暁がきらめく場所
最強の証明 1
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 片刃の剣を手にしたまま、エイデガル皇国第一皇位継承者アティーファ・レシル・エイデガルは鈴の音のような笑い声を立てていた。
 少女の目の前で、全身の筋肉を硬直させている黒髪の魔力者がいる。両手はまるで枯れ木になったかのように、ただ前へと伸ばされたまま固まっていた。
「アティーファさま、笑わないでくださいよっ!」
 人懐こそうな眼差しが、苦しげにゆれる。抗議をうけた皇女は、笑いを止めようと必死になったが、効果をあげることは出来なかった。
「だって、リーレンの腰があまりにひけているから!」
「本当にね。さっきから見ていて思うのだけれど、リーレンは一体なにをしようと思っている?」
 アティーファの隣で、美麗な容姿を持つティオス公子アトゥールがやわらかな声をあげる。情けなさそうな顔をして、リーレンは消えいりそうな声をあげた。
「一応、剣の型を行っているつもりなのですが。……公子のご希望通りに」
「あのね、リーレン」
「はい」
「たしかに私は型を見せてくれと言ったよ。でも解せないね。型を見せろというのは、無茶な頼みだったかな?」
 顔にかかる長い髪を細い指でかきあげて、アトゥールは少し目を細めてみせる。
「前に教えたし、習得したはずだったよね? 基礎となる型も、戦い方も」
「その、はい、教えて頂きました……」
 リーレンはカチェイとアトゥールの二人から、戦いの方法を教えられている。弟子といっても良い存在だった。
 人を傷つけることを嫌う心優しい黒髪の魔力者に、戦い方を教えるのは大変な労力を伴う。けれども戦い方を知らなければ、自らを守ることも、誰かを守ることも出来なくなる。だからこそリーレンは必死になって覚えたはず、だった。
 同じように怪訝な顔で様子を見ていたアデル公子カチェイも。背丈ほどもある大剣を軽々と扱う手を横に振る。
「アトゥール、リーレンに教えた記憶なら俺にもきっちりあるぞ」
「なんだか自分の記憶に自信をなくしてしまうよね。私たちは揃って夢でもみていたのかな?」
「なにを好きこのんで、夢でまでお前と一緒に行動してなくちゃならんのか。やだやだ」
「夢の中でも自分の行動を决められないなんて、不敏だね」
「馬鹿は嫌いなティオス公子が、自分のことも決められない奴の為に、骨を折るとは知らなかったよ」
 好き勝手なことを言いたてて、二人はしばし睨みあって静止する。いつもの戯れあいのようだが、舌戦の原因が己にあると考えたリーレンは苦しかった。
 ぎゅっと拳を握りしめ、必死の面持ちで声をあげる。
「あ、あのっ!!」
「どうした?」
 何事もなかったような声を返されてしまう。
「え、だって、お二人とも喧嘩を……ええ?」
「喧嘩する要因もなんぞ、ないだろ」
「リーレンは私たちに喧嘩して欲しかった?」
 どこことなく冷たく言い放ち、二人は黒髪の魔力者の右肩と左肩に手を置いた。
「型の披露は決定事項だからな。あと、俺も暇人じゃないんでね。教えたことを忘れるなら、もう教えん」
「なんだか今日ほど己の無力を感じたことはないよ。何年もかけて教えてきたっていうのに」
 わざとらしくため息をつく二人の前で、リーレンは完全に硬直してしまう。それを見て、アティーファは兄代わりの公子の腕に飛びついた。
「二人とも、もうそれで終わり! リーレンが剣が苦手なのは、最初から分かっていることだし。第一、リーレンが型を披露するはめになったのは、二人のせいだろう?」
 片恋する皇女の援護を得て、リーレンは立ち直った。
「そ、そうですよっ! 説明聞いてませんよっ!」
「復活早いな」
「なんて単純な」
「そういう問題ではなくてですね! なぜ私が剣の型を披露することになるんですかーっ!」
「そりゃ簡単だ。俺らが剣豪として有名だからだよ。なにせ大陸においての、一番手と二番手らしいからな」
「らしいって……当たり前のことじゃないですか。お二人は強いですから」
「まあなあ、強いってのは否定しないけどな。そのおかげで、俺らの剣に憧れる奴が多いんだよ。どうしても教えてくれって食いついてくる奴もいるし」
「でも、お二人にお弟子さんはいませんよね?」
 素朴なリーレンの言葉に、アティーファが首をかしぐ。
「二人の弟子といえるのって、私とリーレンくらいだろう? カチェイたちの師は父上なんだよね。確かに、普通に広めるなんて無理だな」
「皇王だとか公太子だとかが、隷下の騎士団にならともかく、門徒を広げて指導するなんぞ無理だからな。だたらせめて、型を見せてくれって言われんだよ」
