第37話 証明
第36話 過去HOME第38話 吐露



「結局、今になってもな、ミーシャがどこに行っちまったのかは分からなかったさ。そうこうしてるうちに、俺らは具合が悪くなった。当然だろう、魔力者しかいねぇ上に、全員がとんでもない程の高能力の魔力者達だ。まだ、抗魔力の効率良い使い方も知らねぇ俺らが平気でいられるわけがない。消化しきれない魔力が溜まりすぎて、中毒になっちまった。アトゥールには、その苦しさがどの程度か分かるだろうよ」
「―― まあ、分からないとは言えないかな」
 死線を幾度もさまよう羽目になった子供時代を思い出して、アトゥールが顔を曇らせる。ロキシィは肩を竦めた。
「他の奴等と違って、フォイスはやけに心配したろ。そりゃそうだ。俺らはあれがどれほどの苦痛か知ってたからな。ガキで耐えれるのかと、そりゃ本気で案じてたさ」
「……まさか、私やカチェイが皇都に留まって良いと特例の許可が出たのは―― 私が一人で許容量以上の魔力を吸収してしまう事態を回避する為だったわけですか?」
「ま、そういう所だ。運良くお前がカチェイと知り合い、共にいる時間が長くなったのは良いことだったさ。だが、カチェイだけじゃあ足りなさすぎる。ってワケで、アティーファもお前らの側に置くようにした。の癖にまだ足りない。だったら、抗魔力を制御できるようになるまでは、皇都にとどめておくしかねぇかと考えた時に―― あのガキが来た」
「あのガキ?」
 カチェイが声を上げる。ロキシィは空になった瓶を面白くなさそうに睨んで、肯いた。
「そうだ。リーレンだ。ファナスの姓を持つ子供。四歳だった、ライレルの一人息子」
「リーレン? ちょっと待て、年齢があわねぇだろう、それだと」
 慌てたように詰め寄ろうとするカチェイに向かって、唐突に手をあげてアトゥールは制する。
「成長障害かもしれない」
「なんだと?」
「リーレンには記憶障害がある。虐待された過去があるから思い出したくないのだろうと思っていた。完璧にある一部分を思い出せないのは、有り得るからね。私が生き証人だ」
「まあ、そうだろうよ」
「精神的な苦痛が、正常な成長を妨げるという仮定、私たちは否定しきれないだろう?」
 突然声を静める。途端、苦虫を噛み潰した表情をカチェイは浮かべた。
 アトゥールが女性めいて見えるのは、顔立ちのせいだけではない。彼は全てがどこか中途半端なのだ。まるで少年のまま、大きくなっただけのように。
「だが、お前の場合は特に大きな問題があるわけでもねぇだろうが。ちと、見た目が女っぽいだけだ。リーレンの場合とは話しが違う。四歳の時に閉ざされた村に居たとすれば、今二十歳ということになる。おかしいだろう? どう考えたって、リーレンは十八程度だ。丸二年、成長していないことになってくる」
 それすらも有り得るのか?と吐き出すカチェイに、アトゥールは首を振った。
「通常なら、考えられないかもしれない」
「だろうが」
「けれどね、カチェイ。リーレンは魔力者だ。今でこそ抗魔力の影響によって能力を低下させているけれど、生来の能力はかなり高い。ならば―― 常人には不可能なことも、可能にするかもしれない」
「可能さ。それくらい、奴等ならな」
 ロキシィは唐突に口を挟み、注目を再度取り戻した。太い腕を組み、目を眇める。
「あの村にいた魔力者たちの能力は、エイデガル皇国に普通に暮らす魔力者たちとは段違いだからな。常識で計って良いもんじゃねぇよ。成長を止めることくらい、簡単だったろうさ。だからこそ、フォイスも俺も死にそうな目にあったんだ」
 十六年前、意味もわからず衰弱していく自分達を前にして、抗魔力の存在に気付いたのはリルカだった。このままでは死んでしまうことにも、記憶を消去させることも出来ないとも判断したリルカは、潔く決断を下す。
「フォイスがついて来いとリルカに言った。リルカはフォイスに付いていくと即答した。迷いも一切持たずにな」
