第六話:一つの敗北
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 戦場突入前の、独特の緊張感に満ちてきた空気を肌で感じながら、滝月惺は眉をひそめていた。
「エリクル、無事なんだろうか……」
 はるか後方をかえりみて、唇を噛む。
 朱金の翼のヴェスト攻略作戦が早くに起こると判断していた彼は、反撃体制を整えるべく奔走していた。
 その際にヴェストの街で異変が起き、砲撃と人々の叫び声が響いてきたのだ。あなどれぬ規模の戦闘が始まったことが分かる。
 助けに駆けつけたいところであったが、それが出来ぬ状況に惺はあった。
 ヴェストの異変に呼応するかのように、朱金の翼が姿を見せたのだ。
 反撃体勢を取るべく動いていたとはいえ、兵力はいまだ整っていない。装備を整えることが出来た部隊も、総兵力の半分にすぎなかった。しかも生粋の紺碧の炎のメンバーはすくなく、構成員の殆どがレゼンの私兵である。
 士気が不足するのに、充分な条件が揃っていた。
 戦闘時には必ず姿を見せていた紺碧の炎の女神、エリクル=カーラルディアもいない。彼女のカリスマこそが、劣勢の軍を支える力であったというのに。
「エリクルを探す時間はない。朱金の翼はそこまできている」
 彼女を一人にするのではなかったと後悔しながら、惺はエリクルの不在をしらずに指示を待つ部下に視線をむけた。街の様子が気になるらしく、不安げに幾度も振り向いているヴェストの住民や、エリクルの姿を探す紺碧の炎の者の姿に不安を覚える。
 エリクルの不在を隠し、この軍でどこまで戦えるのか。
 惺は一つ息を整えてから、総参謀長としての立場で一同に声をかけた。
「これより朱金の翼と戦闘に入る。ユシェラ=レヴァンスの本体ではなく、フィラーラ=シェアリと、赤の陸戦部隊が相手だ。一つ朗報があるとすれば、赤の陸戦部隊の戦車部隊が戦闘に参加していない。青の空戦部隊が別行動を取ったことで、空輸力が衰えた為と思われる。これは我等にとって大きな利点になるだろう。赤の陸戦部隊は戦車隊を欠いた戦闘になれていない。この条件なら、俺達は必ず勝てる。さずけた策の通りに動いてくれれば、な。信じてくれ。俺と、いや、エリクルを」
 さもエリクルの言葉を伝えているように最後を締めて、惺は軍勢に作戦を履行を命令する。今まで独断の指示など下したことのない惺の命令に、配下の人々はエリクルが不在なのも作戦の一環なのだろうと理解したらしかった。
「分かりました。必ず、朱金の翼を倒しましょう! エリクル様も、すぐにいらっしゃるのでしょう?」
 頬を上気させて惺に言ってきたのは、ヴェストで合流したばかりの、まだ幼さの残る少年兵だった。疲労感や不安感は抱いていないらしく、純粋なエリクルに対する尊敬と、絶対の信頼を目を輝かせている。
 盲目的な安心感を与えるものこそが、カリスマなのだろう。彼女のために戦う。彼女の為ならば戦いたい、その思わせる魅力こそが。
「エリクルは別行動をしているだけだから、大丈夫だよ」
 胸が痛まないといえば嘘になるが、惺はさらりと嘘とも真実ともつかぬ言葉を返す。
 少年兵は笑顔を見せると走り出して、そのまま作戦実行部隊に合流して行った。
「朱金の翼も、ユシェラとフィラーラという二人の個性が支えているだけなんだろう。こいつらがいなければ、士気も半減するんだろうにな」
 総参謀長らしい感慨を抱きながらも、彼はエリクルの無事を切に祈る。
「エリクル。頼む、無事でいてくれ」
 探しにいけないもどかしさに悔しさを覚えながら、惺も動き出した。
 ヴェスト付近まで進撃してきた朱金の翼が、最初に認識したのは音だった。鼓膜を突き破るのではと心配したくなるほどの轟音。それに激震が続く。
 大地に穴があいていた。
