[第三話 紅葉、舞う]

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No.05  遠き言葉


 幼馴染みとしてだけ、ずっと一緒に居たいのか?という質問は、爽子の口からも、久樹の口からも、出なかった。
 久樹と爽子が白鳳館の正面近くに差しかかると、手を振る少年達を見つけた。三人は周知の人物で、智帆・静夜・雄夜の面々だ。
「気のせいかしら。食べ物をもって行くと、三割増しで歓迎されているような気がするの」
「気のせいじゃないだろ。心を掴むなら、胃袋に訴えろって言うじゃないか」
「誰が言ったのよ、誰が」
 爽子の呆れた声に、久樹は真理だと思うけどなぁと首を傾ぐ。大きな桜の木の下にはビニールシートが広げられて、そこに見慣れぬ三人の生徒がいた。
「すみません、勝手に来ちゃって」 
 お下げ髪に眼鏡の少女がすぐに立ちあがる。紙皿や紙コップなどは揃えておくとメールが届いたのは、この少女がいたからなのだと爽子は強く納得した。
「沢山作っちゃったから。逆に来てくれて助かったの。たしか、昨日教室で会ったよね?」
 問われて、眼鏡にお下げの少女は首を傾げる。かわりに横手から声があがった。
「あ! 雄夜くんのお友達ですね!」
 肩の上でまっすぐに切りそろえられた髪が印象的な少女だった。爽子と久樹は少女を見やって「あっ」と声を上げる。
「雄夜を好きな女の子っ!」
「きゃーーっ!!! ななななな、なんで知ってるんですか!!」
 絶叫と共に少女は必死の形相で振り向く。雄夜といえば爽子の重箱の中身を真剣に見つめていて、会話は聞こえていないようだった。
「よ、良かった。いきなりばらさないで下さい。まだ告白もしてないのに。私、秋山梓っていいます。良かったら梓って呼んでください」
 言って、梓は冷や汗を拭う仕草をする。ご、ごめんねと爽子は圧倒されつつも謝って、お下げの少女を見やった。
「梓って、いつもこんななんですよ。体は大きいけど小動物みたいなんです。気にしないで下さい。私は北条桜っていいます」
 桜って呼んでくれていいですと言ったところで、智帆がくるりと自己紹介をし合っている一同に顔を向けた。
「北条のことなら、あだ名で委員長!って呼んでも良しだよ」
「智帆くん! それあだ名じゃないよ」
「でもあだ名みたいなもんだろ。そう呼ぶ奴多いし」
「静夜くんは呼ばない。……そうよ、智帆くんだって呼ばないじゃない!」
「まあね」
 にこりと笑ってから、智帆は勝手に卵焼きをとりだして口に放りこむ。先に食べるなんてという抗議の声には、さらに唐揚げを口に放りこむことで答えた。
「沢山作ってるから量に問題はないはずなのに、なんで早いもの勝ちの取り合い合戦になるのかしら」
 呆れはてる爽子に、桜はくすくすと笑う。
「男の子の本能じゃないですか。ああいうの。で、あと一人。取りあいにすでに参戦しているあの大きいのが、お邪魔した最後の一人で宇都宮亮です」
「宇都宮くん?」
「亮ですーっ。よろしく!」
 ご機嫌な声を、海老てんぷらの尻尾を唇の端から覗かせた亮があげる。静夜は一人のんびりとお茶を入れていた。その手を亮がぐいと引く。
「なあなあ、あの人大学部の生徒なんだろ?」
「大学部一年に在籍中だよ」
 大学芋を飲みこんでむせた雄夜に、見事なタイミングで茶を押しつけながら、静夜は答える。
「これ全部爽子さんの手作りなのかぁ」
「亮、普通いきなり下の名前で呼ぶか?」
「北条たちに良いって言ってたのが聞こえただろ。いいなぁ、料理上手な年上の美人かぁ」
