[第一話 サクラ咲く]

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No.01 舞姫

 共同施設である白鳳館に入る扉を、慌てた仕草で秦智帆が開けた。長期休暇期間は自動ドアの電源は落とされているので、手で開けないとダメなのだ。
 建物に入りさえすれば、久樹と爽子から見えなくなる。静夜は中に入るとすぐに、廊下にうずくまった。左手を眼の高さにあげて、嫌そうな顔をする。
「うわぁ、思って以上でちょっとコレって」
 火傷の状況をあらためて確認をして、静夜が眉を寄せる。
「その割には痛いとか言わないな」
「そりゃあすぐさま水を呼んで冷やし続けてるし。空気も遮断できるから我慢は出来るよ。──まあ、肌が破れちゃった場所はしみてるんだけどさ」
 火傷をおっている左手を持ち上げる。
 二人の視線がぶつかる指先の位置で、青い色彩が揺れていた。智帆は戯れに手を伸ばし、青く揺れる個所に触れてみる。
 すぐに冷たさが指先を包み、離すと、肌を伝って水が落ちて行った。
「痩せ我慢してるのは事実だろ。静夜、康太先生ここに呼ぶか?」
「いいよ。自分で行ける」
 康太というのは、白鳳学園の保健医をまとめる統括保険医で静夜と雄夜の叔父の名前だ。
「智帆、康太兄さん呼ぶより雄夜を呼んどいてくれないかな。──僕たちと同じなのに、自覚してないよ。あれは炎、だよね?」
 痛みを耐える静夜の表情に、懸念する色が加わった。智帆が目をすがめる。
「やっぱりそうなるか」
「だって、そうじゃなかったら、僕に対してあそこまでの拒絶反応はこないよね」
 久樹に触れようとした瞬間、力が反発しあったのだ。ただの静電気だと思ったようだが、あれは違う。炎によって一方的に攻撃され、火傷を負わされたのだ。
 智帆は携帯電話で雄夜を呼び出し、白鳳館の保健室に来てくれと告げたのち、短い言葉をやりとりをして切る。
「すぐ来るってさ。静夜、雄夜が火傷は冷やしてるのかって聞いて来たぞ」
 携帯電話を戻しながら智帆が伝える。静夜は突然、気分を害した表情を浮かべた。
「ねぇ智帆。双子って、兄とか弟とかの区分っていらないと思わない?」
「はあ? いきなり何言い出すんだよ」
「いいから。どう思う?」
 意外と真剣な友人の表情に、智帆は改まった表情で思案する。
「双子は生まれた日が一緒だからな。兄と弟とを線引きするのは、年月の違いによって成長の差が発生するからだろ。ならば成長の差がない双子を、兄だの弟だのと区別する必要はないんじゃないか」
「僕もそう思っているんだけどね」
 吐息交じりに呟いて、立ち上がる支えを求めて右手を壁に置いた。智帆が気付いて手を差し伸べると、それを素直に受け取る。
「周囲はすぐに気にしてくるんだよね。どっちが兄で、どっちが弟なのかって。兄や姉は、弟や妹を守るものだって決めつけが社会にあるからかな」
「なぁるほど。雄夜が兄貴風を強く吹かせるもんだから、静夜は面白くないわけだ」
 大江静夜は、どこまでも可憐でか弱く見える容姿のせいで、庇護欲を他者に抱かれやすい。ただそれは外見だけだ。静夜の内面の強さを理解している智帆は、庇護の対象と思ったことがない。
 ただ双子である雄夜は、静夜を弟として守ろうとする。
「後で雄夜に、火傷の心配なんて一々されたくないって言っとけよ。それにしても、弟扱いされるのってそんなに嫌なものか?」
「──嫌だ」
 静夜は即答した。
「双子として折角生まれてきたのにさ。兄とか弟とか区別されて、保護なんてされたくない。対等で居たいって思うのは、変かな?」
「変ってことはないだろうけどな」
 双子も色々と大変だなと呟いて、智帆は取った友人の手を引っ張り上げた。身長差がある為、幾分か下にある静夜の眼を見やる。
