[第一話 サクラ咲く]

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No.04 秘めた力

「良く認識できました。こんなのを認める人間なんて普通はいないんだけどな」
 智帆は腕を組み、久樹と爽子は呆気に取られた。
「──はあ?」
「だから、俺が風を発生させるなんてよく信じられたなと。まあ事実だが。かつ、俺だけでもない」
 智帆の視線を受けて、巧と将斗の従兄弟同士が前に出る。
「地面が隆起して道を作ったのは、巧が大地の力を少し操るからだ。桜吹雪の中で迷わなかったのは将斗の力だな。将斗は光差す場所を見ることが出来る」
 巧はただ頷いた。「大切な人とかの危機に反応して、見えるようになるんだー」と将斗は補足の説明をする。
「大切な人?」
 爽子が尋ねると、将斗は誇らしげに肯いた。
「だって、爽子姉ちゃん優しいし。俺は大好きだよ」
 爽やかな言葉に、爽子は目を細めてありがとうと答える。あっ!と叫んだのは巧だ。
「なんで将斗が抜け駆けすんだよっ!!」
「説明しただけだろー」
「うう。ズルイぞ。俺だって爽子さんのことが……」
 好きなのに、と続く言葉を飲み込み巧は口を閉ざす。巧が爽子に向ける好意は、気軽に口にできる類のものではないのだ。もっとちゃんとしている。
 子供たちのおかげで場が少し和んだ。ただ問題は残ったままなので、久樹は眉をしかめたまま強すぎる視線を智帆に向ける。
「お前たちに妙なことが出来るのは分かった。それで、さっきのはなんなんだよ」
 久樹が知りたいのは、桜の開花や謎の少女の出現が、自分たちに関係していると智帆が考える根拠だった。
 智帆は久樹の怒気をいなすように肩をすくめ、眼鏡をわざと掛けなおす。
「まだ分かりきってないだろ? 静夜は水を操り、雄夜は式神を使うな。さっき爽子さんがにょろっとしたものが苦手だと叫んだのがそれだ。水を使う竜型の存在、他にも火、風、地の力を持ったのがいる」
「だから、何が言いたいんだよっ!」
 久樹が怒声をあげた。智帆はそれでも動じない。
「いや、派手だって思わないか?」
「さっきからお前ってなんなんだよ。──そりゃ派手だろ、竜ってなんなんだよ。しかも色のついた光を手から出せるとか、目立つにもほどがある」
「──だろう。だったらなんで、未確認動物の話題で持ちきりになってないんだろな」
「ん?」
 智帆のペースについに乗せられて、久樹と爽子は顔を見合わせてぽかんとした。
「待って、どうして? 空中をふよふよしている大きな蛇とか、智帆くんの翠色の光とか、目を逸らすことも出来なかったのよ?」
「目立ちすぎだもんな、一瞬で広まりそうだ。学園では特に」
「――そうだよね」
 爽子の返事が小さくなる。自信を失っている証拠なので、久樹が怪訝に「爽子?」と呼んだ。
「私、そんな噂を聞いたことない。どうして?」
「……そ、そりゃ、寮生になったのが最近だからじゃないか? 噂が届かなかっただけだろ」
「一瞬で広まりそうっていったの久樹よ。寮だけで終わるはずないし、少なくとも高校では周知されちゃうでしょ。……去年、智帆くんたちは一年でわたしは三年よ。どうして」
 困惑しきった爽子に、智帆がニヤリとする。
「簡単だろ、噂になってないってだけさ」
「だって、それじゃあ……」
 爽子の声は震えを帯びていく。
「爽子さんが知りたがってることを一つだけ、特別に開示しとくか。──爆発に巻き込まれたのに無事なことと、痕跡が残ってないのは静夜が原因だな」
「静夜くんが……?」
「騒ぎにならないように爆発で壊れたあたりを、とりあえず無事に見えるようにしたからな。──ようするに助けただけだ、なのに睨まれるんだから割に合わない」
 垂れた目を少し細めて、智帆は視線を久樹へと流した。拳を握り締めているのを確認し「怒りがすぐに態度に出るんだな、久樹さんって」と続ける。
「──爽子と違って、俺は人間が出来てないんだよ」
「それって自慢するところか? ──ようするに怒ってるのは、噂になってないのが事実だと分かったからだろ? どうしてかなんて簡単だよ」
 ゆっくりと告げながら、智帆は再び翠を宿す光を宿して、意思を宿す風をそよがせた。
「誰にも見えないからだ。だから目撃者は生まれない」
「──見えてるだろ!」
「だろうな、普通の奴には見えない」
「だから、俺と爽子に──ちょっと待て、それって」
 ようやく気付いたことがあって、久樹は言葉を詰まらせた。
 智帆が否定しているのは、普通の人間には見えない、ということだけ。
 ──だとしたら、見えてしまっている事実が示すのは?
「待って、わたし、そんなこと出来ない。久樹だってそうよ、勝手に普通じゃないなんて言わないで」
 久樹の腕を両手で握り締め、爽子は懸命に首を振った。
「異能力って呼んでる」
「──え?」
「どう考えても、こんなのは異質すぎだろ」
 喉を鳴らすように笑って、智帆は空を少し見上げた。