 ファナスの姓を持つ者達は、村人を外部から守る役目を持つ。存在を知ってしまった二人を監視するべく、村を後にするというのは立派な理由になるのだ。
「俺らは村を出てエイデガルに戻った。あの村に何があったのかは分からねぇな。だが、何かあったのは事実だろう。ライレルはオリファと共に村を抜け、結果リーレンが一人エイデガル皇国に辿り着いたんだからな。ミーシャのことは、今はまだ知らねぇよ」
 言葉を切り、曰くありげな視線をロキシィは黙っているザノスヴィア王女リィスアーダに向ける。
「私が存じていると、思うのですね。ミレナ公王」
「あれと同じ顔なんて、そうはいねぇよ。その強い魔力も、一つの答えを導いている。アトゥールが気付いたのも、それだな?」
 五公国一の分析能力を持つアトゥールが、リィスアーダを見た瞬間に愕然とした理由に、ロキシィも行きついていた。
 分かっている一つの法則。魔力者は遺伝でのみ誕生し、突然に誕生することはないというもの。
「……そういうワケかよ…」 
 カチェイが呻く。アトゥールが頷いた。
「ザノスヴィア王家は、伝統的に魔力者を排除する国だからね。一族に、魔力者と結婚した王族がいるはずがない」
 王族が誕生した際や伴侶を得る時、ザノスヴィアでは、国民に”魔力者ではない証”を見せるという。
「現国王ノイル・アルル・ザノスヴィアと、正妃ミファエラ・イリス・ザノスヴィアも、魔力者ではない証しを国民に見せている。それはね、二人の間に生まれた一の姫、リィスアーダ姫も同じくだった」
「ちょっとまて。それだと、リィスアーダ姫は魔力者ではねぇって証明されていることになる。アトゥール、本気で言ってるのか?」
「本気だよ。確かに、矛盾している。けれど、矛盾を打ち破ってしまう、誰も考えなかった事実があったんだ。カチェイ、覚えているだろう? アティーファが初めてリィスアーダ姫を見たときに、言った言葉を」
 ―― マルチナからは王族の気配がしない。
 ―― まるで本人であって本人ではないような。
「違和感。そう言った。偽者である可能性はないはずなのに、王族の気配を感じさせなかった娘。王族としての気高さと魔力を保持して突然現われた娘もいる。一人は己をマルチナと呼んでくれといって、もう一人はリィスアーダと呼んでくれと言った」
「アトゥール、お前、何がいいたいよ?」
 迷っているのか、核心を中々言わない親友に焦れて、カチェイは単刀直入に尋ねる。打たれたように、アトゥールは顔を上げた。
「―― 王族である娘と、魔力者である娘は。同じ顔をした―― 別人だ」
「別人? 何を言ってる? 偽者である可能性は少ないと言ったのは、アトゥールだろう?」
「そうだよ。カチェイ。偽者だとは言ってない」
 噛み付くように答えた後、アトゥールはするりとリィスアーダを見やった。
「マルチナ姫と、リィスアーダ姫は…一つの身体しか持っていないけれど―― 実際には二人いるんだ」
「―― その通りです」
 突如沈黙を捨てて、リィスアーダが肯定する。
「気付かれたのは初めてです。ティオス公子、私は貴方に敬意を払いますわ。そう。私達は二人います。王族としての私と、魔力者としてのマルチナと」
「―― 魔力者としてのマルチナ?」
 黙り込んだアトゥールに変わって、カチェイは尋ねる。ゆっくりと姫君は頷いた。
「ええ。魔力を持っているのはマルチナです。けれどあの子は、魔力を発することが出来ない。魔力を形にする術を、強引に封じられているからです」
「―― 魔力者たちは、普段生活している上で、常に魔力を外に放出していると聞いたことがあるぜ? 俺達抗魔力者が、意識せずとも魔力を吸収するのと同じように」
「そうです。そうしなければ、備蓄されていく魔力が、身体に悪い影響を与えてしまいますから。でも―― マルチナには出来ない」
