[最終話 閉鎖領域]

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ヒトと贄 No.07


「朱花はここに。舞と漣は隠れていろ」
 差し伸べた腕に、優美な炎の鳥は舞い降りた。
 咆哮と共に黒い獣がすぐ側に現れ、同じ漆黒をまとう雄夜が悠然と受け止める。
 秋に事件を起こした邪気と、邪気に嫉まれ恨まれた一人の再会。妙な繋がりが他を排除する力を場に与え、第三者たちが引いていく。
「──巧の救出の邪魔などさせない」
 雄夜の声を始まりとして、黒い獣が飛びかかり、朱花が羽ばたく。
 両者の力が激突した轟音は、生き物の胎内を構成する世界となった炎鳳館の中まで届き、久樹と爽子は心配を募らせる。
 振り返れなかったのは、ふさふさとした燈花の毛にすがるのがやっとで、あまりの速度に目を開けることすら出来ないからだ。
 地鳳館の時よりも多く脈動している血管も、どくんどくんと蠢く臓器の内壁も、溶解液のようなどろどろの何かが落ちるのも見ていない。それらを二人に視認させ、吐き気だのを催される時間の無駄を燈花が嫌って、足元に大地を呼び出しひたすらに疾走する。
 生き物の胎内を作り出したとはいえ、地鳳館が巨大化するわけではないので、燈花はすぐに目的地に達して遠吠えをした。
 大地の力が円形のドームを作って支配範囲を広げる。臓器に変じた地面が元に戻り、燈花は予告なく大型犬くらいのサイズに戻った。
「わっ!」
 縋ってきた背が消失して転がり落ちる。ぶつけた場所をさすりながら「ありがとう」と言った。
 人の言葉を解するし、操ることも出来るくせに、燈花はなにも答えずに真っ直ぐに前をとらえていた。大きな足で二人を追い越し、投げ出されて熱を失っているモノに鼻面を押し付ける。
 視線で燈花を追いかけて、久樹と爽子は子供を見つけた。
「巧、くん……」
 座った形で腰や肩を光の柱に縫い留められて、ぐったりと首を垂れている。投げ出された手足には血の気がなく、まるで打ち捨てられた人形のようだった。
 巧の首や二の腕、太ももなどにも血管が這っており、それが脈動する度に彼の命が搾り取られ送り出されていく。
 光の柱を中心に発生した生物が、巧の命を糧として吸収し、今もまだ成長を続けているのだ。
「巧くんっ!!」
 悲鳴じみた声で名を呼び駆け寄って、燈花が鼻面を押し付けている無事な手に手を重ねた。ひどい冷たさに眉を寄せ、彼を縛る血管をはがそうとして久樹に腕を掴まれる。
「そのまま触れないほうがいい気がする。──俺がやる」
 掌に炎を集め、触れる部分を焼きながらはがしにかかった。
「なんだ?」
 炎で焼いた部分は炭化して崩れたが、無事な部分がすぐに血管を伸ばして埋めてくる。その前に隙間を確認しようとしたが、肌との境があいまいで、まるで融合しているように見えた。
「無理にはがしたら、巧くんまで怪我をしてしまいそう」
「だろうな。……巧の精神の支配権を先に奪い返せないか?」
「精神の支配を?」
「浸食による精神支配を破壊し、浄化が出来るのは俺たちだけだって言われたろ?」
 それから、と久樹は必死に考える。
 ここでは強いイメ―ジが存在に影響を与え、形すら変容させる世界なのだ。精神を浸食された巧が、光に襲われた際に自分はもう体ごと溶かされて同化させられたと思っていたらどうなるか。
「巧に身体を失っていないって認識させるんだ。それさえ出来れば、雄夜の時と同じだろ? こんな気持ちの悪いモノなんて、炎で強引に薙ぎ払えばいい」
「──分かった。巧くんを浸食する支配を奪い返してみせるわ。すぐに助けてあげるから、もう少し頑張って巧くん!」
 爽子は目を閉じ、少年の精神の中へ入りこむ自分自身をイメージして彼を支配するモノを探す。
 底のない暗い世界の広がりがあった。けれど巧の心を表す形が見当たらず、左右を確認しながら爽子の下に下にと降りていく。
 地の底に辿り着くのではと思うほどに下り、爽子はようやく淡く光っている橙色を見つけた。
 巧の命そのもの。それはとても優しく、けれどひどく弱々しい。最後の距離を慌てて駆け下りると『どうしたの?』と聞くように寄ってきてくれる。
(迎えに来たの)
 心で呼びかけて、爽子は手を差し伸べた。
 橙色は迷うようにふわふわとしていたが(お願い)と重ねると、差し伸べた手に寄ってきてくれる。
 つかまえた瞬間、暗い世界に豪雨が襲ってきた。
 体温を一瞬で奪い、露出している個所から凍らせてくる冷たさだ。身をすくめながら、あわてて橙色を手の中に包んだ瞬間、殴打されたような衝撃に爽子は眉を寄せた。
(なに!?)
