第十五話:新たな真実
目次

 要塞の奥まった部屋の中で、人々は顔を付き合わせていた。唇を噛み締め天を仰ぐ者、椅子に座ったまま目を閉じている者。その人物の肩に手を置き佇んでいる者もいれば、部屋の中を苛立たしげに歩んでいる者もいる。
 とくに共通点はないが、皆若い。
 最年長者でもおそらく二十八才程度だろう。
「紺碧の炎のロステム=マルディノの名前が、連合政府の正式な作戦のコードネームだったなんて。しかも内容が分からない」
 震えるような声を出したのは、部屋の中を行ったり来たりしていた金色の娘だ。生気にとんだ瞳の輝きが、元々美しい顔立ちの娘をより際立たせている。答えるように顔を上げたのは、焦茶の髪と瞳をしたおだやかそうな青年だ。
「エリクル。今は紺碧の炎と連合政府の関係を懸念する時ではないよ。始動されたらしい作戦が何をするものだったのか、連合政府の兵などもういないのに実行できる作戦とはなんなのか。それを考えなくては」
 咎めるというより、己に言い聞かせるような言葉だった。事実考え込むように手を顎に当てている。エリクルは青年に目をやったが、すぐにお手上げじゃないと右手を振った。
「そう言って、端末を弄り回り始めてどれくらい経ってると思う? あれだけのブロックがかかったプログラムの解析なんて一日二日では出来ないわ」
 呆れた口振りだが、エリクルは惺が打開策を必ず考え付くと信頼を寄せている。無条件の信頼に惺も答えたいとは思っていたが、判断の材料が少なすぎた。
「レヴァンス将軍はどう考えますか?」
 他の意見も聞いてみたくなって、朱金の翼の最高指導者に問い掛けてみる。ユシェラは彼より一つ年下だ。それでも口調が丁寧になるのは、朱金の翼の指導者としても、一個人としてもユシェラに一目おいているからだ。
 尋ねられて黒髪の青年は顔を上げた。
「連合政府の最高司令部の人間たちは、権力の魅力に取り付かれた亡者たちだ。おそらくこの作戦は、連合政府の本拠とこのシャラシャーン要塞の二つを攻略した事によって発動されるように、なっていたのだろう。それならば、彼らはこの作戦を自分たちが滅びた後を想定して立てたという事になる」
 分かっていることを筋立て通りも並べながら、ユシェラは後ろを顧みた。
「フィアはどう思う? 滅んだ者達が残した防御システムに守られたシャラシャーンを、落とすと同時に発動する作戦は何を意味しているのだろうな」
 フィラーラにためらいも無く相談を持ち掛けるのをみて、エリクルはこの二人が年は離れてこそいれ、互いに信じあっている親友同士なのだと感じていた。
 惺から軍略や作戦を考案する為の相談を持ち掛けられたことがないので、少し羨ましい。
「滅んだ時点で発動する作戦…、ね。一度手に入れた権力に酔いしれてそれから離れられなくなった者達が立てた最後の罠」
 エリクルが見つめる先で、サイズの合わない服の袖を弄びながらフィラーラは独り言のように呟くと、天井を見上げる。そのまま少女が黙り込んだので、しんとした静けさが部屋を支配した。
 誰も口を利かない。と、不意に外が騒がしくなった。
 首を傾げエリクルがドアを開けようとするのと、外から同じくドアを開けようとする力が込められたのとは殆ど同時で、同じように悲鳴があがる。
 エリクルは崩れそうになったバランスを建て直し、許しも無くドアを開けてきた無礼な相手に文句の一つでもぶつけようとしたが、それより早く闖入者は部屋の中に入り込んだ。そして機関銃のように大声でまくし立て始める。
「ひどいじゃないか! 俺だけのけ者にして! フィラーラだって無事に戻ってきてたんなら一言教えてくれたっていいじゃないか! どれだけ俺が心配したと思ってるんだよ!」
 突然の小さな嵐の乱入に、ユシェラは視線を闖入者に向けてから、しまったと右手で顔を押さえた少女を見つめる。
「知り合いか? フィア」
 闖入者が真剣なだけにおかしかった。忘れていたとは流石に言えず、笑いを唇でかみ殺しながらフィラーラは肯く。その光景を見て、またもや闖入者は地団太を踏んだ。
「し、信じらんない! 俺にはフィアって呼ぶなって言ったくせに。しっかりそう呼ばせてる奴がいるんじゃないか! なんだよ、あんた。フィラーラの恋人?」