 亮がうっとりと呟くので、静夜は片手で友人の肩を叩いた。
「無理。爽子さんは、亮の視界からおそらく抹消されている幼馴染みの久樹さんが好きだから」
「幼馴染み!! くぅ、なんてことだ。俺達は出会うのが遅すぎたんだ!」
「そこ詰めろよ。爽子さんたち入れないから」
「ひどい、静夜くんったら俺を無視する」
 よよよと泣き崩れるフリをする亮をさらに無視する。雄夜の隣に恋する秋山梓が座り、静夜の隣には北条桜が座る。亮の隣に爽子が座ったが、反対側は当たり前だが久樹だった。
「じゃあ、いただきます」
 し切り直しということで、全員が声を合わせる。初対面同士もすぐにうちとけて、会話が弾んだ。梓は雄夜がなにを好んで食べるのかを観察し、桜は爽子に時折作り方を聞いている。亮はやたらと爽子に質問を飛ばしていた。
 久樹が立ちあがった。何故か智帆を呼ぶ。
「なに?」
「ちょっとな、気になることがあって」
 真剣な久樹の表情に、智帆は静夜の背を軽く叩いた。注目を逸らしておいてくれと頼まれて、静夜は今日の夜は学園祭の準備で居残ることになったことを話しだす。
 差し入れを久樹に託すから、夜に持っていってあげてよと爽子が言ったので、どっと歓声が沸きおこった。その隙に、二人は少し一同から離れる。
「一体、何事?」
「俺が見たんじゃないんだけどな。巧が、変なものをみたって爽子に言ってたんだよ。さっき聞いたけどな、確かにちょっと変だ」
 智帆たちのクラスでも、昨日なにかあったろとつけ加えて、久樹は腕を組む。
「俺はその場にいなかったけど、静夜から事情は聞いたよ。ちょっと嫌な感じだなとは俺も思う。それで、巧が見た変なものって?」
「高等部風鳳館の裏手側で、うつろな感じの生徒達が立ってたって言うんだ。全員なにかしてるって感じではなくて、ただ立ってたらしい。気になるのは、何か光るものを見てたようだったってことなんだよな」
「光るもの?」
 記憶を探って、智帆は目を細める。昨晩の言葉が蘇った。
 突然喧嘩になったクラスメイト達が、”チカチカとした光を見ていたら、酷く腹立たしくなっていった”と証言していたことを。
「確かに気になる。戻ったら見てみることにするか。ありがと、久樹さん」
「なんかあったら連絡くれよ。俺が役立つかどうかは分からないけど、心配だし」
「役立つか否か。たしかに微妙」
「……悪い」
 二人、難しい顔で互いを見やって溜息を付く。
 邪気が巻き起こした事件を、久樹たち全員は春と夏に乗り越えてきた。常に久樹の能力は追い詰められた際に発現するのみで、普段は力の行使が出来ない。
 久樹が己の能力を認め、受け入れても、普段力が使えぬ状況は変わることなく今に到る。
「まあ使えないものは仕方ない。いざってときには使えるわけだから、それに期待するとしよう」
「へ?」
 役立たずを責められると思い込んでいた久樹は、拍子抜けして間抜けな声をあげる。智帆は意地の悪そうな視線を年上の友人に向けた。
「おや、久樹さんは俺に責めて欲しかった?」
「そんなわけじゃないけどな」
「居心地が悪いと?」
「まあな」
 何度邪魔扱いされたか分からない。舌鋒を向けてこないのは理由があるのではと、久樹はうがって智帆を眺めまわした。
「疑問の答えが、俺の体に書いてあるわけじゃあるまいし。気持ち悪い。それともまさか……」
 智帆がわざとらしく二歩下がる。意図が掴めずに首を傾げた久樹の前で、ココアブラウンの髪に眼鏡の少年は大袈裟な溜息を付いた。
「人の趣味をとやかく言うつもりはないけど、やっぱ俺よりは爽子さんのほうがいいと思うなぁ。俺も久樹さんを恋人にはしたくないよ」
