第45話 封印
第44話 復讐HOME第46話 水竜



 腕の中の質感が、何倍もに膨れ上がっていくのを、エアルローダは感じていた。
「来た」
 どくん、と胸が高鳴る。
 自分がこの瞬間をひたすら待ち、切望していたことを、エアルローダは初めて知った。
 まっさらな未来が始まろうとしている。
 かつて水竜宝珠が解き放たれた際、エアルローダとアティーファの心が触れ合ったことで、魔力と抗魔力が融合した。結果、水竜宝珠は二人の力を巻き込んで莫大な力を解放したのだ。
 その莫大な力が生み出す光りの中で、エアルローダは過去と未来の両方を目撃した。
 未来。エイデガル皇国に攻撃を仕掛ける自分。
 過去。ザノスヴィア国王ノイルと恋仲になる母親。
 未来。常に側にあったろう兄代わりの二人がいない状態で発生している戦い。
 過去。怒り狂うノイルと、束縛されるミーシャ。
 未来。自分、アティーファ、リーレンの三名が佇む戦場で発生した純白の光り。それは、魔力と抗魔力が求め合うように干渉しあう結果の純白。
「悲劇を土壌に、僕らは出会う」
 アティーファを抱える腕が熱い。
 村を舐めて行った炎をエアルローダは思い出す。
 魔力を押さえこまれ、エアルローダは村を包み込む炎に対処する術を失っていた。焼け死ぬしかないと思った。
 けれどエアルローダは生き延びたのだ。
 死に行く瞬間の、激しい断末魔の苦しみを魔力に変えて。ひたすらに復讐が履行されることを求める人々の意思がエアルローダを守る。
 物理的には、熱くなかった。
 けれど、一つだけ燃えずに守られていた屋敷の中から、焼けていく外を見つめる心は業火の中にあった。
 今感じている錯覚の炎は、あの時の熱さに似ている。
「僕はね、君に会いたかった。だから死者が僕に掛けた呪縛に、乗ってやっても良いと思ったさ」
 魂を屠る使者にでもなってみせよう。
 犠牲の上に成り立っていた出会い。それでも失いたくない時間だったから。エアルローダは悲劇を肯定する。
 腕は、どんどん熱くなっていく。
 アティーファの目覚めが近づいてくる。
「なら、ティフィ」
 囁いて目を細めた。
 唯一の望みはすぐに果たされる。リーレンが恐れる魔力暴発による肉体の死は、エアルローダも恐れねばならないことだった。けれど出会いを果たす為の条件を満たし、なおかつすぐに再会出来るのだから。
 もう、何も懸念すべき事柄はない。
「真実の破滅は、この瞬間にこそ始まるっ!」
 今まで押さえていた高レベルの魔力を体内で練り上げる。
 目的はただ一つ。―― リーレンを破滅させる為。
「滅びなよ、リーレンっ!」
 一つ、叫んだ。



 まるで太陽がもう一つ生まれたかのようだ。
 そんなことを、リーレンは思う。
 じっとりと脂汗が浮かんでくる。地表がぐにゃりと曲がったように見えていた。体はひどく暑い。
「皇女」
 今、リーレンが口にする言葉はこれしかなかった。
 助けを求めているのではない。限界を超えた苦痛を耐える為に、呟いている。
 昔は助けを求めるばかりだった。
 迫害されていた父と母に守られていた頃。
 皇国に救い出され、庇護された少年期。
 ―― 守ってくれと、いつも回りに訴えていた。
「私が皇女を、守る」
 今は守って欲しいと泣く自分ではないと思う。
 守られたいのではなくて、守りたい。負けたくない。
 立っていることが出来ずに、膝を屈した状態から抜け出そうと、顔を上げた。エアルローダが急激に練り上げていく強大な魔力を目で捕らえる。
 立ちあがろうとして、バランスが崩れた。惨めに倒れ込みそうになった腕を突然持たれる。
「私の肩を使うといい」
 重厚な声。
 群がってくる屍を退け、戦う近衛兵団員を率いる男の声だ。
「キッシュ団長?」
「なんでもかんでも自力でやろうとして、体力を不必要に消耗することはなかろう」
