[第一話 サクラ咲く]

前頁 | 目次 | 次頁
No.05 桜花乱舞
「ねぇ、本当に出来ないの?」
 ふと声がして、久樹はそちらを見やった。
 業火をスクリーン代わりにして、映像が投影されている。
 大木があり、側に長い髪に眼鏡をかけた娘と、日本人形のような娘が佇む。
「そうよ。だって最後がなくなったのだから」
 きつい印象を与える口調で、日本人形のような娘は首を振った。手にはコピー紙を綴じた冊子がある。
「でも、あんなに頑張ったじゃない」
 眼鏡の娘は、否定されてもめげない。
「頑張ったからって、全部が上手くいくわけじゃないし」
「でも報われないよ」
「誰が?」
 冷たく尋ねて、日本人形のような娘は腕を組む。迫力に負けて、眼鏡の娘は二歩ほど後退した。
「誰がって……」
「頑張ったって、最後がないんじゃどうしようもないのよ。――私だって悔しいの。ここまで頑張ってきたのに。やめるなんて嫌に決まってる」
 確かにと娘は言って、初めて優しい目で眼鏡の娘を見つめた。
「悪いって思っているの。だって最初、芝居に使うなんて嫌だって言ってたんだもの。終わってるけれど、気に入っていないって言った。もうちょっと間を置いて、冷静になったら最後を治したいって。完結しても完成はしていないものを、芝居に使われるなんて嫌だって言ってたのに」
 眼鏡の娘は目を伏せて、黙って聞いている。日本人形のような娘は、眉を寄せた。
「小説を読んで。私は凄く気に入ってしまった。どうしても舞姫役をやりたかった。芝居にしたかった。毎日頼みこんで、ようやく納得してくれた時は嬉しかったわ。納得してくれた後は、協力もしてくれて。シナリオ化も担当してくれて。感謝してる。だから、何時か小説が完全になったら。また芝居にしてみせるって、私は約束したよね。芝居が出来なくて悔しいのも、頑張ったのも私達だけじゃないことは、分かってるつもりなのよ」
 でもねと言って、日本人形のような娘は手早く冊子を地面に置いた。目を細め、背後にある大木に手を差し伸べる。
 先程まであった、勝ち気で我の強そうな様子が一変した。まるで人あらざる者のような雰囲気を身にまとう。
「人の憎悪と、そして忌まわしい祈りを受け続けた悲しい桜」
 良く通る声だった。娘はくるりと回ってみせる。
 ラフな格好をしているのだが、なぜか肌襦袢の袖が空に舞ったように見えた。
「私は千人目の呪者。そして一人目の生贄」
 恍惚とした表情で、顔を桜の木にすり寄せる。
「私を殺し、そして全てを殺しましょう」
 まるで氷のように冷たい声だった。
 眼鏡の娘が震える。日本人形のような娘は、言葉を続けようとした。だが突如、太陽が隠れ視界が薄闇に包まれる。
 空に走るのは一筋の稲光。それが二人の娘の姿が浮かびあげ、はっと息を呑んだ。続くものを二人は知っている。
 ――雷鳴がとどろく。
「きゃあ!」
 眼鏡の娘が頭を抱え、日本人形のような娘は、毅然と空を睨んだ。
「最後を迎えられない。最後を口にしようとすると、こうやって絶対に邪魔が入る。不思議なことが起きるのは、お芝居の中だけでいいのにっ。お芝居で表現したいことなのにっ!」
 憤りを露わに美しい娘は全霊で叫んだ。
 頭を抱えた眼鏡の娘は、足元にあった冊子を拾って抱え込んだ。雷の轟音に続いて、大粒の雨が降って来るのも知っている。
「――本当は、あれ以上の……」
 眼鏡の娘の唇は、まだ何かを言っている。
 けれど急速に投影された映像は音と共に遠くなり、久樹は大きくまばたきをした。
 周囲をめぐる業火は衰えることもなく燃え盛っている。
「今の映像って、なんだ? いやその前に、なんだこの状況?」
