[最終話 閉鎖領域]

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ヒトと贄 No.06


 絶対的な好意を寄せてくれる舞に呆れられた。よくあることだし、そりゃそうなるとも思うので、久樹はただ己の中にある炎に意識を集中させる。
 地鳳館に続く道を埋め尽くす白い手を消し飛ばすイメージを練り上げて、久樹は一気に炎を解放した。
 轟という音を放ちすべてを炎が薙ぎ払う。緋色の隈取のほどこされた舞の目が細められる中、「やった!」と久樹は声をあげる。
 また獣の咆哮が聞こえた。
 派手な炎を放ったことで、方向をつかまれたらしい。すぐに追いつかれる近さではないと思うが、駆ける足指に凍るような冷気が忍び寄る。
「寒っ!!」突然の冷気に重なる吐息が真っ白になった。
「やっぱりそうだった!! 久樹、獣の上にいるのは冬の時の邪気よ。私が生み出した上に利用して、いわばポイ捨てしてしまった!」
「──引っかかったのはそれだったか。秋の奴より絶対に恨まれてる確信があるな!!」
『わたくしたちだけが、邪気ではない存在に昇華していることを嫉んでいるようですわね』
「ええ!?」
『……嫉むとか恰好わるいよね』
『情けないですわよね、漣』
 距離のおかげで秋と冬の邪気に揶揄が届くはずがないのに、獣の咆哮と襲い掛かってくる冷気の勢いが増した気がした。
「煽るの禁止で頼むな!! とにかく今は俺の側に寄ってくれ!」
 炎を展開させ続けなければ全員が凍えてしまうので、どうせならと襲い掛かってくる妨害も薙ぎ払う。力を消費しすぎる可能性もあるが、今は舞と漣を休ませた方がいいと思った。
「久樹、地鳳館の校門が見えた! でもなに、なにかがびっしりと埋め尽くしているわ。しかも脈打っているの!」
「サチたちが言っていた巧や将斗を柱に縛り付けている赤い蔦ってヤツか! でも脈打っているってなんだ?」
「──赤い蔦なんて可愛いものじゃないわ、あれは張り巡らされた血管よ! 門の先はまるで生物の胎内、動脈が脈打って、光の柱に……そうよ!」
 門の前に辿り着き、爽子は繋いでいない手で口元を抑えた。
「久樹!! 運ばれていくのは雄夜くんの力よ! 命を奪い取られて、柱を育てる材料にされているの。だって見て、私たちが最初に見た時と違う。高くなってる!!」
 首が痛くなるほどに天を仰いだが、光の柱の頂点は見通せない。
「じゃあなんだ、雄夜たちを俺らから奪ったのは、アレを育てる養分が必要だったからか!? 爽子、奪われていく色の源流を見つけてくれ、其処に雄夜が捕らわれているはずだ!」
「わかった」
 意識を集中する爽子と、それを見守る久樹の背を、いきなり舞が突き飛ばした。
「!?」踏みとどまれず、二人は倒れる勢いのまま門の中に飛び込む。
 がらりと世界が変わった。
 爽子にしか見えていなかった、生物の胎内じみた生々しい世界が、久樹の目にも映し出される。
 グロテスクさに込み上げた吐き気を飲み込み、久樹は門の外に残る存在を呼んだ。
「舞、漣、なにがあった!」
 門の外に靄がかかって良く見えない。かろうじて二人のシルエットが、こちらを向いているとだけ分かる。
『来ましたの』
「秋と冬の邪気に追いつかれたのか!? だったら逃げろ舞、漣!! 今の俺たちじゃあれには敵わない!」
『──違う。襲ってくるのは戦ってはいけない相手。僕たちは時間稼ぎをする』
 漣と横に並んで、舞はまとっていた高等部の制服を解除した。
 彼女の存在を表す肌襦袢の緋色だけは、靄がかかっていても鮮明だった。
『形を保つのに、力を使っている場合ではありませぬゆえ。これは下着姿らしいですが、失礼いたします』
「舞!!」
