[最終話 閉鎖領域]

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閉鎖領域 No.06


 異変や邪気に関する知識とは、どこで手に入れることが出来るというのか。智帆と静夜だけが、予測可能な情報と知識を持つのはなぜなのか。
 とんでもないことに思い当たった気がして、久樹は慌てて智帆と静夜に視線を向けて目が合った。まさか少年たちがこちらを注視していると思っていなかったので「──へ?」と間抜けな声を上げる。
「ち、智帆? 静夜?」
 困惑した空気をまとう二人が気になって、引っかかった事実よりも尋ねることを優先した。
「どうしたんだよ?」
 問いを受けた少年たちは困った顔をした。
「いや、いつまでたってもつっこみが来ないからな」
「──は? つっこみ?」
「そこだけで会話を続けるなあ!とか、勝手に納得するなあ!とか。なにも来ないから、調子が出ないというか物足りないというか」
 好き放題に言っている二人に「俺だって……」と中途半端な自己主張をして、じと目で少年たちを睨んでみる。
「久樹、私がついているからね!」
 傍らの爽子が心からの応援をしてきた。
「へえ、なるほどなぁ。俺らに説明を求めるだけじゃダメだって思ったのはいいけど、浮かんでくるのは質問ばかりで固まったってとこだ」
「智帆、なんでそこまで明確に分かってるんだよ……」
 久樹の情けない声に、智帆と静夜は互いに顔を見合わせて軽く笑った。
 それが合図だったのか、二人の少年がまとう空気が、かつてと同じ穏やかさを取り戻す。
「久樹さんと爽子さんは不思議そうにしてるけど、べつに分かったのは不思議なことじゃないと思うけど」
「不思議だと思うけど……どうして分かっちゃうの?」
 首を傾げた爽子の真似をするように、静夜もまた細い首を傾げた。
「だって僕らも説明が欲しいくらいだから。分かっていることが少なすぎて」
 心底困った様子で静夜が左へと歩きだし、示し合わせるように智帆は反対の右へと歩きだす。
 二人が左右に分かれたので、久樹と爽子の視界が開けた。盾となっていた少年たちの先にある裏門は、どうしてかひどくゆがんでいた。
 太陽を目指して枝葉を広げる樹木はぐにゃぐにゃと曲がり、地面の上に敷かれ進む先を示す道は天地の区別なしに好き勝手にちらばり、道としての機能を放棄している。
 すべてが奇妙で異常だった。
 久樹が正しくあると認識出来るのは、最奥にある凛とした佇まいの朱色の鳥居だった。神社があった記憶はないが、訝しむよりも妙にほっとしてしまう。
 鳥居の前には、漆黒の後ろ姿と、小柄な二つの人影があった。
「……!!」
 爽子が隣で息を飲む。
 すぐに彼女の手を取って、視線を久樹自身に向けさせる。びっくりした眼差しを捉えているうちに、爽子の瞳に冷静さが戻るのがよく分かる。
 大袈裟にするな、ごく普通の態度を取れ、繰り返された指摘を守る為だった。
 二人でうなずき合って、あらためて視線を後ろ姿に向けて口を開く。
 ──声が出なかった。
 一体いつからだったのか、口の中がカラカラに干からびてしまっている。なんとか口の中にうるおいを戻さなければと思ったが、ここで指先から徐々に体が固まってきていることに気づいた。
 まるで金縛りだ。
 ゆがんだ世界から拒絶されたのか、それともゆがんだ世界を拒絶しているのか、分からないまま動けなくなっていく。
「世界が歪んでいるから、怖い?」
 身体だけでなく、臓腑までもが固まって、心臓が停止する恐怖すら抱いた所で、静夜の声が届いてきた。
 救いを求めて振り向きたいのだが、身体は動いてくれない。
「怖いのが当然だよね。でもその歪みがこそが、この世界から隔絶してしまった僕らの知っている白鳳学園へと続く唯一だって僕らは思ってるんだ」
