[最終話 閉鎖領域]

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広域領域 No.02


「だからさっき、逆かもって言ったんだ、静夜にぃ」
「確証はないんだ、巧たちがどう思ったのか聞きたいくらいに。……ただ、この世界が僕らを喰らってなにがやりたいのかとも考えたら」
 静夜はそっと、漣と舞を見やった。
「二人とこの世界は在り様が似ているって思わない? 誰かが残した思いから生まれて、浄化されて認められて存在として確立したんだから。誰かの思い、誰かのイメージ、それがあれば補強される」
 だよね?と、静夜は考え込んだままの智帆に声を向け、ふらつきながらも立ち上がる。視線は漣に向けたままだった。
『──動いて大丈夫なの?』
 周囲の警戒は怠らないようにしながら、けれど向けられた視線を流すことが出来ずに、本当は話したかった気持ちのままに問いかける。
「大丈夫だよ、まあ本調子ではないのは事実だけど。眠っていたのに、起こしてしまってごめん。でもおかげでこの状況に持っていくことが出来たんだ。二人が康太兄さんをあっちに送り出してくれたから、ありがとう」
『──でも……もっと、頑張れる方法もあったかもって。静夜さんたちがそんなに無理をしなくても良かったかもって』
 うなだれた漣に静夜はびっくりする。それから微笑んで歩み寄り、元は邪気であった少年の頭をそっと撫でた。
 優しい暖かさに満たされて、漣が顔を赤くする。巧と将斗は兄をとられてしまった気持ちが沸き上がって、バツが悪くなって口をつぐんだ。
「本当にごめん、そんなに背負わせるつもりはなかったんだ。菊乃ちゃんを守ってくれて、舞と一緒に久樹さんたちを導いてもくれた。これ以上頑張れないくらい、頑張ってたよ。むしろ褒めろ! と言って欲しいくらい」
 なんとか漣を浮上させようとする静夜の隣に智帆は行って「その通りだろ」と同意した。
「まあ、水の眷属として生まれ直したわけだからな。静夜の影響を強く受けて、自罰傾向が強くなったんだろ。それについても謝罪追加しとけよ静夜」
「なにそれ。僕は別に自罰傾向なんて持ってないし。どっちかっていうと智帆なんじゃない、そういう考え方するのってさ」
「そんな傾向が俺にあるわけないだろ」
 わざと皮肉っぽく智帆は笑った。
「自罰傾向というより、すぐに責任を背負い込んじゃう二人なだけだと思うんだけど」
 小さな声で爽子が突っ込むと、それを拾った雄夜が力強く頷いた。聞こえると思っていなかったので、爽子は慌てて智帆たちにばれてないか見やる。
「俺からも礼を言うよ。この綱渡りの成功確率で、現時点で脱落者がいないのは、最上の結果だからな。それで名前は? 舞と、なんだ?」
『──漣。菊乃ちゃんがつけてくれた』
「へえ、菊乃ちゃんがつけたんだから偶然なんだろうが。最良の名前だな。水に関連することで、能力も存在も補強されている。──そういや、名前で強化されたのは豪と雪もそうか」
 誇らしげに雄夜が頷き、久樹は「え?」と声を上げた。
「なんで雪を智帆が知ってるんだよ」
「僕も知ってるけど?」
「静夜まで!? え、どうなってるんだ、それに豪はどこなんだ?」
「縄張りのパトロール中だな」
「縄張り?」
「自分の場所だとマーキングするのにこだわりがあるみたいだな。雄夜、あまり燈花と豪を一緒にさせるなよ。燈花が我慢しすぎる羽目になる」
「豪と対峙したとき、燈花を待たせたぞ?」
「拗ねさせ済みかよ、今後は気をつけてやれよ。そして凝視されても困るんだが、久樹さん」
「雪は俺たちの腕の中で消えていったんだよ。なあ、会えたんだとしたら、どんな様子だった? 笑ってたか?」
「期待させて悪いが実際に会ったわけじゃない。水の異能力を流星にしたものが、門によって隔てられた風鳳館を貫いたんだ。俺らに雪だと名乗り、冬の時のことを謝罪する言葉が残してあった」