「なんだか一生懸命な相手なんだな」
「だから承諾したんだよ。というわけでよろしくな、リーレン」
「あの、カチェイさまとアトゥールさまが指導できない、というのはわかりましたけど。なんでそこで、私に役目が回ってくるのかがわかりません」
「わからんか? 俺とアトゥールの弟子といえば、アティーファとリーレンだけで。アティーファは皇女だぞ。教えられるの、お前しかいないだろ」
「……確かに普通の公族の方なら無理でしょうが。お二人は、毎日といってよいほど、城下にこっそり出かけていらっしゃるじゃないですか」
「リーレン、よほど教えたくないんだな」
 珍しく頑張る弟分に、カチェイは大げさに驚いた顔をしてみせる。なんと説得するかな、と考えて彼は鋼色の目をわずかに伏せた。
「あのな、せめて型だけでも見せてくれって切望してるのは、城下の子供たちなんだよ。そいつらが見たいのはな、アデル・ティオス両公子の剣の型だ。強いとはいえ、正体不明の奴からの指導じゃない」
「正式に訪れたということにね、しておきたいんだよ」
 だんまりを決め込んでいたアトゥールが口を開く。アティーファは「あっ」と声をあげた。
「わかった、その子供たちが集まっている道場って、こ近衛兵団長のキッシュがいたところなんだ!」
 アティーファが目をきらきらと輝かせた。そのまま少女は黒髪の魔力者の手を握りしめる。
「リーレン、カチェイとアトゥールはさ、子供たちにちゃんと見せてやりたいんだよ。二人がやったって、子供の目から見ると、完璧すぎて見とれるだけで終わってしまうかもしれない。でもリーレンがやれば、一緒に頑張ろうって思うかもしれないじゃないか」
「ああ、そういう……ものですか」
「そうだよ。でもそうなると、責任重大だな、リーレン。子供たちはリーレンに、エイデガル最強の剣士を被せて見るんだから」
「ううっ。そんなの無茶苦茶ですよ」
「そんなにうなだれなくっても。アトゥールとカチェイが練習に付き合わないんだったら、私が付き合うから、リーレン」
「アティーファ様がですか!?」
 とたんにリーレンの目が輝きを増す。
 あまりに分かりやすい弟分の反応に、二人の公子は苦笑して互いを見やった。
「それにしてもさ、リーレンは私たちに何を教わったのかを本気で忘れたのかな」
「だろうなあ。結局思い出してないからな、俺らが教えたのが剣術じゃなくて、体術だってこと」
「アティーファに教わって、剣を覚えられると思うかい?」
「いや、無理だろ。本気で刃物使うのなれてないからな」
「……怪我する前にとめないとだね」
 アティーファとリーレンの二人は、剣を手に真剣に型の稽古をはじめている。そのまま立って見つめているのも奇妙だと思ったのか、近くの大木へと寄って二人は座り込んでしまった。
 昼寝をきめこむつもりらしい。
 二人の動きには気づかずに、リーレンは剣を手に必死にアティーファの教えにしたがっている。なんとか普通に剣を握れるようになったところで、彼はふと顔をあげた。
「そういえば……アティーファさま、カチェイ公子とアトゥール公子が最強って言われるようになったのって、なぜなんですか?」
 アデルにもティオスにも、代々伝わってきている流儀というものがある。騎士団員はそれを守り、技術を磨くのだ。国同士で公式試合が行われることもあるが、出場するのは伝統的な流儀を持つもの同士で行われることが多いのだ。
 他に名高い剣豪たちと、二人が剣を交えたという話しもリーレンはきいたことがない。ならばなぜ、最強と恐れられるようになったのか?
 今更の疑問に、黒髪の魔力者の心はいっぱいになる。アティーファはどこか幼い表情で、首をかしげた。
「あれ、リーレンは覚えていない?」
「覚えてないって……?」
「あれは六年前だったけど、リーレンが家出したことがあって」
「……そ、そんなこと、ありました?」
「あったよ。しかもリーレン、エイデガルの国境から出ちゃったんだ。そこで、赤い旋風に出くわしたんだよ」

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  六周年記念小説。久しぶりに暁で連載です。(短いとはいえ、書きながら連載するのは久しぶり!)
せっかくなので、六年にこだわってみました。六年前をもってこれるのは暁だけだったので、今回の記念小説は暁のみとなります。
久しぶりに書くと、やっぱり暁も楽しいです。
竹原湊 湖底廃園
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