 直前の出来事を思い出そうとして、巧が作り出した土壁の上に邪気が現れ、にぃと笑ったのを思い出した。
 そして、あの、久樹をとらえた二つの目。
 久樹と繋がり、久樹の炎をからめとり、奪い取っていく視線。それが戦慄と共に思い出されて、思わず右手で左腕をぎゅっと握り締める。
「そうだ、炎を奪わせるかって思って」
 ──呼んだのだ、自分で。自分の炎で、邪気の干渉を跳ね除け、ここにいる。
 久樹を中心に燃え盛る炎は、サークルを作り出していた。まるで煙突の中にいるような塩梅だ。それもど大きくもない、両手を広げれば指先が触れる程度だ。
 炎の先になにか見えないかと目をこらして、うっすらとだが向こうの現実をとらえた。アスファルトを食い破って隆起した土壁の影もわかる、だからあの側に少年達がいるはずだった。
「なんであんなに消耗しているんだ。早く助けてやらないと」
 炎の能力が加速度的に目覚めつつあることで、久樹は少年たちの力が急速に低化して行くのが手に取るように感じられる。
 早く、駆けつけなければ。
 助けてやらなければ。
 そんな思いに駆られて歩き出すと、彼を中心に炎のサークルも移動した。
『殺すの』
 声が響いて、久樹は先ほどの映像がまた出現したのかと思った。だが確認をしてもなにもない──声の主も、見当たらない。
「なんだ?」
『時が全てを壊す前に』
 主は見当たらないのに、声だけは響いてくる。
 何度か感じた戦慄が、また久樹の背に走った。
 気持ちが焦って、前に進む足を速めた。だから炎も速度をあげて移動する。
『死ぬのよ』
 炎を隔てた奥に土壁があり、漠然としか形しか分からない影が見えた。
 二つの影は小さい。多分あれは巧と将斗だ。うずくまっている影の隣に立っている影もある。あれは静夜と智帆か。一つはこちらに向かって来る。
「止まれっ!!」
 声を投げてきて、向かってきた影が炎の先に立った。身長がかなり高い。ならばこれは大江雄夜だ。
 もう一つ、影が合った。
 小柄な影。少年達と思わしき影の間を、すり抜けるように動き回っている。その度に、少年達の影がばらばらに散った。
「あれは」
 邪気に捕われた里奈だろうか?
 助けなければ、その思いだけで。
「止まれって言ってるっ!」
 言われている意味は分かるが、聞き入れずに進む。「ぐっ!!」痛みをこらえるような声を聞いて、久樹はようやく足を止めて目を凝らした。
 雄夜らしき影が右手を左腕をはたいていた。その動きはまるで、腕についたなにかを落としているようだ。
「落とす? いや、消している──のか?」
 自分の力は自分に危害を加えない。だが他人に対してはどうだろうか?
「まさかっ!」
 導かれた答えに、胃がひきつれた。
「雄夜、火傷したのか!? 大丈夫かって──あれ、これ出れないぞ!? どうやったら解除出来るんだ!? 俺は澱の中の動物か!」
 邪気と少年たちが争う場所から、一人、炎で作った安全圏にこもって逃げている現実に衝撃を覚える。
「ちょっと待て、これじゃあ意味ないだろ!」
 腹の底から久樹を叫ぶ声を、炎の壁を隔てて少年たちは聞いていた。
 久樹が炎を出現させた時、やられた、と智帆と静夜は思ったのだ。
 邪気は久樹の炎を暴発させようとしている。そんなことをされたら、こちらは防衛のために温存しなければならない異能力を使わざるを得なくなるのだ。
「俺たちの持つ対抗手段を、一つずつ潰していこうってわけだよ」
 智帆がごちて、静夜が頷く。
「でも──まだ、邪気の思うようにはなってない。久樹さんが起こしたのは爆発じゃない、邪気に奪われないようにするための防御壁だ。──多分、巧が作っている盾を見て、無意識に真似たんだと思う。あれなら奪われないですむけど」