『雪は──僕にも、水の力を届けてくれたよ』
「……漣にも? 雪はもしかしたら、本当は私たちと一緒に居たいって思ってくれていたのに、私たちが全員で帰れる手段が増えることを優先したの?」
 切ない気持ちを爽子が吐露し、場がしんみりとする。「とにかく」と智帆が冷静に打ち破った。
「閉鎖領域は俺らの異能力を奪い取り、五つの柱を生み出して崩壊した世界を補強した。その上で俺らの命を喰らいつくし、この世界に新しい命を作り出そうとしたってとこだな」
「命が欲しいのは、鳥居をくぐって世界を超えてくるかもしれない“誰か”に縋るのをやめたかったからかな。ここで生きて世界を認識し続ける存在があればって……まあ、その立場になったら思うよね」
 存在するために、来るかわからない誰かの認識を待つのは非効率すぎる。
「でもさあ、静夜にぃ。俺、柱の内部見てるんだけどさ。あのサイズの内臓持ってる生き物って、デカすぎない?」
「大型犬はいいものだぞ」
 いつも散歩に連れ出しているシベリアンハスキー犬が恋しくなったのか、雄夜が唐突に呟いた。流石にいきなりすぎて、どう反応するべきか悩んで静夜が黙る。
「だよな、雄夜にぃ。スイに会いたいよな」巧が当たり前に肯定したので、大物だなあと静夜は思った。
「閉鎖領域とはいえここは広いから、住人が五人って少ないよ。だからサイズで補おうとしたのかもね」
「結構おおざっぱー」
 将斗の声には少々の呆れが乗っていた。
「それで、僕と智帆の考えに、みんな乗ってしまう? それとも乗らない? 答えによっては、僕たちの見解をこれ以上話すのは危険かなって思ってる。だって先入観に捕らわれるから」
「俺は乗る」
「雄夜は既にカウント済だ。俺も静夜も、もう当てにしてる」
「そうか」
 心なしか嬉しそう、というより誇らしげな顔を雄夜はした。「あのさ」と、巧が一歩前にでる。
「──俺も考えてたんだ。異能力を奪うだけなら、殺したいだけなら、なんでここにおびき寄せて、時間をかけて命を吸い上げるとかするのかなって。──形になってなかったけど、智帆にぃと静夜にぃの考えはしっくりくる。だから乗る、将斗もだろ?」
「当たり前、俺は巧と一緒だよー。あ、いろいろ考えてなくちゃとは思ってるし、考えてもみてるよー、でもよく分かんなくって。だから今回は全力で頑張るでゆるしてー!」
 初等部の二人は笑って、ごく自然に久樹と爽子を見やった。
 促される形になって、久樹は爽子を見やる。
「俺たちも静夜たちの考えに乗せてくれ。でも行動しながら、おいおい考えるのは約束する。──それでいいって開き直った。智帆と静夜がいない間のここまで、想定以上に動けてたって言ってくれたしな?」
「なんで疑問系なんだか」
「仕方ないだろ、初めて認めて貰ったんだ。幻聴だったらどうするとか思うだろ、でも嬉しくてな」
 にやりと笑ってみせると、面倒そうな表情を智帆がした。
「──初めて、な。こっちはとっくに認めてたし、ちゃんとサインも出してたつもりだったんだがな。鈍感すぎるってのは面倒だ、なあ静夜」
 久樹はぽかんとして「認めてくれてたサインって、具体的にどれだ?」と眉を下げた。
「僕たちの態度が本格的に悪かったって反省しないとダメなんだ。そこまで伝わっていなかったなんて。認めてなかったら、いままでの作戦だって立ててないけど。……そりゃあ、久樹さんと爽子さんを犠牲にする作戦は、成り立たないねって智帆と却下したのは確かだよ。それで認めきれてないってことになる?」
 長い睫毛を伏せる静夜の可憐さに釣り込まれそうになりながら、それ以上に気になる言葉があって爽子は眉を寄せた。
「ねえ、静夜くん。私たちを犠牲にする作戦って、なんのこと?」
「雄夜の次に、久樹さんと爽子さんが能力を使うように誘導して、僕と智帆が残る作戦のことだけど?」