「……。――は!?」
「いやあ、本当ごめん、期待に添えなくって!」
 軽やかな声を張り上げて、久樹の反論を待たずに智帆はお弁当の会の輪の中に戻ってしまう。久樹は「そんなわけあるか〜」と大声を出したが、智帆はニヤニヤと笑うのみだ。
「いけない、もう時間!」
 ふと時計に気付いて桜は悲鳴をあげる。慌てて使った紙皿を集めだし、幸せに浸っていた梓も手を伸ばした。
「私がやっておくから、大丈夫よ。行って!」
 焦りが移ったのか、爽子の声もうわずる。高校生達は「ごちそうさまでした」とか「おいしかったです」とか「またよろしく!」などと言って立ちあがった。
「五時間目って、共同授業だよな」と、副委員長の亮が問い、「当たり! 全員一緒よ」と委員長の桜が答える。このあたりの二人の呼吸は見事だった。
 梓は雄夜の側に張りつく。
「雄夜」
 ぴたりと寄ってくる梓に不審に思われぬよう、智帆は小声で「北条たちと一緒に言ってくれ。秋山に聞かれたくない」と囁く。雄夜は何故とは問わず、肯くと前を行く正副委員長コンビを追った。
 距離を図り、用心ながら先程の久樹の話を伝えると、静夜はひどく緊張した色を瞳に浮かべた。
「どう考える?」
「気になるよな。昨日の今日だろ? 俺じゃあ保健室寄って来ましたと言っても信用してもらえそうもないから、静夜みてこないか?」
「僕は風邪一つひかない健康優良児なんだけど」
「人は外見で判断する。もしや皆勤賞狙ってるか?」
「怪我で休む僕等には、皆勤賞は高嶺の花だろうね」
「そりゃそうだ」
 笑いながら静夜の腕を取った。
「どうせ怪しまれるなら共犯になるか。一人の目より二人の目だろ」
 力いっぱいに腕を引く。目を丸くした静夜を無視して、気配に振り向いた雄夜に、”頼む”と拝むようにした。
「なんでこうなるかなぁ」
「詳しく聞きたいこともあったし、この目で見とかないと対策も思いつかないしな。協力できないのが申し訳ないなあと思ってる次第だよ」
「ふーん」
「信じてないな」
「言ってる目が笑ってるしね」
 二人小声で言い合いをしながら、正門から中に入った一行からずれて裏道に入る。あと一分もすればチャイムがなるからなのか、校舎裏はしんと静まっていた。
「どの辺りだ、って探すほどでもなかったな。あれだ」
 智帆が見やる先に、中島巧が白梅館の自室から見つけたままの状態で、生徒が佇んでいる。視線は揃って虚ろで、焦点は全くあっていなかった。
「変のお見本だな、こりゃ」
「あれ、全部A組だよ」
 僕らとあわせると九人もクラスにいないことになると、静夜は額を抑えた。
「なんでうちのクラスなんだろう」
「静夜?」
 様子を伺おうと足を踏み出しかけた智帆が、静夜の呟きに目を上げる。
「ちょっと気になるよ。春と夏のアレは、久樹さんが関わっていたからあそこでおきたよね。でも今回ばっかりはちょっと話が違ってくる。久樹さんは風鳳館に通ったことがない。僕らのクラスに来たのだって変なことの後だった」
「はーん。なるほど」
 静夜の懸念がどこにあるかに気付いて、智帆は腕を組む。
「今までは炎の近くにあったものが、呼び覚まされて邪気として育った。それが今回は炎の近くではないのに、発生しているのが奇妙だと」
「それもあるんだけど。智帆、炎の能力が拡大してるって考えられないかな。……僕らのせいで」
「一体全体なんでそういう結論が導き出されるんだよ。心配性に陥ったのか?」
 智帆は眼鏡を一旦はずす。静夜の視線は友人を素通りして、虚ろな目のクラスメイトを見つめた。
