第44話 復讐
第43話 覚悟HOME第45話 封印




 焔。赤々と天を焦がし、周囲を光りで満たし、今は闇に似た黒い煤も生み出していく破壊の象徴。
 魔力者の撲滅を願うザノスヴィア兵の叫び声が聞こえている。
 まるで狂人のようだ、と走りながらアティーファは思った。
 周囲は既に焔の侵略をかなり受けている。
 熱気にあぶられる頬の熱さがやけにリアルだった。
「あれは!」
 唐突にエアが叫んだ。前方に、折り重なるような人影がある。特に何かしているわけではなさそうだった。ただ、火のない場所に集まっただけなのかもしれない。
 ―― 個人の判断では何も出来ない者達だとエアは言った。
 アティーファは集まっている人々を確認して、息を呑む。どろりとした眼差しがそこにあった。操られていた時のレキス公王グラディールの瞳とダブる。
 忌々しい部分の、エアルローダとエアの類似が増えていく。既に敵だと覚悟はしたものの、やはり苦しくて唇を噛んだ。
 ここは過去だ。
 今、エアをどうにかしてしまえば、悲劇に彩られた未来はなくなるだろう。レキスの民は全滅しないで済み、アトゥールも命を落とすことはなくなるのだ。
 にも関わらず、手を離したくない。
 だから、皇国を襲う悲劇の一因は自分にもあるのだと、はっきりと認識した。
「火を消すんだ!! 魔力を使えば、出来るだろう? お前たちの望む復讐の成就は、火に巻かれて僕が死んだら履行されないっ!」
 エアが声を張り上げる。
 びくり、と。死んだ魚の目に似た眼差しの人々が体を震わせた。緩慢な動きで手を持ち上げ、それぞれ、水や氷結の力を呼び寄せ始める。まるで操り人形のように。
 一人の女の憎悪に巻き込まれたというのは、すなわち、他人に感情を支配され操られているのと同じなのかとアティーファは理解する。
 矢継ぎ早にエアは指示を飛ばし、魔力者たちがそれに従った。迫ってきた焔の威力を鎮めて、エアが母さんはと呟く。瞬間、いきなり目を見開いた。
「……くっ!」
 耳を押さえて膝を折る。
「エア!?」
 あれほど手を離さないようにしていたエアが、咄嗟に両耳を塞ごうと手を離したのを見て、アティーファはのっぴきならぬ事態が起きていると判断した。
 何があった、と尋ねようとして眉をしかめる。
 きいん、と音がした。
 外で鳴っているのではなく、耳の中で直接金属が鳴っているような音だ。
「なんだ、これ?」
「凄まじい…威力の……魔力…封じだ…」
 苦悶を露に、切れ切れにエアが呟く。
 彼の顔色が青ざめていく。
 抗魔力という魔力抑制能力を保持するアティーファには、エアが急速に魔力を押させつけられて行くのをはっきりと感じていた。
 魔力者は、魔力を調整せねば命が縮んでしまう。
 魔力を発し続ければ、体が魔力の大きさに耐えれず、ぼろぼろになる。逆に魔力を体内に溜め込み続けると、今度は行き場のない魔力が体内に牙を剥き致命傷を負ってしまうのだ。
 今、エア達魔力者は全員、外からの力によって無理矢理魔力を増幅させられている。にも関わらず、魔力を体外に逃がす方法を封じられているのだ。
 ―― このままでは死んでしまう。
 雷に打たれたように理解して、アティーファは強く左手を握り締めた。
 逃しきれない魔力に苦しむエアを、救う能力は持っている。けれど抗魔力で彼らを救っても、魔力を使用する術を奪われたままでは、迫り来る焔の対処が不可能だ。それでは結局焼け死んでしまう。
 ―― 決めた。
「エア、この魔力封じは強力すぎる。そう簡単に出来ることじゃないはずだし、誰にでも出来るわけでもないはず。私は魔力封じを行っている人間の身動きを封じてくる。だから、それまで待っていてくれ」
 厳しく言いきって、立ち上がったアティーファをエアは苦悶の眼差しのまま見つめた。行くな、と言っているようにも見えれば、まるで別れを告げているようにも見える。
「……ティフィ、行く前に一つ。聞きたいことがある」