「なんか凄いことをあっさりと言ったな、おい!」
「作戦を考えるって、そういう事だと思わない? だってそうでもしないと、成功率の高い方法がどれかなんて検討もつけられないから」
 優しいくせに、冷静な計算を静夜はしてのける。タイプは違うがそれは智帆も同じだ。けれど誰が残り、どう動くかで、どこでどんな犠牲がでるか考え続けるのは、ひどく辛いことではないかと今更に思う。
「静夜、その……」
「自己犠牲精神とか、責任感とか、そういうもので自分たちを最後にしたんじゃないってこと。どうせ誤解してただろうけど」
 見通すような紅茶色の瞳を前に、二人はぎくりと身体を震わせた。
 あちらに帰還したとき、形を失っても側にはべっていた舞は彼らの言動を知っていたので『まあ……』と呟き、久樹の利益のために押し黙る。
「僕たちが助けにいく側にすると、最後の二人を解放する時の問題が解決出来なくって。だって五つの柱を策もなく壊したら、急速な崩壊が始まってしまう。見たから分かるよね?」
 智帆を除いた全員が頷く。
 最後の光の柱が崩れた時、影と闇が溢れ出て、それに触れた個所から色を失って粉塵と化していったのだから。
「あれでもマシなほう。なにもしてなかったら認識さえ出来なくて、一瞬で終わって、全員が帰れなくなる。柱が壊れるたびに、閉鎖領域を支える仕組みに少しずつ干渉をして、代わりに支える必要があったんだよ」
 静夜と智帆は視線がかちりとあった。
「あとはそれが出来る人選だな。柱に取り込まれても、意識を保ったままでいられる。命を吸い取られないように異能力を交換し、それを行使する。説明は出来ないからな、どこで聞かれるか分からない。康太先生が俺たちを見ていると理解して、救出の順番を誘導する必要もある」
 智帆は条件を指折り数えてみせた。
 条件が増える度に自分たちに出来るかを考えて、最後の頃には眉間に縦線をいれて全員が青くなる。
「ごめんなさい、いろいろと無理だわ。──ねえ、そうなると、智帆くんと静夜くんが一番危ないって思わせるための演技もしてたってこと?」
「命の危険がありそうにまで見せたのは大げさだったかも? 康太兄さんなら、僕たちが弱ってるからこそ、他を先にって絶対に言ってくれるから、大げさにして良かったよ」
 あっさりと静夜は答える。
 将斗は何故か目をきらきらとさせた。
「なんかさ、全滅前提のバトルを勝っちゃったみたいで格好いいな! 智帆兄ちゃんも!」
「へえ、結構いい誉め言葉を貰ったな。──で、待たせた。俺も静夜も、そろそろ動ける」
「珍しく説明に時間をかけて丁寧だったのは、回復待ちだったからなのか?」
「黙っていても時間が勿体ないだけだろ」
 久樹に対して答える智帆の軽い言葉に、巧が首を傾げる。
「説明するの警戒してたのにさ、全部ばらしちゃっただろ? それって裏をかくのはここまで、あとは突っ走るのみってこと?」
 理解の早い年下からの確認に、二人はにやりとした。
「そういうことか! だったら俺も活躍できる、智帆たちが崩壊を食い止めてくれている間に戻るぞ!! 康太先生の門をくぐれば、勝利条件達成だ!」
 弾む声で久樹は号令をかけた。
「──悪い、それはまだ先だ」
 前のめりの勢いを智帆に封じられ、久樹はつんのめった。
「なんでだ?」
「戻っても解決にならない。どうしてもって言われても、今、帰られるのは困る。実力行使してでも行かせない」
 物騒な宣言をして、沈鬱なまなざしを白鳳学園の裏門の方角に智帆は向けた。
「厄介なことに、ここを見捨てたら勝ちは手に入らない。──俺らにのったんだ、居ると強く認識しろ。世界と世界を繋げる根底のもの、世界を渡るものを誘い、存在を安定させていたもの。そして今回の事件を起こした張本人の存在を」
「──ようするに黒幕だな」