 近衛兵団長の肩を借りるなど恐れ多いと断ろうとしたリーレンの先回りをして、キッシュが断言する。
「すみません。言葉に甘えます」
 謝意をなんとか口にして、リーレンはエアルローダが放とうとしている魔力に注目した。
 アレが、桁外れの威力を持っているのが分かる。
 暴発しようとする力を無理矢理押さえ込んでいる今の状態では、防ぐのは不可能かもしれない。
「……私…は…」
 取るべき行動は二つ。
 一つは魔力暴発による肉体の破滅を覚悟して、全魔力を解放するか。もう一つは、現状のまま攻撃を受け、生き延びられるかもしれない僅かな可能性に掛けるかだ。
 悩んでいる暇はない。―― 決めた。
「キッシュ団長。私は魔力を解放させて、あれを食い止めます。あの敵が向けようとしている力は、魔力者の限界を超えたもの。攻撃の後、彼はきっと少し動けなくなるはず。私がどうにかなってしまったら。彼が動けない間に、皇城に逃げてください」
「どうにかなる?」
「敵が限界を超えるなら。私も、限界を超える覚悟をしなくては駄目なんです」
 真摯なリーレンの眼差しに、キッシュは説得不可能な強い意思を見た。他に対応手段があるわけでもない。止めるのは不可能だ。
「了解した」
「ありがとうございます。キッシュ団長」
 ほっとしたのか、苦痛に顔を歪ませながらも、リーレンは僅かに笑う。 
「滅びなよ、リーレンっ!」
 タイミングを計ったようにエアルローダの声が響いた。同時に放たれた攻撃の気配。
「滅びはしないっ!」
 答えてに叫び、リーレンも魔力を開放した。


 ―― 衝突。そして、力の凌ぎあい。


 初めて全てを解放したリーレンは、体が壊れていく感覚を味わっていた。
 骨に付く肉の全てを剥がされているような。
 神経が剥き出しにされて、撫でらているような。
 痛いとか、苦しいとか、そんな言葉では表現しきれない程の激痛。
「あ…う、ぅ」
 己が開ける苦痛の声を聞きとって、まだ生きていることを実感する。
 内臓は無事だろうか?
 心臓はまだ打っているのだろうか?
 肺は空気を受け入れているのだろうか?
 普段、気にもせずとも動いている器官に思いをはせる。ぐらぐらと揺れる視界は、目が回っているのか、それとも体が揺れている為なのか。
「く、う…あ……」
 足の力が抜ける。肩を貸してくれているキッシュの腕に気づいて、まだ自分が立っていることを実感した。
 ―― まだだ。まだ、戦えている。
 エアルローダは? と思って鉛のように重い顔を上げる。だが映像を取り結ぶことが出来ない。
 ただ白い。
 ちかちかと、全てが点滅しているような。
 ふ、と。瞼を下ろしてしまう。
「リーレンっ!」
 まだ機能している聴覚が、叫び声を捕らえた。続けて体を強く揺すられて、手放しかけた意識をなんとか取り戻す。
 攻撃を防げている。だが先はもう分からない。
「……逃げ、て…くだ……」
 初めてもらしかけたリーレンの声に被せるように、キッシュが声を張り上げる。
「勝手に死を覚悟するものではない。皇女殿下は、まだ敵の手の中にあるのだぞ!」
「―― 皇女」
 白く、点滅している光。それが現れては消えていく映像に変わる。
 花の中で笑っている皇女がいる。
 小さな手を、差し伸べてくれている皇女も。
 悔しそうに唇を噛んで、今にも泣き出しそうにしている皇女や、珍しく叱られて、部屋を飛び出してしまった皇女の姿。
 ―― 自分が、生きてきた時間の結晶である思い出達。
「……アティーファ…」
 大切な人の名前が、唇からこぼれた。
 外聞を取り繕わずに、いつだって胸を張って呼びたかった皇女の名前。エイデガルの姫君としてではない、アティーファという一人の少女の名前。
「アティーファ」
 繰り返して、必死に立ち上がる力を取り戻そうとする。
 けれど。
「魔力を制御する術なら、僕のほうが長けているんだよ!」
 エアルローダの攻撃。跳ねあがる己の魔力。
 ―― 終わりだ。