『さきほど、勝利条件を確かめていらっしゃいましたね』
 久樹の叫びに、扇を構えた舞がやわらかく返す。
『わたくしと漣が死守する勝利条件は、お二人が式神の使い手を戦える状態で取り戻すことですの』
「戦ってはいけないのに、襲ってくるってなんなんだよ! 頼むから静夜や智帆みたいなことをするな、せめてこっちにこい!」
『叶えてさしあげたいところですが。……さあ、参るがよろしい! 朱花、白花、燈花!』
「──!? 朱花たち? なんで襲ってくるんだよ! あいつら三体が相手なんて無理がすぎるだろ! 俺もっ」
「久樹、ダメよ」
「……爽子?」
「朱花たちを傷つけてはダメ。雄夜くんが戦う能力が激減してしまう、だから舞たちは残ってくれたのよ。そうしないとわたしたちが一番に狙われる。命が危なくなったら、久樹もわたしも無意識に反撃をして傷つけあってしまう」
「それは……でもなんで、朱花たちが俺等を襲うんだよ」
「雄夜くんが雄夜くんとして存在出来ていないからよ。だから雄夜くんの力を一番に感じる光の柱を、守らないとって混乱しているんだわ。私たちが今すぐにしなくちゃなのは、雄夜くんを取り戻すことよ!」
 奪い取られていく金の光の源流に爽子は向き直る。
「この場にある支配を私が示すから、私の力と一緒に炎ですべてを破壊して久樹!」
 爽子の瞳が久樹の焔の色を宿して燃える。
 他者の能力の色に爽子の瞳が染まるのは、支配が行われた証だった。けれど今、久樹にその感覚はない。あるのは爽子の命でもある異能力が、ごく当たり前に細胞の一つ一つに沁みとおる暖かさだけだった。
 限界まで力を使い切る必要があった静夜に、智帆は自分の異能力を渡すことでリスクを分け合った。──それはきっと、こういう事だったのだ。
「──炎ですべてを破壊したら、浸食されている雄夜にもダメージが及ぶかもしれない。それでもやれっていうんだな爽子」
「雄夜くんは大丈夫だから」
「自信たっぷりだな爽子」
「だって雄夜くんだもの。静夜くんたちが立てた作戦なんだから、大丈夫にしてくれるに決まってるわ!」
 爽子の声は異様な空間を切り裂き、まったくの同意見だった久樹もそれに合わせて炎を放った。
 業火を前におぞましい血管たちが蠢き、集まって、どくどくと脈動する壁を作りだす。けれどそれらは無駄なのだ。
 焼き払えばいいだけ。
 すべてを燃やされ、死を迎えて、汚れて本来の姿を失ったものが蘇りを迎える。
 清廉を取り戻した空間の中央。中等部の正面入り口のガラスを背景に、青年と呼ぶ方が近くなっている漆黒の少年を見つけた。
 瞳を輝かすのは金の色。無類の強さを誇る式神の使い手、大江雄夜。
 助けられたことに驚きはないようで、雄夜は即座に手にする札を天へと放る。
「朱花、白花、燈花、ここに戻れ!! 俺に従え、答えてすぐに門を破壊しろ!」
 裂帛の声と共に放たれた雄夜の力に、大切な主を見つけたソレらが歓喜と共に応える。
 業火が走り、地面が隆起し、旋風が吹き荒れる。それぞれを象徴する現象から三つの式神が空間を越えて飛来し、力を同時に放った。
 生物の胎内を作り上げ、世界を区切り異界を生んだ門が壊れる。見届けて雄夜は式神を札に戻し、おとがいをそらして空を見上げた。
 仰ぎ見ても登頂が見えなかった光の柱の、外郭が剥がれ落ちてきている。それは金色の光の結晶だった。雪のように足元に積もり始める。
「雄夜くんの力なのに、戻ってはくれないの?」
 金色の結晶は雄夜に触れるけれど、力が帰る様子はなかった。
「──戻られるのは嫌だ」
 無口な少年は、先ほどまで捕らわれていたと思えないほど平然としている。
「雄夜……」
 無事でよかったとか、大丈夫なのか?とか、確認したいことは沢山あるのだが、どれも相応しくない気がした。起きていることを尋ねた方がらしいと思う。