「火傷を冷やしたのか、という心配が余計なのは事実だな。水で出来ることを、やってないわけがない」
 意味深な智帆の言葉に、静夜は薄く笑った。
「炎が拒絶反応を示すとしたら、相性最悪の水だよな」
「相性がいいのは風だから。いい関係が築けるかもだよ?」
「それもそうだ」
 くつくつと、喉を鳴らして智帆は笑った。二人が佇む足元を、緩やかに風が流れて行く。扉と窓が閉まったままの館内では、本来発生しない流れだ。
「──俺は、風で炎を大きくする片棒を担がされるのは拒否だな」
 言い終えると同時に、智帆は指先を軽く振った。流れていた風が止まる。
 水と、風。それが二人の側にあり、答えてもいるのだ。
「応急処置はばっちりな訳だからな。とっとと康太先生に手当して貰えよ。その方が化膿とかさせずにすむだろ」
「まあね。あ、雄夜にケーキ買って来いって伝えた?」
「ばっちり。抜かりはない」
 二人は廊下を歩き出して、統括保健室を目指す。
 その場所で、ざっ、という小気味良い音を発してカーテンが左右に引かれた。さんさんとした陽光が大きな窓から差し込んで来て、柔和な眼差しを彼は細める。
「いい天気ですね」
 青年は呟くと、うきうきとした動きで歩き出した。白で統一された室内は寒々しい印象を与えかねないのだが、窓辺やテーブルに配置された草花が優しさを与えている。
 部屋の中は、本棚と、机と、円卓が一つある。壁側には薬品棚と、カーテンで仕切られたベッドが並んでいた。
 白鳳学園の共同施設、白鳳館にある統括保健室だ。
「康太先生、そういえばアレは見ましたかの?」
 窓際のベッドの上から声がする。康太先生と呼ばれた青年は振り向いて、細めると線のようになってしまう眼で笑った。
 大江康太。今年二十九歳になる統括保険医で、大江兄弟の叔父にあたる青年だ。
「なにをですか?」
 のんびりとした声で答えると、大きな歩幅でベッドサイドへと歩く。本来病人が休むベッドの上に、老夫婦がちんまりと座っていた。
「ここに来る途中で、そりゃあめんこい娘さんが舞っておるのを見たのですよ」
 にこにこと笑いながら、老婦人が缶を差し出してくる。中には硬い醤油煎餅が入っているのを知っているので、康太はやんわりと首を振った。
「ああ、また忘れてしまっていました。康太先生は、甘いものが大好きで、辛いものが苦手でいらっしゃいましたな」
「煎餅が辛いと言ったお人は初めてであったと、二人で驚いていたのだった」
 夫妻はにこやかに会話を続ける。康太はすみませんと笑顔で言いながら、首を傾げた。
「ところで、娘さんというのはどちらで?」
「桜並木の下で見ましたのじゃ」
「それで、どのような娘さんだったのですか?」
 尋ねながら、康太はベッドに腰掛ける。長話になりそうな予感に老夫婦は嬉しそうに微笑んで、ほら、と外を指差した。
「校門近くの桜並木の下で。白粉に紅を差した娘さんが、くるくると緋色の肌襦袢のままで舞っておったのですよ」
「肌襦袢のままで? ……着物において、肌襦袢というのは下着のようなものではなかったですか?」
「そうとも言えるかの」
「娘さん、羽織る着物を盗まれて困っているのでしょうかね?」
「困ったら舞うかのう?」
 尋ねた言葉に、逆に尋ねられて康太は口をつぐむ。しばらくして、着物を盗まれたら、舞っている場合じゃなかったですねと答えた。
「不思議な娘さんでしたのじゃ。まるで人のようには見えませんでな」
「桜の精かと思いましたよ。なにせ、この時期に桜が満開になっていますからね」
「――え?」
 細い目を精一杯見開いて、康太が絶句する。老夫妻は仲良く首を傾げて、青年を見つめた。
「ああ! 本当だ。桜が満開になってますよ! 驚いたなぁ」
