[最終話 閉鎖領域]

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ヒトと贄 No.08


「どういうことだよ雄夜!?」
 驚いた久樹の手の上に、雄夜は朱花を呼ぶための札を重ねた。
「久樹さんの力を朱花に注げ。将斗のことは巧と朱花に任せる。舞と漣は俺に貸してくれ」
『……理由をお話しにはなりませんの?』
「──二人だけで向き合うべきだ。久樹さん早く朱花に力を。急げ、来るぞ!」
「来るって……?」
 突然の氷雪が横からびょうと襲い掛かってきた。
 ひどく冷たい。否、冷たいだけで済ませられるものではない。
 これは触れたものに死を恐怖させる冷気、生きる存在を凍らせてしまうモノ。
「これって!」
 爽子が声を震わせる。久樹は開いている手で恋人を背に庇い、握りこんだ札に意識を集中させた。
 イメージするのは巧の道行を守り焼き払い、全てを浄化する焔の苛烈さを持つ朱花だ。
 札は熱を持ち、色を宿した。己の炎に熱を感じてこなかった久樹が灼熱を覚えるほど。雄夜と視線が合い、二人は同時に「朱花!」と炎を具現する式神の名を呼んだ。
 応えて出現する炎の鳥は光をまとい、業火を放ちながら翼を広げる。迷わずに駆けだした巧と共に白鳳館へと飛び込んでいった。
 横手から白をまとう冬の娘がついに現れた。
 雪に濡れた長く黒い髪がアスファルトに闇を広げている。じっと見つめてくる目はひたすらの黒。宿す光の一つもない。
 すでに距離は詰まっているが、顔の認識ができなかった。
 目や鼻や口などのパーツは分かる。整っているとも思う。けれど全体になると印象が消え、何度見てもよく分からない。
 冬の娘は変化を拒絶した爽子の感情から生じ、すぐに支配されてしまった邪気だ。智帆たちの力を奪い取ることで自我を確立し、自由を得た時間はごくわずか。すぐに消滅を迎えた。
 爽子が幼いころの形も、自由を得たわずかな間にとった形も、冬の娘の中で確定することはなかったのだ。
 冬の娘の中にある確かなものは、ただ一つの問いの言葉。
『どうして』
 悲しげで、苦しげで、空虚を宿す声は、向けられた者の心を虚ろで満たそうとする。
『どうして』
 問いながらも、なにを明確に聞けばいいのかが冬の娘には分かない。ただ「どうして」と繰り返し、問うべきものと答えを探している。
「これが──俺たちがしたことなのか」
 爽子を庇ったまま久樹は眉を寄せる。春、夏、秋、三つの季節が巡る度に出会った邪気はすべて、元となった怒りを、悲しみを、憤りを、己のものとしてきちんと持っていた。それすらも奪ってしまったのだ。
 自分たちが起こした結果と二人は対峙する。そこに雄夜は加わらなかった。舞と漣にも下がっていろと告げ、門の役割を果たしている木の根元に座り込む。
 札を取り出し「頼む」と告げる。風をまとって白い猫が現れ、主にすりよってから姿を大気に溶け込ませて消えた。
『白花をどこに……?』
 不思議がる漣の前で、雄夜は腰のベルトから鞘ごと刀を抜いて抱き込んだ。
「舞、漣」
『なに?』
「久樹さんたちの状況がどうしようもなくなったら教えてくれ。お前たちは手を出すな。消滅する」
『お教えするのはかまいませんわ。けれど……その、雄夜さんの方が限界なのではありませんの?』
 舞には雄夜が限界を超えているとしか思えない。
 式神を使い続けているのもあるが、刀を手に豪とやりあったダメージも大きいはずだ。無口な少年は泣き言はこぼさず、康太の選んだ栄養補給食品を口にして「静夜に倣うだけだ」と言った。
『静夜さんに……?』
「異能力を大量消費させられた経験は静夜が一番多い。そんな時はいつも寝ていた。回復に手っ取り早いはずだ」