「こいつは無理矢理に奪われてた雄夜の力だろ、取りこんだ方が良くないか?」
 手のひらで受け止めた金の結晶を差し伸べる。雄夜は心底嫌そうな顔で後ずさった。
「……久樹さんは、得体のしれないヤツの胎内に吸収されたモノを、自分の体内に戻して平気なのか」
 ぶんぶんと雄夜は首を振る。
 金の結晶は美しい。だがこれはグロテスクな世界に咀嚼され、消化され、取り込まれたあとの残留物なのだ。
 自分のものだったとしても──。
「俺が悪かった。ないな、ない」
 結晶を払い、手を久樹は自分のズボンで拭う。その腕を雄夜が結構な力で掴んだ。
「雄夜?」
「くれ」
「──へ?」
 発された言葉が短すぎて意味が分からない。
「くれないのか?」
 きりりとした顔立ちが切なげになった。それが不憫で答えてやりたいが、渡す物が分からずにおろおろとする。
「くれって、なにが欲しいの雄夜くん?」
 爽子が助け船をだした。
「それだ」
 久樹の背負う大きなリュックを雄夜がゆさぶる。
「うわあ! 転ぶから止めてく……それか! 康太先生が言われてたんだった!!」
 見た目的な緊張感を欠けさせる大きなリュックを下ろし、サコッシュを一つ取り出して渡す。中には康太が選んで小分けしたエネルギー補給食品がぎっしりだ。
「おにぎりが食べたかった」言いながら、雄夜がチョコレートを口に運ぶのを見て久樹もお腹をおさえた。
「俺も腹が減ってた……」
 ブロック状の栄養補給食品を半分に割って、一つを爽子に、一つを自分の口に放り込んだ。飲み込むと力が戻ってくる感覚がして「すごい」と二人で目を輝かせる。
「こんなに効果があるなら、今までも飴とか持っとけば良かったな」
「カロリーに虫歯を気にしてる場合じゃないものね」
「──? 持ってたぞ」
 あっさりと返されて、久樹と爽子は固まった。
「持ってたのか」
「持っていなかったのか?」
 雄夜は不思議そうだ。彼らにしたらティッシュやハンカチと同じくらいに、自然な持ち物だったのだろう。
「そうか。飴を大量に口にいれすぎると苦しいと知った。気を付けろ」
「あーあれに捕まる前、補給しとこうと思ったわけだ。飴で頬っぺたが膨らんだ雄夜な。消失の記録が見れなくてよかったような、見たかったような。智帆たちもやってたらいいけどな」
 とにかく気持ちを切り替えて、雄夜の奪還を喜ぶことにする。払ったかもしれない代償が胸をよぎり、地鳳館の門の外を見やった。
 式神は雄夜の元に戻った。世界を異界に分ける門も破壊された。なのにいまだに『よろしゅうございました』と駆け寄ってくる声がない。
「──舞と漣が式神を防いでくれたんだ。時間を稼ぐために、俺らが式神に反撃しないように」
 久樹は早足で地鳳館の門の外に出る。ぐるりと見渡したが、望む姿はなかった。
「……俺がもっと頼りがいがあったら、あいつらが消えることなんて」
「そこにいるのはなんだ」
「そこにって──ん?」
 雄夜の指摘に下を見て「ぎゃあ!」と久樹は声を上げた。
 地面から靄が湧き出ている。あろうことかそれが、腰に巻き付いてきたのだ。
「な、ななな、なんだああ!?」
『……久樹さんは意地悪ですわ。どうしていつも、そのように驚かれますの? 貴方さまのモノであるわたくしなのに』
 聞き覚えのある声が悲しそうだ。久樹は我に返る。
 靄が輪郭を持ち、色を持ち、緋色の娘の姿が形作られた。座り込んだまま久樹の腰に抱きついている。彼女の足下で灰色に滲んだ漣が体育座りをしていた。
「無事だったんだな、舞、漣!」
 異様な光景だが、そんなことより、二人が消滅を免れていることが嬉しい。
『一応は……。完全消滅する前に、こちらに出て来てくださって良かったです。間に合わないところでした』
