかをする前兆そのものなのだ。
「邪気が動きだしたの。赤黒い色が正門へと向かって、まるで雨雲みたいだわ。なら、答えは一つしかない。正門に攻撃をしようとしてる。──その準備段階ってところよ」
 爽子の説明に、久樹は立花幸恵の言葉を思い出す。
「サチは出入り口がなくなってるって言ってたけどな、それでも万が一にかけて人が集まってる可能性もあるな。人の多い場所が狙われてるってことか?」
 どうしたらと眉をよせた久樹に、将斗が「なんでー?」と返した。
「将斗?」
「炎鳳館には菊乃がいるよー。だから、俺は炎鳳館にいく」
「……俺もいく。久樹にぃたちのこと任されたけど、正門には行けないよ、俺は将斗と離れたくない。爽子さんのことは」
 恨めしそうに久樹のことを巧が見上げる。
「久樹にぃが守るのが役目だし。絶対だし。爽子さんが気になるっていうんだから、そっちはよろしくな!」
 言い放って、二人は駈け出した。
「ちょ、待て! ちょっと待てって!!」
 大慌てで手を伸ばし、久樹は子供たちの襟首を強引につかむ。
「なんだよー!」
「く、くるしッ!」
「俺だって、お前たちだけで行かせるわけにいかないんだって! 智帆はああ言ってたけどな、将斗たちをより心配してるに決まっているだろうが――ッ!?」
 久樹の言葉を途中で途切れさせる、突然の爆音が上がった。
 炎鳳館の方角からだ。
 将斗は真っ青になって、悲鳴を飲み込んでから「菊乃!!」と叫ぶ。
「あー! 離せって!! そう、大丈夫だよ、雄夜兄ちゃんたちが、そんな簡単に俺たちのことを放置するわけないだろ! ほら、あそこ!」
 将斗が自由になる手で、空のある一点を指さした。
 つられてそちらを確認したが、特に変わったものはない。なにがあるんだよと尋ねようとして、つい束縛していた力が緩んでしまう。
 それを狙っていた将斗が、猫のように体をねじって久樹の手を振り払った。
「ごめん、嘘! また後でなー!! 久樹兄ちゃんたちは正門に急げ、忘れてたけど学生課の人とか教授とかいるんじゃないかなー! 幸恵姉ちゃんは菊乃のお姉ちゃんだし友達でもあるから、俺たちに任せてー!」
 将斗に習った巧にも束縛を振り払われ、仲良しの従兄弟同士は全力で駆けていく。
「やられた……」
 がっくりと久樹が頭をたれると、爽子に腕を引っ張られた。
「いじけてる時間はないよ久樹。巧くんの言う通りだわ。きっと正門には本田さんたちがいるはずだから行かないと。でも炎鳳館の爆発はどうにかしたいよね」
 握り合っている手にぎりぎりと力を込めてきながら、爽子は必死に考える。
「ねえ、静夜くんたちがしていたみたいに、炎の力を遠くに飛ばして爆発を抑え込むことは出来ない? 異能力のコントロールが足りないっていうのなら、嫌だけど私が強引に制御することも出来るから」
「爽子?」
「私、決めたの。出来ることはなんでもするって。自分の能力は正直嫌だけれど、でも利用できるものなら使いたい!」
 桜色の唇を爽子がきゅっと噛んだ。
 爽子の見せた覚悟に釣り込まれて、久樹も強くうなずいた。
「そんなことはしなくていい。やってみせる、ただしばらく俺は使い物にならないかもしれないけどな。――炎鳳館の炎を支配してみせる」


 前頁 | 目次 | 次頁
竹原湊 湖底廃園
Copyright Minato Takehara All Rights Reserved.