 豪雨に襲われる暗い世界に、爽子を殴ってくるモノは見当たらない。けれど手の平から伝わってくるのはとてつもない衝撃で、爽子は目を見張った。
 これは巧が感じている心の痛みが、爽子に分かりやすい形になったものだ。
 ──こんなのは自分の子供じゃない。
 ──怖い、怖い、でも自分の子供を疎む私がもっと怖い。
 ──いなくなって、私たちの居ないところで生きていて、死なないで、ただ消えて、ごめんなさい、こわい、ごめんなさい!!
 巧が受けてきた言葉が、冷たすぎる豪雨となって次から次へと尽きることなく打ち据えてくる。
(うそ……)
 家族に拒絶された過去を持つことは知っている。けれどいくらなんでもひどすぎる、巧はまだ幼かったはずなのに、どうしてこんな思いをぶつけられなければいけなかったのか。
 責めたててくる感情に、この世から消えたい気持ちが募ってくる。そんな気持ちを巧が抱えてきたことが切なくて、庇いこんだ橙色を守りたくて身体を丸めて、ひどくか細い茜色を見つけた。
(──将斗、くん?)
 巧の心の中なので、将斗が共にあるのが当たり前だという認識が作ったものかと思ったが、茜色から感じられるのは間違いなく本人のものだった。
 茜色は爽子が庇いこんでいる橙色に近づくのではなく、なにかが近寄ってくるのを威嚇しているようだった。
 別の橙色が近づいてきている。
 それに背筋がぞっとして、爽子は理解した。
 あれが巧を浸食し、巧のフリをして、すべてを喪ってしまったと思わせる支配の力だ。
 ──見つけた!
「将斗くんここはわたしに任せて、あれから奪い返すから!!」
 心で思うのではなく、言葉に出すと共に爽子は目をかっと開いた。
 まんじりともせず見守っていた久樹の目の前で、幼馴染みで恋人でもある爽子の瞳が橙色に煌めき始める。
「お前になんてあげない! 私だけが支配を許される、それ以外の支配など認めない!!」
 能力の支配者である爽子の力を宿す言葉と共に、巧の心を浸食する偽物が断末魔と共に塵となって消えていく。
 巧の指が僅かに動いた。
「巧!!」
 すぐに久樹は名を呼んだ。
 舞と漣に名前が力を与える様を見てきたからこそ、名を呼ぶことが巧を取り戻す力になると信じた。
「巧くん、戻ってきて。分かるよね、巧くんの身体は溶けたりしてない。私の側に居てくれているの!!」
 懸命に呼ぶ声に、巧がうっすらと目を開けた。
「……そ、……こ、さん?」
 小さい声だが、巧が自分自身を確認し、呼ぶ相手を認識したことの証だ。
「爽子、巧の名前を呼び続けろ。今から焼き払う!!」
 炎を呼びよせて、久樹は業火を練り上げる。
 それが燈花が大地の力で作ったドーム型の防衛空間すら破壊し、襲いかかってきた血管や溶解液などを一気に焼き払った。
 門のある方角に橙花は身体を向け、轟く声で吠えて、周囲の炎を巻き込んで大地の力を門へとぶつけた。
 世界を構築する門がくずれ、境界がなくなり正常な炎鳳館が戻ってくる。
「──久樹、すごい……」
 光の柱の外郭が剥がれ始めた。橙色を宿る光の結晶が、雪のように降り落ちてくる。
「……えっと、あれ?」
 呆然とした声を巧がこぼした。投げ出していた両の手を持ち上げ、じっと見つめる。
「俺の手、なんでちゃんとあるんだろ?」
 久樹と爽子が声をかけるより、燈花が駆け寄って甘えて鳴いた。太い前脚を太ももの上に起き、伸び上がって頬っぺたを舐める。