 あたかも彼等を飲み込む虚無の闇が牙をむいたように、突如ぽっかりと大地に空洞が生まれて、叫ぶ暇もない朱金の翼の部隊を呑みこんで行く。
「かかった!」 
 紺碧の炎を指揮しながら、惺は古典的だが成功すればかなり有効な手となる巨大な落とし穴に、敵部隊を落としこむ作戦が成功したことを見て取って、強く拳を握り締める。卑怯だといわれようが、兵力の差をみせつけられた以上、正攻法にこだわる事は出来なかったのだ。
 落とし穴といっても、子供が作って遊ぶような可愛い代物ではない。
 朱金の翼の行軍ルートを想定し、いくつかの候補地に惺は巨大な落とし穴を作成したのだ。人間が一人立つ程度では崩れないが、装甲車などを支えることは出来ないものである。同時に落とし穴に敵部隊が落ちれば、呼応して煙幕が発生するように工夫もしてある。
 目の前で、もうもうとした煙幕が視界を塗りつぶしてゆく。落とし穴がどこにあるかを知っている紺碧の炎にとっては、不透明な視界は不利ではない。惺の命令一下、落とし穴があった場所に向かって機銃や大砲が照準を合わせる。
 落とし穴などという古典的な作戦にはまった朱金の翼の部隊長クラスの司令官たちの混乱しきった叫びに、無事であった残りの軍勢に混乱が起きた。
 助けなくては、と思いながらも、穴に吸い込まれて行った兵の悲鳴や、利かない視界に恐怖心を呼び起こされてしまう。対処したくとも、対処するに必要な情報を得ることができない。これが、心理的圧迫を集団にもたらす。
 戦闘の勝敗には、集団心理が大きく関わっている。たとえ敵より有利な条件を揃え、大軍を用意したとしても、結局戦っているのは個々の人間なのだ。一人一人が恐怖を覚え、浮き足立ってしまえば、大軍であっても簡単に崩壊する。
 配下の軍勢に正確に照準を合わせるように命令を下しながら、惺は朱金の翼が陥った混乱状態を正確にみてとって、初めて勝てると判断した。妙な高揚感にとらわれながら手を振り上げ、攻撃開始を高らかに告げる。
「全弾打ち尽くすつもりで射てっ! これを逃せば勝利はない! うてっ!」
 一方が劣勢に追い込まれれば、もう一方が勢いづくのは自然の成り行きだ。
 惺の号令を待っていた紺碧の炎側が、一斉攻撃を開始する。
 弾丸の残数を気にせずに使えるのは朱金の翼だけの特権であったはずだが、紺碧の炎の攻撃は激しかった。背水の陣の覚悟で望んだ戦いなのだがら当然だろう。
 朱金の翼の兵達の血は煙となり、命を失った人の身体が大地に折り重なって砂漠を埋め尽くす。悲鳴の上に悲鳴が重なり、阿鼻叫喚図が展開されていた。
「しまったっ!」
 この事態を招いた不覚にうめく、赤の陸戦部隊師団長サラザードの声もむなしい。
 誰もがこのとき朱金の翼の敗北を、しかも完全壊滅を予想した。紺碧の炎の八倍もの数を誇った軍勢が、この戦闘にて敗れ去ると。
 ――突風。
 全てを嘲笑うようなタイミングだった。発生した弾幕が急激にかき消されて行く。
「静まれ」
 巻き起こる風の中、そっと囁く声が漏れた。
 恐怖に慄き、銃も取ることも、移動砲台にて反撃の砲撃を吹かせることも出来ないでいた朱金の翼の人々は、突然開けた視界の中、いまだ怯えたまま憑かれたように振り返る。
 凛とした眼差しを伏せたまま、風の中心に少年が立っていた。
 奇跡を人工的に発生させる唯一の存在にて、全軍の指揮権を保持するフィラーラだ。
「この旗が見えるならば、静まれ」
 囁いている彼が手に持っているのは、全軍の指揮権を意味する師旗であった。ここにはいないユシェラの意思を代弁し、主張する旗。
 崩れる軍を立てなおすべく奔走するサラザードも、突然の奇跡に振り向いて、真っ青になる。自分から少年が良く見えるのは、誰よりも高い位置にフィラーラが立っているからだ。そして高い位置に立つということは、敵にどうぞ目標にして下さいと言っているようなものなのだ。