 肉体が食われていく。体内にある、魔力という名の凶器によって。自分に自分が殺されていく。
 限界だった。
 別れを告げるように、瞼を下ろす。


 
 皇都。そして走ればすぐに辿り着くことが可能だろうアウケルン湖。
 目的地を目前に手綱を引き絞り、形の良い眉を彼はひそめる。
「異常すぎる」
 低く呟いた声が届いたのだろう。先を走っていた騎影も足を止め、振り向いてくる。
「異常だと?」
「―― 嫌な予感が的中してしまっているかもしれない」
 馬の脇腹を太腿で僅かに押して、前進させた。二つの騎影が横に並ぶ。
「カチェイ、たとえエアルローダとリーレンの二人が持っている力の全てを解放したとしても、ここまでの影響を皇都に及ぼすことは出来ないはずなんだ」
「どういう意味だ?」
 尋ねられて細い腕を持ち上げると、アトゥールは前方を指差した。
 国境沿いでの戦いでは、降ろしたままだった髪が、今は藤色のリボンで結ばれている。別行動を取るべく去ろうとした時、ミレナ公女シュフランが結ばないと邪魔だろうと言って、彼女の髪を結んでいたリボンを渡したのだ。
 小さな姫君の好意を無駄にするのも不憫だと思ったのか、その場で髪を結び―― 今に到っている。
「感じないか? カチェイ」
「何をだ?」
 相変わらず説明に必要な言葉を省略する奴だと思いながら、カチェイに尋ねる。尋ねられたのが意外だったのか、不思議そうに見上げてくるアトゥールの青緑色の瞳を見やって、首を振った。
「分からねぇな」
「―― 対魔力封印の威力は落ちていない」
「なんだと?」
 何を言い出すのかと構えていたにも関わらず、ぎょっとした声を上げたカチェイの目の前で、アトゥールは眉をひそめる。
「レキス公王が担当するべき抗魔力は、ダルチェ、グラディール、そして二人の赤子の力によって正常に機能している。他の公王達に問題はない。―― フォイス陛下の力も、正常に感じられる」
「なんで自信たっぷりに言えるよ。―― 待てよ、そうか。獣魂の同調能力を使ったのか」
 抗魔力を保持する直系子孫たちを守る獣魂達は、互いの存在を感じあっている。獣魂の主である人間の力が強ければ、かなりの情報を得ることも可能なのだ。
 レキス、アデル、ティオス、ミレナ、ガルテ。そしてエイデガルに存在する抗魔力が健在ならば、確かに対魔力封印に綻びが生じているとは考えにくい。
「なら、なんだって魔力が皇都を覆い尽くす?」
「―― アティーファの魔力だろうね」
 ひどく静かに、アトゥールは断言した。
「魔力だと? 抗魔力ではなくて、魔力?」
「言ったろう? 魔力は血によって遺伝する。かなりの能力を保持するリルカ様の血を引くアティーファは、魔力者としての能力を持っているはずなんだ」
 アティーファが抗魔力だけを顕現させているのは、恐らく魔力が封印されている為だろうとアトゥールは思っている。
「リルカ様は、アティーファ皇女を生んですぐに亡くなっている。それだけじゃない。実はフォイス陛下も、死線をさ迷っているんだ。おそらく二人は、生まれてくる娘の魔力を封じる為にかなりの無理をしたんだろうね」
「―― 可能性としては、考えられるな」
 魔力と、抗魔力の両方に目覚めてしまっていては、力のバランスを取ることが出来ない。命をすぐに落とす可能性はかなり高いだろう。
「対魔力結界は、獣魂の力を借りて強化しているものだからね。基本的に、我々皇公族に影響は与えない。だからね、対魔力封印で押さえられているはずの皇都に魔力があふれるならば。それは、アティーファの力を利用されている可能性が高いんだ」
 断言し、いきなりアトゥールが馬首を返す。大げさにカチェイは振り返った。
「どうするつもりだよ」
「単に合流しようとしても意味がない。他の方法を取る必要があるだろうね」
「……マズイ状態なのか?」
 瞳に厳しい光りを称えカチェイが尋ねる。はっきりと頷いて、アトゥールは軽く唇を噛んだ。