 ずけずけと、誰も口にしないような事を言ってのけて、ふんとユシェラの前でふんぞり返る。フィラーラは頭を抱え込んだ。状況が飲み込めず、傍観者と成り果ててしまった惺はドアの前に座り込んで爆笑しているエリクルに尋ねる。
「なに、あれ?」
「で、デアリード=ガーズって言ってね。あれでもヴェストの反乱を最後は取り仕切った奴なんだけどね。どうもねえ、フィラーラに一目惚れしちゃったらしいのよね。まあ仕方ないとは思うのよ。あんなに綺麗な女の子が降ってきたら、心奪われもするわよね」
 必死にそこまで言い終えて、再びエリクルは笑い出した。フィラーラなど遠慮無く笑っている娘を見て、羨ましげにしたほどだ。
「これから先の事は知らんが、今までは恋人ではなくて親友だな。今までが恋人だったら、大問題だろう」
 ユシェラが大真面目に答えるものだから、さらにエリクルの笑いは止まらない。
「もう! 人のこと笑い殺す気? それにね、デアリード。漫才やってる場合じゃないのよ。分かってよ、もう」
 力いっぱい闖入者の肩を叩く。少年は痛そうな顔をして、唇をへの字に結んだ。
「なんだよ。エリクルまで俺の事無能者扱いするのか? シャラシャーンとかいうのとエリクルたちは手を切って、しかもそれを落とす事が出来たんだろ? 一体何が困るんだよ。何も心配する事なんてないじゃないか」
 当然の権利のように余っていた椅子に腰掛け、デアリードは言ってみろよと手を振る。
 朱金の翼と紺碧の炎。一声で多数の人々を動かす両指導者達を前にしているというのに、動じる様子も無い。天真爛漫といえばそれまでだが、よほど度胸のある少年なのだろう。
 先入観の無い意見を聞くのも良いかもしれない。そう思ったのか、ユシェラは状況をデアリードに簡単に説明してやった。
 シャラシャーン要塞を落とした事、フィラーラを救い出した事、そして謎の作戦がどうやら開始されてしまっているらしい事。
「ふーん。滅んでから開始される作戦ねえ。嫌だな。まるで全てを道連れにしようと企んでるみたいで」
「道連れ?」
 フィラーラが小首を傾げてデアリードを見詰めたので、彼は赤くなる。
「……だってそうだろ? 連合政府も、紺碧の炎も、結局は権力が、世界が欲しいだけだったんだ。てことはさ、全てを独占したいんだ。そういう独占欲って際限ない。余人の手に落ちる位なら破壊したいって考えても不思議はないじゃないか」
 彼の言葉にフィラーラは細い指を唇にあてたまま少し青ざめて、目を細める。
「全てを、道連れにする」
「――フィラーラ」
 呟いて顔を上げたエリクルの瞳も懸念に揺れている。
「まさかと思いたい。そんな事をする程彼らが傲慢であったとは思いたくない。でも」
 二人の会話を聞くユシェラの脳裏によぎるのは、要塞の端末から偶然得た映像の事だった。連合政府のエーリヒ等が話し合っていた光景。紺碧の炎を作り出す事を決定した後、彼らは何か重要な事を語ろうとしていたのだ。
 その先で約された事は何だったのか。
 不気味な焦燥感を覚える。何も起こっていないのに、恐怖を覚えるのは無意味だと思うのだが、危機を感じて仕方が無い。
 そしてそれは、おそらく全員同じだった。
 ちらつく恐怖を具体的なものに変えるきっかけを生み出したデアリードすら、不安げにまばたきを繰り返していた。
「アフィーカと連絡を取ろう。あれの所には様々な専門家をつけてある。なにか分かるかもしれない」
 静寂を打ち破って、ユシェラは立ち上がった。それはそのままこの集まりの解散を意味したから、惺も立ち上がる。
「エリクル、俺達は一体なんだったんだろう。紺碧の炎は連合政府が作り出した壁だった。それを信じて、守って。結局俺達が成した事といえば多くの無駄死に者を出しただけ。今度だって、結局何も守れないのかもな」
「惺?」
 弱気な惺の発言にエリクルは髪を揺らせた。
「でも何もしないよりはいい。惺、考えて。守りたいものは何? この地球? 星が育んできた命? そんなに凄いこと? 私は自分の復讐だけを考えて戦ってきた。だから崇高な理想なんて分からない。ただ分かるのは、生きていたいって望むこの心だけ」
 窓を開ける。