「心配性にもなるって。春、夏に続いて、この秋にも邪気だなんてね。昨日も話したけどさ、邪気がこんなにも大きな事件を頻繁に起こすだなんて変だよ。久樹さんが居た頃の白鳳学園では、小さな異変が沢山起きていたから、僕らは能力者がいると考えたよね。でもさ、こんな大きな出来事が起きてた?」
「俺等が来る前、久樹さんが居た頃か。自然に収束する程度のものしか起きてなかったか。今は野放しにすれば、確実に酷いことになっていたものばかりだな」
「ばらばらに居た頃は、大きなことなんて起きなかった。集まったら、大きなことばかりが起きてる。必ず僕らの身近でね」
「静夜?」
 あまりに冷え冷えとした表情に、智帆は寒気を覚えて友人の肩を掴んだ。静夜は驚いたように目をしばたき、友人をじっと見返す。
「今、感情がひどく自分の中で膨れ上がった感じが……」
「膨れ上がった? ――っ!?」
 視界の端に生まれた光に振り向く。
 切れる寸前の蛍光灯に似た光が点滅していた。眼鏡をはずした目では良く分からなかったが、虚ろな目をしたクラスメイトたちが、瞬く光を見上げるのは分かる。
『突然光がまたたいたら、腹立たしくなって』
 昨日におきた喧嘩のあとの証言。
「見るなっ!」
 紅茶色の瞳が光に吸い寄せられるような気がして、智帆は叫んだ。はずみで胸のポケットにいれた眼鏡が地面に落ちる。
「智帆っ!?」
「静夜、結界張れっ! 俺らの周りだけでいいから」
「え?」
「急げっ」
 智帆が声を荒げるのと、静夜が腕を伸ばして水を呼び寄せたのは同時だった。水は二人を囲って円を描き、蛍に似た光をポウッと放つ。
「……邪気の気配だ」
 光が点滅を激しくする。中央には、水晶玉のようなものが浮かび上がっていた。
「今回の邪気って。まさか、アレ!?」
 人の意識が強く残り、マイナスの影響を与えるのが邪気だ。力が強いものはやがて最も大きな感情を核として形を持つ。感情の持ち主である、人の形を取ることが多い。
 終わりを迎えられなかった舞姫や、果たせぬ約束と恐怖に震えていた少年がそうだったように。
「あれって、ビー玉じゃあないよね」
「俺には良く見えないけどな、ビー玉だとすれば非常識にでかいだろ?」
「だよね」
 なんとなく緊張感をなくしてしまって、二人空中に浮かんで光を放つガラス玉を見上げる。それはしばらく光った後、激しい点滅を繰り返して、消えた。
「消えた……って、あっ!」
 突然に喧嘩が始まった。
 虚ろな目をしていたはずの生徒たちが、手に届く位置にいる相手に殴りかかる。一人がふっ飛ばされてきて、智帆が思いきり舌打ちをした。
「静夜、こいつら止めろ。昨日どうやって止めたよ」
「水をドバーッと」
「だったらとっとと水かけろ! こいつら覚えてないんだろうから、力使って大丈夫だ」
「驚かすだけなら、智帆が風呼んだっていいはずだろっ」
 詰問調に怒鳴られて、静夜がむくれた声を返す。智帆は大きくかぶりを振った。
「俺は今嘆いているんだ」
「嘆いてる?」
 意外な言葉に驚きながらも、静夜は水を呼び寄せた。異能力を持つ者の目に映るだけのものではなく、正真証明水の塊だ。
 空中で巨大な滴となったソレが、生徒たちの上で一気にはじけた。
「うわぁ!!」
 悲鳴があがる。秋もたけなわで、外で水なんぞかぶってしまえばかなり寒い。冷たい寒いと悲鳴があがる中で、静夜は軽く首を傾げて見せた。
「で、智帆、なにに嘆いてるって?」
「眼鏡壊れた」



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