 珍しく長く告げて、雄夜は舞と漣を見る。眠れば無防備をさらすことと同じ。危険を二人が知らせると信じなくては出来ることではない。
「任せる」
『待ってよ。任されるけど、これはもう持っていて。僕が存在するだけの分は貰えたから』
 眠る態勢に入る雄夜の隣にしゃがみ、漣は蒼花の札を差し出した。
「戦闘はしないと約束するか?」
『しない。消えるなって思ってくれてるって、分かったから』
「ならいい」
 受け取った蒼花の札を雄夜がぎゅっとした。切れ長のまぶたを閉じる手前、冬の娘を前に震えている年上の友人たちの後ろ姿をおさめる。
 智帆と静夜が引いた作戦の通りに事態は動いている。そんな状況を、なにも出来なくて情けないと彼らが嘆くのが雄夜には不思議だった。
 久樹と爽子が動かなかったら、雄夜たちがここで朽ちて異変は終わっただろう。それはそれで一つの解決だ。今の状況は彼らをあてにする作戦を静夜と智帆が立てた結果であり、もたらされた現実は頑張ってくれたからだ。
 冬の娘も救われる、雄夜は確信している。
 無口な少年からの強い信頼に気づかず、久樹はどうしてを繰り返す娘をただ見つめていた。
 問うてもなにも答えない久樹たちに冬の娘がじれる。『なぜ答えない!』叫んで、拳ほどの氷をぶつけてきた。
 久樹は焔でもって飛来する全ての氷を蒸発させるが、怒りを受け止める気もないと感じた冬の娘は、氷に吹雪を追加してくる。
 すべてが吹雪によって凍えていく。
「久樹、わたしを庇わないで!」
 爽子は己を庇う背に手を置いた。
「なにを言い出すんだよ、また自分だけの罪だっていいだすつもりか!?」
 襲い来る吹雪を防ぐ盾となるのを、久樹はやめなかった。
「違うの、これだとあの子からわたしが見えないからっ。だって久樹、あの子は怒ってるんじゃないの。泣いてるの!」
「泣いてる……?」
 ぽかんとして、防壁とする炎によって照らされた冬の娘を改めて見つめた。
 顔の印象はやはりない。だがもうそれだけではなくなっていた。体まで小さくなったり、大きくなったりと、あやふやさが増している。
「なんで急激に不安定さが増したんだ……?」
「わからないから、よ。久樹」
 爽子は手をぎゅっと胸の前で組んだ。
「わからないって怖いの。わたしがそうだった。どうしてって思ってばかりだった。そうよ、どうして今のままじゃいけないのって思ったから!!」
 顔をあげ、爽子は久樹の背から前に出た。
「わたしが今のまま止めてしまいたいって思ったから、あなたは生まれた!! わたしから生まれたのよ!! ちゃんと存在してる!」
 腹の底から爽子は叫んだ。
 冬の娘が静止して、輪郭さえ溶け始めた顔を向けてくる。
『……どうして?』
「私ったら面倒な女なの。勝手に悲嘆して、勝手に拒絶して。だったらどこかに消えればよかったのに、やったことは静夜くんの力を支配して奪うこと。わたしから生まれたあなたを利用すること。もう、最低……」
 情けない顔をしたが、爽子は強いまなざしのまま手を差し伸べた。
「どうしてって言われても、仕方ないじゃない。貴女はわたしから生まれちゃったんだもの。はっきりと存在してる、貴女の存在を否定なんてわたしがさせないわ」
 冬の娘の手を握りしめる。
 冷たいばかりで、触れたものを凍らせていた手は、いまはただ弱々しかった。
 久樹も爽子に習い、二人の背に手をおく。
「なあ、爽子から生まれたってことは、俺から生まれたってことにもなるよな? そうか、よろしくな」
『……ど、どうしてそうなるの?』
 重ねてきた問いと同じだが、困惑具合が異なっている。冬の娘は動揺すらしていた。