「今のままじゃ、戦力にはならない」言って、静夜が雄夜を見やった。すぐに雄夜も視線に気づき、真剣なまなざしを受け取って頷く。
 考えるのは向かないと雄夜は言い切るかわりに、静夜と智帆の示したことはどんなことでも完遂すると決めている。だから今の雄夜は、久樹の異能力を戦力レベルにすることを第一に考えていた。
「あー、どうやったら出れるんだっ! その前、そうだ、雄夜っ!」
「──出る方法は知らないぞ」
「だよな! じゃなくって、火傷したんじゃないのか? 俺のせいで、大丈夫か?」
「──? いや、服についた火は邪気のほうだ。この炎は浄化のためのもの、人を傷つけるものじゃない」
「そうだったのか? そっか、よかったぁ」
 久樹が心の底から安堵の声を絞り出す。
 自分達の安否など気にしない男だと思っていたので、雄夜は不思議に思って「何かあったのか?」と尋ねた声に、爆発音が被さった。
「なんだ!?」
 久樹が驚き、雄夜は振り向いて目を見張った。
 里奈の体を操る邪気が、久樹に炎を暴発させられず、それどころか浄化の炎のせいで手出し出来ないことに怒り、攻撃が激化する。
 邪気は燃え盛る炎を二本の鞭にして無尽に繰る。それが疲労の為に膝をついた静夜と、傍らの智帆を狙った。
「静夜っ!」
 手の届かない場所での危機に、雄夜が名を叫ぶ。
 二人はかろうじて左右に散り、遅れてアスファルトを食い破って隆起する大地の盾が現れた。
 敵の攻撃が早く細かすぎて、巧が呼ぶ盾が間に合わない。邪気の視線が巧にまとわりつき、ぜえぜえと肩で息をする子供の身体が震えていることにニマァと笑う。
「巧!」
 従兄弟が狙われていると気付き、将斗が前に出て邪気の狙いを逸らそうとした。一本目の炎の鞭は検討違いの場所を打ち、けれど二本目の鞭が将斗の足をとらえて炎で焼く。
「うああああっ!!」
「将斗っ!」
 激痛にあがった将斗の悲鳴に、巧がまろぶように飛び出す。大地の力を宿したままの手を伸ばし、熱をこらえて鞭を引きちぎる。
「智帆っ!!」
 静夜が智帆を呼んでから駆けだした。心得た智帆が指先に風を集める。
 将斗と巧の側に滑り込み、静夜は里奈の心をまもる結界を維持したまま、さらなる水を呼んだ。火傷をした患部を冷やし、酸素を遮断することで痛みを軽減させてやる。それだけをしてから「下がってるんだ」と伝え、邪気の次のターゲットが自分になったと判断してまた駆けだす。
 タイミングを見計らった智帆が風を呼び、将斗と巧を雄夜のいる場所へ吹き飛ばした。
「うわあ!?」
 雄夜は慌てて子供たちの身体を受け止める。
 久樹には影しか見えないが、聞こえてくる叫びが切迫した状況は痛いほど理解できた。
「なんで下がってろとか言うんだよ、静夜にぃ!」
 すぐに立ち上がった巧が叫び、また駆け寄ろうとするのを「待てっ!」と腹の底から大声を出して止める。
「このままじゃあ、全員じりじりと邪気にやられるだけだろ!? こうなったら、いちかばちか攻撃を仕掛けるしかない!」
「攻撃ってー!? 織田さん、炎の異能力使えるようになったのか!?」
「まだだ!」
「なんで威張ってんのー!?」
 患部を静夜の水が包み込み、冷やし続けるのと同時に、空気も遮断されて痛みが治まった将斗も声を上げる。
「だから雄夜、今すぐ俺の炎を引き出してくれ。あるってのは理解してるんだ、だから俺がコントロールできるようになるきっかけがあれば自由になる!! ……はず」
「最後まで自信満々に言ってよー!」
「……悪い。とにかくさ、少しでも使えるようになれば、爽子が戻るまでの時間稼ぎにはなるだろ? だって俺は疲れてないからな、今の智帆と静夜より余力がある。間違いない」
「――分かった」