「正直、異能力のことは俺たちにも分からないことが多いからな。異能力を持っていても、表に出ない奴もいるのかもな。爽子さんがそうかもしれない、でも、久樹さんは確実に違うな」
 きっぱりと言い切られて「どうしてよ」と爽子が抵抗する。
「爽子さん、爆発が起きた瞬間のこと覚えてる?」
 声変わり前の高い声が問うてくる。心情的には智帆に弄ばれて焦るばかりだった気持ちが、わずかに救われて爽子は視線をそちらに向けた。
 猫のような巧の釣り目に促されて「久樹が首を絞められた時から、火が見えたの。それが揺れて、そう──岩が衝突する寸前に爆発したわ」と答える。
「──なあ、爽子」
 見つめあう形での会話に割り込まれて、巧が分かりやすくムッとした顔になる。
「さっきから出てくる、爆発ってなんなんだよ」
「あれ? わたし、久樹に説明しなかった?」
「してねぇよ」
「説明したつもりだった。あのね、久樹が居た場所で爆発が本当に起きたの」
「俺が居た場所で!? なんで俺は無事なんだ、それに爽子も大丈夫なのか?」
「静夜くんがわたしと巧くんを、無理矢理に伏せさせたの。さっき智帆くんが言ってたけど、ようするに水で助けてくれたってことみたい。もしかしたら智帆くんも?」
 バツが悪そうに視線をやると「爆風を打ち消す程度」と返されてしゅんとする。
「ごめんなさい」
 ついに爽子が降参したが、久樹はまだ首を振った。
「お前らが俺らに危害を加えたわけじゃないのと、助けてくれたってのは認めるよ。でもな、桜が異常開花や襲ってきた奇妙な女とか、その原因が俺たちにあるって思われなくちゃなんないんだよ!」
「なー、あんたって俺たちよりガキなのー? 初等部の低学年とかなわけー?」
 ずっと黙っていた将斗が、もう黙ってられないと声を上げた。
「はあ?」
「だって、理解しなさすぎー! なんで俺たち、俺らがやったみたいに責められてんの。爽子さんがピンチなのが見えたから、巧は助けに行ったんだ。智帆兄ちゃんも静夜兄ちゃんも来てくれたんだぞ!!」
「将斗、そんな怒るなって」
「だってー。怒るよー、な、巧」
「うん」
 初等部の二人の肩に、智帆はぽんっと手を置いた。
「腹を立てることを否定はしないけどな、話が進まないから今は飲み込んどけ。なあ、久樹さん。意識がなくなる前、身体が燃えるかと思ったって言ったよな」
「ああ」
 とりあえず久樹は肯定する。
「だったら、久樹さんの異能力は炎だな」
「炎?」
「爆発を起こせるんだ、ぴったりだろ? 炎は浄化の側面も持つけどな、まあ攻撃的な異能力だよな。静夜とは真逆だ」
「待てって。なんで俺が熱いと思ったからって、炎の異能力を持つって決めつけてくるんだよ。飛躍させすぎだろ」
「もちろん、他にも理由はあるさ。なにせ顕著な現象があったからな」
「だったらそれを教えて見せろよ。今のままだったら、俺は絶対に納得しないからな」
「往生際の悪いことで」
「そうやって今までやってきたんだ。往生際が悪いってのは、俺にとっては誉め言葉だよ」
 智帆より先に皮肉な笑みを久樹が浮かべてみせた。
 それを意外そうに見やった後で、垂れ目の少年は腕を組む。
「久樹さんを中心に爆発が起きたのに、無傷だったろ?」
「それは、さっきお前が言ったんだろ。静夜が衝撃を防いだって」
「爽子さんと巧を庇うのに必死で、久樹さんまで結界で完璧には守れなかったって言ったよ。で、久樹さん。さっき言ってたよな、怪我はないって」
「まあ、うん。ないよ」
「自分たちで生じさせたものに限るけどな、風は俺に怪我をさせず、水は静夜に危害を加えない。大地は巧を、光は将斗を、式神は雄夜を守る。──爆発が起きたのに久樹さんが怪我をしていないのは、それを起こしたのが久樹さんの炎だからに他ならない」
 なめらかな智帆の指摘に反論が出来ず、久樹は恐怖すら覚えた。
「炎ってのは、周囲に強い影響を与えるんだ。肉体を持たない存在に力を与えたり、植物や自然現象に働きかけて、異常な成長や開花、局地的な異常気象まで起こさせもする」
「──異常開花? それってようするに」
「久樹さんたちが歩いた箇所でだけ、桜は異常開花している。しかもそうやって咲いた桜の花びらは、焼け焦げた跡があるものが多いんだ」
 智帆は窓辺へと歩を進め、閉め切られた窓のロックをはずし勢いよく開けた。心地よい春の風と共に、満開になった桜の花びらが舞い込んでくる。
 蝶のように花びらは舞い、はらりと久樹の足元に落ちた。
「爽子。俺、なのか?」
「……分からない。でも」
 唖然とした声を出しながら、二人は落ちた花びらを見つめる。
 ──薄桃色の花びらの縁は、たしかに焦げて黒くなっていた。



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竹原湊 湖底廃園
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