「かなりね」
「分かった」
 それ以上の説明を求めようとはせずに、カチェイも馬首を返す。視界の先には砂塵を巻き起こして進んでくる一軍があった。―― 何故か中々国境沿いの戦闘に合流してこなかったガルテの獅子騎士団だ。
 獅子騎士団の先頭には、赤みがかった金髪の青年の姿がある。すぐ背後には随分と華麗な馬車が従っていた。
 ガルテ公国第一公子、セイラス・ルン・ガルテだ。
「アデルとティオスの両公子。何か必要な情報でも見えたのかい?」
 詩吟でも謳うかのように、朗々たる声を張り上げて、セイラスは馬で進んでくる二人の元に歩いてくる。何故か彼に従うように馬車もゆっくりと動き始めた。
 カチェイはおもむろに手を伸ばし、アトゥールの首を腕で挟むようにして引き寄せる。
 一つ、気になることがあったのだ。
「アトゥール、他の方法ってのは、抗魔力を使うってことか?」
「ああ。対魔力封印が施されている皇都の中に、もう一つ、二重の封印を仕掛ける。直系子孫に干渉しようとしない獣魂に依存するのではなくて、私達が持つ抗魔力だけで作り出すんだ。抗魔力を持つ公子が三人揃っている。無理ではないはずだからね」
 二人の抗魔力者と、命を削るほどに桁外れの高い能力を誇る一人の抗魔力者。確かに無理な話ではないだろう。
「―― その方法で、お前の体が持つ確立は?」
 命を捨てる気なら許さない、とでも言いたげな強い口調に、アトゥールは僅かに首を振った。
「普通にやれば、まず持たない」
 含みのある返事をして、アトゥールが不敵に笑う。
「対魔力封印は、私とセイラス公子とで作り出す。カチェイは、私の体内に蓄積しすぎる魔力を抑制してくれればいい。これなら大丈夫なはずだからね」
「―― 俺の力に頼るのか?」
「親友だろ? それくらい頼るさ」
 迷いもなく言いきって、アトゥールはカチェイの腕を解いた。まだ離れているガルテ公子との距離を測る。
 アトゥールが考える方法を取るためには、セイラスに抗魔力の説明をせねばならない。だが、一つずつ説明をする暇はなかった。
「カチェイ、金狼を呼べ」
「それでどうすんだよ」
「セイラスは始祖ガルテの再来と呼ばれる程の男だからね。金狼を見れば、恐らく抗魔力の存在に気づくさ」
「可能性はあるか」
 建国戦争当時。全身に鮮血を浴びながら指揮を取っていた鬼才の軍師ガルテ。そのガルテの再来とセイラスは呼ばれているのだ。一つの現実から十の事実を知るのは簡単だろう。
 気取られぬようにそっと、カチェイは抗魔力を高めていく。呼応して大気が動いて、アデル公国を守護する獣魂金狼の気配が濃くなった。
 そんな二人の公子の様子を、ゆっくりと歩きながら観察していたセイラスは、ふい、と首を傾げる。
「なんだ?」
 なにかこう、肌を刺激するものを感じていた。
「シャティ。何かしてるか?」
 歩みを止めることはせずに、突如セイラスは声を上げる。さやり、と布がすれる音が背後で響く。ずっと彼の側を離れない華麗な馬車の中からだった。
「なんにもしてないよ、ラス」
「なんだ、してないのか。シャティが変わった香でも焚きだしたのかと思ったんだけどな」
「ねえ、ラス。私少し言いたいことがあるんだけどね」
 さらに大きく衣擦れの音を響かせて、がちゃりと扉が開く。開けた扉から、ひょいと顔を覗かせた。
 飴色の巻き毛に、大きな紅い瞳をした美女。
「なんでもかんでも最初に私を疑う癖、やめない?」
「そうだったかな。俺は、いつも最初にシャティを疑っていたっけ?」
「そうよ。いつも最初に、私に何かしてるか?って聞くんだものね。失礼しちゃうわ」
「心配してるっていわないかな。でもな、仕方ないだろ。最初にシャティがどうしてるかを確認するのは、俺の身に染み付いた癖でね」
 言いながら、セイラスは振り返る。
 馬車に乗っていた美女は、シャンティといって、ガルテ第一公子セイラスの妻だった。