 沈黙していた雄夜が肯く。本気なのか!?と顔を上げた巧は、真剣な雄夜の眼差しに言葉を呑んだ。従兄弟同士は顔を見合わせ、否定している場合じゃないと頷く。俺たちも手伝うと言った。
「目を綴じて心を空っぽにしていろ。邪気があんたの能力に干渉をしようとした時、激しい怒りを覚えたはずだ。だから炎の柱が生まれた。俺達が干渉しても、きっと同じだ」
「邪気に対してだけじゃなく、雄夜や巧に対しても怒りを覚える可能性があると?」
 自分の意思で依頼するのだから、拒絶することはないだろうと久樹は続ける。雄夜は首を左右に振った。
「能力に干渉されるのは、生理的な嫌悪と似ている。理屈じゃない。余程、気の合う者でなければ駄目だ」
 雄夜の説明は足りぬと感じて、巧も口を挟む。
「俺らってまだ顔見知りってだけじゃん? 力が必要だから引き出してくれ、って言ってもさ。心が俺らを拒絶してるなら無理だよ。織田さんって、人見知りだったんだな」
「人見知りなあ? そんなつもりないけどな」
「他にも理由があるかもしれん」
 久樹の否定に、雄夜が低く答える。どうするかと逡巡した僅かな合間をぬって、視界が真紅に染まった。
 炎がいきなり燃えあがったのだ。
「静夜っ!!」
 雄夜が叫ぶのと、智帆が風をはなって静夜の背を押して回避を手伝ったのは同時だ。
「雄夜にぃ、そっちは任せた! 将斗手伝って、なんとか手助けしないとだ!」
 巧が慌てて地面に手を付け、将斗は彼の肩に両手を置く。
 もう、余力を残している人間が誰もいない。
 ここまできたら里奈の心よりも、自分達の身の安全が優先順位になってくる。
「雄夜、急いでくれっ!」
「分かっている」
 雄夜は迷わずに、久樹を包む炎の壁の中に手を入れた。浄化の炎が人を焼きはしないと知っているからこそ出来る。
 久樹の視線では、炎からにゅっと手だけが伸びているように見える。まるで怪談話だ。もちろん逃げ出さずに待ち、そして肩に雄夜の手が乗った。
 久樹は目を閉じて、何も考えないようにしないと、とつい考える。考えないというのは難しい。けれどすぐに何かが侵入してくるぞわりとしたモノを感じた。皮膚の下を走る毛細血管の中を、無数の虫がうごめき進んでくるようなおぞましさ。
「ぐっ」
 吐き気が込み上げて、脂汗が額に浮かんだ。雄夜を拒絶する気持ちなんて持っていないと思っていたのに、実際はこれだ。肩の手を振り払う衝動を必死に押さえる。ここで拒絶するわけにはいかない。
 神経が訴える苦痛の激しさに、叫びたくなる。もう駄目だ、もう無理だ、助けてくれ、やめてくれと、限界のまま心が叫んだ瞬間、バチンッ!という電気がショートしたような激しい音がした。
 雄夜の手の下にある久樹の肩がじわりと熱を感じるモノで濡れていき、すぐに手が離れる。
「つぅ!!」
 苦悶の声を拾う。慌てて目を開けると、周囲にあった炎が消え、状況が一気に飛び込んできた。
 雄夜が膝をつき、苦痛をかみ殺して右手首を左手で押さえて震えている。
 火傷を負った手から血が流れて、それが地面にぽたぽたと落ちていく。
「――血?」
 そういえば、と久樹は思い出した。
 静夜が自分の額に触れようとした時も、激しい音が響いたのだ。静夜はすぐに手を後ろに隠すようにして、去ってしまった。その時も、血の跡が残っていた。
「俺の炎のせいなんだな」
 雄夜の肩に手を置こうと屈むと、顔を上げた少年の目と視線があった。眼差しの鋭さに久樹は息を呑む。
「弾かれた」
「俺が拒絶したせいなのか?」
「違う。力を引き出すのに問題はなかった。だが炎そのものに触れた瞬間に……」
 怪我をした手を雄夜は見やり「炎だけじゃない……」と首を振った。
