第38話 吐露
第37話 証明HOME第39話 接触



 リィスアーダは己の心音を確かめるように、胸元に手を添える。
「私達は、本当は双子だったのです」
「双子?」
「ええ。双子というのも、遺伝の影響が強いらしいです。実際、母がいた村には多くの双子達がいたといいます」
 ファナスの苗字を持つ一族が人々を守ってきた場所。姫君にも匹敵するルリカが唐突に姿を消し、彼女を探し出し連れ戻すために外に飛び出していったミーシャが住んでいた―― あの村。
「最初は双子の遺伝を持つ者は少なかったでしょう。けれど狭い村の中での生活は、血を濃くしていってしまいます。結果双子は増えました。ルリカ、リルカの双子の姉妹だけではなく、兄姉にあたる方も双子だったと聞きます。違いますか? ミレナ公王」
「間違いねぇなぁ。オリファとライレルも双子だった。他にもぞろぞろ居やがったよ、双子はな」
「―― ですから、双子の遺伝を持っていただろうミーシャ母様が、双子を身篭るのは不思議ではなかったのです。けれどザノスヴィアは双子が不幸をもたらす存在と考える国。王家の子供が双子であるわけにはいかなかった」
 魔力者を嫌い、双子を不幸の象徴だと考え、奇形児を化け物だと考える国、ザノスヴィア。
 カチェイは嫌悪も露に息を吐き、だんまりを決め込んだままの親友の肩を軽く叩いた。
「迷信を信じすぎるってのもなんだな。アトゥール、いっそお前が論破してきてやれよ。双子が不吉だなんぞ、迷信だってな」
「……カチェイ、理屈など関係なく、無条件に何かを信じこむ相手を論破しても無駄だと思うよ。そういう国だったからこそ、魔力者を根絶しようだなんて考えるのだからね」
 国を、伝統を、言い伝えを無条件に信じ抜く人々。疑うことを知らぬ無知に支えられた純粋さは、他国人から見ればまるで狂人集団だ。
 リィスアーダは、自国民を不気味な存在だと認識された事を理解して、悲しそうに目を伏せた。
「―― 我が民の盲信ぶりが、不気味に映るのは仕方ないと思うのです。常に存在しない脅威に怯えて、震えている。私にはそれが憐れに思えてなりません。けれど……」
 理由もなくただ恐いからといって、他者の命を踏みにじって良い権利など、誰が持っているだろうか?
「母が双子を身篭ったと知って、父は散々母を殴りました。魔力者である事実だけでも、王家に不幸をもたらす存在であるというのに、わざわざ双子を孕み、更に王家を呪うつもりなのかと叫んで」
 艶やかな黒髪をノイルに力任せに引かれ、床に転がされ、殴打される憐れな娘に出来たのは、暴力が早く終わるようにと祈ることだけだったろう。
「母を無理矢理束縛し、去ったルリカの身代わりに妻にしたのは父なのに。母が父を呪ったのではなく、父が母を不幸にしたのです。勝手に被害者のような顔をして。父は再び、母にとんでもない仕打ちを与えました」
 抑揚を押さえたリィスアーダの声が、不意に震えた。
 訝った人々の目の前で、姫君は一滴の涙をこぼす。
 毅然とする態度が、今まで彼女の年齢を隠していた。けれど今、怒りとやるせなさと悲しみに耐えられずに涙を落とす娘は―― 真実、十六歳の少女だった。
「―― 慰めも、憐れみも口にしない貴方達に、感謝します。……父は魔力者を封じ込める封印を再び使用することを決めたのです。母に……いえ、正確には違いますね。彼が狙ったのは、芽生えたばかりの二つの命でしたから。彼は二人の内、一人に魔力が集中するように仕向けました。魔力者と、魔力者ではない子供とに分ける為に…」
 魔力者である我が子を殺す為に施行された封印。
「母は、凄まじい勢いで父に抵抗したそうです。命がけの抵抗は、封印され、蓄積され続けた母の魔力を爆発的に発現させた。結果、命を消されてしまった赤子の魂は、生き延びた赤子の中に吸いこまれていきました」
 すっ、と機を計ったように立ちあがる。
 艶やかで、威厳に満ちた仕草。清々しささえ感じるさせる気の流れ。
「だから、私は二人います。王女として生まれた私、リィスアーダと、魔力者として生れ落ちたマルチナ。二人の人間が―― この、一つの身体の中に」
 はっきりと断言して、もう一度、リィスアーダは涙を落とした。



 ロキシィと過去の話を始めたリィスアーダを残して、カチェイとアトゥールは外に出る。
 地鳴りに似た音と共に風が吹き荒れている。アトゥールが呼び起こした獣魂風鳥の力が、消滅していない証拠の暴風だった。
 普段国境の橋は活気に満ちているのだが、戦場と成り果ててしまった今のアポロス橋はどこか冷たい。
「お前、一体何時気付いたんだ?」