 静夜の柔らかな声の終わりに、智帆が落とした溜め息を耳が拾った。
「久樹さんたちが突入しようとした白鳳学園は、在りし日の残像だと考えてる。外から入って、どこに行くのかも分からない。ただ俺らに入って来いと誘っているように見えるからな、別のどこかに連れていければ好都合ってやつかもな」
「僕らは白鳳学園の消失を察知して、すぐに将斗が菊乃ちゃんたちの居場所を探し始めたんだ。大切な人の危機なんだ、見通せないはずはないと思った……でも将斗にすら見えなかったんだ」
「だから他の手も探したよ。それでも何もわからない、八方塞がりだ。そんな時だな、俺たちも声を聞いた」
 静夜や智帆たちを呼ぶそれぞれの声は、まるで妨害電波にやられているかのようにひどい雑音に邪魔されていたけれど、それでも届いたのだ。
 同じ場所に全員が揃っていたのに、聞こえた声は異なっていた。消えた学園と繋がったままなのは絆だけであり、この声を強く聞ける場所こそが、隔絶された白鳳学園へと繋がる唯一の希望だと判断した。
「歪んでいるのは、この場所に留まったまま、失われた世界との繋がりを持ち続けているからだと考えてる。そう思ってもまだ、怖いか?」
 頭脳派の少年たちの言葉が、望む場所へと続く唯一の希望を恐れるのかと問うてくる。それで久樹と爽子は、自分たちの無意識の恐怖がここを拒絶したと理解できて、金縛りが溶けた。
 振り返ると、こちらを見守ってくれている智帆と静夜に先を促された。
 頷いて、久樹は爽子と共に歪みの中を進む。
 少年というより青年の骨格をした肩に触れようと手を伸ばすのと、雄夜が顔を上げのはほぼ同時だった。
「見つけた、あとは……」
 低く呟いて、彼は振り向いた。
 片割れの静夜を求めただろう視界に、久樹と爽子の姿を見つけた瞳が純粋な驚きに見開かれる。無言のまままばたきを繰り返し、彼は唇の端を少し持ち上げてただ笑った。
 無口な雄夜は何も言わないが、久樹と爽子を当たり前に受け入れているのが伝わってくる。
 パンッ!と大きな音が響いた。
 雄夜の左右に居た子供達が、同時に大きくかしわでを打ったのだ。
「なにを──」
 したんだ?と続けようとした言葉を、久樹は中断した。
 いきなり目眩が襲ってきた。身体が揺れ、足元が揺れ………いや、違う。
「これ、は……」
 揺れているのは世界だ。
 樹木がザワザワと忙しく葉を震わせて、真っ直ぐさを取り戻していく。バラバラだった道も敷くべき方向を取り戻し、天地の概念が戻ったことで青が頭上に広がった。
「智帆、静夜! これって!」
 慌てて振り向いて、智帆と静夜が裏門のこちら側にいることに気づいた。
 ──違う。それだけではない。
「ない」
 ”あったもの”がない。
『出入り口がなくなっているの』
 久樹と爽子と絆を結び、道を示してくれた幸恵の言葉が鮮やかに蘇った。
「……久樹!」
「ああ、分かっている」
 ここは裏門を──出入り口を奪われた学園だ。
「ここが……此処こそが!!」
 興奮のあまりに震えた訴えを「そうだよ、久樹兄ちゃん」と、子供らしい声が肯定した。
 しゃがんでいた川中将斗が立ち上がって、ぐるりと周囲を見渡す。
「菊乃はここに居る」
「うん、それで間違いない。他のみんなも──幸恵さんたちも居るよ」
 将斗の隣にいたもう一人の子供も、こちらに向き直った。
 久しぶりに会えた中島巧の、赤茶色をした猫のような釣り目に変わりはない。けれど宿るものがやけに大人びていた。
「爽子さん、今まで大丈夫だった?」
 ひたすらに案じてくれる優しさに、爽子の目頭が急激に熱くなり、鼻の奥もツンと痛くなってくる。このままでは涙を見せてしまうと思って、爽子はおもむろに両手で顔を覆った。瞼をぎゅっと強くつぶり、涙を抑え込む作戦だ。