「──燈花? めちゃくちゃ可愛いんだけど、でも俺ってどうしてたんだっけ?」
 完璧な犬のフリで巧を癒す技に感動すら久樹は覚える。
 爽子は巧が橙花を撫でることで、力を自然に与えられて生気を取り戻していくのが嬉しかった。
「巧くん、お帰りなさい」
「……爽子さん? 俺って……え、助けて貰っちゃったの?」
「うん、やっと巧くんを助けることが出来たわ。本当に良かった、あんな冷たい所に巧くんが居るのは嫌だもの」
 嬉しそうな爽子とは対照的に、巧は眉を寄せた。
「もしかしてさっきまで俺と一緒にいた──?」
「将斗くんもね。ねえ巧くん、今までの事は変えられないけど、これからの事は違うから。居なくならないでって、ずっと私も思っているからね」
 ぎゅうぎゅうと手を握られて、巧は目を白黒させる。「うあああ!!」と叫びたい気持ちを必死に呑み込んだ。
 まだ特別な好きを引きずっている相手に、心の内側を見られただなんて、恥ずかしさのあまり消えたくなるほどだ。
 燈花を撫でることで平常心を必死に取り戻そうとしていた手から式神がすり抜けた。「──燈花?」呼びかける前で、燈花が久樹の足元に駆け寄ってジャンプする。
「ぎゃあ!」
 とびかかられた久樹は悲鳴を上げて尻もちをついた。
「燈花、差別禁止! 巧に対するのと俺に対する態度が違いすぎ!! 分かってる、今度は忘れてないって! うわあ!」
 リュックをこじ開けてウェストポーチを引きずり出し、燈花は咥えて巧の元に運んできた。
 ぱたぱたと尻尾をふる燈花に首を傾げ、代わりに受け取った爽子が中からハチミツを固形化した飴を取り出す。
「康太先生が持たせてくれたの」
 ぽかんとしている巧の口に爽子は放り込んだ。
「………!!」
 “あーん”をして貰った!と赤くなりつつ、命をまわすエネルギーが身体と脳に染み渡る感覚に、ようやく本当の意味で巧は覚醒する。
「燈花、雄夜にぃは!?」
 すぐに燈花が外を見やる。立ち上がって目眩を起こし、ふらついた身体を爽子が支えてきた。「走るなんて無理よ」言われたが、巧は首を振る。
「無理とか言ってる場合じゃないんだ。雄夜にぃが一人で戦ってる。それに」
 捕らわれている将斗が巧の側に居たように、巧も心の一部を将斗の元に残している。伝わる冷たさばかりの場所から早く救ってやりたい。
「助けてくれて本当にありがとう、ついでに久樹にぃも。俺は頑張れるよ。燈花、あともうちょっと力を貸して!」
 一人と一匹は駆けだした。
「俺たちも急ぐぞ爽子!」
 妨害のなくなった炎鳳館を駆け抜ける。
 門の外が見えてきたが、雄夜の姿がなく、戦闘の音も聞こえてこない。
「雄夜!!」
 はやる気持ちのまま飛び出し、門を背にしていた舞と漣を見つけた。
『ご無事でよろしゅうございました』
 舞は久樹に笑いかけたが、漣は巧を前に複雑そうな顔になる。
「巧くん、彼は漣よ。夏の時の」
「静夜にぃに似た水の力? ……じゃあ菊乃ちゃんを守ってくれたのは君なんだ。──ありがと、あと夏の時は本当にごめん、漣」
『どうしてありがとうなんて言うの』
「だって漣がいなかったら、間に合わなかったかもだろ。菊乃ちゃんが無事なのは漣のおかげだよ、感謝しかない」
 巧の手を差し伸べたので、漣は困惑のあまり固まってしまう。舞が『握手をなさいませ』と優しく促した。
『うん。こっちこそありがとう』
「なあ、雄夜にぃはどこ?」