「何をしている! フィラーラ様をそこから降ろせ!」
 指揮官の姿がみえれば兵は安心するだろうが、その為に敵に狙われフィラーラが死ねば本末転倒だ。フィラーラの死は、一司令官の死で片付けられるものではない。奇跡をもたらす存在の消滅を意味してしまうのだ。
 けれどサラザードの希望がかなえられる事はなく、先にフィラーラが動いた。
「砲撃隊は持ち場に戻り、砲撃準備! 他部隊は伏せよ。立っている者は逃亡と見なし敵もろとも討ち取る。静まって、僕の声だけを聞け!」
 手にした旗を強く振りかぶって、少年は初めて大声を張り上げていた。
 朱金の翼の若き指揮官の声に冷静を取り戻し、弾を込め前を向いたのと、優勢を生み出した弾幕を人工的な奇跡などといった不平等なものに破壊されたことで呆然としていた紺碧の炎側が現実を把握し、一斉にフィラーラに向けて銃弾を発砲したのとは、ほとんど同時だった。
 雷撃が落ちてきたと思わせるけたたましい音が響き、百発はくだらない弾丸がフィラーラ目指して一斉に空を切る。
 けれど少年は左手で空気をないで風を操り、それらを無効化させた。
 不公平な事をしている自覚はあったが、力を使うことなく攻撃を受けるなどといった偽善行為をなすつもりはフィラーラには一切なかった。ずるいだろうが、なんだろうが。これが己の持つ力なのだから、それを有効活用しない手はない。
「………っ!」
 非常な現実に惺が息を呑んだ中、フィラーラは表情一つかえぬまま、再度鋭い眼差しで前方を睨み据えた。攻撃命令を下すタイミングを計っているのだ。
 たった一つ、かわし損ねた銃弾がつけた傷から流れた鮮血の一滴が大地をそめた時。フィラーラは左手を振り上げ、
「全弾、撃てっ!」
 振り下ろし、叫んだ。
 咆哮を放つ朱金の翼の全砲弾。 
 形勢は一気に逆転した。
 元々、朱金の翼の兵の質は高く、それは紺碧の炎の比ではない。立ち直るきっかけがあれば、簡単に立ち直ることが出来る。落とし穴をどこに作ってあるのか、地雷は仕掛けてあるのか、それらの事項を的確に確認し救助活動も同時に行いながら、反撃の狼煙があがる。
 サラザードはフィラーラの側へ駆け戻ると、開閉一番、怒鳴った。
「何故あのような無茶をされた! あれは、人の上に立つべき将のやることではない! あなたは、ご自分の価値というものを分かっていらっしゃるのか!?」
 露骨な怒りを顕にしたことのないサラザードの怒声に、フィラーラは一瞬呆気に取られて、それからばつの悪そうな子供じみた顔になる。
「……す……すまない」
 道化じみた行動は確かに司令官にふさわしいものではなかった。謝るフィラーラをみて、サラザードは溜息をついてから、目を和ませる。
「申し訳ございません。分もわきまえず、言葉を荒げました。我が軍を壊滅から救ったのは、フィラーラ様です。感謝いたしております。自ら指揮権を委ねてくださるようお願いしたにもかかわらず、このような失態を演じ、お預かりした軍兵を損ないました。この責はいかようにも受ける所存でございます。ですが、こればかりはお聞きください」
 言葉を切って、サラザードは顔を上げた。フィラーラは静かに聞いている。
「今のフィラーラ様はそう簡単に失ってよい方ではありません。それはレヴァンス将軍と同じです。あなたと将軍。どちらかを失うということは、そのまま我ら朱金の翼の瓦解を意味します。確かにわれわれは敗北しかけました。けれど負けたとしても、フィラーラ様が生き残っておいでならば、希望が残るのです。逆に、あなたが戦死してしまわれたら、希望がなくなります。わかりますか? フィラーラ様、あなたは希望なのです。特殊な力を持っているのは事実。だからといって、危険性の高いことをしてはならぬのです。それをお分かり下さい」