「……巧くん」
 声は震えたが、泣き声にはならなずにすんだ。
「なに?」
 あからさまな挙動不審なのだが、巧は爽子の続く言葉を待ってくれている。
 爽子の気持ちに寄り添う対応に、改めて巧を子供扱いしてきたことと、好きだと言ってくれた気持ちを流してきたことを恥じた。
「ありがとう、巧くん」
 胸に溢れる思いは様々だが、爽子が形にするべきなのは感謝の言葉だった。巧はきょとんとして「俺、お礼を言って貰えることなんてしてないよ」と笑う。
 爽子と巧の再会を見守っていた久樹は、優しい二人の様子が嬉しすぎて涙がこみ上げ、慌てて周囲を確認するふりで空を見上げた。
「久樹兄ちゃん、空になにか感じるのかー?」
 泣くのを耐えているとは返事が出来ない。「いや、その、なにも……」と濁して、将斗と普通に会話をしていることに顔を慌てて下ろした。
 いきなり凝視された将斗がたじろぐ。
「ど、どーしたんだよ、久樹兄ちゃん。やっぱ空になんかあったのか!?」
 手で庇を作り将斗は空を見上げるが、なにもないので首を横に傾げた。
「うー?」
「いや、悪い。本当に何も見つけてないんだ」
 将斗の真剣さにいたたまれなくなった久樹が小さくなる。背後で智帆が笑った。
「将斗、そこの大学生のお兄さんは、ごく普通に受け答えた自分自身に驚いている最中ってとこだぞ」
「えー!? 普通に受け答えて驚くって事は、普通じゃないのをやる予定だったってことかー? もしかして踊りながらとか!? すげぇかも!」
 目を輝かせた将斗が「ちょっと踊ってみて!!」と大きな声を上げる。それに驚いた爽子が振り向いて「久樹が踊る? え、本当に?」と困惑した。
「どうしてそんなに驚くの?」
 巧は首を傾げる。
「あのね、久樹ってどっちかっていうとリズム感ないのよ。……その、音感もちょっと……」
「爽子、ちょい待てって! いきなりそんな事をばらすなよ!!」
 慌てて抗議したが爽子の発言をなかったことには出来ず「興味あるなー」と将斗が無邪気に挙手をする。
 ここで歌って踊れということかと頭を抱えた。その横を漆黒の影がすっと通り過ぎ、将斗の両肩に手を置く。
「──将斗、リズム感や音感のあるなしはデリケートな問題だ」
 雄夜の声にはなぜか切なさが含まれている。初等部組は雄夜と仲が良いので動揺し「えーっと、よく分かんないけど、分かった」と久樹への要求を取り下げた。
 深刻な状況にあるはずなのに、どんどん不思議な方向に話題が向かっているので、軌道修正をしなければと久樹は思うのだが、こうしたやり取りが出来ることが幸せで言葉が出てこない。
 隣に戻ってきた爽子も笑ったので、同じ気持ちでいると分かって手を握った。
「このずれた状況を幸せって思うあたり、なんとも久樹さんと爽子さんらしいって思わないか?」
「ちょっと照れるよ、僕たちと一緒に居れて嬉しいってあそこまで表現されると。まあ……それに浸っているわけにはそろそろいかないけど」
 智帆と静夜の会話が、楽しいだけの状況に終わりを告げる。自然と集まる全員の視線を頭脳役の二人の少年が平然と受けとめた。
「それで、現状でなにか感じたことは?」
 静夜が尋ねる。
「──えっと、危機の光景は今のところ見えてないよー」
 会話を続けながらも、異能力を学園全体に向けた将斗がさらっと答える。巧はしゃがんで地面の上に掌を置き目を閉じた。
「特別な振動も伝わってこないから、集団が走ってるとかもないと思う」
 巧の言葉に、驚いたのは爽子だった。
「いつの間に巧くん、そんなことが出来るようになったの?」
「あーえっと、将斗にちょっと習って」
「習う? ……え?」
「将斗って光があるとこを視れるから。俺も大地の上で起きていることなら、少しは感じれるかなって思ったんだ」