「死にたくなんてないの。たとえこんな世界でも、生るだけで辛いような時代でも。生きていたい。生きて、生き抜いて。それでは駄目? 生きる為に進んでる。不当に私たちの命を奪おうとする奴等がいるなら許さない。結果として何が起きるかは分からないけれど、それでいいのよ。大切なのは何を成したのではなく、成そうとしたかという事」
 開け放たれた窓から砂埃がどっと入ってきた。不快な風だ。にもかかわらずエリクルは嬉しそうに目を細めて、笑っている。
「私は好きなのよ。生きている事が。私たちに生きる場所を与えてくれるこの星が。だから破壊なんてされたくない。それだけよ」
 それでは理由にならない? 悪戯っぽく惺の耳元に口付けるように囁いて、エリクルは部屋を出たユシェラ達の後を追った。
「あんた、絶対に尻に引かれるね」
 突然惺に言い放って、デアリードも後を追う。
 焦茶の髪をくしゃくしゃに掻き回して溜息を吐き、惺は取り残された部屋から外を見た。
「理想は形にすぎない、か」
 窓の外から見える残骸の前で立ち止まったユシェラの姿を見ながら、惺は吹っ切ったような表情で立ち上がり、部屋を出る。
 
 
 残骸の前に立ち尽くして、ユシェラはそれを静かに見つめていた。
 空に愛された男が愛機としていた、残骸を。
 追いついたフィラーラが苦しそうに眉をひそめて、そして青年の腕を掴む。
「知っていたのか? フィア」
 尋ねるユシェラにフィラーファは肯いた。
「なんとなく。ユシェラの叫びが聞こえたような気がしてたんだ。でもさ、こうして残骸を目にするのと、予想してただけなのは、違うんだね」
 しゃがんで、かつては美しい銀色の機体を太陽の元で輝かせていた疾風に触れる。もう熱くはなかったが、フィラーラには熱かった。彼と彼の分身であるこの機体を焼き尽くした灼熱の炎の熱さが感じられる。
「なぜ、とはもう問わん。愚かだと責めるつもりもない。ただ」
 呟き首を振って、ユシェラはそのまま歩を進めた。彼が飲み込んだ言葉がなんなのか、それが分かるから瞳を伏せる。
 コックピットの残骸らしい場所にそなえられた封の開いたワインの瓶と、グラスに半分注がれた赤い液体を見つめながら、フィラーラも踵を返した。
「僕に覚えられてても嫌かもしれないけど。忘れない、絶対に。君のことを」
 胸に溢れてくるものを押さえきれずに、フィラーラは唇をかむ。
 青の空戦部隊師団長。空に愛され空に還って行った男のことを考えて。


「将軍が各地域に残されたシステムが不穏な動きをしていないか調べろって?」
 翠の海戦部隊師団長であり本部を守るアフィーカ=カークスは、伝言を受け取って、大胆にスリットが入っているタイトスカートに包まれた足を組み直した。
「システム? なにか私たちが知らないでいた、とんでもない作戦があるっていうのか?」
 ぶつぶつと呟きながら、細く長い指をキーの上に滑らせて配下の者達に指示を飛ばす。
「将軍の勘は嫌ってくらいあたるからね。慎重に、だけど急いでデータをこっちに送って。分析は私がやる」
 今度ばかりは将軍の勘が外れてくれるといい。そう彼女は思った。そうでなければシャラシャーンを落とす為に命をかけたレヴィアの死が無駄になる可能性もある。
「まったく。馬鹿な奴だよ。将軍にあんな顔をさせる事が望みじゃなかっただろうに。欲が出るんだね、最初は連れていってくれるだけでいいって騒いでいた子供だったくせに」
 最初にレヴィアの死を自分に伝えた時のユシェラの顔は、一生忘れないだろうとアフィーカは思う。決して感情を外に出すまいとする彼が浮かべたあの表情。
「本当にどうしようもない子供だったわけだよ。レヴィア。あの世に行ったら将軍のかわりに殴ってやるから覚悟しておいで」
 赤く口紅をひいた形の良い唇を微笑ませて、集まってきたデータを分析していく。けれど何も分からない。
「どんな真実が隠されているんだろう」
 赤い唇を、緊張の為に僅かに噛んだ。
 

 フィラーラは不機嫌そうな表情で、窓際の席に座っていた。
 網膜から離れないのは、真夜の最後の微笑み。
「兵器か。真実を言い当てているんだろうな。リーアを、本当の名前も知らないまま死なせてしまった」
 口の中で早坂梨花と呟いてみる。