 足元の土を軽く蹴って、カチェイは尋ねる。ザノスヴィア王女の説明によって、起きた出来事の殆どは把握した。だが、アトゥールの補足説明も聞いておきたかったのだ。
「―― 何を?」
「リィスアーダ姫とマルチナ姫の件さ」
 単刀直入に、何が聞きたいのかを答えたのち、カチェイは陽光に晒されたアトゥールの顔色に気付いて眉をしかめた。
 今までは、命を削るのも厭わない負けず嫌いな性格を存分に発揮して、具合の悪さをごまかしていたのだろう。今、彼はひどく生気に乏しい。
 とにかく座らせねばとアトゥールの腕を乱暴に取り、歩き出す。カチェイの行動を拒絶することもなく、歩き出して口を開いた。
「別に、彼女が語った全てに気付いたわけじゃなかったんだ。ただ―― リィスアーダとマルチナのどちらかが魔力を持っている事実に疑問を覚えた。他国ならばともかく、魔力者を嫌悪するザノスヴィアの王族に、魔力者が生まれるわけがないのだから」
 告げながら、アトゥールは熱を測りたいのか、片手で額を押さえた。
 少し前のアトゥールだったら、親友の前でも、具合が悪いことを伺わせる仕草などしなかっただろう。カチェイにしても、アトゥールが弱さを隠していなければ、困惑したはずだった。
 生死に関わった出来事が、二人に与えた影響はやはり大きかったのだ。
 それを改めて思い知らされて、カチェイが笑う。何がおかしいのやら、と訝しげな視線をアトゥールは送ったが、否定的な言葉は口にしなかった。
「もう一つ。気になったのはエアルローダの高すぎる魔力についてだった。獣魂の守護を常に受けている私達は、高すぎる能力を持つ魔力者の存在は感知出来たはずだったんだ。丁度、フォイス皇王が、エイデガルにリーレンがやって来たと気付いたようにね」
「しかしな、確かにフォイス陛下はリーレンの存在を感知し、救い出すように命令したさ。けれど、その話しはエイデガル皇国にリーレンが来て数年たってからの話しだろうが?」
「カチェイ、特定の場所まで簡単に判別出来るほど抗魔力も対魔力結界も便利ではないさ。大体、感じれるのは、張り巡らされた対魔力結界の内側だけの話しなのだから。―― 逆にいえば、皇国内ならば絶対に感知していたはず」
 今回の異変が起きる前にエアルローダの存在を、皇国と五公国内で感知した者は皆無だ。ならば彼は国外から来たことになる。
「エイデガルの民ではないはずなのに、彼は”レシリス”を名乗る。エイデガル皇国第一皇位継承権を保持する”皇子”を意味する名をね。その上、エアルローダはやけにエイデガル国内の情報に精通していた。皇国民であっても知らないような事を大量に。どうしてそんな情報が手に入る?」
 分からないよね、と続け首を振って、立ったままのカチェイを見上げる。
「そこで、建国戦争時代の資料に、一つ気になる記述があったことを思い出した。かなり強い魔力を持つ者は、近しい存在―― 親や子供、兄弟、従兄弟などといった相手と五感を共有させることが出来たらしいという記述を」
「五感を共有だと?」
 理解しかねているカチェイの訝しげな声に、アトゥールは突然に細い手を持ち上げて己の目を隠す。
「今、カチェイは何が見えている?」
「ああ? なんだよ、突然」
「いいから。話してくれないかな」
「そりゃあ、まあ、国境の橋アポロスが見えるな」
「私には見えない。当たり前だ、こうやって今目を隠しているのだから。でもね、もしだよ。カチェイが見ているものを、離れている私が見ることが出来たら?」
「俺の見ているアポロス橋が見える? ……なるほど、それが五感の共有の意味か」
「そう。一人が見ているものを、もう一人が見つめ、感じ、聞く。それが出来るのが、強い魔力者だ。……そして、エアルローダは…」
「間違いなく、高い能力を保持する魔力者だな」
 アトゥールが主張することが分かってきたのだろう。カチェイは難しい表情を浮かべ、腕を組む。
「エアルローダがこちらの情報を、五感の共有によって受取ってきたと仮定すれば、必要となるのは近親者の存在だよね。ということは、エイデガル皇国内には、エアルローダと同じ血を持つ相手がいるという事になる」
「……まさか、アトゥール。お前が考えてるのは」
「そうだよ。多分ね、カチェイ。アティーファとエアルローダには血の繋がりがあるはずだ。実際、一瞬見たエアルローダの取り繕っていない素顔は、ひどくアティーファに似ていた。その上、エアルローダの太刀筋は私達の太刀筋と良く似ている」
 出血多量の状態の為に、普段通りに剣を扱えぬまま対峙した時、アトゥールは思ったのだ。エアルローダの太刀筋と、自分達の使う太刀筋には、共通点があると。