「それが事実なら、とんでもない魔力封印方法があったもんだ。俺らが持つ抗魔力による方法とは完璧に主旨が違う。―― 俺らは、魔力者が自分自身の魔力の蓄積によって死なずにすむように、…余分な魔力を吸収している。だからこその、魔力の使用不許可だ。魔力を発露させる術を奪って、封じ込めるだけじゃ、確実に早く死ぬか狂っちまう」
 魔力者の根絶を願い続けてきたザノスヴィア王国に存在していた、魔力を強引に封じてしまう術。―― 魔力者を人として見ない国らしい強引さだ。
 カチェイの怒りを耳にしながら、アトゥールは思案するように黙している。ロキシィは首を捻り、会話に割って入った。
「そういやぁ、ザノスヴィア王国のリィスアーダ姫は、傾国の器であるともっぱらの評判だったな。だが、実際姫君を垣間見たことのある男共の意見は、真っ二つに分かれちまっている」
 放浪公王ロキシィは各地の細かな情報に詳しい。
「姫君の為に国を滅ぼすのではなく、興し、豊かにし、その笑顔を見たいと望んだ一派がいる。傾国が伝えるとおり、姫君に溺れることが可能ならば、国を滅ぼしてもいいと夢中になる一派もいた。両極端であるはずの、興国と傾国が存在していることこそが、二人居る証明ってワケか?」
 随分と極端な姫君達だよと続けるロキシィに、リィスア―ダは緩やかに首を振る。
「さあ、自分ではわかりません。興国と、傾国など。一つ言えるのは、あの子の抑圧されすぎた魔力が、異性を引きつける異常な魅力になっているのかもしれませんね」
 漆黒の双眸を伏せ、リィスアーダは思案する顔になる。もう一度アトゥールは顔を上げた。
「―― ザノスヴィアの一の姫の美貌と、稀有な魅力は以前から騒がれていた。けれどね、真実他人を狂わせると騒がれ始めたのは、ここ数ヶ月のことだったと思う」
「続けて下さい。ティオス公子」
 一旦言葉を切ったアトゥールに、平気だと伝える為に頷いて、リィスアーダは強い意思を秘めた眼差しを細める。
「……マルチナ姫は、魔力を発散させる力を封じられていたけれど、普通の人間であるリィスアーダ姫には封印は仕掛けられてなかった。―― なにせ、あの手の封印は人の精神そのものに掛けるもので、肉体に掛けるわけではない。だから、リィスアーダ姫はマルチナ姫に変わって、時折魔力を外に放出するようになった。魔力者ではない私達が、他者から奪った魔力を行使するのと同じように」
「―― ええ」
「きっと、そうやって暮らして来たのだと思うよ。今まで、二人の姫君は」
 喋りながら、アトゥールは想像する。
 一つの身体に、二人の所有者を持つ娘。
 一人は魔力者、一人は姫君。
 二人はそっと生きてきたはずだ。リィスアーダはマルチナに代わり魔力を密かに発散させ、マルチナはリィスアーダの誇りが許さずに従順出来ない人間の相手を勤めてきたのかもしれない。
 固く手を握り締めてから開く。白くなる掌を見つめた後、意を決して言葉を口にした。
「その恐ろしい封印を施したのは…ノイル・アルル・ザノスヴィアのはずでは?」
「―― おっしゃるとおりです…」
 答えて、リィスアーダは吐息を付いた。母親以外に秘め事を口にしたことはない。生まれて初めて―― 他人に見破られたのだ。
 何故か、肩の荷が軽くなったような気がした。
 ゆるやかに、白い己の手を見つめて、リィスアーダは言葉を選ぶ。どう告げれば、奇妙な事態を説明できるのかを考えるように。
「…あの男が全ての原因でした。完全な二人であったはずの私達を引き裂き、こんな状態にしてしまったのも。ミファエラ……いいえ…魔力者ではない女を妻にする為に偽りの名前を与えられ、精神を蝕まれ、今尚囚われ続けているミーシャ母様にむごい仕打ちをしたのも」
 あの男なのです、と。実の父に対する憎悪を隠さずに言い切って、リィスアーダは赤い唇を噛む。マルチナならば妖艶さが漂うはずの、今は可憐な仕草だった。