 ベルトに刺した日本刀の鯉口を雄夜が切る。「殺しに行くわけじゃないよ」と静夜が制した。
「……ちっ」
「口惜しげな顔をしない。それから後でもめ事になるのは時間のロスだから、先に言っておくよ。僕と智帆は神社までは一緒に行けないから」
「──なんでだよ!?」
 頼れる作戦担当とようやく合流できたのに、また離ればなれになるのは納得がいかなくて久樹の声は大きなものになった。
「身も蓋も無い言い方をするなら、役に立たないから」
 思いもしない事を言われてしまって、びくっと固まる。
「役に立たないことなんてあるわけないだろ! 自虐が似合うのは俺らで、静夜と智帆は違うだろ。残ると決めた理由を教えてくれよ」
「そんなに胸を張って自虐が似合うって言われても困るんだけど。巧と将斗がどうしたらいいか分からなくて固まったじゃないか」
「それくらい、有り得ないことなんだって!」
「そういわれても。僕たちはここを支えてないとだけど、正直ギリギリなんだ。効率のいい場所に陣取らないとダメだ。向こうとの繋がりが深くて、僕たちの存在を補完してくれる場所だよ」
「康太先生が作った門とか?」
「それもそうだけど、使っちゃ駄目だな。向こうに残した力だって、残量はかなり危険なのだし。秋山の中で憩ってる蒼花と雄夜と僕との繋がりで、補完させてるくらいだから。正解は正門に残してきた栞と繋がってる正門と、最初から二つの世界とのつながりを持ってた裏門だよ」
「だったら!!」
 語気が強くなる久樹を智帆が制する。
「誰かを護衛に残す、と言うつもりなら先に却下だ。康太先生からの救援物資の飴を、余分に俺らにくれるっていうなら受け取るけどな」
 智帆はやつれを隠さなくなった顔に笑みを浮かべ、手の平を上にしてみせた。
「飴なら全部あげるから! でも本当は残りたい、どうして護衛で残ったら駄目なの」
 切ない爽子の訴えに、ただ首を振る。
「ここが邪気が集まりやすい場所だって話をしたのは覚えてるか?」
 智帆と目が合って、巧は頷いた。
「でも舞と漣はいなかったから、知らない話だっけ。それに邪気って……」
 元は邪気であった二人の前でするには相応しくない話に巧には思える。表情が自然と曇ったので、沈黙を守り続けていた二人は首を振った。
『わたくしたちの事は気になさらずによろしいですよ。意見を求めて頂いているのであれば、同意いたします。実感としてですけれど、形を持つ邪気として力を持つずっと前から、ふわりふわりと漂って、白鳳学園に吸い寄せられていた気はいたしますから』
『意思を持ってなかったから、確かじゃないけど。でも僕らみたいモノが、集まる流れのようなものは確かにあった』
「──なんだ簡単に裏が取れたな。これで久樹さんたちがずっと疑問が思ってきたことの答えになるな」
「俺たちの疑問? ──なんだ、それ?」
 根幹にかかわるような凄い疑問を抱いてきた覚えがないので、久樹は眉尻を下げて智帆を見つめる。
「なんで初等部の巧と将斗までが、全寮制でもない学校で、寮とは名ばかりの部屋で暮らすことが許されたのかだよ」
「それか! 確かに思ってたな。学園が受け入れるは変すぎだろって。許可されるわけがない」
「当然だな。だが俺らはここに来くるべきだって思ってばかりで、その辺りの変な事実からは目を背けてきたから答えは持ってなかったけどな」
 あっさりと肯定されて、妙な恐ろしさが背筋を凍らせた。久樹はほぼ無意識にすがるものが欲しくなり、爽子の手を握りこむ。
「この場所がずっと昔から邪気を誘い込んでて。異能力者が集まるのも変じゃない場所だったって考えてるのか? 静夜も?」
「そうかな? とは思ってたけど、舞と漣の言葉で間違いないって思った」
 透き通る白い肌に憂いを宿し、静夜はそっと空を見上げた。


 
 
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