 しばしの沈黙の後、ぽんっ、と両手を打つ。先生はのんびり屋さんですねと老夫妻が笑い出したところで、がらりと保健室の扉が開いた。
「康太先生、いますか?」
 声に気付いて、康太は振り向く。癖のあるココアブラウンの髪を見つけて、いきなりきらきらと眼を輝かせた。
「なんて良いところに来てくれたんだ、智帆君。扉のところで立っていないで、ほら、中に入るといいよ」
 大きな歩幅で歩いて来て、康太は智帆の腕を掴んで引き寄せようとする。その反応を察していたのか、ひょいと智帆は下がり、逆に静夜の背を押した。
「あれ? しーちゃんじゃないか」
 きょとんとする康太の前に、静夜は無言で火傷をした手を突き出した。長身の康太は大仰に驚いて、声をあげる。
「どうしたんだい!? そんなに酷い火傷! しーちゃんに何かあったら、私は兄さんになんてお詫びすればいいか分からないよ!」
 兄さんとは、静夜と雄夜の父親の事だ。
「詫びなくていいから、治療してよ、康太兄さん」
「そうかい? 詫びなくて良い?」
「いいよ。僕が勝手に火傷したことで、康太兄さんが父さんに謝ることなんてない」
「そうだったんだ。知らなかったなあ、じゃなかった。とにかく手当だよ手当」
 静夜の無事な方の手を取って椅子に座らせる。のんびりとした口調とは裏腹に、手当の手際はかなり良かった。
「ところでね、しーちゃん、智帆くん。桜が満開になっているんだよ」
「知っています。それで、何か気付いたことでもありました?」
 痛みに薬から逃げ出そうとしている静夜を、笑顔で押さえつけている康太に、智帆が尋ねる。
「なんでも緋色の肌襦袢で舞っている娘さんを、ベッドに座っている夫妻が見たらしいんだ。困ったものだよね、肌襦袢っていえば下着だよ。下着で外を踊っている娘さんなんて、変態さんを喜ばすだけじゃないか。だからちょっと外を見てきたいと思ったんだよ」
 わざわざ変態を喜ばせることなんてしなくていいのにねと言って、康太が治療を終える。ようやく人心地ついた静夜が、治療を終えた手を包み込むようにして、じっと叔父を見つめた。
「康太兄さん」
「なんだい、しーちゃん」
「桜といえば春。満開の桜の下で舞う娘がまとうのは緋色の肌襦袢。緋色といえば赤。赤といえば苺。とか考えてるでしょ?」
「ああ! なんでそんな私の思考をトレースできるんだい、しーちゃん!? 実はテレパシストだったとでもいうのかな。そんなことがばれたら、研究されちゃうよ」
「誰に?」
「うーん。そうだな、私にかな?」
「僕らは康太兄さんがケーキ屋に走るまで留守番しているつもりはないからね。雄夜たちもすぐにくるし。ちょっとあっちのベッドを借して?」
 花のように可憐な笑顔を見せて、静夜は治療用具が並ぶ机の前の丸椅子から立ち上がった。すみませんね、と智帆は言ってひらひらと手を振る。
「ひどいじゃないか、しーちゃん、智帆君。私はてっきり、私がケーキを買いに行くまでの間お留守番をしてくれるものだと」
「先生、わしらもそろそろお暇します」
 一人悲嘆にくれる康太に、ベッドから降りた夫妻が話しかける。もう帰られるんですか、寂しいなぁと呟く若い保健医に会釈して、二人は入り口へと歩いていった。
「そういえば。あの娘さんは、話しかけようとすると霧のように消えてしまいましたよ」
 静夜と智帆が足を止めた。康太が老夫妻に、どういうことですか?と尋ねるので、耳を澄ませる。
「それがね、様子を尋ねようとして近寄ったらいきなり桜が吹雪いて。眼を閉じて、開けたときには娘さんはもういなかったんだよ」
「嘘ではないぞ。わしら以外にも、見たと言っておった子供らも居た。断じてボケてはおらん」