「母様は……魔力者でした。それも…類稀な力を持つ。最も、母がかつて居た場所では、特記するほどに強い魔力者でもなかったようですが。―― かつて。父は恋をしたのです。憎むべき魔力者である娘に。黒絹の髪、夢見る漆黒の眼差し。彼女はひどく美しい娘で―― 娘も父を愛したのだといいます」
 多分、全ての始まりの一つである昔話。
 欠けていた過去。フォイスが、ロキシィが、リルカが求めた事実の、答え。
「父は愛する娘と暮らしていく未来を夢をみた。魔力者である事実を隠す方法は無いかと、必死になって探し始めた。そうしている内に、娘は身篭って、妻と同時に子供も手に入れられると、父は胸躍らせたのです。けれど―― そこに母が来た」
 夢見る微笑みの娘に逃げるように促し、リィスアーダの母親、ミーシャはザノスヴィア王太子ノイルを牽制したという。容姿の美しさに心惹かれている間はいいが、外見に飽きれば魔力者に対する嫌悪感が勝り、虐待が始まるだろうと叫んで。
「父は、そんなことは絶対にしないと、必死に訴えたのだそうです。愛し合っているのだから、そんな未来は有り得ないと」
 だが、実際のところ、ノイルの叫びはひどく空しかった。真実愛し合う二人が無理矢理に引き裂かれるというのなら、男だけではなく、女も共に懇願するのが当然だったろう。
 けれど娘は無言で微笑み続けるだけだった。
「母様はノイル王太子を食い止めながら、待っていらっしゃる方が居ます、と叫んだそうです。結果、自発的な行動を取らなかった娘は、劇的な変化をみせた。走り出したんです」
「…なぁるほど。ルリカが失踪し、ミーシャが探しに行った際に起きた事件の顛末がそれか」
 額を人差し指の爪で引っかきながら、ロキシィは呟く。視線を公王に向けて、リィスアーダは頷いた。
「愛する娘を奪われて、父は復讐を決意しました」
 まず第一に、ノイルは精神を破壊し廃人にする可能性が高い魔力封印をミーシャに施した。結果、正気と狂気の間を往復するようになったミーシャをノイルは正妃とし、彼女を去った娘の身代わりにした。―― 愛してもいないというのに。
「正気の時の母は、常に悲しい表情をしています。私を見て泣き、マルチナを見てまた泣きます。そして―― 魔力者である事実と、かつて自分が住んでいた村の静けさを、語るのです」
 閉鎖されていた小さな村。
 静かで、刺激も少ない村ではあったが、肩を寄せ合い生きていく優しさが根付いた場所。
「母が繰り返し、生まれた時から、村を後にした日までの事を語ってくれました。懐かしい、帰りたいと泣きながら。村に現われた金と銀の若者のことも、話しにはあったのです」
「それで、俺のことがすぐにわかった、っつーわけだな」
 それならば、目があった瞬間、驚きと共に前に滑り出て来たリィスアーダの行動も納得できる。
「ええ。母が話すとおりの方がいらっしゃって、ひどく驚いたのです」
 懐かしさに場が和んだ気配をカチェイは察し、片手を持ち上げて注目を引いた。思い出話に花を咲かせるにはまだ早すぎる。
「一人で勝手に理解しちまって、沈黙してるアトゥールと違って、俺はリィスアーダとマルチナが二人いる、っていう事実が理解出来ないな。―― 二人居るっていうのは、二つの別人格がいるってのとどう違うんだよ?」
「……全く違うよ、カチェイ」
「アトゥール、お前ね、突っ込みだけに言葉を使うなよ。きちっと説明しろ、説明を」
 ぎろりと親友を睨むが、アトゥールはただ力なく首を振る。結ばれていない長い髪も、どこか頼りなげに揺れた。
「こればかりは、勝手に想像して導き出した答えを、口にしていいとは思えない」
「俺にも言えないのか?」
「ここいるのは、私とカチェイだけではないからね」
 確信を得なければ話もしなかった過去とは異なり、真実が重すぎて、本人を前に語るのは控えたい、というのが本心のようだった。


第37話 証明
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