「――分かった。ありがとう、サラザード師団長」
 フィラーラは、呟くように言った。
 視線をかえて、戦場の状況を判断する。ふと、一方的に相手を排除するのは虐殺にすぎないと、少年らしい潔癖さで思った。意地悪く言えば、それを言わせるのは、勝者の傲慢さと余裕だともいえてしまえるのだが。
 それでも敵に投降の意思があるのなら、受け入れてくれと言ってから、フィラーラは安全な後方に下がるべく場を後にする。これ以上心配をかけてはいけないだろうと、彼なりに判断したのだ。
 サラザードは御意と答えて立ち上がり、勝敗の決しかけた戦場に再び赴いていった。


 噴煙の立ち込める丘の上に、青年は立っていた。血で滑らないようにと布の巻かれたライフル銃を杖代わりにして、呆然と彼は戦場を眺めている。
 紺碧の炎の総参謀長、滝月惺だった。
 快活そうな光を常に称えている焦茶の瞳が、今は沈鬱な色を称えている。その為か、普段は二つ三つは若く見える彼も、年相応か、多少老けて見えていた。
 敗北が青年を打ちのめし、その上軍の崩壊を食い止められない現実が、彼の精神に追い討ちをかけていた。エリクルの不在が、敗戦時にこうも響いてくるとは考えていなかったのだ。彼女が居なければ、軍の動揺を静めることも出来ない程とは。
 優勢を誇っていた過去が夢のように思える。
 心にあるのは怒りでも憎しみでもなかった。人々を率いるにふさわしい者が持つ圧倒的なカリスマと神秘性を見せ付けられた一般人が抱く、空しさだけだった。
 たった一人の少年の存在によって、彼の策はすべて打ち破られてしまった。
「これが俺の限界か? 弾は奴に一発もあたらなかった。まるで弾がわざわざ自分からで避けていったかのように。そんな……そんな神懸かり的な事が、現実におこるだなんて」
 特別な力を持っていたから、などという事実も慰めにはならなかった。うな垂れたまま呟いて、小さく砂を蹴る。と、不意に惺は足を誰かに捕まれた。足をつかむ手、腕、それから首とさかのぼりながら、見つめる。
 最後の力を振り絞って這いずってきた、血にまみれた少年兵がそこにいた。
「……エリクル様は……どこに……いるんですか? あの方が見えない場所で死んでいきたくない…エリクル様は、どこ…なんですか…?」
 死を寸前にひかえた顔で言う少年兵は、戦いが始まる前に勝ちましょうと言ってきた少年兵と同一人物だった。
 少年の怪我は重く、一目で致命傷だと分かる。
 惺は痛ましさに言葉を失いながらも、少年の身体を抱え込み、懐中に入れてあった白い布で血をぬぐってやった。痛み止めも、救急治療の道具も持たない今の彼が出来るのは、それだけだったのだ。
「エリクルはすぐに来る。だから、あきらめるな。一人で死んでいくわけじゃない。見えるだろ、エリクルの姿が」
 エリクルがこの場に戻って来ない事を悟りながら、惺は繰り返し言っていた。死んでいく少年を安心させてやりたかった。途中少年の姿がぼやけてしまう。
 涙ではない、と惺はそれを否定した。汗のはずだ、といい訳をしてみる。
 一人の兵の死に涙を流し、悲嘆にくれるのは偽善行為なのだ。為政者たる者が行ってよい事ではない。為政者が可哀相だと涙を流すのは、自己満足の行為にすぎないと主張する朱金の翼の言葉を、惺は死に瀕している者の身体を抱きしめながら、不意に思い出していた。
 為政者たるものが、小事に心をとらわれ、大局を見誤るのは大罪だといっていた。
 戦争で人が死ぬのは当たり前のことなのだ。だから、朱金の翼の指導者は言う。人が死んで泣くのも悲しむのも、遺族達に任せておけばいいと。