「ええ。お二人がボケていたら、私なんてボケボケ魔人になってしまいますからね。信じますよ。それにしても、消えた、ねぇ」
 首を傾げて真剣に悩む康太の前で、老夫妻はふかぶかと頭を下げて去っていく。智帆と静夜は眉をしかめて、顔を見合わせていた。

 
 智帆からケーキを買ってから統括保健室までこいと言われた雄夜は、仁王立ちのまま、三分もの間微動だにしなかった。
 目の前に可愛らしい店がある。店内ではフリルのエプロンを身につけた女性店員が、忙しそうにカウンター内を動き回っているのが見えた。
 雄夜は、可愛いものが苦手だ。
 愛玩動物も、可愛い小物も、可愛らしい食べ物も、可愛すぎる少女も苦手だ。
 可愛いものは、触れると壊れるのではと思えてしまう。見ているとやたらと不安な気持ちになって落ち着かない。
 だから雄夜は、双子の片割れの静夜の顔形も苦手だった。兄弟喧嘩を繰り返し、そう簡単に壊れるような玉ではないと知り尽くした相手でも、壊れるのではと不安に思うのだから根が深い。
 鋭い視線の先で、店員が雄夜を警戒しはじめる。息を落として、隣に立っていた中島巧が肩を竦めた。
「ケーキ屋って可愛いもんばっかりだもんな」
「その上、雄夜兄ちゃんは煎餅大好き人間で、ケーキ類は苦手だしなー。苦手たす苦手は拷問みたいなものー?」
 分かり切った事実を、子供たちが好き勝手に並び立てている。ぎろりと交互に二人を睨んでから、雄夜は切れ長の眼差しを店に向けた。
 気合を入れるべく、深呼吸をする。
「巧、将斗」
「なにー?」
 小遣いの残りが少ない為に、二人はケーキが買えない。だから眼に毒な場所からは早く立ち去りたいと思っていたので、返事には不機嫌な色がある。
「手を出せ」
「手ぇ?」
 野球帽を被った頭を巧が傾がせた。将斗が素直に手を雄夜に向ける。雄夜はおもむろに財布から抜き取った千円札を二枚、子供の掌に置いた。
「頼んだ」
「ええーー? 自分で買いに行かないのー?」
 声を上げる将斗の瞳には、ケーキも一人で買えないの?という疑問が見え隠れしている。
 雄夜は無表情のまま、言葉を重ねた。
「お前らの分も買っていい」
「え! 買って良いのか!? やりっ!」
 歓声を上げる。
 現金なもので、巧の腕を掴み自動ドアの向こうに消えていった。
 とりあえず危機を回避して、雄夜はこっそりと安堵の息を吐き出す。急いでケーキ屋に背を向けた。
 大気が大きく動いた。
 雄夜の側に何かが近付いてくる気配だ。
 確認せずに、雄夜は腕を持ち上げる。僅かに唇を動かして「朱花」と低く名前を呼んだ。
 殆どの人間が知覚できない存在。
 大江雄夜を主とする、式神の一つ。炎の属性を持つ朱花だ。
「桜はどうだ?」
 差し伸べられた腕の上で、朱花は翼を休める。問われて、爛々と輝く瞳を主に向けた。
 ――白鳳学園以外で、桜が咲いた現象は見られません。
「学園内だけか。分かった、もう戻れ」
 朱花の炎を纏う形が崩れ始めた。
 ゆらり、ゆらりと陽炎が立ち昇っているように見える。次第に輪郭は薄れ、最後に雄夜の掌に小さな札が落ちた。
「雄夜兄ちゃん、買ってきたぞー」
 詰めてもらった箱を持ち上げて、将斗が中から出てくる。巧は雄夜が財布の中に札を戻すのを目ざとく見つけて、唇を尖らせた。
「俺らが買っているうちに朱花、戻って来てたのか。ズルイよな、雄夜にぃは朱花を独占してるし。あんま見してくんないし」
「ペットにあらず、だ」
「でもさ、雄夜にぃの言う事はちゃんときくしさ。ちょっと人語が分かって、喋るだけの変わった鳥じゃん。ペットみたいなもんだよ。なぁ、将斗」
「そうだよなー。いいよな、ペット」
「欲しいよなぁ。飼いたいよなぁ」
 二人、それぞれ希望の動物を思い浮かべて息を付く。雄夜は苦く笑った。