『あっちだよ。木で見えないだけ』
『お進みになってくださいまし、わたくしたちはここを動くなと言われましたので皆さまをお待ちしておりましたの』
「へえ、舞が雄夜の命令をきいたのか?」
 珍しいと驚く久樹に、舞はしょんぼりとうなだれた。
『まだ間合いがつかめないと仰られるので』
『従っておくことにした』
 姉弟のように息ぴったりの舞と漣に「間合いってなんだ?」と久樹と爽子は不思議がるが、巧は燈花とあっさりと駆けだした。
 待てよと声をかけるも、巧は先に木々を越える。少年の視界が広がって見えたものに、燈花の背に手を置いて立ち止まった。
「どうした巧っ」
 舞と漣を促して追ってきた声に、巧はある方向を示した。
「──はあ?」
 久樹は横に並んで、ぽかんとした。
 差し込んでくる光を受ける道路の中ほど、濃厚な死の気配をまき散らす秋の獣と雄夜が対峙している。
「舞、たしかあれって、今の俺たちじゃ太刀打ち出来ないんじゃなったか?」
 呆然と問うたのは、雄夜の右足が獣の額の上にあり、ねじ伏せる光景が理解出来ないからだ。
『ちょっとしたことがございまして』
「そのちょっとって、雄夜が手にしてる物騒な代物のことだったりするか? 見間違いじゃないなら、日本刀だよな?」
 目に映る光景を受け入れきれない久樹の前で、雄夜が「どっちにするか選べ」と低く囁く。鈍色の切っ先は獣の喉元を正確に狙っていた。
「舞は扇だけじゃなくて、日本刀も持っていたとか?」
『まあ! わたくしは持っておりませんわ。あれは……』
 久樹と爽子を見送った直後に、雄夜は秋の獣との一騎打ちを開始した。邪気の攻撃はすさまじく、一撃でも受けるだけで致命傷をおうだろう。それを雄夜は朱花を操って攻撃をさばいていた。
 ただそれだけだ。攻撃に転じれず、このままでは長期戦となる。それがどれだけ不利かは舞にも漣にもわかるのに、助力が出来ないのがもどかしい。
 何度目かの爪を雄夜はぎりぎりでかわしたが、肌が破れて鮮血が風に乗った。雄夜は舌打ちをする。
「こんな粗ばかりの攻撃に。──得物さえあれば」
 落とされた愚痴に漣はハッとした。
 こちらの世界にあるモノの殆どは存在があやふやだ。だから他者の強いイメージに形が左右されて、野菜や紫外線などが敵として襲い掛かってくる。
『使いたい武器をイメージして、この世界でなら形になるから!!』
 獣の咆哮に負けまいと、漣は声をはった。
 雄夜はちらと子供を見やり、向けられた言葉の意味を理解した。
 改めてイメージする必要などないのだ。手にしたいものは、博物館で幾度も凝視した無骨で美しい日本刀の形は、いつも頭の中にある。
 手になじむ重さがかかり、雄夜はぶっそうに笑った。
『……そこからは秋の獣より、雄夜さんのほうが暴風でしたよ。イメージから形を得た日本刀は刃こぼれしませぬし、朱花の焔を宿すことも出来ます。やりたい放題ですわ』
 日本刀を手に大立ち回りを演じた雄夜を想像したところで、唐突に秋の獣が頭を垂れた。
「──え?」
 久樹はぽかんとする。
「成立だ、お前は今から豪だ」
 雄夜は刀を下ろし「行け!」と獣に言い放った。号令を受けて雄たけび、立ち上がるや否や地面を蹴って凄まじい速度で駈け去っていく。
「よし」
 雄夜の呟きは満足げだが、わけがわからない久樹は首を振る。
「待ってくれ雄夜! 展開についていけない。なにがどうなったんだよっ」