 戦を起こした為政者の役目は、常に冷静に現実を見極め、自軍の兵力をいかに失わずに作戦を推し進めるか勝利に導いていくか、それだけを念頭に置くべきで、人道的な道徳、安っぽいヒューマニズムなどは、戦争が終わり、平和を勝ち取ってから考える事だと言っていた。
 非情に徹することこそが、兵を死なせずにすむ軍を作り出せるのだと。
 その言葉は余りに正しかったけれども、聞いた当時の惺には同感出来なかった。
 朱金の翼の言葉は生々しすぎて、兵を道具のように扱っているような感じがした。兵は人間であるのだから、そんな数字だけで管理してはならないと、唇をかみ締めた覚えがある。
「だがこれは、なんだ? 俺は、結局罪もない人々を、大量に無駄死にさせているだけだったのか? 奇麗事ばかり口にして。結局は一番の加害者で、偽善者にすぎなかったんじゃないかっ! 俺は、俺はっ」
 最後にエリクルの幻影でも見えたのか、微笑みを浮かべたまま絶命した少年兵の小さな身体をかき抱いて、惺は絶叫した。
 打ちのめされていた。現実と、理想と、その差に。
 それこそが朱金の翼と紺碧の炎の違いだ。
 軍事政権とはいえ、民衆に生活の術を与えようとした朱金の翼。理想があれば、正義を貫けば世界を救えると思っていた紺碧の炎。
「俺は結局なにも知らない子供だったんだ。地下のシェルターの中で育って、本当の地獄など知らなかった。朱金の翼などという軍事組織が世界を統べる事は、歴史の遺訓からしてもよくない事だと――それだけで」
 やり直す事が出来るなら、なにを成すべきだろうか?
 朱金の翼が自然を回復させ、統治国家を作るなら、それに協力するべきだったのだろうか。その上で、朱金の翼が恐怖政治を強いてきても、それに対抗できる力を養っておく事に力を注ぐべきであったのかもしれない。
 惺は笑った。こんな状況になっても、色々な事を考えている自分がおかしかった。振り向けば紺碧の炎の兵達の無残な遺体が折り重なっているのが見える状況で。
 不意にがさっという音がした。
 振り向くと、血にまみれた男が立っていた。衣服を見れば分かる。レゼンから借り受けた傭兵の一人だ。声を掛けようと足を踏み出して、惺の身体がびくりとゆれる。
 銃口が狙っていた。
 血走った目が惺を睨み付けている。
「お前の首を手土産にすれば、俺は助かるはずだ! 俺はお前なんかのせいで死んでたまるもんか! こうなったらお前の命を手土産に朱金の翼に行ってやる! 優遇されるはずだぜ、なにせあんたは、紺碧の炎のリーダーの一人だんだからなっ!」
 反論する暇も、銃を構える暇も無かった。
 惺の目が見開かれて。


 指揮権をサラザードに委ねたフィラーラは、戦場を見下ろせる高台に配置した部隊を訪れていた。戦闘は終息を迎えつつあり、戦場は人々の苦悶の声に満たされている。
「戦争は必要悪、か……」
 隣に立っていた青年が、フィラーラの呟きを聞きとめて不思議そうな顔をした。自嘲気味の苦笑を浮かべて、なんでもないと答える。
「僕が言っていい台詞じゃないな」
 誰にも聞こえないような声で今度は言って、少年は踵を返しかけ、ふと目を眇めた。
 ――なんだ?
 何かがおかしい。
 本能が促す警戒に従って、フィラーラが身体をこわばらせる。瞬間、閃光が煌いた。落雷のような激しい光が、少年を直撃する。
「……つ……っ!!」
 衝撃に声を漏らす。
 隣に立っていた青年が振り向き、異変に顔色を変える。
 フィラーラに向かって青年が手を伸ばし、そして。
「――っ!?」
 フィラーラが最後に見えたのは、再度天を走った激しい光。
 消えていくのは青年? それとも自分?
 光の衝撃に目が眩み、意識が途切れる。
「フィラーラ様ぁぁ !」
 青年の絶叫が戦場を駆け抜けていった。

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