「いやそうだろ? 冬の時に爽子が追い詰められた原因は俺なんだし、俺と爽子は共犯なんだ。要するに俺たちから生まれ……ん?」
 ひらめいて、久樹は言葉を途中でとめる。
「久樹、なにを思いついちゃったの?」
「最初に見た時に、子供の頃の爽子に似てるって思ったんだよ。それって爽子の娘なら当たり前のことだよな」
「は」
『は?』
 同時にぽかんとした二人の同調具合に、久樹はさらに納得を深めた。
「爽子の娘なら、俺の娘でもある」
「わたしと久樹のむすめ? ……こども、そうなるの? そうだったの」
 つっこむどころか認識を共有し、爽子は冬の娘を抱きしめた。
「だったら名前! どうしよう久樹っ」
「そりゃ雪だろ、こんなに綺麗な冬の申し子みたいなものだし」
 自称両親の盛り上がりに、抱きしめられたまま冬の娘はまばたきを繰り返した。
 雄夜を守って佇む舞と漣と目が合う。恥ずかしいという感情が溢れ出て、爽子の腕に額をおしつける。
『……雪。わたしの名前』
 呟いた言葉にあわせて粉雪が舞い、あわい青をたたえて発光を始めた。
『わたし、かえる。爽子と久樹のなかにかえるよ』
「雪!?」
 舞と漣のように、一緒に居られると思っていた二人が慌てる。
 腕の中、雪はどんどん小さくなっていく。存在があやふやだからではなく、二人の幼い娘というイメージが確かな形を与えたからだ。今の彼女の顔立ちは、爽子にも久樹にもどことなく似たところがある。
『爽子のさびしさから、わたし、うまれたけど。それだけだったら、爽子のなかにかえっていたの。うばった力をため込んだから邪気になった。だからかえす』
 視線を合わせようとしゃがむ二人の前で、雪は小さな両手をあわせた。ふくふくとした指の隙間から青い光がこぼれ、開かれると同時に天を貫いて星となる。
『あれは? 冬に奪われた静夜さんの……』
 惹かれて空を見上げた漣は、輝いたはずのそれが自分を貫く流星となって落ちてくるのに「わっ」と驚いた。同時に「雪っ!」と叫ぶ声があがったので、誰にも気づかれなかったが。
 久樹と爽子の腕の中で、雪が淡い光となって消えたのだ。
 冬の娘が雪として存在したのはわずかな間だ。それでも最後に見せた笑顔は明るさに満ちていて、いつか帰ってくると二人に信じさせてくれた。
 雪の名残の光を求めて巡らせた視界に、突然の強い光が降り注いできて、一瞬、全てが真っ白になった。
「あ!!」
 白鳳館にそびえ立つ光の柱が崩れている。そこから落ちてくる雪のようなものは、将斗の茜をやどす光だった。
「巧が将斗を救い出したんだ!!」
 久樹の歓声に、覚醒を促されて雄夜が目をあける。
 手を握ったり、開いたりを繰り返し、おもむろに立ち上がる。すでに慣れた手つきで刀を腰に佩いた。
 切れ長の眼差しが白鳳館に向けられると見守る舞と漣は思ったのだが、別の方を見たのでつられて視線を移す。
『──え?』
 二の句を継げず、ただ呆然と立ち尽くした。
 ──一つ、消えている。
 この世界の異常をしらしめる象徴が、二つの太陽と、一つの力を宿す柱だけになっている。
『だって、いつ……?』
 呆然と声をこぼす。
「ここからが正念場だ」雄夜が言葉を重ね、ようやく白鳳館へと視線をむけた。炎をまとう鳥が広げた翼に守られて、二人の子供が飛び出してくる。
「雄夜にぃ!!」
 呼んでくる巧と並んだ将斗の顔色は懸念より悪くなかった。唇の端にチョコレートの汚れがあるのは愛嬌だ。
「俺たちが先でごめんよ、すぐに静夜にぃと智帆にぃのところ……はああ!?」
 巧は目を剥いて将斗の腕を引っ張った。共に呆然とし、それから水鳳館の方角を指さして「嘘だろ!?」一緒に大声を上げる。