 上手く口を動かせないのか、声がひどく小さい。アティーファは耳を寄せた。
「なにを?」
「君は、自分の父親が誰であるのか。胸を張って言える?」
「―― エア?」
「答えて、ティフィ。僕はそれを聞いておかないといけない」
「言える。私の父は、フォイス・アーティ・エイデガル。この身に流れる血と、初代覇煌姫レリシュから受け継ぐ力が証だから」
 清清しいほどはっきり断言したアティーファを、エアは受けた衝撃をひたすらに隠して、頷いた。
 それがまるで行けと言っているようで、アティーファは走り出す。しばらくエアは焔を避けて走っていく少女の後姿を見つめてから、両手を大地の上についた。
 目を閉じ、薄い唇を噛む。脂汗が流れ出るほどに激しく、意識を集中させた。
 ふわり、ふわりと。魔力を膨張させられた上で抑制された村人たちの力が、エアに流れ込んでいく。
「ティフィ。僕は君が好きだよ。村人達にかけられた魔力封印は、きっと君が解いてくれると信じてる」
 呟くエアから、苦悶の影が消えていた。
 抗魔力によって守られた国を破壊するべく、育てられた子供がエアだ。例え強力な魔力封じを受けても、魔力を集中させる時間さえあれば、打ち破って封印から脱却する術を持っている。
「ごめん、ティフィ」
 泣き出しそうな顔で呟いて、エアは走り出した。
 アティーファが走り出した方向とは全く逆。村の中心地を目指している。
 そこには彼女がいる。
 自らを”リルカ”だと信じ、”ルリカ”によって陥れられたと信じ込む、悲しい狂気の女。―― エアの母親。
 迫り来る焔を退け、走った。幾つも並ぶ質素な建物の先にある目的地を視界に収めて、エアは身震いする。
 今自分は、母親に現実を見せ付けようと考えている。――それは一体なぜだろうか?
 間違いだらけの過去にしがみついて、不必要の復讐を押し付け、自分を抑制し続けた女に対する、復讐でもしたいのだろうか?
 首を振り、回答の出ない思案を停止させて、目的の屋敷内に飛び込む。
 黒絹の髪を揺らせて、女は普段と変わりなく座っていた。
「エアルローダ。気配がするの。あの女の気配がするの。なのにあの人の気配もするの。どうして?」
 母さんとエアが呼びかけるよりも早く、母親は息子に声をかけた。目でも周りを見ているのではなく、周囲を構成する存在を魔力で読み取っているのだから、当然かもしれない。
「母さん。両方の気配がするのは、きっと当然だよ」
「どうして? あの人だけの気配がするなら分かるわ。やっと間違いに気づいて、私を迎えに来てくれたって事でしょう? でも、あの女……私になりすましたルリカの気配がするのは変よ。だってルリカは死んだでしょう」
 振り向きもせずに、母親は言葉を続ける。
 ルリカは死んだでしょうと言い募る、彼女自身がルリカなのだとエアはもう知っていた。
 閉鎖された村に生きる人々は、子孫が増えていく段階で、どうしても血が濃くなってしまう。その為、生まれつき精神に異常をきたす者も多ければ、体が弱い者も奇形も多かった。
 エアの母親も、その一人だ。
 生まれつき目が見えなかった彼女は、双子の片割れが見て感じている感覚を自分のものだと漠然と認識していた。
 けれどある日。彼女は、自分がリルカそのものだと考え込むようになる。けれどそれには無理があった。その無理をなくす為に、ルリカは入ってくる情報を少しずつ改竄しはじめたのだ。
 現実、現実、虚構、現実。
 現実の中に、虚構を織り交ぜて、ルリカは己がリルカであると、強く強く思い込んでいく。
 最初は、エアも母親が与えてくる情報を真実だと思っていた。
 けれどティフィに出会ってから、エアの中で何かが変わった。
 現実の間に隠された虚構の気配を僅かに察し、疑問を覚え思案する。結果、彼はついに受け入れたくない真実を見つけるまでに到ってしまったのだ。
「母さん」
