暁がきらめく場所
最強の証明 3
前項
/
目次
/
次項
目をむいて絶句した鋼色の髪を持つ親友を前に、ティオス公子は細くつややかな薄茶の髪をごまかすように指ですいてみせる。
こいつ珍しくごまかしてやがるとカチェイは内心で呟いて、追い討ちをかけるのをやめて静かに続きを待つことにした。
ちらりと視線を向けてきてから、アトゥールは開き直ったのか軽く手を振る。
「ここはエイデガル領ではないんでね。早期解決を第一目的としたら、セイラスはかならず辺境の村を丸まる一つ囮に使うよ。……それは私の趣味じゃない」
「目覚めが悪いからか?」
「それもあるのは否定しないよ。でもね、冷静に考えて、必要以上に恨みをかうこともないだろう? まあ、あの男なら、非情すぎることをしながらも、なぜか感謝されるんだろうけどね。直接の被害者以外にはさ」
厄介な相手に助けを求めてくれて、とアトゥールは息を落とす。
二公国の公太子でありながら、エイデガル皇都で暮らして母国の政治にかかわらぬ二人の公子の評判は低い。いかに要所要所での活躍がしられようとも、ガルテ公国のセイラスほどに信頼を勝ち得てないのも当然だった。
「皇女のお守り役、だもんなぁ。俺らの評価って」
「表立って出てないしね。先の帝国の襲来時だって、カチェイは軍を率いてかなりの功績をあげている。けれどあれが、カチェイ独自の判断で動いた結果だとは誰も信じない」
「俺のっていうより、お前のだろうよ」
「大きな動きは、だろ? 戦術面になってしまったら、カチェイの判断が良かったのだと私は思うね」
珍しくも真っ直ぐにほめられて、カチェイはくすぐったくなったのか、苦笑いをしてみせる。当然のことを口にしたと思っているアトゥールは、不思議そうに細い首をかしげて見せた。
「とにかくね、私たちは信用が足りない。個人的には問題ないけれど、いつかは国に戻らなければならない身としては、問題だね。よそ者となった公子が帰るには、輝かしい実績と信頼が必要だろうし」
「まあな。けどな、そっちじゃないんだろ? 確証がなければ推測さえ口にしないお前がさ、セイラスに啖呵きった最大の理由は」
辺境の村がごっそり囮にされるのが嫌だったんだろ?と、暗に尋ねれば、目に見えてアトゥールは不機嫌な顔をしてみせる。こういう時にだけ互いの年齢差を感じてしまって、カチェイはからからと笑い出した。
「まあいいとするさ。とにかく、策を考えるしかないだろう。お前が三日といったんだ、三日で解決させる」
「自信だね」
「それだけ信用しているってことにしろよ」
「ほめても何も出ない。とにかく、相手は暗殺者の集団だ。カチェイ、例の騎士殿が殺された村はどうだった?」
「ああ、あれな。恐ろしいほどに無駄のない殺され方だったな。飛び道具は使われていない。暗殺集団って話だったから意外なんだが、背後に傷のある死体はなかった。その全ての傷が、正面だ」
「やっぱりそうなるのか。騎士殿は?」
「最初に殺されてるな。さすがにこっちは、一太刀では終わってない。何度か剣をあわせた形跡があった」
鋼色の目を細め、カチェイは凄まじい臭気の立ちこめた村を想起する。
いたるところに転がる事切れた死体。傷の全てが致命傷で、おそらくは痛みを感じる時間はそうなかっただろう。――それだけが、救いといえば救いだった。
「多対一の形跡、なかったんじゃないか?」
「あん?」
つい物思いにふけってしまった彼の耳に、親友の柔らかな声が響く。現実に引き戻されて、彼は少々間抜けな顔をさらした。
「戦闘時の様子だよ」
「ああ、それか。確かに多対一の痕跡はないな。一人で一人を殺すのが決まりだったかのような有様だよ。あの傷から見て取れる癖からいって、十五人ってとこかな」
「間違いないかな」
呟いて、アトゥールはカチェイを促して部屋の中へと戻っていく。
すっかり冷めてしまった紅茶のほかに、広げられた地図と、異国の言葉でつづられた書状、乱雑に広げられた書籍が二人を待っていた。
その中にあった皮でくくられた本を手にとり、カチェイはぱらぱらとめくる。
「なんだ、これ。料理の本かよ?」