 ふるふると首を振る舞に「ごめん、すぐに来るべきだった」と、栄養補給を先にしたバツの悪さに久樹は肩を落とす。
 舞は久樹の腰に頬を摺り寄せて、うっとりと目を細めた。久樹の炎を分けて貰うためだが、接触率が高すぎるので雄夜が首を傾げる。
「──あれに問題はないのか?」
 尋ねられた爽子は、ため息を落とした。
「問題あるに決まってるわ。でも本当に消える寸前で、空っぽなの見えちゃうの。存在を確立させる分だけしか受け取っていないのも分かるし」
 雄夜を取り戻すために存在をかけた舞に「そのやり方はやめて」と言えずに爽子は耐える。
「──大変だな。ところで漣とか呼ばれてたが、大丈夫か?」
『すごくたりない』
 漣はふるふるっと首を振った。
 舞は久樹から力を分けて貰えるが、静夜がいない漣にはそれもない。同類である舞から流れて来るものだけがたよりで、心細さに身体を丸めているのだ。
 雄夜はしゃがんで、少年の頭をおもむろに撫でた。
 驚いて顔を上げた漣の手を取り、札を握りこませてやる。
『これって……』 
 あたたかいものが漣の中に流れ込む。静夜のものではないが、水の力だったので驚いた。
「蒼花の札だ。今は出かけて留守だ。──持ってろ」
 双子の意思で蒼花は封印され、本来の世界に先に渡りきっている。だから梓は気づいていないが、彼女の中で憩って力を蓄えているのは蒼花そのものなのだ。
『こんな大事なもの、あずかれない』
 ふるふると首を振る子供の頭を、さらにくしゃくしゃに撫でた。
「──静夜が漣の存在を守ったんだ。だから俺も守る。そこにある力を使っても蒼花は消えないから心配するな」
 そして静夜と蒼花は仲がいいから、問題なく漣にもなじむと雄夜は胸を張り、漣の腕を取って立ち上がらせた。
「漣──」
 改めて名を呼ばれて、漣は蒼花の札を握りしめて顔を上げる。
「俺を助けてくれてありがとう」
 真っ直ぐに礼を言われたのが恥ずかしく、漣は『舞もだから』といって逃げた。
 そろそろ離れなさい!と爽子に言われたばかりの舞が寄ってきたので、雄夜は緋色の娘に向き直った。
「舞もありがとう」
『……まあ、式神の使い手は律儀ですのね。特別なことなどしておりませんわ。式神さんたちにはてこずりましたけれど』
 特に猫がこの小娘が!とひっかきにくるのですものと続ける。分かりやすい嘘なのだが、雄夜が真顔で「白花を叱っておく」と答えるので、舞がころころと笑う。
『冗談ですわ。──雄夜さんと呼ばせて頂きますけれど、わたくしと漣はもう戦力としてあまり役に立ちませぬゆえ、いろいろとお願いいたしますの』
「当然だ、それが俺の役目だ」
 凛々しく胸を張って、雄夜は地鳳館に背を向けた。
 それから漣に握らせたのとは違う札を取り出し、勢いよく空へとほおって「朱花!」と呼ぶ。
 炎の輪をめぐらせて、美しい焔の鳥が現れた。
「炎による再生が行われた地鳳館から離れれば、こちらへの攻撃は再開される。朱花、舞の指示に従って守りを固めろ」
 炎を宿す瞳を主にじっと向けてから、朱花は抗うことなく翼を広げて舞の肩へと降りる。
『わたくしに……?』
「花は操れなくても、対処すべき危険の対処を朱花に指示は出来るだろ。──静夜がいないから、こちらの守りが薄すぎる。巧を取り戻せば状況も少し変わる、それまで無理をしてくれ。──いや、無理をさせていいか久樹さん」
「なんで俺の許可が必要?」
「舞は久樹さんのものなんだろ?」
「舞は俺のものじゃ……」
『雄夜さん大正解です、わたくしは久樹さんのものですから』
「いい加減にしなさい! 早く行くわよ、巧くんをかっこよく助けに行くんだから!!」
 割って入った爽子に、舞は笑う。