「あれは炎じゃない、別の意思による拒絶だ。具体的に何であるか俺に聞くな、分からん」
「わかった。ようするに俺の炎を引き出すことは出来ないってことだよな。ということは、打つ手が」
「なくなった」
 きっぱりと言いきった雄夜の隣で「雄夜兄ちゃん!」と将斗が悲鳴を上げた。
「駄目だ、俺じゃ助けきれないよ! 巧が暴走してる、大地がっ!!」
 どうっと音を立てて、巧が倒れた。
 炎の猛攻を受ける智帆と静夜を救うため、何度も何度も呼んだ大地の力が、怒りを宿して膨れ上がり、暴走しはじめるのを抑えきれない。
「どうしよう、大地がっ!!」
 悲鳴を上げると同時に、巧の手元を始点にして地面に亀裂が走った。それは人を奈落へと導く巨大な顎だ。
「巧を助けられるのは将斗だけだ、もう一度、やってみろ!」
 久樹に叫び、雄夜は飛び出して亀裂の先にいる片割れと友人を目指す。
「智帆、右にとべっ! 静夜、手を!」
 雄夜の叫びに、足元が割れる直前で地面を蹴って静夜はジャンプして手を伸ばした。片割れの左手が静夜をとらえ、そのまま後ろに放られる。
 衝撃に耐えながら「雄夜っ」と呼び、静夜は火傷をおっている雄夜の利き手に水を向ける。
「大丈夫だ」無駄に使うなという意味だが、静夜は首を振る。
「雄夜の利き手が使えない方が問題」
 さらりと流すと「そうそう」と、指示通りに回避した智帆も言葉を重ねる。
 久樹は状況の悪化に眉をよせ、震える子供たちの前で膝を落とした。
「なあ将斗、俺が言ったって説得力ないけどな。でも俺も思うよ、巧を助けられるのって将斗だけだ。もう一度、制御をやってみるんだ」
「だって、俺、俺ー」
 泣きそうに声を震わせながら、将斗は巧が暴走させた大地によって起きた惨状を見つめる。
「智帆、静夜、地面に気をつけろっ」
 雄夜が叫んでいる。
 邪気もまた、激しく牙を剥いた大地に驚いたようで回避に専念していた。里奈の身体を利用する以上、彼女の肉体に被害を受けるわけにはいかないのだ。
「将斗、頼むよ。俺はなにもしてやれないから。出来るのは将斗だ、巧を一番助けてやりたいって思ってる将斗だ」
 制御に手を貸してきたのに、それがやりきれずに異能力を暴走させた巧は苦しそうだった。ぜえぜえと息をして、脂汗を流しながら、必死に大地を鎮めようと意識を集中させている。
「巧、ごめん。俺、逃げてた。一人にしてごめんよー」
 倒れながらも、大地を繋がりつづける為に放さないでいる手に両手を重ねる。
 歯を食いしばっている巧が、視線だけで将斗を確認して少し笑った。
 二人の異能力がまじりあうのか、それとも補いあうのか。巧の表情が少しずつ柔らかくなり、荒れ狂う大地もあわせて静まっていく。
 ──俺は何をしているんだろう。
 久樹は現実に打ちのめされていた。
 何かが出来るかもしれないのに、何も出来ない。
「……爽子」
 幼馴染みの名前が、どうしてか唇からこぼれた。──何かを求めるように。
「久樹っ!!」
 答えて、爽子の声が真っすぐに響いた。
 それで、なにかが、久樹の中で、壊れた。
 それは久樹の中で炎を抑えていたモノ。それが、壊れて外れたのが分かる。
 沸き上がってくる炎の感覚に目を見開く久樹に向かって、爽子は数枚のコピー用紙を高く掲げ、
「里奈さんの中にいるのは里奈さんの感情じゃない、それは邪気、舞姫よっ!」 
 精一杯の大声を上げた。
 同時に、久樹は沸き上がった炎の感覚と共に、再び炎の浄化を呼び寄せる。
 久樹の周囲だけでなく、少年たちをも含んだ広範囲を守る炎だった。
 

 前頁 | 目次 | 次頁
竹原湊 湖底廃園
Copyright Minato Takehara All Rights Reserved.