 心から大切に思っていた、けれど実の妹ではなかったリーアの真実の名前。最後まであの子は自分を兄だと思っていたのだろう。けれど本当は、自分は彼女から両親を奪い、本当の兄を狂気に突き落とした張本人だったのだ。
「色々な人の運命を狂わせている。それは、間違いなく事実なんだ」
 手の感触は覚えていた。魂を、人を、消去せしめるあの瞬間を。 
 己の意志でその感覚をより思いだして、口元を押さえる。どうしようもない嘔吐感がこみあがってきて、気持ちが悪かった。認めたくない、これは罪の重さだ。
 肩に手が置かれた。驚いて顔を上げると、滝月惺が目の前に立っている。
「どうしたんだ? 随分顔色が悪いよ。熱でもあるのかな。軍医でも呼んでこようか?」
 人懐こい目を細めて、惺が気遣う。
 似ているとフィラーラは思った。冷たい感触を与えるわけではないのに。この男は少し真夜に似ている。狂気に囚われることがなければ、彼もこんな穏やかな顔をしていたのだろうか?――そんなことを思う。
「なんでもない。それに知っているんだろ? 心配する事なんてないよ。僕はどうせ人じゃない。多分風邪なんて引かないんだ」
 投げやりに言って立ち上がろうとする。その腕を、顔に似合わない強い力で惺が取った。
「なんだよ?」
「教えてくれ。君を捕らえていた人間は、本当に早坂真夜って名乗ったのか? 君を――その作り上げたっていう科学者は」
 手早く周囲に人いない事を確認してから、惺はフィラーラの耳元で小さく尋ねる。
「そうだけど。それがどうかした?」
「いや、なんでもない」
 尋ねたくせに、どこか放心したように惺は言って、手を放した支えあげられていた手を放されて、フィラーラは椅子の上に落ちる。むっと眉をしかめた。
「あんまり良い態度とは思えないけどな。勝手に人の腕を掴んで、持ち上げて、それを離すなんてさ。このまま倒れてたら、どうするつもりだったんだか」
 フィラーラの口調には、はっきりとした刺がある。
 わざとトラブルを招くようなことはしない彼女にしては珍しい。惺は上の空のまま謝って、まだ何かを考え込んでいる。
「科学者って、みんな同じ目だよね」
 溜息と共に、フィラーラが言った。
「いきなり何だ?」
 流石に驚いたので振り向くと、フィラーラが彼を睨みつけている。
「君が今、正確になにを考えているかなんて分からないさ。でもね、真夜と知合いだったんだろ? だから気になるんだ。知ってる男が生み出した物が目の前にある。しかもそれは、君がずっと探し求め続けてきた自然の復活を果たす機能を持ってる。だから興味があるんだ。きっと君は真夜に会えたら聞くんだろうね。どうやったら作れるのか、どうやったらそんな事が出来たのか。本当は興味津々なんだ。僕の持つこの力」
 椅子を蹴って立ち上がると、フィラーラは両手を伸ばした。白い手を、空で組み合わせる。碧い光が波となって溢れ始めた。
 それは床を突き抜け、地面に泉を作りだす。
 唐突に始まった光景を、惺は呆然と見つめていた。フィラーラは手を離す。
「僕は貴重なサンプルだろうさ。真夜が死んでしまった今、彼がどうやって僕を生み出したのかは分からない。ただ真夜が残した物はここにある。切り刻んで、調べて。一体どれくらいの治癒能力を持つのか、どんな環境までなら耐えられるのか。分子を操るというのはどういう事なのか。知りたいんだろ? 知りたくて知りたくて、うずうずしてるんだ」
 断言するとフィラーラは手を伸ばし、惺の頬を突然両手で包み込んだ。碧い光を手にたたえたまま。惺がびくっと震える。
「恐い? 分子を操り全てを消滅させるこの力が。そうだよ。僕はこの場で君に悲鳴を上げさせる事もなく殺す事が出来る。でもその力を与えたのは誰だ? 君と同じ科学者だ。興味だけで手におえない力を生み出していく道化者達! 恐いのに、でも興味がある。なんなら切り刻んでみる? 人と違う僕がどんな生体をしているのか興味あるんだろ! 安心していいよ、少しくらいじゃ死なない。身体中の毛細血管が破れたって、血液が大量に流れ出たって、そう簡単には死にはしない! だって、そうだよ。人間じゃないものね!」
 パンッと激しい音が部屋に響いた。