『信頼には全力でお応えしましょう』
 答えて、朱花と目をあわせて頷いた。
「言っておくが、久樹さんと爽子さんは力を温存しろ」
「──え!? どうして!?」
 驚いて聞き返したが、炎による滅びと再生が果たされたエリアから出てしまったので、響いてきた獣の咆哮に邪魔された。
「まずい、ヤツの位置が近いのか!?」
 久樹は秋と冬の時の邪気が襲ってくると伝えようとしたが、雄夜は理解しているらしく「来い、燈花!」と喚ぶ。
 威圧してくる獣の咆哮に燈花は遠吠えをぶつけた。空気が奮え、獣のいる周辺の重力が上昇して動きを鈍らせる。
『──朱花さん、あちらに炎の壁を!』
 舞は厳しい声を飛ばし、左方向に朱花が炎の壁を出現させた。蒸発する音がして、大量の水蒸気が立ちのぼる。
『冬の女が、秋の獣の背から降りて動き出したんだ』
 冬の邪気は爽子の心から生まれ、静夜の力を奪って氷と雪の娘として確立した。だから静夜によって癒されて形を与えられた漣と、静夜から奪って生まれた冬の邪気は、同属性ではあるが相いれない。
 炎の壁の向こうから、びょうびょうと吹雪を打ち付けてくる存在に漣が苛立った。
『あれの力を全部、喰らってやりたい! もとが静夜さんの力なら、僕が持っていた方が絶対に有効活用出来るんだ』
『それは良い案ですわね。そうなれば蒼花から流れてくる水の余剰分を、ためておくことも出来ましょうし』
 元は邪気であった二人の考えに「基本、物騒だな」と久樹がつぶやく。
 攻撃を仕掛けてくるのは秋と冬の邪気だけではない。地鳳館に行くときに仕掛けてきた光の矢や、地面から伸びて拘束を企む手など、とにかく数が多かった。
 舞の指示で朱花は攻撃を焼き払い、縦横無尽に駆ける燈花は爪にかけて凌ぐ。だがこのままでは雄夜の消耗が速く進みすぎる。
「雄夜、あっちの方向は俺に任せろよ!」
 力を温存しろと言われたが、この状況に耐えきれず、久樹は炎に意識を集中した。
「却下だ」
 いつの間にかクッキーをくわえた雄夜が器用に拒絶してくる。
「そして伝言。浸食による精神支配の破壊や浄化が出来るのは、久樹さんと爽子さんだけ。戦わせると戦闘経験が少ないせいで、変なところに全力を費やして動けなくなる。よって全員を救うまでは戦闘には参加しないこと!! だ、以上」
「ちょっとまて雄夜、その伝言って誰からのだ!」
「前半が静夜、後半が智帆」
「あいつらどこまで冷静なんだよ!」
 的確な反論をする為の根拠がないのでぼやく。
「……自分たちだって守れるんだ! と大喜びで使いそうだと思ったのは俺だ」
「雄夜もか、分かったよ! でも本当に持つのか雄夜!」
「持たせる」
 口をもごもごしながらの言葉に、頼もしさを感じるのがなんとも情けない。
 炎鳳館の門がついに見えて、爽子が眉を寄せた。
「──っ! 地鳳館と同じ状態よ。巧くんの力なのに許せない!」
 怒りをあらわにする爽子を励まそうとしたとき、いきなり雄夜が足を止めた。
「燈花は巧に力を分けてやれるな?」
『問題なく』
「行けっ!」
 主の指示に橙色の瞳を燃やし、狼の形をした式神は久樹と爽子の服の裾をくわえて炎鳳館の中へと加速した。
「ぎゃあ! ちょっと待った、なんで雄夜が残るんだああ!! 燈花、離して転ぶ!!」
「二人分の服をくわえるなんて器用すぎでしょう燈花! 待って、ちょっと、雄夜くん!!」
「……二人の足が遅い。燈花、大きくなって二人を背に乗せろ。最大速力で巧の元へ」
 門を越えた瞬間、或る世界が異なった為に燈花たちの姿はあやふやになる。絆をよすがに力を送り込んで、雄夜はソレに向き直った。


 
 
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