 生まれた時からの仲である二人は、お互い「シャティ」と「ラス」と愛称で呼び合っている。
「何が起きてるのか分からないけど。あまり大きな騒動は起こさないでね。ルシャとセイカが起きちゃうから」
「分かってるよ、奥様」
「頼りにしてるわ、旦那様」
 セイラスに手招きをして、素早く口付けを贈ってシャンティは笑う。野性味の強い顔立ちをしているセイラスが似合いもしない穏やかな笑顔を作って、妻と、妻の隣で眠っている二人の我が子に視線をやった。
 ひどく穏やかな若夫婦の光景。
 本来戦場に向かおうとする軍の中にあるべき光景ではないだろう。けれどセイラスは時と場合を一切考慮せず、常に家族と共に居ることを好むのだ。
 かなりの知恵者だと周囲に認識されながらも、結局は五公国の人間らしく変人なのだなと言われてしまうあたり、流石はグラディールの実兄といった所だろう。
「さて、本当にこの刺激はなんだ?」
 細く釣りあがっている目に、家族を見つめる時とは異なる鋭さを称えてセイラスは考え込む。
 アトゥールは魔力者保護政策を他国が取れない事実と、保護する魔力者の能力が低下している事実に疑問を覚えた。同じように、セイラスも随分と前から疑問を感じてきている。
 抗魔力に気付くのに必要な土壌は、既に彼の中にあった。
 頭脳をフル回転させ、思案するセイラスの目の前で、金色の炎が燃え上がった。ふ、とガルテ公子の目が鋭くなる。―― 同時に金狼が姿をあらわした。
「―― 獣魂」
 セイラスが抗魔力に気付き、認めれば、確実に獣魂獅子は顕現するだろう。そして彼ならば必ず抗魔力の事実に気付くはずだ。
「けれど、時間がない」
 アトゥールが小さく呟く。
 セイラスが抗魔力に気付いたとしても、抗魔力を効率良く使用する方法を教える時間はなかった。
 それでは、いきなり抗魔力で対魔力封印を作り出す手伝いをしろといっても無理がある。
 無理矢理外部からセイラスの抗魔力に働きかけて、力を引き出し利用するしかなかった。それが可能なのは、おそらくずば抜けた能力を持ってしまったアトゥールだけだ。
 セイラスが眉をつりあげる。周囲を確認するように視線を向けてから、息を落とした。
「仕方ない。利用されてやる」
 保持していたらしい秘めた能力が、無理矢理他人によって引き出されていく。それを悟って、セイラスは抗魔力の存在を確信した。
 同時に、それを利用せねばならない事態であるということも悟る。
 額に落ちた髪を払い、彼はどっかりと家族の乗る馬車に寄りかかった。現状の打破に必要ならば、なんでも利用してみせるのがアトゥールでありセイラスなのだ。ここで自分は利用させないと叫ぶわけにはいかない。
 獣魂が阻止しない覇煌姫の子孫であるアティーファの魔力を、人間の能力だけで阻止してみせねばならない。
 魔力者を保護する国の誇りに掛けて。
 そして魔力を暴発さえて自滅してしまう魔力者を生み出させないために。
 抗魔力が光りを放ち、皇都を包んでいく。
 まるで巨大な羽を持つ存在が、光りの翼を広げていくような光景だった。光りは幾重にも折り重なり、交わりあい、地上へと降り注いでいく。
 ―― 遠く氷に閉ざされた国に舞うという。
    オーロラのように。
 けれど美しさに目を向ける余裕は誰にもなかった。
 処理しきれない魔力は、人間に死に追いやる激痛を与えてしまう。
 馬車に背を預けるセイラスは息を呑んでいた。
 死線をさまよう程の重傷をおったばかりのアトゥールは心臓のあたりを押さえている。カチェイもまた、ティオス公子が引き受けすぎる力を受け止めようとして、苦痛の表情を浮かべていた。
「ラス?」
 異変に気付き、再び馬車をあけたシャンティだけが、この世にも美しく儚い光景を目撃していた。


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