 どうしてと言い続ける母親に近づいた。気配に驚いて振り向いた母の顔を見て、苦笑する。
 親子の証明をするように、母親とエアは良く似ていた。
 美しいけれど病的な暗さのある母親の顔と、ティフィの顔をエアは脳裏で重ね合わせてみる。 部分的にひどく似ている場所はあるが、やはりティフィは全体的にフォイスに良く似ていた。
 ―― 私の父は、フォイス・アーティ・エイデガル。
 逡巡もなく、言いきったティフィの心地よい声。
「貴方が忘れ去って、いいように捏造してしまった過去の真実を。見せて貰わなくちゃ駄目なんだ。そうしないと、僕は前に進めないから」
「何を言っているの? エアルローダ」 
 不思議そうに、母親は首を傾げる。
 嘘を付いているつもりなど、全くないからこその怪訝そうな声。―― 当然だ、嘘をついている自覚さえこの女にはない。
「いいよ、母さんは分からなくても」
 ひどく優しく告げてやって、エアは母親の前に膝を付き、額と額を、重ね合わせた。
「勝手に、見せてもらうから。―― 真実を」
 そして初めて、エアは真実を目撃した。
 恋に落ちた双子の兄妹。
 血を濃くしてはならない村の中で、近親相姦は最大の禁威だ。 血の濃さは異常に魔力の高い子供を生み出してしまう。
 村人たちは恋しあった双子を殺そうとした。
 それをリルカとルリカの姉妹が庇う。
 不穏な空気はあったものの、かろうじて平和に暮らしていた人々。けれど村に、金と銀の若者が現れて、変化が起きてしまう。
 燃えるのような恋したのは姉のリルカ。盲目の妹ルリカは、姉が胸に抱いた激しい恋心の熱を同調してしまう。
 フォイスが自分を待っているような気になってしまって、ふらりとルリカは外に出た。
 そこでルリカはザノスヴィアの王子ノイルと出会う。盲目の彼女は、ノイルを前にした状態でもなお、リルカが見つめるフォイスを瞳に映している。ゆえに、ルリカはフォイスと思ってノイルの胸に飛び込み、ノイルは美しく儚い娘に恋をした。
 噛み合っていないのに、幸せな日々が続いて、ルリカは懐妊する。このまま時が過ぎれば良かったのかもしれない。けれど、魔力者の村からミーシャがルリカを連れ戻しに来た。
 ルリカは”待っている”という言葉を抱きしめて村に戻る。―― 完璧に、彼女はリルカになりきっていた。
 これが、全てを支配する憎しみが始まった日の出来事だ。
 予測していたとはいえ、生れ落ちた日から真実だと信じていた過去が覆されて、平静は保てなかった。吐き気を感じて思わず呻く。
「復讐すべき相手なんて…いないじゃないか…」
 エアの呟きに、びくり、と母親は体を震わせた。
「復讐するのよ!」
 いきなり叫ぶ。
 か細い体のどこに、そんな力があったのか。
 膝を付いている息子の両肩に手をおいて、長い爪を柔らかな皮膚に食い込ませた。痛みに眉をしかめたエアを、至近距離からルリカは睨み付ける。
「貴方は、エアルローダ・レシリスなのよ。ファナスの一族であり、その身に流れる血はエイデガル皇国の血でもある。エアルローダ! 貴方こそが、あの国の皇太子なのよ。私をだまして、リルカの名を騙って、フォイスをだましたルリカの子供がレシルを名乗るなんて許されないのよ!」
 母親が捲くし立ててくる。
 ちくりと胸が痛むのを感じて、エアは哀しげな顔をした。
「貴方にとっての真実は、それでしかない。それを―― 責めることは、出来ないんだね」
「エアルローダ。復讐してくれるでしょう? 私が受けた仕打ちを、怒ってくれるでしょう? 貴方だけは私の味方よね? だって、貴方は私の子供じゃない!」
「―― そうだね。僕は、貴方の息子だよ」
「そうよ。その力で、増幅させた魔力で、全てに復讐をするのよ!」
 美しい双眸を血走らせて、ルリカは息子の両頬を手で包み込む。指の隙間でゆがむ顔の形の滑稽さに、笑う余裕さえ持たずに、ただただ息子が口にする肯定の言葉を待っている。
 ―― 哀しかった。