 爽子から異能力の使用方法について問われると思っていなかったので、巧は驚く。それは全員同じ気持ちで、爽子は気づいていないが注目を集めていた。
「わたしも自分の異能力を理解できるようになりたいな。──みんなを危険な目にあわせるんじゃなくって、手助けになる使い方がしたいから。能力を支配するなんて嫌な能力だけど、分かっていれば便利なこともある……と思うの。違うかな?」
 爽子は力には善悪などなく、それを使う者によって善悪が分かれ責任が生じると考えてきた。それゆえに異能力に迷い、迷いが制御を不能とし、久樹の炎の異能力を乱暴に封じ続けてきたのだ。
「巧くん、色々とわたしに教えてくれないかな。ずっと守ってきて貰ったけど、わたしにだって巧くんを守ることは出来るはずだから」
「俺、爽子さんに守って貰うのはあんまり嬉しくないなあ」
「どうして?」
「うう〜そんな悲しそうにされても……だってさ」
 顔を覗き込まれた巧が、助けを求めて智帆を見やる。
「爽子さん、そこまでにしときなって。完膚なきまでにふられたとはいえ、巧にとっての爽子さんはまだ守ってやりたい相手なんだから。鈍感も行き過ぎると武器だぞ」
 呆れがかなり含まれた智帆の言葉に、爽子は「あ!」と声をあげ、しおしおと謝ろうとする。「そこでの謝罪はもっと残酷じゃない?」と静夜に言われて口を手で押さえた。
「なんだこのすごい変な空気ー。なあなあ、智帆兄ちゃんはなにか感じないのか?」
「風もなにも伝えてきてないな。雄夜、こっちに来た瞬間に式神を放ったろ。そっちの偵察の成果は?」
 雄夜が答えようとしたタイミングで、優美に翼を羽ばたかせる音がした。彼は驚きもせずに腕を持ち上げて、炎の鳥である朱花が舞い降りる場所を作る。
「特に異様な光景は確認できていない。生徒たちはそれぞれまとまって不安そうにはしているが、パニックは起きていないな」
 朱花の報告に頷き、けれど智帆は厳しい視線を静夜に向けた。
「どう判断する、静夜」
「なにもないし、なにかが起きている状況すらない。──それでも」
 少女のようだと評される顔に懸念を湛えて、静夜は一人ずつに視線を向けていく。それで危機感を受け取ったのか、それぞれが頷いた。
「ここは……」
 説明の出来る明確な危機はまだない。
 ただ人間は持たないはずの触覚が、生存本能のようなものが、ここは異常な世界だと叫んでいる。正常が異端となり、異端が正常となり、全てから孤立させられた世界だと。
「閉鎖領域」
 厳かな声で静夜が告げる。
「……閉鎖領域、か」
 止めていた息を吐き出して、爽子が眉を寄せる。
「裏門がないだけじゃなくて、外にも変化があればよかったな。なんだか逆に怖いもの」
「ちょっと待て、爽子。今、なんて言った?」
「風景がいつもと同じすぎて、閉じ込められた世界だって実感がわきにくくない?」
 与えられた回答に久樹は眉を寄せた。
「いや……だって、あるだろ?」
「どれのこと?」
 きょとんされて更に混乱し、久樹は奥に視線を向けた。全員の視線もまた同じ方向に集まった。
 ゆがんだ世界にあってなお、凛と佇む朱色の鳥居。あれは間違いなく、毎日見ていた風景には存在しなかったものだ。
「俺をからかっているんじゃないんだよな?」
 声が震えるのを止められないまま、同じくらい震える指で鳥居を示す。
「俺には、そこに鳥居が見える」
 なんとか言い切った声に「鳥居?」「どこ?」と混乱する声がかぶさってくる。想像はしていたが、改めて自分にしか見えないのが不安になったところで「まさか……」と呟く声を拾った。
 慌ててそちらを見れば、智帆と静夜が厳しい表情で、何かを小声で言っている。それが自分を肯定するものに見えて「智帆と静夜には見えるんだよな?」と口に出してしまった。
 ぎょっとしたのは雄夜だ。
「静夜、鳥居が見えるのか?」