「今度、白花を出してやる。朱花はやめておけ。あれで気性が荒い」
「白花!? 出してくれんの!」
 やった、とはしゃぐ巧にあわせて、ケーキの入った箱を持つ将斗までが跳ねて喜びだした。雄夜は素早い動きで箱を奪い取り、歩き出す。
 ケーキ屋以外にも店が建ち並んでいる道を、左に折れる。道を進めば白鳳学園に辿り付き、さらに進めば駅につく。
 巧が桜が咲いている場所と、咲いていない場所の違いに驚いた付近を通過することになる。
「本当にこっち側の桜は咲いてないんだな」
 しみじみと将斗が桜の枝を見上げながら言うと、巧が「不思議だろ」と返事をした。
「白鳳学園内の桜が全部咲いちまったなら、ヘンなのは白鳳学園ってことだよな。でも、半分だけってなんだ? 半分だけにヘンなことが起きるもんか?」
 桜が半分だけ咲いていたことを、ずっと巧は不思議に思っていた。将斗がつれなく首を振った。
「智帆兄ちゃんか、静夜兄ちゃんに聞けばいいだろ。巧が考えたって、わからないだろー」
「なんだよ、他人に頼ってばかりじゃ駄目なんだぞ。ちょっとは考えておかないとさぁ」
「だって面倒じゃんか。任せておいたら解決してくれるわけだし」
「そうじゃなくって」
 まだ何かを主張する巧を無視して、将斗は雄夜を見上げた。
「雄夜兄ちゃん?」
「風の流れが奇妙だ」
 眼がアスファルトを見つめる。
 将斗は雄夜を見上げて、切れ長の双眸に掛かる前髪が、背後から吹く風に浚われて、持ちあがっているのを目撃した。
 すぐ隣で、巧が息を飲む。
「将斗。風が……逆に流れてくる……」
 雄夜の背後から風が吹く。
 けれど、前方からも風が吹いてくるのだ。
 前に浚われていこうとする前髪と、こちらに迫ってくる桜の花びら。
 巧が指を口に含んで、空中に指し伸べた。膝小僧から上は後ろから前に風は吹いている。けれど、膝小僧から下は前から後ろに風が流れていた。
「智帆か?」
 困惑した声で、雄夜が呟く。
 二人だけにしか見えていなかった式神が、五人だけに見えるものになった日。雄夜たちはソレが見える人間には、共通点──奇妙な力を持っていることを知った。
 雄夜が式神を操るように、静夜は水を操る。
 しかもそれだけではなく、水は静夜に干渉をはね退ける力と、干渉を封じ込める力をも与えていた。静夜はその能力を便宜上、結界と封印と呼んでいる。
 そして智帆は風を操った。自由自在に風を呼び、竜巻やカマイタチまでも操るので、ようするに風使いなのだと彼は自称している。
 巧と将斗は奇妙な力を自在に操ることは出来ていないが、それでも巧は大地を操り、将斗は光の元にあるならどんな遠くでも視ることが出来る。
 ――式神を見ることが出来る者は、同じくらい奇妙な力を持っていた。
 奇妙で、異常な能力だ。──異能力、と共通で呼んでいる。
「ようするに異端な集まりなわけだ」 
 お互いの能力が分かった時、智帆が皮肉に呟いたのを雄夜は覚えている。異能力は年齢を重ねるごとに操れるものが増え、異端は更に磨きがかかっているのだ。
 ――自分たちは異端な存在なのだろうか。
 時折、悩んでしまうこともある。
「雄夜にぃ! でもさ、なんかこの風、智帆にぃっぽくねえぞ!」
 巧が大声を上げた。
 物思いにふけったことに気付いて、雄夜はまばたきをする。三回繰り返して、両手を子供たちの背に置いた。
「巧。将斗。白鳳館の保健室まで全員で走るぞ」
「了解っ!」
 風にあおられて、ふちが焦げている桜の花びらが迫ってくる。桜吹雪が学園を隠そうと自ら動く意思を雄夜は感じていた。
「白鳳内に、理由の原因はある」
 言葉を吐き捨てて、雄夜も走り出した。

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