 彼女は狂気に囚われて、姉の幸せに嫉妬し、勝手に罪ない相手を呪っている女であるかもしれない。
 味方であった兄と姉を追い詰めて、死に追いやった加害者であるかもしれない。
 腹を痛めて生んだ我が子に、命を削らせてでも復讐を履行するようにとせがむ非情の持ち主かもしれない。
 ―― けれど。
「……母さん…」
 ―― これが母親なのだ。
 自分を見て欲しくて、必死に母を追いかけていた。
 復讐を望むならば、それを叶える魔力を持たねばならないと思って、懸命になっていた。
 追いかけて。いつか自分を見て、優しい言葉と、優しい温もりを、与えてくれるのではないかと期待し続けて来た、たった一人の母なのだ。
 はらり、と涙が頬を伝う。当然、少年の両頬を強い力で包み込んでいるルリカの手も濡れて、彼女は困惑した。
「何を泣くの? エアルローダ。そう、分かったわ。例え復讐を果たしても、貴方があの国の皇太子である証がないことが辛いのね? 大丈夫よ、エアルローダ。だって、誰もが納得する証拠があるんだもの」
「―― 証拠?」
 初めて聞く言葉だった。怪訝に復唱したエアに、ルリカはそうよと無邪気に答えて胸元に手を伸ばす。
 首飾りのように首にかけ、胸元にしまっていたらしい。それは、複雑な紋章が縫い取られた香袋だった。
「それって…」
「これが、貴方をエイデガル皇太子だと証明するもの。エイデガルの至宝、水竜宝珠よ」
 勝ち誇った笑みを浮かべて、ルリカは香袋をあけようとする。
 ひどく嫌な予感がした。
 どうみても、香袋は長い間開けられた形跡がない。その上、縫い取られている紋章が、ゆっくりと光りを放っているような気がする。
「駄目、だ」
 無意識に低く呟いた自分自身の声を聞きとって、エアは起こさねばならない行動が何かに気づいた。
 香袋を開けようとする母親を、止めなくてはいけない。
「やめろ!!」
 叫んで手を伸ばす。けれど一瞬遅かった。華奢な指先が、香袋を広げてしまう。
 ―― 青緑色の閃光。



 アティーファは剣を振るっている。
 強力な魔力封印の発生によって、身動きが取れなくなった魔力者達を救わねばと走り出したまでは良かった。
 けれど敵はザノスヴィア国王を守護する役割を持つ親衛隊だ。魔力者に対する方法を多く持つだけではなく、個々の戦闘能力もかなり高い。一人で相手にするのは自殺行為だった。
 かつて兄代わりの二人に、多くの人間と剣を交えねばならない時は、広い場所で戦っては駄目だと言われた事がある。一対一で戦えるように、狭い場所におびき寄せろ、と。
 その言葉を守って、時折姿を見せては走り去り、おびき寄せて一人ずつ排除している。今のは成功しているが、じきに体力が持たなくなるだろう。
 どうすればと眉をしかめた時、視界の先で横になっている人間が見えた。眠っているのだろうか。身動き一つしない。
 横になる人物の傍には、ザノスヴィア親衛隊の人間が五・六人は居る。彼らは見たことのない花を持ち、一人が煙を炊いていた。
「あれが、今エア達を襲っている強力な魔力封印の源、か?」
 けれど花や煙だけで、村に居た全ての魔力者を封じることが出来るとは思えなかった。あれでは良くて、一人を呪縛出来るだけではないだろうか?
「一人?」
 ―― 嫌な予感。
 魔力者と対峙するに相応しいのは、抗魔力者だろう。
 けれど抗魔力はエイデガル皇公族のみが保持しているだけだ。存在も秘匿されており、ザノスヴィアが抗魔力を利用しようと考えるとは思えない。
 もし、利用できると考えるなら。それは…。
「毒を持って毒を制する。―― 魔力者の力を封じるのに、魔力者を使うのは有り得るかもしれない」
 捕らえた魔力者を操り、彼等にとっての味方であるはずの魔力者たちを牽制し、抑制させる。
 考えただけで悪寒が走った。
「周りを排除すれば、助けられるかもしれない。魔力封印だって防げるだろうけれど」
 一体どうやってやる?