「どうした!?」
 広げた両手に飛び込んでくる将斗という、感動の光景を期待していた久樹はぎょっとした。
「久樹兄ちゃん、あっち! あっちだよ、あれあれ!!」
 混乱のせいだろう。将斗の言葉が雄夜並みに足りなくなっている。
「ん? んんん!?」
 久樹は眉をぎゅっと寄せた。もちろん爽子も同じことをする。
 久樹たちから智帆を奪って水鳳館にそびえたはずの、光の柱がいつの間にか力を失くしている。
「なんだ? 智帆が自力で脱出したってことなのか!?」
 唖然と叫んだ久樹に、雄夜が振り返った。
「風鳳館に行く」
 短く告げて駆けだそうとした少年の腕に爽子がすがって引き留めた。
「智帆くんが動ける状態とは限らないわ! 無防備のまま倒れていたら大変よ。全員で風鳳館に行くより二手に……」
「智帆は問題ない、白花がついている」
「──いつ、向かわせたの?」
 固まりそうな心を叱咤して、爽子は問うた。
「……? 冬の邪気と爽子さんたちが対峙した時だ」
 体力の回復を優先した雄夜が、まさか朱花と白花を同時召喚するとは思っていなかった。爽子と久樹は同時に肩を落とす。
「──ようするに作戦通りだったってことか。豪をどっかに向かわせたときに、上手くいくか分からないから伏せたって言ったよな? もしかしてこれがその結果ってことか?」
「ああ」
 理解されたことが嬉しかったので雄夜はすぐにうなずく。けれど笑顔が返されず、少し考えてからまた口を開いた。
「智帆が解放される結果になるとは俺も知らなった。静夜と智帆がどう考えていたかはわからない」
 珍しく言い訳を募る雄夜を助けようと、巧は「久樹にぃ!」と呼んだ。
「雄夜にぃがどこまで知ってたか、なんてことでへこんでる場合じゃないぞ! 智帆にぃが解放されたのも、白花と一緒にいるのも良いことだろ!」
 巧は久樹の背を叩いた。続けて爽子の手をひっぱる。
「行こう! あと静夜兄ちゃんの危機の光景は飛び込んできてないよー、大丈夫だよ雄夜兄ちゃん」
 補給物資を必死にもぐもぐし終えた将斗が雄夜の腕を取った。それで視界に漣が入って「あー!」と声をあげる。
「漣だ! 巧から聞いたーずっと菊乃を守ってくれて、ありがとなっ。あとあと俺も夏の時はごめん、これからよろしく!」
 将斗に明るく笑いかけられる。巧の時は動揺したが、今回は『うん』と漣は迷いなく答えた。
「悪かったみんな、行こう!」
 久樹の掛け声と共に、来た道を走って戻る。
 豪が妨害を薙ぎ払ってくれたおかげで、本格的な攻撃にはあわなかった。風鳳館に続く道に入り、静夜と智帆の消失に絶望した気持ちが蘇ってくる。
 あの時に感じた冷たさと恐怖は、久樹の魂に刻まれていた。
「風鳳館の門が見えてきた! 爽子、なにが見える!?」
「なに、あれは……? 今までは臓器の一部が出現しているみたいだったのよ。でも、今は大きな生き物の中身の全てが構築されているように見えるの……」
 爽子の言葉に、将斗がぎょっとした。
 将斗が意識を取り戻した時には、朱花と巧によってグロテスクな世界は消失していた。だから自分が捕らえられていた場所を知らなかったのだ。
「臓器の一部ってなにー!? 中身ってどーいうこと!? 気持ち悪っ、俺あんなとこに居たの!? 巧、一言でいうとー?」
「どろどろ?」
「ぎゃー! なんだかすごくシャワーあびたくなってきた!」
「シャワーとか具体例だすなよ、将斗っ! 俺だって我慢してんだぞ!」
 わあわあと騒ぐ二人を久樹は見つめる。光の柱は彼らの命を食らって、門の中に違う世界だけでなく、何かを作ろうとしていた。
 それが生命体を柱ごとに一つ、作り出すことだったのだろうか?