 フィラーラは沈黙し、惺が呆然とする。黙らせたいと思うあまりに、少女に手を上げてしまったのだ。根は、優しい青年は、すぐに慌てた顔になる。
「すまない。だが、君はそんな事を言うから。俺は君を調べようだなんて」
「嘘なんて、綺麗じゃないよ」
 惺の謝罪を途中で遮り、フィラーラは抑揚をかいた声でぽつりと言った。
 己の中の醜い欲望を見つけられたような気持ちに、惺は眉根を寄せる。違うと断言したいのに唇が動かない。その彼に、静かな声が追い討ちがかかる。
「君の目がそう言ってるんだ。科学者の目が。僕の力を解明すれば世界が救われる。だから調べたい。メカニズムを知りたい。自分の中の疑問を解消したいってね」
 フィラーラは殴られた右の頬を押さえて踵をかえした。惺は彫像のように全く動かず、立ち尽くしている。
「俺は、そんな事を思っているわけじゃ……」
 否定の言葉はやけに空虚だった。


 何かが起こることは分かっていた。
 だが、なにが起こるかは分からなかった。
 ユシェラは近隣の住民を地下シェルターに収容するよう指示を出し、惺とエリクルは画像の解析を進めている。
 フィラーラは怯える人々を宥めながら、溜息を吐いていた。
 先程の出来事が思い出されてならない。惺に八つ当たりしたことは自覚していた。
「あの目は嫌なんだ。僕が研究対象でしかない事実を思い知らせてくる」
 悔しそうに言って、フィラーラは身体を震わせる。
 強気な言動をとってはいるが、本当は不安で不安で仕方なかった。真夜はもういない。そのはずなのに何かが恐い。何かがひどく引っかかっていた。
「本当に、真夜は死んだんだろうか。まだ視線が纏わりついているような気がする」
 不安に耐え切れずに走り出すと、フィラーラは司令室のドアを開けた。入ってきた彼女に気付いて、ユシェラが笑みを浮かべる。
「どうした、フィア」
 自分の正体を知った今でも、全く変わらない笑み。穏やかで優しい微笑みだ。フィラーラは泣きたくなるような気持ちを押さえて、青年の隣に立つ。
「なにか分かった?」
 短いフィラーラの問いにユシェラは首を振った。
「よほど精巧に作ったシステムらしい。なにも分からなんな。ただここから司令が飛んでいる。何かが起る。それだけは確かだ」
「本当に全てを道連れにしようとする作戦なのかな」
「さあな。分からない。私たちにとって良い作戦ではないだろう事は事実だろうが」
 穏やかに言ってから、ユシェラはフィラーラが僅かに震えている事に気付いたらしく、少女の肩に手を置いた。
「なにか恐いことでもあったのか?」
 やんわりと聞いてくる優しい声。それだけで、フィラーラは安心してしまう。
「なんにもない。いいんだ。誰が分かってくれなくても、誰が僕を何だと思おうと。ユシェラがいるから」
 短く答えて、フィラーラは少しだけ笑みを浮かべる。
「私はお前の味方だよ」
 安心させるように、ユシェラは肩の上に置いた手を、軽くぽんぽんと叩いた。それから眼差しを鋭くして、解読結果が表示される画面を眺める。


 異変に誰よりも早く気付いたのは、状況を読み取ろうとしている人々ではなかった。
 標高の高い山の上で。一人佇んでいた男だ。
「空が赤い?」
 男に少し遅れて。遠く離れていたフィラーラは眉をよせた。
「なんだ。この、感覚……?」
 そして報告が飛び込んできたのだ。
「核です!!! 将軍、核が!!」
 絶叫が響く。詳しい状況を言えと一喝したユシェラに打たれて、オペレーターの青年は画面上に表示される文字を斜め読んだ。
「動力停止していたはずの軌道衛生上の宇宙ステーションより、核が投下されました。すでに大気圏に突入している物が何基か!! 地上にすぐ現れます!!!」
 必死に冷静であろうとする報告は、やはりどこか悲鳴じみている。
 別の場所で映像を出す事に成功した惺は、エリクルと顔を見合わせ真っ青になった。
「遅かったんだ。システムは始動された。核が落ちてくる。第一撃目はもう――」
「……発動されたの?」
 どんな危地であったとしても、活路を見出すエリクルの瞳が暗い。惺は肯くだけだ。
「と、とにかく、ユシェラたちの所に。何か出来る事があるはずよ!」
 叫んで駆け出した娘の後を、惺は追った。

目次