「見えないよ、今は──」
「今はってどういう意味だ?」
 含みのある答えに、雄夜が片割れとの距離を詰める。智帆が間に割って入った。
「俺も同じだ、朱色の鳥居は今は見えない」
 妙に挑発する言い方をする。雄夜はそれに乗せられて苛つき、智帆を押し退けようとした腕を巧に掴まれた。
「巧?」
「智帆にぃにごまかされてる。雄夜にぃ落ち着いて」
 ぎゅうっとされて伝わる子供の体温は、雄夜を留まらせた。
「やれやれ、本当に成長したよな巧。伏兵もいいとこだ」
「智帆にぃ、今は見えない言葉って、前は見えたって言葉と同じだ」
 巧は言葉を切り、久樹が朱色の鳥居があると示す場所を見やる。
「久樹にぃがあそこにあるって言っている、朱色の鳥居を」
「確かに以前でいいなら見たことがある」
「それって、どれくらい前?」
「俺がここにやってきて、雄夜が俺と同じ異能力者だと気づいた頃だな」
「そんなに前の話なの!?」
 驚きながらも巧は雄夜の腕を放さない。雄夜も剥がそうとはせずに「静夜は?」と尋ねた。
「智帆が鳥居を見たタイミングと殆ど同じだと思うよ。白梅館の自分の部屋から外を見ているときに、ひどく呼ばれている気がして。気配を探っているうちに、裏門の近くに朱色を見つけたんだ」
 目を伏せたせいで、静夜の長い睫毛が濃い影を落とす。
「確認しなくちゃと思って裏門にいって、鳥居を見つけた。それで鳥居をくぐったんだ」
 世界がゆがんだことを静夜は覚えている。
「変な感覚だったな。どっちが前で、どこが後で。僕はどこに立っていて、空がどこにあって、地面がどこにあるのかも分からなくなったから」
「その感覚って!」
 驚いた爽子の声がやけに高く響く。
「うん、似てるよね。絆を利用して道を繋げる前の、ひどく不安定だった白鳳学園の裏門の光景と。だからそれを見たとき、凄く驚いたんだよね」
「鳥居をくぐったあと、ずっと世界はゆがんだままだったのか?」
 久樹が問うと、静夜はふるっと細い首を振った。
「少ししてゆがみは収まったよ。空を覆うくらいに高い竹林と、白い石が敷き詰められた参道があった。まるで僕に進めって指示しているみたいで、その先に古い神社──白鳳神社を見つけた」
 鳥居の先に参道があり、その先に神社がある。普通のことだが、ない場所に存在していることは異常だ。
「ねえ、久樹にもみえているの? 参道に竹林が」
「それが見えるのは鳥居だけなんだよな」
 鳥居の先に久樹が目を凝らした時に「静夜」と低い声が響いた。
「なに雄夜」
 どこか疲れた様子で静夜が答える。
「その神社でなにがあった。なにかがあって、それで悩んできたなら、なんで俺にずっと黙っていた」
 言葉を募らせるほどに雄夜の語気はきつくなっていく。それにブレーキをかけたくて、巧が「雄夜にぃ」と呼びかけた。
「それ、すごくらしくないよ」
「巧……?」
「だって、雄夜にぃはさ。いつだって静夜にぃたちに任せるって言ってたよ。考えてみなよって静夜にぃが言っても、作戦をきちんと実行するほうが大事だって言ってた。だから静夜にぃは相談は出来なかったんじゃないかな」
 真っ直ぐで鋭い視線を、巧は雄夜の感情ごと受け止めたかった。
 もしも将斗が悩んでいて、そのきっかけを話して貰えなかったら、辛くて苦しくてたまらないと分かるから。そんな思いが将斗にも伝わったようで、巧が掴んでいるのとは逆の雄夜の腕に飛びついた。
「将斗?」
 従兄弟の行動に驚いた巧に、将斗は大丈夫だってーと小声で笑う。それに確かな力を貰って言葉を続けた。


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竹原湊 湖底廃園
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