 相手は数が居る。こちらは一人で、体力も消耗し始めている女一人なのだ。
「―― 抗魔力を使うしかない、かな」
 皇族であるアティーファの抗魔力は、他者の体力を奪うことも出来る。これを使えば、体力不足を補うことも出来、敵の行動を足止めするのも可能だろう。
 だが一つ問題があった。抗魔力は魔力者の能力を押さえる為の力だ。使用することによって、ザノスヴィア側だけでなく、エア達にまで不利な状態を生み出す可能性がある。
 どうすれば、と悩むあまりに、足元に払う注意が疎かになった。転がっていた枯れ枝を、踏み折ってしまう。
 響く甲高い音。
 誰だと振り向いた人々の視線を避けようと、身をひるがえしたが遅かった。長い亜麻色の髪が目撃されてしまう。
「しまったっ!」
 短く舌打ちして走り出す。横たわる人間の傍にある親衛隊員が口笛を吹き、周囲に警戒を促した。
 がさりと音。姿を隠すべく走り出した先に、口笛を聞きとめた親衛隊員が走ってくる。
 強い威力で振り下ろされた剣を、手にしていた剣ではじこうとした。片手で防げるはずもない。剣は両手で握っている。自然後ろががら開きになったところを、別の親衛隊が走りこんでくる。
 ―― 囲まれてしまう。
 気配で悟って、アティーファは唇を噛む。どうにか動かねばと思うのだが、鍔迫り合いになった剣から手を離せば、目の前にしている相手の剣に一刀両断されておしまいだ。
 奥歯を噛み締めて、エアとした約束を思い出す。
 かならず、この魔力封印を解いて見せると約束したのだ。 
『皇女、絶対に死なないで下さい。私だって、生き延びて見せますから』
 不意に、幼馴染と交わした約束を思い出す。
 アトゥールが死に、カチェイが去り、リィスアーダも己の成すべき術を探して袂を分かれた。そんな中であっても、決して傍を離れないと誓ってくれる幼馴染。
「リーレン」
 傍に居れる場所であったなら、彼は必ず傍に居てくれたろう。力を、貸そうとしてもくれただろう。
 けれど今、幼馴染は傍に居ない。守ってきてくれた兄たちもいない。―― 当然、父もいないのだ。
 両手の筋肉が痙攣するように震え、背を貫こうとする剣の気配を感じながら。痛切に願う。
 ―― 帰りたい。
 待っているエアのところに。
 傍にいて、いつも共に居てくれる幼馴染のいる、現実の時間にも!
「いやだっ!!」
 叫んだ瞬間、突如周囲が青緑色の光りに包まれた。
 「駄目だ!」と叫んでいるエアの声が聞こえる。
 一方のエアも、母親を止めようと伸ばした先に広がった閃光の中に、アティーファの姿を見つけた。
 それだけではない。
 流れている。時間が、記憶が、真実が。光りの中で。
 激しい閃光は、さらなる激しさを求め一箇所に集まっていく。そう気高いエイデガルの皇女の元にだ。
 ―― 覇煌姫の血筋を守る獣魂の象徴。
 水竜宝珠が、正当なる主を求めて。
「エアっ!」
「ティフィ!」
 二人、叫ぶ。手と手を伸ばし、互いを求め合った。
 そして、青緑色だった光りは、純白に変わった。
 絶大なる抗魔力によって、村の全てを―― 塗り潰して。


 ―― 消えた。


 我に返る。
 エアは唇を噛んで、光りの洪水の中で見つめた「時間」が伝えた事実に、呆然としていた。
 ―― 燃えていた。
 真実の余りの辛さに打ちのめされている間に、村が完全に燃え上がっていることを知る。
 足元も燃えていた。家も燃えていた。凄まじい抗魔力の支配下におかれ、村人たちも燃えようとしていた。
「母さん」
 なんの因果なのか。
 最後自分たちにとどめの一撃を放ってしまったのは、獣魂水竜によって膨れ上がったティフィの抗魔力だ。
「ティフィが、村の仇になっちゃったな」
 虚ろに呟く。―― けれど感情のどこかが麻痺してしまったのか、怒りも悲しみも沸いてこなかった。
 ただ終わるのだ、という認識がある。
 終わってしまえれば、光りの洪水の中で目撃してしまった「事実」はなかった事になるかもしれない。
 火は燃えていた。
 ぽつりと。衣服に一つ、燃え移る。
 立ち尽くしたままの息子を、狂った母親が見上げた。瞳がエアルローダを燃やそうとする火を認識する。
「……ない」
「母さん?」
「死なせないわ、エアルローダ」
 手を伸ばしてくる。
 やんわりとした手が、少年の首に巻きつき、強く抱きしめられた。
「死なせないわ」
「どうして?」
「復讐するの」
「復讐?」
「そう。だって、この焔は全てを終わらせてしまうのよ。だから、終わりを与えたものには復讐するの」
「―― でもね、母さん」
「復讐の行動に出なくちゃ、会えないわ。会っていなかったことになるわ」
「母さん!?」
 今、狂ったこの女が意味のある事を言わなかったか?
 にこり、とルリカは笑う。
「死なせないわ」
 光りが、集まってくる。
 気づけば、焔に巻かれて逃げてきたらしい村人たちが、屋敷の周囲を取り巻いて、まるで祈るようにしていた。
「死ぬな、と?」
 ―― 死者に縛られる自分。
「復讐するのよ」
 ―― 死んでいく人間の、ただ一つの願い。
「復讐よ」
 …………………。
「復讐、か」
 そして。村は滅亡した。



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