「私達に剣を教え込んだフォイス陛下が、独自の流儀を編み出したのは、旅先だったらしいね。記録で見る限り、陛下が公式以外で旅をしたのは一度だけで、旅先はザノスヴィア王国だったことが判明した。ならね、カチェイ。陛下が参考にした剣技が、閉ざされた村の人々が使っていたものであったと考えることが出来るんだ。事実、リルカ様は素晴らしい剣の使い手だったとミレナ公王は言っていた」
「確かにな。似てる、っていうだけなら一笑に伏すが。剣技までもが似てるっていうのは、無視できねぇな。そうか。アティーファとエアルローダが血縁関係に有る可能性、か…」
 驚愕して当然の宣言を、淡々と納得し、カチェイは頷く。
 目の上に置いていた手を座った岩の端に下ろすと、アトゥールは子供のように頬杖を付いた。
「気持ちの良い話じゃないけれどね、今までの仮定が事実ならば、エアルローダは常にアティーファの目を通してこちらを監視してきたことになる。ならば、私達の性格など見通されていて当然だ。けれどね、もう一つ考慮しなくちゃならない事ある。エアルローダがアティーファに似ているのは事実。……でもね、リィスアーダはエアルローダに似ているのも事実なんだ」
「なんだと?」
 ぎょっとした表情で上から睨まれて、アトゥールはカチェイに座れよと横を示す。流石に見下ろされ続けるのは嫌いなのだろう。―― 負けず嫌いな所は、所詮そのままだ。
「だから、似てるんだ。アティーファとリィスアーダは似ていないけれど、リィスアーダとエアルローダは似ている。雰囲気が、というよりの顔の造作とかがだ。だから、考えて整理してみた」
 屈み込んで、小枝を握る。砂地になっていた場所に、枝を走らせた。
「まず最初に存在がわかっているのは、フォイス陛下の妻ともなったリルカ様。リルカ様の双子の妹のルリカ。彼女たち二人の上には、オリファとライレルという双子の兄姉がいて、ライレルの息子がリーレン。ここまでが、村を守る役目を持ったというファナス姓を持つ者達だ」
 一人ずつの名前を書き記し終えて、おもむろにアトゥールはルリカの名前に丸をつける。
「理由はわからないけれど、突然にこのルリカという娘が村から消えた。驚いたのは、恐らくルリカに仕えていた侍女のような役目を持っていたのだろうミーシャだ。ルリカの消息を確かめ、連れ戻すために彼女も村を後にする」
 さらにアトゥールの手は動いて、今度はミーシャに丸をつけた。
「ここで登場するのが、ザノスヴィア王太子ノイル。彼は突然姿を表したルリカに一目惚れをし、求愛した。リィスアーダ姫の話しによれば、ルリカはこの時点でノイルの子供を身篭ったはずなんだ」
「そういやぁ、そうだな。妻と子供を両方手に入れられると喜んだ、と言ってたからな」
 カチェイの相槌に、アトゥールはルリカの名前の下に棒線を一本引く。
「この二人の生活を壊したのが、ルリカを連れ戻しに来たミーシャで、結果ルリカは村に戻る。この話しを聞いて思ったのだけれど、おそらくルリカは精神的に不安定な娘だったのだと思うよ。本当にノイルと愛し合っていたのならば、ミーシャが待っている人がいる、と叫んだだけで村に戻りはしないだろう? なのにルリカは子供を身篭ったまま村に戻った。ミーシャはノイルに復讐を果たすために束縛され、懐妊し、子供を産む」
 生まれたのが、悲しい姫君、リィスアーダとマルチナ。
「一方、フォイス陛下はリルカ様と共にエイデガルに戻った。生まれたのがアティーファだよね」
「―― なぁるほどな」
「気付くだろう?」
「ああ。アティーファと血縁関係を持ち、ザノスヴィアの姫さんとも血縁関係を持つ奴が存在するな。―― そうか、エアルローダは」
「村に戻ったルリカが産み落とした子供。それこそがエアルローダだろうね」
 カチェイの言葉を引きとって断言し、アトゥールは肩を竦めた。
「ここから後の話しは、単なる想像に過ぎない。ただこういう考えも有るという事を、伝えておいたほうが良いだろうから、言っておくよ」
「なんかこう、珍しいな。お前がそんなにも口が軽いなんてな」
「―― 死にかけて、少しは反省したんだよ。情報を抱えたままで、勝手に沈黙するのは駄目だってね」
「情報を抱える云々じゃなくてな、死んじまう事自体が罪だろうよ」
「まあ、それはそうなのだけれどね。そればかりは、気を付けていても防ぎ切ることは出来ないよ」
 否定的な言葉とは裏腹の不敵な表情を浮かべるアトゥールに、二度と自ら死地に飛びこんでいくような真似はしないという誓いのようなものを感じて、カチェイは満足げに頷いた。


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