「帝国の郷土料理って奴だね。読んでみたら分かるけど、かなり独特な食文化を育んでいるんだよ。以前に放浪公王に聞いたことがあるけど、なれればかなり癖になる味らしい」
「あの男、海まで越えてたのかよ」
げんなりと肩を落とす。放浪公王とは、ミレナ公国の王ロキシィ・セラ・ミレナのことをさしている。公王のくせに国許におらず、その殆どを旅をして暮らしてる男のことだった。
先の帝国の戦の際には、火種をかぎつけて帰還してきたが、終わったらすぐに旅立っている。
「赤の旋風の一つ、最強の証明か」
「――は?」
「赤の旋風は帝国の暗殺者集団だけど、一つかわった組があるんだよ。皇帝が遊びで作った集団でね。帝国に存在するさまざまな流派の道場主を集めてね、こういったんだ。”お前たちはいまから暗殺者とする”とね」
「ちょっとまて、いわゆる武芸者だろそいつらは。確かに技を磨いて、軍に仕官することを目的とする奴もいただろうがな。暗殺者希望じゃないだろ」
「変わり者なんだよ、あの皇帝陛下は。無論、断った人間が多かったよ。流派に属する人間たちと、流派の誇りを盾とされるまではね」
「人質ってのは分かる。その流派の誇りってのはなんだよ」
無骨で太い腕を組んで見せて、カチェイは大げさに肩をすくめる。アトゥールは目を細め「簡単だよ」と呟く。
「長い歴史を持つ流派というのはね、そのものが命を持つようなものなんだよ。それが自分の代で汚されて、帝国の史書に”使い物にもならぬ流派”と記されてみろ。子々孫々まで記録は残り、馬鹿にされ続けるわけだよ」
「じゃあ、なんだ。……そいつらは、周囲の命と、流派の命、両方を盾にとられたってことか。難儀だなぁ」
「そう、難儀なことだよ。だから彼等は、多対一を嫌う。一般人を殺戮するとしても、それなりの礼を保つ。一般人が彼等に勝てるわけないんだけどね。さっきセイラスが言ったろ? 魔力者に興味を持ったって」
――魔力者。
自然をも操る不思議な能力を持つ者たちであり、迫害され続けた過去を持つ者たちでもある。
「セイラスが私をゆさぶるための嘘なんてつくわけがない。連れ去られたっていうのは本当だろうね。彼等はあくまで戦い方を極めようとする者たちだからね、対魔力者との戦いの方法も知りたかったんだろうよ。……すぐに殺されるってことはない」
「そう、思うか?」
「思うよ。リーレンを連れ去ったのは、彼等の致命傷になるだろうしね」
「今までのようには動けない、か」
子供を一人つれるというのは、子供に手がかかるということなのだ。
魔力者との戦闘方法を知りたいと考えるならば、ただ生かしておけばよい状態にて放置することもしないだろう。
「そういうこと。彼等はもともと軍人じゃない。遠征の経験だって、本当はありはしないんだよ。エイヴェルが彼等の足取りを見つけられなかったのは、変なところで”普通”だったからだと思うんだよ」
「普通、ねぇ。暗殺者だと思い込んでしまった、失敗って奴か」
「固定観念は捨てないとね。彼等が今欲しいのは、女だろうね。帝国の言葉を知り、帝国の料理を知る女だよ。今までは我慢していただろうけれど、今度は子供の世話をする人間がいるって大義名分がある。動くだろうね」
「アトゥール、ちょっと一つ聞いていいか?」
彼の座るソファの背に寄りかかって立つアトゥールの手を、カチェイは引く。
「なに?」
「そこまで考えていて、策を取ってないっていうのか?」
「確証がなかったし」
「とはいえ、リーレンが拉致されたことと、多対一の形跡がなかったことで、確信はしたんだろう?」
「そうだね」
あっさりとうなずくアトゥールを前に、カチェイはこっそりため息を落とした。
「なあ、一つ聞くけどな。元といえば己を鍛えることに全てをかけてた奴等が、なぜ本物の殺人集団になったよ」
「……恐いから、かな」
なぜか不意に、遠くを見つめる眼差しになって、アトゥールは唇を噛む。
――周囲の全てが敵に見え、怯えてくらす恐怖は身に染みて知っていた。
アトゥールも、力チェイもだ。
親友の呟きに全てを察し「極限状態なわけだ」と呟いて、アデル公子は溜息を落とす。