 雄夜はただ首を傾げる。
「仕方ないなぁ」巧がため息を落とした。
「さっきまで仲間外れひどい、誘ってくれないのもひどい、許さない!って怒ってたんだけど。さっきの本気の喧嘩でストレス発散して、あいつ納得したみたいだ」
「邪気ってそんなのでも昇華するのか?」
久樹は呆然とする。「邪気じゃない、豪と呼べ」雄夜が珍しく不満げな声を落とす。
 手にした日本刀を鞘に納めた雄夜に、巧の隣で大人しく座っていた燈花が駆け寄る。頭をぐりぐりと痛いほどに主の足に押し付けた。
「よくやった。いったん戻って力を回復してこい」
 別の獣に浮気されて不満がる燈花の気持ちを分かっているのかいないのか。頭を撫でて札を出すと、大地の式神の輪郭はすぐに溶ける。
 雄夜の肩に戻ってきた朱花にも同じことをした。
「このまま白鳳館に向かう。巧、行けるか?」
「行けるに決まってるよ、雄夜にぃ」
 万全でないのを承知の上で二人は頷き合う。異能力や邪気を形として見る爽子には、特にそれがよく分かる。それでもやるしかない現実を痛感し「わたしたちも行けるわ」と久樹と共に声を上げた。
「それにね、ここから先の道に邪気の色が見えないの」
『豪が薙ぎ払って駆けて行ったからだと思う。──雄夜さん、豪をどこに向かわせたの?』
 漣の疑問は全員の疑問でもあったので、視線は雄夜に集まった。
「最善の場所に」
 先の言葉を期待したが、雄夜的には完結していたので逆に不思議そうだ。
「そうだよな、雄夜ってそうだよな。静夜と智帆がやっていたように、俺が補完して説明を……悪いな、無理だ! もうちょっと教えてくれ」
「──もうちょっとか。豪が俺たちの側に回ったら、向かわせろと言われた場所がある。ただそれで上手く行くかは五分五分だから、詳細は伏せておけと」
「へええ、ようするにそれって智帆と静夜か」
「ああ」
「あいつらってなんなんだ……」
「すごいだろ」
 雄夜が嬉しそうに張った胸のポケットに、小さなメモ帳があるのが見えた。どうやら二人は雄夜に、可能性の高い出来事と、それが起きた時にやることを伝えてあったようだ。
「凄すぎるよ、俺らと違って。あああ、情けないー!」
「嘆いてる場合じゃないって、行こう!!」
 巧はもう一度声をかけた。豪が稼いだ有利を無駄にしたくない。
 白鳳学園のメイン通りを、妨害を受けずにただ駆ける。頭上に二つある太陽と、いまだ禍々しく主張する三つの光の柱がなければ、かつての日常に戻ったと思うほどの平穏さだ。
 静夜と智帆が捕らえられている風鳳館と水鳳館へ続く道を素通りする際に、雄夜はわずかに拳を握った。
 真っ直ぐに進む道の最後、共同施設である白鳳館の正面入り口が見えてくる。各学び舎と異なり門はないが、大きな二つの木が左右に立っているのが特徴だった。
「木が門にかわってる!!」
 驚いた爽子の声が高くなる。左右の木の根元は離れているが、空では枝葉を絡ませあう。門に見えなくもないが、実際にそうだったとは思わなかったのだ。
「菊乃ちゃんが将斗を見たのは統括保健室の窓側だったよな。急ぐぞっ」
 声を励ます久樹の腕を、いきなり雄夜が掴んだ。将斗の分の補給物資が入っているウェストポーチを引っ張り出し、巧に放る。
「俺たちはここに残る」


 
 
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