 久樹の中で憤りが募る。
「静夜を消化させてたまるか!! 爽子、力を貸してくれ。すぐに炎で薙ぎ払……!?」
 勇ましい言葉を途切れさせた。
 巨大な生命を思わせる風鳳館の門の奥から、轟音が響いたのだ。
 忌まわしくそびえる光の柱、それが目の前で崩壊を始める!
「はあ!? 俺はまだなにもやってないぞ!?」
「わたしもしてない!!」
 異変が起きると自分自身が原因か疑う癖のついた久樹と爽子を置いて、雄夜が声を放つ。
「──将斗、異能力を展開しろ!!」
「雄夜兄ちゃん!? 異能力って、え、何をしたらいいのー!?」
 初等部組は雄夜が大好きだが、足りない言葉では何をしたらいいのかがわからない。
 ただ危険なことが起きる。それだけが久樹と爽子以外に緊張を走らせた。
 舞はすぐに久樹と爽子を守るべく彼らの前に出た。巧と将斗は動けない。雄夜は集中に入り指示が通っていないことに気づいていなかった。
 漣は彼らを見つめて、必死に考えていた。
 彼を癒やしてくれた静夜は、難解な智帆の言葉や、言葉が少なすぎる雄夜をいつもフォローしていた。水によって癒されて存在を得たものとして、役にたちたい。
『そうだ! 将斗さんの力と巧さんの力をすぐにあわせて!』
「ぎゃー! 漣、俺の名前にさんつけるのやめてー、ソレ気持ち悪い! 力が抜けるー!」
「俺も! ダメ、それ禁止!」
 従兄弟同士による息ぴったりの拒絶に漣は『そこなの!?』と返す。
『この状況でその反応するって! とにかく将斗と巧の力をあわせて、光を宿す土の防壁を作る! それを僕らの周りに展開、静夜さんがしていたみたいに!!』
「あ、なるほどー!!」
「水の結界のかわりなっ!」
 将斗と巧は光を宿す土の防壁をすぐに展開させる。
 今までの捕らわれ人を救い出したときは、光の柱は吸い上げた力を失って、外壁から崩れて雪のようにキラキラと落としていた。けれど今、光の柱は低い唸るような音とともに、加速度的に崩壊していっている。
「完全に崩れるのか!?」
『そのようですね』
 久樹の問いというより確認に近い言葉に、舞が同意する。
「待って、何かくる!! 門の奥から……な、に?」
 爽子が指さす先、風鳳館とこちらを区切る門の奥から、塊となった闇が一気にあふれ出てきた。
「なに……!?」
 溢れ出した闇によって世界が澱んでいく。
 影の中にすべてが侵食される。祟りにおかされた、まるで穢れの世界だった。
「将斗、あれ見ろよ。崩れてる……よな? 静夜にぃの危機の光景って、飛び込んできてないよな!?」
 闇の侵食を防ぐ安全圏を支えたまま、巧が茫然と街路樹を見やった。
 あふれた闇に触れた木が、色を徐々に失ってただの白になっていく。そうしてすべての色を失って、白い灰となり粉塵を巻き起こしていた。
 巧が焦るのも無理はない。智帆には白花がついているが、静夜には誰もついていないのだ。二人が作り出している安全圏も勿論届いていない。
「見えてないよ! でもどうな……」
「そりゃ見えるわけないな」
 焦りで上ずる将斗の声に、どこか皮肉に響く声がかぶさってきた。
「──え?」
 目を見張ったのは雄夜を除く全員。雄夜は血管が浮かぶほどに握りしめた力をゆるめ、ほっと息をつく。
「智帆にぃなのか!? ここにいるってことは、静夜にぃと一緒!?」
 無尽蔵に湧き出す闇と、色を失い灰となる粉塵のせいでよく見えない視界の先、それでも小柄な誰かを背負って出てくる人物の影をとらえた。
「ああ。計算通りのギリギリで間に合った」
 声は届いてくるのに、まだ影でしか確認ができない。
 安全圏を広げようとした将斗の肩を雄夜が留めた。朱花を召喚し、止める間もなく闇におかされた外に飛び出す。


 
 
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