「どんな理由があるにしろ、殺していいってことにはならんな。ところでな、ここまで分かってんなら、次の行動なんてすぐに决めれるだろ? 現状の行動範囲と思われる場所内に、エイヴェルに投降した女がいないかどうかなんて、調べ済みだろうし」
「当然だろう? 考えてなかった策というのは、三日で終わる策のことだよ」
「……時々、お前の脳の中身がどうなってるのか、分からなくなるよ」
「分かられても困るしね」
「そりゃそうか」
「そうだよ。ところでカチェイ、赤の旋風とやりやって勝つ自信は?」
「リーレンが人質にとられたままなら、五割。取られてないなら七割だな」
「……私もいるとしたら?」
「勝利間違いなし」
凶悪な表情で笑ってみせる。
「囮は二人だね」
「一人は帝国の女。もう一人は?」
「置き去りにされた帝国人をあわれんで、ひそかに積み荷と共に送り返している貿易船の主かな」
「ああ、アレか。ティオス公国にゆかりを持つっていう美貌の男」
「それは間違い。あれは男装の麗人だから」
「……へ?」
「あれ、知らなかった? ティオスの公族に連なる者でね。貿易商を生業にしながら情報収集を行っているよ。他国人とのつてを作ることでね」
「自分達のことを見捨てた奴より、窮地を救った奴の方がそりゃいいわな。しかし女だったとは知らんかった。男のくせに顔が綺麗だって騒いでんのは耳に入ったが、女かもって噂はしらんし」
「女性とみるには勇ましすぎたかな」
貿易商を務める類縁を、思い出して首をかしぐ。
「男でも女でもいいか。そいつにほだされて、知らずに情報を流すって仕組みか? エイデガルの国益のために」
「さあ、どうだろう」
「とぼけんな。お前がやらせたことだろ? どうせ、貿易商だけじゃねえんだろうし」
「たとえばどんな?」
「ザノスヴィアで、医療行為を行っている奴等とかいるよなあ」
不穏な眼差しでカチェイがアトゥールを見やると、楽しかったのか美麗な公子はくつくつと喉をならして笑い出す。
「どうかなあ」
「おお、恐っ! 俺だったらお前ほどの危険人物に、内情あかして助けて!なんてやれんぞ」
「怖がらせないのも手の内ってね。さて、と。今回は罠をはるのに必要な組織を作る時間はないから、この既存のものを使うしかない」
考え込んで、アトゥールはコツコツと細い指でテーブルの表面を弾く。それがひどく苛立っているように感じて、カチェイは促すように首を傾げた。
「いや……どう考えても、この帝国人の女は犠牲になる可能性が高いなと思ってね」
「三日の代償ってとこだな。仕方ねぇだろうよ」
「仕方ないのは事実だけれどね、セイラスに似た手を取るのが正直気にいらない」
「死なせなけりゃいいんだろ?」
「え?」
「奴等は剣の腕のたつ奴との戦いを望んでいる。今まではそれで良かったんだろうさ。赤の旋風の首領が、一対一で確実にしとめられる相手しかいなかったんだろうから」
すぐに抜刀できる位置に置いた大剣に、彼はするりと指を滑らせる。続けて、あたかも敵を前にしたかのように、カチェイは目をすがめた。
「首領を引きずり出し、しとめた後が見物だな。混乱した集団を立て直すなんぞ、首領を欠いた奴らに出来るわけねえだろ。訓練を受けた軍人じゃないんだからな」
「頭を潰せば、大混乱するのは間違いないだろうけどね。最強が首領である確証と、最強である首領がカチェイに挑んでくる確証はどこに?」
「奴等は技を極め、強さを求める、帝国の武芸者なんだろ? 決められた階級がないのなら、優劣を決っするのは誰が一番最強かってことだ」
「最強である首領が、カチェイの相手に出てくると決まっているのかな」
「最強でもない奴に、俺の相手が出来るかよ」
窓から差し込んでくる日差しが、不意にかき消えたかのようだった。冷たい緊張感を漂わせ、二人の公子は互いを静かに見やる。
先に表情を崩したのはアトゥールだった。
目を細めて笑い出し、最後に親友の肩を軽く叩く。
「女の方の手配は今晩中に終わらせる。私はそれと共に餌をばらまくから、三日後に会おう。――場所はここで」
細い指を伸ばし、地図の一点をアトゥールは示した。
前項
/
目次
/
次項
竹原湊 湖底廃園
Copyright Minato Takehara All Rights Reserved.